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「今日は本当に助かったよ」


 隣で自転車を漕いでいる智に声をかける。


「他に何もなくて良かったです。天音さんは、ああいうのに、遭遇しやすいたちなんですか?」


 そんなことないだろうな。人生で3回目だし。


「私の後輩に、良く変な人に声かけられたりする子がいるよ。だから、そう言うのを呼ぶ子っていうのは、現実にいるみたいだけど、私はまだ3回目だから、そういうことはないんじゃない?」


 あの子は大変そうだな、と思う。彼女の話を聞くと、彼女を守ってくれるような人が現れるといいな、といつも思う。


「そうだ、今日のお礼と誕生日プレゼントのお礼も兼ねて、今度ケーキでも焼こうか?」

「それなら……」

「それなら?」

「クリスマスとか、駄目ですか?」


 クリスマス?

 私も彼氏はいないけど、智なら彼女とかできそうなのにな。今年はもう諦めてるのかな。


「それは難しいかな」


 私の返事に間が空く。どうした?


「もう予定あるんですか?」


 ああ、私に彼氏がいないはずなのに、ケーキも焼く暇がないのかってことかな?


「実家に、帰る予定だから」


 智が明らかにほっと息をついた。そうですよ。独り身仲間ですよ。


「それなら、予定変えられませんか?」

「この間、飛行機のチケットの支払い済ませちゃったんだよね。安いチケットだから、払い戻しもほとんど戻ってこないし」


 実家は東京だ。新幹線でも帰れなくはないけど、乗ってる時間を考えると、と言う選択だ。


「それは、キャンセル難しいですね」


 最近、安いチケットが売りに出されてるけど、購入する期間も早くなってるんだよね。

 そんな話をしてるうちに、うちに着いた。


「いつから、ですか?」


 智も自転車を降りる。


「卒論が12月20日には提出だから、それ終わったら、すぐ。年末には帰ってくるけど」

「そうなんですか?」

「1月から、バイトのシフトに入ることにはしてるから。年始にパーティーやるところもあるから、入るとありがたがられるし」


 毎年、年始は出てるんだよな。


「バイト、1月から復帰するんですね?」

「そうだね」

「じゃあ、初詣とか、どうですか?」


 あれ、ケーキ焼く話じゃなかったっけ?


「えーっと、ケーキじゃなくていいの? それだと、お礼にならない気がするんだけど」

「僕が良いって言ってるので、いいんです」

「1日は、流石にパーティーとかないから、いいよ」

「じゃあ、それでお願いします」


 本当にそれでいいのかな?

 ふと、他のお礼を思いつく。


「大したものは作れないけど、ご飯作るから、食べて行って?」


 智がちょっと瞳を揺らす。何か、変なこと言ったっけ?


