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「お邪魔します」

「どうぞ」


 今日は初めて、智の家に来た。

 東京に帰った後、こっちの戻ってきたのは、おとといだった。おとといも、智は空港まで迎えに来てくれた。

 男の人の部屋って、初めてだ。……兄のはカウントしないことにする。

 1Kの部屋で、防音だって言ってたけど、見た目にそんな変わったようには見えない。玄関のドアは、重そうだったけど。


「荷物、少ないね?」

「実家に残してるものも多いので。でも、ここにないものは要らないものと同意なので、そのうち処分しちゃうと思います」


 紺色のベッドカバーと、紺色のカーテンが目に強く残る。


「紺色、好きなの?」

「好き、ですね。あと青って、冷静になれるって言いません? 冬は若干寒々しいですけど」


 智はいつも冷静なのに。わざわざ、部屋でも冷静でいたいんだな。


「それで、今日は何で、智の家に招待されたの?」


 智の家に来てほしいと言われたのは一昨日で、私は二つ返事で了承した。


「えっと、改めて聞いてほしいな、と思ったので」


 智がバイオリンのケースを取り出す。


「愛の喜び?」


 私の言葉に、智がにっこり笑う。


「でも、その前に、飲み物出します」


 智がキッチンに立つ。


「私、やるよ?」


 私も智の隣に立つ。


「僕、紅茶入れるの得意なんです。母に仕込まれました。紅茶、好きですか?」

「じゃあ、お願いします」


 私はそう言って、そこからは離れずに、紅茶の葉を用意する智の手元を見ていた。お湯はすぐに沸かせるポットがあるから、すぐにお茶を淹れる手順に入るだろう。


「……天音さん見られてると緊張します」


 智の言葉に、笑ってしまう。


「そう? あんまり気にしないでくれたらいいよ。バイオリンの発表会の時とか、もっと緊張するでしょ? 私一人なんて、なんてことないって」

「天音さん?」


 疑問形で呼ばれて、智を見る。何だろう?

 智の顔が近づいてきて、唇が触れる。


「こういうことしたくなるので、あっちに行ってもらっていいですか?」


 私はコクコクと頷いて、部屋のローテーブルの脇に座る。

 ……不意打ちだ。座ったとたんに、恥ずかしくなる。


「智って、女の子に勘違いされやすいんじゃない?」


 あんなこと、さらっとできるって……。


「そんなこと、ないと思いますけど?」


 そうかな? 気付いてないだけで、さらっと、私にやってることやってたとしたら、絶対勘違いされるよ。


「智ってスキンシップが割と多いよね?」

「そうですか?」

「あんなことされたら、女の子は勘違いしたくもなるよ?」


 智がガラス製の急須をローテーブルに置いて、その後マグカップを持ってくる。


「ティーカップは流石になくて」

「流石に、そこまでは求めないから」


 うちにだって、揃えてるわけじゃない。智の家にそろえてあったら、それはそれで驚きがある。

 智は時間を計っていたようで、時計を見て、マグカップにお茶を注いでくれる。


「どうぞ」

「いただきます」


 一口飲んで、智の言ってたことに納得する。


「美味しい。智、紅茶入れるの上手だね」

「良かった」


 智は安心したように、自分の分を飲む。


「今度、淹れ方私にも教えて?」


 予告しておけば、智も緊張もしないかな?


「いいですよ。でも、一緒にいる時は、僕がお茶は淹れますから」


 こだわりがあるのかな。


「じゃあ、それはお願いします」


 私の言葉に、智が嬉しそうに頷く。そんな顔するようなこと、言ったかな。


「天音さん、ちょっと」


 智の手がふいに近づいてきて、ドキッとする。さっきのことがあったせいだ。


「何?」

「まつ毛、着いてますよ」


 智が私の下瞼に触って、まつ毛を取って見せてくれる。

 これ、いつかもあったな。


「ほら、智はこんな風に、結構何の気なしに触れて来てると思うんだよね。女の子がされたら、絶対勘違いしちゃうって」


 私の力説に、智が苦笑する。


「勘違いしない人もいますよ?」

「でも、勘違いする人もいるって」

「天音さん、勘違いしない人って、誰か分かってます?」


 ……誰のこと?


「やっぱり、智は何の気なしに、女の子に触れることあるんでしょ?」


 智の口からため息が漏れる。何?


