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「人、多いね」


 駐車場は離れたところにあって、神社までの道は人がずっと連なっている。


「東京の方が、よっぽど多いんじゃないですか?」


 智とは以前に出身地の話はしたから、私の出身が東京だってことは知っている。


「まあ、そうだけど。こっちでこんなに人が集まることって、多くないでしょ?」

「そうかもしれませんね。天音さんは、毎年初詣行ってましたか?」

「……大学に入る前までかな?」


 こっちに来てからは行ったことがない。


「やっぱり、人多いんですか?」

「私は近所の小さいところに行ってたから、それほどでもないかな。明治神宮とか、大変だって聞くけどね。うちの周り、寺とか神社とか、すごく多いところだから」

「へえ、意外です。東京にもそんなところがあるんですね?」

「実家があるのは、新宿みたいなビル群のあるところじゃなくて、下町って呼ばれる方だから。その中でも寺とか神社とか多いところでね」


 地元の話をこんな風にしたのは、智には初めてかも。東京って言うと、それだけで新宿みたいなところを思い浮かべる人が多いから、あんなビル群には住んでませんって説明を良くするんだけど。

 智は、他の男の人みたいに、私のことを根掘り葉掘り聞いてこようとしなかったから、警戒心わかなかったのかも。


「僕、神社とかお寺とか見るの好きなんですよ。天音さんの地元も行ってみたいですね」


 それこそ、意外。


「渋いね。私地元に住んでるけど、ほとんど行ったことないよ。有名なお寺とかも多いらしいんだけどね」

「じゃあ、いつか、一緒に回ってみましょうよ。僕下調べしていきますから」


 ナビゲーターがいるなら、一度くらいは行ってみてもいいかな。


「そうだね。じゃあ、その時はよろしくお願いします」

「はい」


 智は嬉しそうに笑う。本当にお寺とか好きなんだな。


「智は京都とか好きなの?」


 神社仏閣と言えば京都だ。ここから京都は、そんなに離れているところではない。


「好きですけどね。なかなか行かないですよね。中学の修学旅行では行きましたけど」


 智の返事に、なるほど、と思う。


「智も中学の時の修学旅行は京都だったんだね。うちもそうだったんだよ。神社仏閣はやっぱり良く分からない世界だったけど、三十三間堂は好きだったな」

「僕も好きです」


 同意の返事に嬉しくなって頷く。


「似てる人が一人はいるって話だったけど、昔、お世話になった人がいて、その人に似てる顔があってね」

「お世話になった人?」

「近所のお姉さんだったんだけど、お菓子作りの師匠みたいなもんで。すごい面倒見のいい人でね、近所の子供はみんな懐いてた。でも、18くらいで病気で亡くなったんだよね。私が小学校最後の年かな」


 私にとっては突然の出来事だったから、本当にびっくりしたし、悲しかった。


「そうなんですね。その人に似てる顔があったんですか?」

「そう。皆がいる手前泣けはしなかったけど、誰もいなかったら泣いてたかも」


 すごく好きなお姉さんだったから。


「じゃあ、近いうちに行きませんか? 京都なら日帰りできますし。僕の前なら、泣いてもいいですよ?」


 智の提案に、私は少し考える。修学旅行以来、京都には行ってない。神戸とかの方が好きでこっちに来てからは良く行ってるけど。


「そうだね、行きたいね」


 智は後期の授業の試験期間に入るだろうし、私の卒論発表会があるのが2月下旬だから……その後の、卒業式までの間、かな。でも、時間あるかな? 貴子とか他の友達とかとも旅行に行く話になってるし。