「天音さん、僕も男ですよ。いくら僕を意識してないからって、男性を簡単に部屋にあげるとか、しちゃいけません」

「……ごめんなさい」


 どうやら、智の叱るポイントをついてしまったようだ。

 智が大きなため息をつく。

 でも、こんな風に普通に話してる男性なんて、智しかいないのにな。


「もう、初詣一緒に行くってことで、お礼でいいですから」

「わかった。それじゃ、今日はこれで、だね?」

「また、遅くなりそうなときあったら、連絡くださいね」

「わかったから」


 私の言葉に、智はちょっと疑い深そうだ。


「きちんと連絡します。約束するから」


 もう一度言うと、智は笑顔になって、自転車に乗り込む。


「じゃあ、またね」

「はい、また」


 智の背中を見送る。今日は、何だか色々あった一日だった。



 *



 翌朝、目が覚めて、夢を覚えていることに気付く。

 また、何て事のない夢だ。人と言葉を交わしてるだけ。

 相手は、私より背が高かったから、男性かな。……思い当たる男性は、智しかいないけど、あの目線の位置だと、智じゃないんだよね。

 まあ、いいや。どうせ、その場面になったら、あ、夢で見た、って思うだけだし。



 ***



「やっぱり、寒い」


 私は両手をこすり合わせて、息を吹きかける。暗闇に、息が白く上る。

 私は家の前で智の到着を待っていた。あと少しで日付が変わる。初詣に行く日だ。

 遠くから、車のライトが見えてきた。智は家の車を借りてくると言っていたから、多分そうなんだと思う。

 初詣に行くのは、智の地元の神社。どうやら大きな神社があるらしい。

 思った通り、車が私の前で停まる。運転席から、智が出てくる。


「天音さん。寒いんですから、家の中で待っといてください、って言ったじゃないですか」


 一言目がそれか。お母さんみたいだな。


「さっき出てきたばっかりだよ?」

「それでもです。それと、振袖良く似合ってます」

「ありがとう」


 私は振袖を着ていた。そのせいで普通のコートが着れずにいた。えりまきとか首には巻いてるけど。


「寒いので、とりあえず乗ってください」


 智が助手席のドアを開けてくれる。


「ありがとう」


 車の中に体を滑り込ませる。助手席のドアを閉めると、智が運転席へ戻ってくる。


「どうやって着たんですか?」

「自分で着つけられるから」


 へぇ、と智が車を発進させる。


「運転よろしくお願いします」

「はい。任せてください」


 智が微笑む。そのハンドルさばきは、ぎこちなさがなかった。


「振袖、こっちに持ってたんですか?」

「母がね、卒業式にも着るんだから、もう持っていきなさいって」

「卒業式にも?」

「初詣に行く話をしたら、初詣にも着なさいって」


 振袖って、着る機会がないからもったいないって話してたっけ。


「着付け、できるんですね?」

「そうだね。着付けは、興味があって習った。浴衣とか自分で着れると、着崩れた時にきれいにできるし」


 帯の結びはあんまり数は覚えられてない。今回は卒業式にも着るからと思って、実家で何度か練習してきた結び方だ。


「……今年の夏祭りは、行ったんですか?」


 時計を見ると、まだ、辛うじて年は越してない。……今更夏の話?


「今年は行かなかったかな。どうして?」

「いや。天音さんの浴衣姿とか、見てみたかったんで」

「特に、面白いものでもないよ?」


 私が浴衣着てるくらいのものだ。


「天音さんは、着物似合いますね」

「凹凸が少ないと、似合うって言うよね」

「そう言う意味じゃないんですけど……」


 私の返しに、智が苦笑する。


「ごめん。そういうことで異性に褒められるのは慣れてないから、つい。ありがとう」


 褒めてくれてる智は何の気なしなのかもしれないけど、私は慣れないから照れる。


「卒業式は、袴を合わせるんですか?」

「そうだね。折角だから、着てみようとは思ってるけど。そんなの着るの卒業式くらいだしね」


 卒業式も、あと2か月ちょっとだ。その前に、卒論の発表会があるけど。


「卒業まで、あと2か月ちょっと、ですね」


 同じこと考えてたんだ、って、つい笑ってしまう。


「何も面白いことは言ってませんけど?」


 智が横目で私を見る。


「いや、私もあと2か月ちょっとだな、と思ったところだったから」

「ああ、それで。早いですよね」

「そうだね。あっという間なんだろうね」


 しんみりとした気分になる。タイミングを合わせたように、流れていた曲が止まる。


「天音さん、サイドボードにCD入ってるんで、見てもらっていいですか?」


 智が私を見る。

 言われた通りサイドボードをあけると、CDの携帯用のケースが入っていた。取り出して、はた、と思う。


「そう言えば、智は音源はCD派なの? CD貸します、って言われてそのまま借りてたけど、データの方が貸し借りしやすそうだけど?」

「データだと、音が圧縮されてるので……あんまり好きじゃないんです。手軽なので、スマホには入れてますけどね」

「そうなんだ。ずっとバイオリンやってるからかな? 私じゃ気づかなさそうだけど」

「きっと、CDで聴きなれた曲を聞いたら、違いが分かると思いますよ」

「そうなのかな?」


 CDケースをぺらぺらとめくって、手を止める。


「ところで智は何が聞きたい? 私はよくわからないから」

「何でもいいんですけどね。天音さんにもあげたCD入ってませんか?」


 それなら、と思ってめくってみるけど、あのCDは見当たらなかった。


「無いみたいだよ?」

「あれ、おかしいな。入れてきたはずなんだけどな」


 信号で車を停めると、智が私の方へ身を乗り出してくる。何だか近い。ちょっと、ドキッとする。


「智が見てよ」


 CDのケースを渡すと、智は座席に座り直してめくっていく。


「本当にないですね」

「智、信号変わるよ」

「ああ、天音さん、ちょっと持っててください」


 CDのケースを受け取ると、智が車を発進させてしばらく進んでから、路肩に車を停める。

 もう一度CDのケースを受け取って、ぺらぺらとめくると、智が、あ、と声を出す。

 智は手を助手席のヘッドレストの掛けると、体を私の方に乗り出してサイドボードを開ける。

 あまりの近さに、何もない、とわかっているけど、つい身を引いてしまう。


「何もしないですよ」


 私が身を引いたのに気付いたのか、からかうような智の声がする。


「わかってます」


 どうせ男の人に慣れてませんよ!


