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「あのさ、智?」


 私は混乱している頭の中を整理するために、口を開いた。


「何ですか?」


 智はまだ突っ伏したままだ。


「どうして遠距離恋愛になるの? 智、留学でもするの?」


 智は不機嫌な様子で、起き上がる。


「そんなの、天音さんが東京に帰るからじゃないですか」

「だって、月末にはこっちに戻ってくるけど?」

「だから………何で?」


 何でって、私の方が聞きたい。


「私、こっちの会社に就職したんだけど」

「え?」


 智が止まる。


「言ってなかったっけ? 色んな人に聞かれたから、話したつもりになってただけかな?」

「でも……飲み会の時……東京に帰るって……」

「ごめん、あの時酔っ払ってたから、智の話聞かずに返事したりしたのもあったかもしれない」

「それ、何気にひどいです」


 智がいじけたように言う。


「ごめん。だって、智がそんな勘違いしてるなんて、思いもしないし」

「地元が東京だって聞いてから、きっと就職先は東京なんだろうな、とずっと思ってて。最後の最後に確認と思って、あの時聞いたのに……」

「ごめん」


 とりあえず、混乱の原因の一つは、智の勘違いから来るところだったってことだね。


「それで、告白しようとしたのって、いつのこと? 私には、全く見当がつかないんだけど……」

「言いたくありません」


 智は顔を窓の外へ向ける。


「私が混乱してる原因の一つなんだけど」

「その言い方ずるいです」


 そう言われてもね。


「思い当たらないんだよね」


 いつ、そんな雰囲気になったっけ?


「3月の発表会の前に、練習室で演奏を聴いてもらったときです」


 ぶっきらぼうに智が言う。


「あ」


 あの時の色んな人の会話がピースにはまる感じがする。


「わかりましたか?」

「ごめん。そんな話だとは気付いてなくて」

「天音さんが鈍いのは良く分かってます。だから、謝らないでください」

「鈍いって、ひどい。そんなに鈍くないよ」

「僕のアプローチ、ことごとくスルーしてましたよ」


 う。何かあったっけ?


「気付いてないでしょうね。僕も言いたくはないので、もし万が一思い出したら教えてください」


 あ。


「クリスマスに、って話は、ケーキの話じゃなくて、一緒に過ごしましょう、って話だったの?」

「……当たり前だと思いますけど。そうじゃないかな、とはうすうす気づいてましたけど、やっぱり、ケーキのことだと勘違いしたままでしたね」


 ……そうなると?


「初詣に誘われたのも、デートのつもりだった?」


 光には確かにそう言われてたけど……。


「あれは、天音さんのお母さんは気付いてたんじゃないですか」


 嘘。


「母さんが気付くわけないと思うんだけど」

「初詣に行く話、したんですよね?」

「したよ」

「誰と、って聞かれなかったですか?」

「聞かれた。バイト先の後輩と、って言った」

「性別聞かれなかったですか?」

「……聞かれた」


 智がまた大きなため息をつく。


「それ、完全に気付いてますよ。だから、振袖着るように言われたんだと思いますけど」


 そうかな?

 私が首をかしげるのを見て、智は苦笑する。


「だから、天音さんは鈍いんですよ」


 そんなことない!


「バレンタインデーは……」

「天音さん、絶対気づいてなかったでしょ。そんな嘘つかなくていいです」


 私は頭をひねる。あ、あれ!


「蕾のバラも、そうなんでしょう? でも、これは、私が鈍くなくても、分かりづらいと思うけど」


 花言葉がすぐわかる人なんて、そんなに多くないと思う。智に反論できたような気分になる。


「あれはそもそも、おまけみたいなものです。本当は卒業式の後に告白しようと思ってました。あんなことがあったので言えなくなりましたけど」


 そう言うことなんだ。

 私が鈍いのは、認めないといけないのかな。……認めたくはないけど。

 そうだ。


「あと、もう一つだけ、いい?」

「いいですよ。もう何でも聞いてください」


 なんだか、智が投げやりだな。


「いつから、好きでいてくれたの?」

「そんなこと、聞かないでくださいよ」


 何でも聞いてって、言ったのに。


「嘘つき」

「嘘つきとかじゃなくて、ああ、もう。そんなこと聞いて、どうするんですか」

「頭を整理したいから? 混乱は大分解消してきたんだけど」


 私の言い分に、智は諦めたように項垂れる。


「一番のきっかけは、天音さんが、お客様に絡まれてるのを見た時です。上手く対処できないでいるのを見てたら、天音さんのこと心配になってきちゃって、自分がどうにかしてあげなきゃって、気持ちになったのが、たぶん、最初だと思います」