「都合つきそうな日、今わかりますか?」

「……ごめん。ちょっと無理かも。それも、いつか、でいいかな?」


 ちょっと間がある。話を盛り上げといて、本当にごめん。


「いつか、絶対行ってくれるんですね?」

「いいよ」


 それは約束できる。


「じゃあ、それでいいです」


 ちょっと残念そうだったけど、それ以上は智は何も言わなかった。

 神社の階段が目の前に近づくと、予想よりも長くて見上げる。


「天音さん、気を付けて登ってくださいね」

「わかってる。私別にドジってわけじゃないんだけど」


 智の私の扱いが、ドジな子、みたいな扱いになってる気がする。


「ドジじゃないのは分かってます。慣れない草履で転ばないか心配なだけです」

「草履で歩くのは慣れてるから。そんなに心配しなくても大丈夫だよ」


 肩をすくめると、智が目を見開く。


「何で慣れてるんですか?」

「割と着物好きだったから、東京にいる時に出かける時とか、着物着てたりしてた。母が着物好きで着物いっぱい持ってたから。借りてただけなんだけど」


 流石に友達と遊びに行くときは着ないけど。


「そうなんですね。通りで足さばきがきれいだな、とは思ってました」


 そんなとこ見てたんだ。


「何でも慣れだよね。最近は着てなかったから、下手になった気はするけど。東京帰ったら、沢山着ないと」

「……そうなんですよね」


 智が呟く。


「どうかした?」

「いえ、別に」


 智は何もなかったような顔をする。



 ***



 ようやく階段を登りきると、境内には人がひしめいていた。


「天音さん、はぐれないようにしてくださいね」


 繋がれた手に、力が入れられる。


「わかった。気を付けます」


 お参りのために人ごみの中に分け入っていく。人と人の隙間からお賽銭を投げ入れて、手を合わせる。

お参りを終えて人ごみから抜けると、着物が崩れていた。あの人ごみじゃ、仕方ないか。


「ごめん、お手洗いに行ってくる」

「はい。この辺りで待ってます」


 智に声を掛けると、そそくさとトイレに向かう。

 トイレに入って着物を整える。手洗い場の鏡を見て確認する。


「帯、崩れちゃった。どうしよう」


 隣で、私と同じように振袖を着て途方に暮れてる女の子がいる。友達も一緒にいるけど、その友達は洋服でわたわたしてるだけだ。


「結びを変えてもいいなら、やりましょうか?」


 帯はほどけるわけではないかなと思うけど、折角着飾ってきたのに、かわいそうに思えて、声をかける。


「え? できるんですか?」

「この結びは難しいからできないけど、他の簡単なやつなら」


 この結びは華やかでかわいいんだけど、今の私に結べる能力はない。


「やってもらえるなら、何でもいいです。お願いします」

「じゃあ、やるね」


 自分のをやるのより、人のをやるほうが楽だよね。自分で帯を結ぶより、早くできる。


「これでいいかな」


 その子は鏡を見て、すごく嬉しそうな顔をする。幼く見えるけど、二十歳ぐらいなのかな?


「ありがとうございます。助かりました」

「それじゃあ」 


 私は外に出て、智を探す。


「天音さん」


 智の方が先に気付いて近づいてくる。

 私が智に近づいて手を取られたのと、後ろから智の名前を呼ぶ声が聞こえたのは同時だった。


「智! 久しぶり!」


 あれ、この声。

 振り返ると、さっき帯を結び直した女の子が、智に近づいてくる。


「あ、お久しぶりです」


 智は私の横に並んで、私と手をつなぎ直す。あれ、このつなぎ方って、恋人つなぎってやつじゃないっけ?


「あ、さっきの」


 女の子が智の横に並ぶ私を見て、トーンが下がる。


「天音さん、何かあったの?」

「帯を直してあげただけだけど?」


 他には何もない。


「ああ、そうなんですね」


 智はそれだけ言って、口を閉ざす。


「さっきは、ありがとうございました」


 そうは言いつつも、女の子の目はさっきと違って幾分鋭い。これは、もしかしなくても、だね。


「どういうつながりなの?」


 私がとりあえず質問する。だって、智はしゃべろうとしないし、女の子は口をつぐんじゃったし、誰も説明してくれそうにないんだもん。


「高校の先輩です」


 でも、やっぱり智はそれ以上話さない。私はどうしたらいいんでしょうか。


「あれ、上原じゃない。久しぶり。背伸びたんだね」


 後ろから、女の子と一緒にいた洋服の子が近づいてくる。


「あ、さっきの。さっきはありがとうございました」


 ね、と振袖の子の顔を見て、その子は苦笑いする。


「ほら美夏、行くよ。じゃあね、上原」


 振袖の子はすごく名残惜しそうにしながら、洋服の子に引っ張られていく。

 二人が人ごみに紛れるのを見送ってから、智を見る。


「告白でもされたことがあるの?」

「よく、わかりましたね」


 智がびっくりした声を出す。


「流石にわかるでしょう?」


 智が苦笑する。何?