「あった」


 あのCDがサイドボードの中に元のケースに入ったまま入れてあった。


「ごめん。開けた時気付かなかった」

「いえ。良いですよ」


 智は心なしかご機嫌だ。智もこのCDに入ってる曲、好きなのかな。

 CDを入れて曲が流れ始めると、何度も聞いた旋律に私も聞き入る。


「そう言えば、音楽科の演奏会がまたあるんですよ」

「そうなの? 学期ごとにやってるの?」

「そうですね」

「智は今回、何弾くの?」


 残念ながら曲名聞いてもわからないことが多いけど、一応聞いてみる。


「天音さん、また来てくれますか?」

「いつ?」

「3月2日です」


 頭の中でスケジュールを思い出して頷く。


「行く」

「良かった」


 智が嬉しそうに口元を緩める。喜んでもらえたことに、私も自然に口角が上がる。


「それで、何弾くの?」

「……それは、当日までのお楽しみってことで」

「そうなの?」


 まあ、聞いても何の曲かわからないことも多いしな。最近貸してもらってたのは、あまり聞き覚えのない曲が多い。


「今回も、先輩と弾くの?」

「いえ。今回は僕一人です。先輩は4年なので、卒論にかかりきりでしたから」

「他にバイオリンの人っていないの?」

「今年はいないですね。多くはないですよ」

「そうなんだ。私の基準、智だからね」

「それは、光栄です」


 笑いを含んだ声で智が返してくれる。だって他に知らないし。


「天音さん、日付変わりましたよ? 今年もよろしくお願いします」


 車についてる時計を見ると、丁度零時だ。


「こちらこそよろしくお願いします」


 智に会ったのは、5月だったっけ。一年もたたないうちに、こんな風に男の人と一緒に出掛けるくらい仲が良くなるとは思わなかったな。


「そろそろつきますよ」


 道はよくわからないけど、どうやら初詣目的の車が並んでいるようで、車の先頭が大きな駐車場に入っていく。初詣の人のためなのか、夜中で建物も多くないのに、照明でひどく明るく感じる。


「明るいね」

「ここは地元からだけじゃなくて色んなところから人が集まりますからね。毎年こんな感じで照明がついてますよ」

「へぇ」


 私が思ってた以上に、有名な神社らしい。駐車場に入るために並んでる車がたくさんあったから時間がかかるのかな、と思ったけど、警備員さんに誘導されて、あっという間に駐車場に入ることができた。

 智に降りるのを止められて、車の中で大人しく智がドアを開けてくれるのを待つ。過保護だな。


「はい、どうぞ」


 ドアが開けられて、手を差し出される。諦めて智の手を取って外に出る。


「おい、智!」


 智が助手席のドアを閉めたのと同時くらいに、別の方向から智の名前を呼ぶ声がする。


「ああ、久しぶり!」


 智が顔を向けた方向には、男の子の集団がいた。

 そうか。智の地元だから、友達とかにも会うよね。


「帰って来るんなら、声かけろよ」


 集団の一人が、こっちにやってくる。


「一人……じゃないのな」


 私は丁度陰になってたのか、その人が私に気付いたのは、近づいてきてからだった。

 その人に連なるように、その集団が私たちに近づいてくる。

 皆背が高い。

 私の体が硬くなったのに気付いたのか、智が私をなだめるように、私の肩を抱く。ちょっとだけ、力が抜ける。


「智、彼女できたの?」


 集団の別の男の子が、私を見てそう言う。今の状態なら、そう思うかも。智を見ると、笑顔だけ見せて何も言わない。何も言ってないから、嘘は言ってないよね……。智も見栄はりたいのかな。


「うわー。着物美人じゃん。どこで知り合ったの?」


 また別の男の子が、私の顔を覗き込んでくる。

 それは、着物効果ってもんじゃないでしょうか。私は美人でもなんでもありません。

 智は私をその男の子から隠すように、背中でかばってくれるような立ち位置になる。


「バイト先。大学も一緒」

「いやぁ。とうとう智が彼女作ったかぁ。女どもが泣くな」


 最初に声をかけてきた男の子が、そうは言いながらも嬉しそうに言う。


「ということだから、二人っきりで行きたいんだけど、いいかな?」


 智の言葉に、集団がざわめく。


「智の口からそんな言葉が! 智も男になったんだな」


 今まで口を開いていなかった一人から、そう声が挙がる。智、この友達たちの中で、いったいどんな立ち位置だったんだろう。かわいいマスコット的な?


「じゃあ、俺らは行くわ。今度戻ってきたときは、連絡しろよ」


 最初に声をかけてきた男の子が集団を引き連れて、去っていく。

 ……良かった。一緒に行こうとか言われなくて。

 私がほっと息をついたのに気付いて、智が私の顔を覗き込む。


「ごめん。皆、悪気はないんだけど」

「うん。わかってる。私が苦手なだけだから。一人ずつだと対応できるんだけど、集団は、ちょっと無理だね」

「じゃあ、僕たちも行きましょうか?」


 そう言って、智が私に手を差し出す。


「えっと……。付き合ってるふりは、もういいんじゃない?」

「違います。天音さん着物だから、転んだら困るでしょう? 神社までの道、いくら照明があるとはいえ薄暗いですし」


 ああ、そういうことか。勘違いしていたことに照れる。


「ごめん。お手数をおかけします」

「いえ。良いですよ。天音さんならいくらでも」


 手をつないで歩き出す。何だか、こそばゆい気持ちになる。

この作品、どこを直したかったかと言えば、1話目の出だしだったんですけど、読み直すと「ああ、色々手を入れたい……けど、今はこれが限界」って感じで、よほど気になるところだけ手を入れています。

当時は全く変に思わなかったので、きっと私の文章力が成長したんでしょう……ね。

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