 そうなんだ。


「でも、智は、積極的に私に関わってこようとは、してなかった気がするけど」

「それは、天音さんが、男性が苦手な理由も知ってたからです。これ以上は言いたくありません。それに、一つだけって言うのにはもう答えましたし。もうこの話は終わりでいいですか?」

「それだと、疑問が残ったままになって、ちょっといや」

「天音さん。鈍いのは分かってますけど、僕に全部言わせなくてもいいじゃないですか」


 智は拗ねているような声を出す。でも。


「智が何考えて私と関わろうとしてたのか、知りたい」

「何でそんなこと知りたがるんですか」


 智の声があきれたような声に変わる。


「付き合うとしたら、智しか考えられないし、智が考えてることを知りたいな、と思ったから。こんな理由じゃ、駄目?」


 あれ、智が固まった。あ、もしかして。


「ごめん。答えはまだいらないんだったよね? 聞かなかったことにしといて」


 さっき、答えないでください、って言ってたもんね。

 私の言葉に、智がはっとなる。


「天音さん、今、何て言いました?」

「聞かなかったことにしといて、って言ったよ?」

「その前です」


 …えーっと。


「答えはまだいらないんだったよね? だったかな?」

「天音さん、それ本気で言ってます?」


 え?


「本気で言ってるけど」


 智は大きなため息をつく。そして、思い出したように明かりをつける。明るくなってから、今まで暗くて表情が分かりにくかったのに、今更気づく。

 智の今の表情は、呆れている、だ。なんか変なこと言ったかな。


「……じゃあ、それを言う前に言ったこと全部、もう一度言ってください」


 えーっと、何言ったっけ?


「付き合うとしたら、智しか考えられないし……あと、何だっけ……?」


 智が嬉しそうに笑う。


「それで十分です」


 そうなの?


「それは、天音さんの今の気持ちですか?」

「そうだね。智と付き合うのは、想像できるって言うか……」

「じゃあ、付き合いましょう」


 真剣なまなざしで、智が私を見る。


「え?」


 私の方が驚く。


「何が、え? なんですか?」

「答えは、今言わない方が良いんでしょ?」

「それは、天音さんの気持ちが、今誰かと付き合うってところにないと思ってたからです。昨日はあんなことがあったし」


 ……そっか。何だか混乱しちゃって、そこは抜けてたかもな。


「えーっと。付き合うってことになるの?」


 智が照れたような表情で口を再度開く。


「天音さん。僕と付き合ってください」

「えっと、よろしくお願いします」 


 これでいいのかな?


「疑問そうな顔しないでください。自信がなくなります」

「だって、付き合うのなんて初めてだし」

「僕だって付き合うのは初めてですよ」

「嘘。智モテるでしょ?」


 今日何度目かわからないため息を智がつく。


「それと付き合うかどうかは別問題です」


 やっぱりモテるんだな。


「……私で良いの?」

「天音さんは全部スルーしてくれてましたけど、僕は何度も天音さんがいいって、伝えてきたつもりですよ」


 ……そう、だっけ? そんなこと言ってた?


「気付いてないのは知ってます。あんまりにもあからさまだから、天音さんの周りの方が気づいちゃってたんですよ? バイトの飲みの時、皆に色々言われたんでしょ?」

「そうだったの?」


 ……だから、あんなに皆に言われたんだ。


「でも、智の気持ちはともかく、私の気持ちは?」


 皆、私も好きなんだという前提で話をしてたし。


「天音さん、他の男の人に対する態度と、僕に対する態度の違いも自覚してないですよね。僕も、天音さんが僕を男として認識してるのかしてないのか、途中まで判断つきかねたんですけど」


 ……途中まで?