「天音さんはそんなのには気付かない人かと思ってました」


 失礼な。むしろ、智の方が鈍いのかと思ってたけど。


「流石にわかります」


 私がむきになって言うと、智がため息をつく。


「じゃあ、そう言うことにしときます」


 私がムッとしているのを見て、智は苦笑しただけだった。


「じゃあ、帰りますか?」

「そうだね」


 手はさっき繋がれたままの恋人つなぎだ。


「これ、あの子に諦めてもらうためだったんでしょ? もうよくない?」

「別にいいじゃないですか」

「付き合ってるわけでもないのに、嫌だよ」

「へぇ」


 智の感心したような声に、私は首を傾げる。


「じゃあ、やめときましょう。でも、降りる時は危ないから、手は繋いどきますね」

「……それは、お願いします」


 階段を降りる時は、やっぱりちょっと怖いから。


 

 ***



 車に戻って、また同じ道を戻る。


「……東京って、教員採用試験って、厳しいんですか?」


 ハンドルを握って前を見つめたまま、おもむろに、智が口を開く。

 私の地元が東京だからかな?


「どうなんだろうね? 私、教育学部じゃないし、地元の友達も教員採用試験受けた子は知らないからな」

「そうですか……」

「あ、でも……」

「何ですか?」

 

 智の疑問に、私は記憶を手繰り寄せる。


「確か、2年前くらいの話だったと思うんだけど、同じバイトにいた教育学部の子が、先輩が東京の採用試験受けて合格したけど、大量に取るから、何月から勤務になるかわからない、って話をしてた気がするな。ごめんね。うろ覚えで」


 思い出したけど、多分、としか言いようがない頼りない記憶だった。


「いえ。大丈夫です。何月から勤務になるかわからないって、どういうことですか?」

「確か、普通は4月に勤務開始でしょ? でも、最初の保護者参観か何かで気持ちが折れて辞めちゃう人が多いらしくて、5月からとか中途半端な時期から開始になる人もいるんだ、って話だったと思うけど」

「ああ。そうなんですね」


 智はすんなり納得している。


「それって、どこでもよくある話なの?」

「こっちではあまり聞きませんけど、東京とかの大都市なら、ある話なのかもしれませんね。教育実習に行っても、子供の親と関わることってほとんどないですし。子どもとの関わりは問題なくても、親とのかかわり方って大変ですからね」


 智の言葉には、実感がこもっている。


「智は、そういうことがあったの? まだ教育実習とかやってないでしょう?」

「習い事の世界では、親が良く出てくるので、先生は大変なんだろうな、とは思って見てました。練習の進みがどうだとか、コンクール出すとか出さないとか、文句を言う親は文句を言ってきますから」


 ああ、バイオリンの方で実際に見たのか。習い事に熱心な親御さんなら、先生に色々言うんだろうな。


「智の親御さんはどんな感じだったの?」

「僕の親は、僕が好きなら、って感じで、特には何も注文とかは付けませんでしたね。先生にお任せ、って感じで」

「そうなんだね」


 その代り、智が先生から受けた傷には気付けなかったのかもな。


「ところで、どうして東京の採用試験の話なんか、知りたかったの?」

「天音さん、東京ですよね?」


 ああ、東京出身ってことね。


「そうだけどね。教員採用試験については、詳しくないよ」


 私が首を振ると、智がため息をついた。不安があるのかな?


「それにここなら、東京より大阪の方が近いでしょ? 大阪は考えてないの?」

「僕は東京が良いです」


 智がきっぱりと告げた。大阪は受ける気がないんだ。


「やっぱり、東京って憧れるもの?」

「えーっと、憧れ、ってわけではないです。ただ、天音さんが……」

「私? 私は東京出身だけどね。なんで東京の方が良いの?」


 私の質問に、なぜか智ががっくりと肩を落とした。

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