「勘違いしない人は、天音さんのことですよ」

「……そんなことないよ。だって、今日は気付いたじゃない」


 この間も、私が鈍いってさんざん言われたけど、そんなことないと思うんだけどな。


「それはきっと、僕が天音さんにそう言う気持ちがありますよって言うのをもう知ってるからじゃないですか?」


 そうかな? でも、そうだとしても。


「智は絶対、勘違いさせてると思う」

「それって、嫉妬してるってことですか?」


 ……嫉妬……。


「そうなのかもしれない。だって、智、よくよく考えると、スキンシップとか多いもん」


 私の言葉を聞いて、智がすごく嬉しそうに笑う。


「笑うところじゃないでしょ? 私は嫉妬してるって言ってる」

「好きな人に嫉妬されるって、嬉しいって聞いたことありますけど、本当なんですね」


 私は、嫉妬されるって何だかいやだな。信じられてない気がするから。……そう思って、ハッとする。


「智のこと信じてないとかじゃないからね? 智が私を好きでいてくれるって、この間分かったから」


 でも、それとこれとは、ちょっと違うんだよね。


「大丈夫ですよ? 僕の気持ちが伝わってるのは、きちんと理解してますし。天音さんが嫌なのは、僕が天音さんにしてるみたいに、触れてほしくないってことですよね?」


 私はコクンと頷く。智に私の言いたいことが理解されたみたいで、ほっとする。


「他の女の子には、こんな風に触れてほしくない」

「それは、大丈夫ですよ? 僕がこんな風に触れるのは、天音さんだけです」

「……ホントに?」

「僕の言葉って、信用ならないですか?」


 そう言われて、首を横に振る。それはないんだけど……。


「智はモテるから、それが不安なのかも」


 発表会の時に感じた女の子の視線。あれは、私に向けられた嫉妬の視線だ。智と一緒に過ごす時間の長い人たちが、智を好きでいる。それだけでも、不安はある。


「大丈夫です。天音さんが言うほど、モテてはないですから」

「でも、モテてるんでしょ?」 


 モテてる自覚もあるんだ。

 私の言葉に、智がクスリと笑う。


「笑いごとじゃない。私も社会人になったら、今までみたいにバイト先でとか学校でとか会えなくなるんだよ?」


 私たちが会える時間は、確実に少なくなる。


「天音さん、僕らは言うほど頻繁には今までも会ってないですよ。多くても週1回。それも、短時間です。バイト先で会っても、帰りぐらいしか、一緒に過ごしてません」


 ……確かに。言われて納得する。長時間会ってた方が、むしろ少ない。


「そう言われれば、だね?」

「両想いになったから、僕としては、休みの日とか、もっと過ごせる時間が増えると思ってるんですけど?」


 そうか。会う時間は、これから増えるんだ。


「どうして、すごく一緒に過ごしてた気になるんだろう?」

「さあ、どうしてでしょうね。僕としては嬉しいですけどね」


 智が私の頬に触れる。


「あと、僕が触れたいと思うのは、天音さんだけですから。心配は無用です」


 智の言葉がすとんと心に落ちてくる。


「嬉しい」


 智がなぜか項垂れる。


「どうしたの?」

「そんな顔、反則です」


 智が何かを決意したような目で、私を見る。


「待てなくなったら、その時は諦めてくださいね?」


 ……待つ? 諦める?


「それって、何の話?」

「天音さんがあまりにも鈍すぎるから、天音さんに理解してもらうために、僕が待つのをやめるかもしれません、ってことです」


 わかったような、わからないような。


「理解してもらうために待つのをやめるって、例えば?」


 智が大きなため息をつく。


「例えがいるんですか?」

「できたら」


 また、智の溜息だ。

 ……やっぱり、私、鈍いのか。

 私をじっと見ていた智が、目をそらす。


「やっぱり無理な気がするので、もう忘れてください」

「ええ。何なの?」


 すごく気になる。


「紅茶、淹れ直します」


 智が立ち上がる。

 ああ、逃げた!