「途中までって?」

「天音さんが僕を男として認識してるって態度とか発言が、時折見られるようになったので、一応、対象としては入るのかな、と思ってたんですけど」

「そんなこと言ってた?」


 智が嬉しそうに笑う。


「言ってましたよ。教えてあげませんけど」


 それこそ、記憶にないな。


「勘違いじゃなくて?」

「そうだとしたら、皆が天音さんを僕に託しませんよ」


 託す?


「託すって、何?」

「バイトの飲み会の時、僕は、女性陣から、天音さんのことよろしく、って言われましたよ」

「あの時、そんな話してたの?」

「皆、付き合ってるのかどうか気になってたみたいですよ。最初は僕が怒られましたけど、結局、天音さんがあまりに鈍いんで、僕のことがかわいそうになったみたいです」


 皆して、私を鈍い人認定するなんて……。


「そんなに鈍くないもん」


 私がぷいっと顔を窓に向けると、智がシートベルトを外して、助手席のヘッドレストに手をかけて、身を乗り出してくる。


「天音さん」


 私は窓を鏡の代わりにしてうっすらと映る智を見る。


「何?」

「今、僕が何しようと思ってるか、分かります?」

「CDでも取るの?」


 車のエンジンはかかったままだけど、車を停めて話しているうちに、いつの間にか流れていた曲は止まっていた。


「違います。やっぱり、鈍いと思いますよ」


 智が苦笑する。じゃあ、何?

 智に顔を向けると、距離が近くてドキッとする。


「キスしてもいいですか?」


 言われた言葉の処理に時間がかかる。キス? ……キス!?


「……恥ずかしいから、嫌」


 私は俯く。たぶん、顔も赤くなってるはずだ。


「したくないとは言わないんですね」


 智が私の顔に触れる。


「恥ずかしいって、言ってる」

「じゃあ、目をつぶったらいいですよ」


 ……そうなの? 言われたとおりに目をつぶると、智がクスリと笑う。

 なんか、嫌な感じ。


「天音さん、怒らないでくださいよ。かわいいな、って思っただけなんですから」


 智がそれだけ言うと、私の唇に、暖かくて柔らかいものが触れた。

 その暖かいものと智の手が離れて、私は目を開ける。


「恥ずかしかった、ですか?」

「恥ずかしい」


 私の表情を見て、智が嬉しそうに笑う。


「嫌がられなくて良かったです」

「言ったのに」

「まあ、言ってましたけど。天音さんが本気で嫌がってたら、しませんよ。時間がかかっても、僕は待ちます」


 智の真剣な表情に、ドキッとする。


「……ねえ、星見に行くんじゃなかった?」


 ドキッとした気持ちをごまかすように、話題を変える。


「そうでしたね。じゃあ、行きましょう」


 智もあっさりさっきの表情を引っ込めて、シートベルトをつけ直すと、ハンドルを握る。


「じゃあ、出発しますね」


 智が車内灯を消す。


「お願いします。あ」


 言ってない事を思い出した。


「何ですか?」


 智が私を見る。薄暗いので表情は見えない。私の表情も見えないだろう。返って好都合かな。


「智のこと好きかも、って言ったっけ?」


 流石に、言葉にすると照れる。


「……初めて聞きました。“かも”は余計な気がしますけど、今は良いです。ただ、車内が明るい時に聞きたかったですね」


 色々注文はついたけど、智の声は嬉しそうだ。


「それじゃ、行きましょうか」

「はい。お願いします」


 車が、暗闇の中をヘッドライトで道を照らしながら進んでいく。

 付き合うっていうのも、こういうことなのかもしれないな、と思う。

 2人の未来は見えない。でも、2人の気持ちが同じ方向を向いて関係を続けようとエネルギーを発することで、同じ未来を辿っていける。

 もしかしたら野生動物が飛び出して来たり、障害物があって蛇行することはあるかもしれないけど、智と一緒に、その道を辿れるといいな、と思う。

智おめでとう。by作者。

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