「気になるから教えてよ」


 私も智の後をついていく。


「つまりは、天音さんが鈍いってことですよ」


 ガラスの急須をキッチンに置くと、智が振り返る。


「そんなことない」


 そう言った瞬間、この場面に見覚えがあることに気付く。

 背景、この立ち位置、そして私の視線の先の相手の背の高さ。

 前に夢で見た。

 今なら、あの時の夢の相手が智だった、と確信できる。


「どうかしましたか?」


 私の動きが止まったのを見て、智が私の肩をゆする。


「いや。何でもないよ」


 ……本当に、何でもない場面を見るんだよな。

 予知夢って、もっと意味のある夢を一般的には指すんじゃないかと思うんだけど、私の夢は、やっぱり、意味があるように思えないんだよね。でも、未来にある出来事で、場面も、相手も合ってるんだから、予知夢としか言いようがない。


 夢で運命が左右されたことはないけど、予知夢って、案外こんなものなのかもね、と思う。人によってそれに意味づけをするから、予知夢の予言性が高まってるのかもしれないし。

 私だって、見る頻度は高くないけど、今のところ百発百中だ。

 先に見た夢を誰かに伝えとけば、予言者になれるかもな。……ちょっと内容が無意味すぎる気がするけど。


 次に見た時には、智に教えておこうかな。……でも、朝起きた瞬間に智に会うことって、ないよね。夢は起き抜けしか、とりあえず覚えてないし……。

 そう考えて、可能性があることを思いだした。……いや、でも……まだ……。


「天音さん、黙り込んだと思ったら、何で耳が赤くなってるんですか?」


 あ、まずい。


「何でもない」


 智から顔をそらす。


「明らかに、おかしいですけど、何かあるんですか?」

「もう、何でもないって。紅茶淹れて?」


 智が私をじっと見る。


「そうやって、天音さんは逃げるんですね?」

「最初に逃げたのは、智でしょ?」

「僕は答えましたよ?」


 え? そうだっけ?


「嘘だ」

「言いましたよ。天音さんは鈍いって」


 ……確かに言ったかも。あれ、そもそも、何の話してて、私は鈍いって話になったんだっけ?


「ほら、天音さんは何を考えてたんですか?」


 私が考えているのを遮られる。

 ……そんなの言えません。目を合わせられなくて俯く。


「秘密」

「ますます気になります。好きな人が顔赤くしてる理由は知りたいです」

「……智のこと好きだなって思ったの」


 他にいい言い訳の言葉を思いつかない。

 あれ? 智が静かになった。

 顔をあげると、智が赤い顔をして、口を自分でふさいでいる。


「どうした?」

「天音さんは、やっぱり鈍いです」


 何で?


「答えたのに、どうして鈍いって言われるの?」


 意味が分からない。


「自分で言いだしといてなんですけど、自分のことがかわいそうになりました」


 智が肩を落とす。

 やっぱり、意味が分からない。わかるのは、智の元気がないってことぐらいだ。


「紅茶、私が淹れようか?」


 智が気を取り直したように、顔をあげる。


「いえ。僕が淹れますから。天音さんは座っておいてください」

「じゃあ、よろしく」


 智が私に背を向ける。

 あ、そうだ。


「智」

「何ですか?」


 智の肩に手を置いて、ちょっと背伸びをして、振り向いた智の唇に、軽くキスをする。


「どう? 元気出そう?」


 智が目を見開いたまま止まっている。

 ……そんなに驚くこと?


「智?」


 智が我に返って、私の頬に触れる。


「元気は出ましたけど、僕が試されてる気になります」

「試されるって?」


 智は言いよどむ。


「……どれだけ、天音さんを好きなのかってことをです」


 智の言葉に、自分の顔が赤くなるのが分かる。何でこんなこと、さらっと言えるんだろう。


「試してるつもりはないよ」

「そうでしょうね」


 智があっさりと答える。


「……鈍いからって、言いたいんでしょ?」


 私の言葉に、智が笑う。


「ちょっとは鋭くなってきたんじゃないですか?」

「紅茶、お願いします」


 智のからかいを遮って、私は座っていたところに戻る。


 バイオリンのケースが目に入って、バイオリンを持って走った時のことを思い出す。

 あれが、私たちの始まりだったのかと思うと、縁って不思議なものだな、と思う。

 予知夢より、縁の方が、よっぽど信憑性が高い気がする。

 

 だって、予知夢を見たからって、私の運命は変わらないと思えるから。

 だけど、繋がった縁は、私の未来を変えていくものだから。


最後までお付き合いいただき、ありがとうございます。


以前の作品を読んでいた方は、この先があることをご存じだと思うんですが、その時も、元々はここで終わりにするつもりで書いていたので、今回はここで終わりにします。

楽しんでいただければ幸いです。

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