表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/15

13

 タクシーから飛び降りると、私は走った。エスカレーターを駆け上る。あまりの勢いに、乗っていたお客さんが振り返る。あ、この光景覚えがある。いつだったか夢で見た。いや、今そんなこと考えてる暇はない。

 エスカレーターを降りると、私はカウンターへ走り込んだ。


「すいません、最終便の搭乗手続きって、まだできますか?」

「大変申し訳ございません。もう締め切ってしまいましたので」


 締め切りの時間は、私の時計ではほんの3分前だ。


「どうにか、なりませんか?」

「大変申し訳ございません」


 同じ言葉が繰り返される。


「……そうですか」


 やっぱり駄目か。


「お客様、こちらの便は最終ですが、もう一つの航空会社でしたら、一時間後に最終便がありますので、空きがあるか聞いてみてはいかがでしょう? このチケットのキャンセル手続きは、その後でも同様に致しますので」

「ありがとうございます」


 なけなしの気力を振り絞って、お礼を言って、カウンターを移る。

 もう、タクシーの中で次の便が満席であることは確認済みだ。でも、もしかしたら、という期待を持って、カウンターへ並ぶ。

 順番が来て、最終便の空きを確認する。


「現在、キャンセル待ちの方が10名ほどいらっしゃいまして、お客様をご案内できるかはお約束いたしかねますが、いかがいたしましょう?」


 それでも、可能性にはかけたい。タクシーでわざわざここまで来たんだから。


「キャンセル待ち、します」


 手続きをして、また元のカウンターに戻って、キャンセル手続きをする。安いチケットだったから、ほとんどお金は返ってこないけど。

 結局、正規料金で帰ることになって、タクシー代もかかって、返って高くついたな。下手したら、最終便には乗れなくて、帰るための交通費と、また来るための交通費もかかる。あ、バスの予約もしてたから、あの分も余分にかかってる……。

 私は力なく、椅子に座る。荷物だけは先に送っていて良かった。走るのに邪魔にならなかったから。


 私は最終便で帰るということは覚えていたんだけど、それが、この空港の最終便じゃなくて、その航空会社の最終便だということに気付いたのは、丁度一時間前だった。

 バス停で自分が乗る便を確認しようとして、自分の勘違いに気付いた。慌ててタクシーに飛び乗って空港まで来たけど、間に合わなかった。本当の最終便なら余裕あったんだけどな。

 そう言えば、予知夢見てたな。見るんなら、飛行機乗り遅れますよって、教えてくれればいいのに。自分の夢にそんな高性能さが備わってない事は自分がよくわかっているけど。

 あ、そうだ。電話しないと。


「ごめん。飛行機に乗り遅れた」


 私の一言目に、電話の相手が淡々と返してくる。正論はこんな時に堪えます。


「分かってる。自分のミスだって。もう一つの会社のキャンセル待ち待ってるから、結果が分かったらまた連絡するから。」


 それだけ言って電話を切る。

 ため息が漏れる。


「何で、ため息ついてるんですか?」


 上からかけられた声に、私は驚く。


「何で、智がここにいるの?」


 智が目の前に立ってることに混乱する。どうしているのかもわからないし、約束もしてなかったし、そもそもバイトじゃないの?


「さっき、バタバタしてましたけど、あれって、乗る便間違えてたんですか?」

「見てたの?」


 私の言葉に智が頷いて、私の隣に座る。


「天音さんが走ってここに来たところから見てました。立て込んでるみたいなので、落ち着いたころ合いを見て話しかけようと思ってたんで、今になったんですけど」

「本来の便に乗ってたら、話すタイミングなかったね」


 智が首をかしげる。


「最終便って言ってなかったですっけ?」

「その航空会社のね。失敗したな」

「間違えたってことですか?」

「そうなるね」


 またため息が漏れる。


「えーっと、今は何を?」

「キャンセル待ち。11人目だから、可能性は限りなく低いけど」

「そうなんですね」


 智が気にしているようにカウンターの方に視線を向ける。

 と、言うか。


「智は何でここにいるの? バイトじゃなかったっけ?」

「バイトは行ってません」


 智が首を横に振った。そうなのか。


「行ってないのは分かったんだけど、どうしてここにいるの?」

「……昨日の今日だしとは思ったんですけど……でも、見送りには来たくて」

「わざわざ良かったのに」


 今生の別れってわけでもないのに。

 昨日の今日って、何かあったっけ? あ。


「智のせいで嫌なこと思い出した」

「ごめんなさい。そう言うつもりはなかったんです。ただ、もっと天音さんと話をしときたかったな、と思って」


 そう言えば、昨日もそんなこと言ってたような。結局、智とゆっくり話したのは、バイオリンを置き忘れた理由を話してもらった時と、あの酔っ払っときぐらいだったような。あ、初詣の時もあったか。でも、そんなに沢山は長時間ゆっくり話す時間はなかったんだよね。なのに、よくこんなに仲良くなったな。


「そう言えば、智とゆっくり話したのって、そんなに多くはなかったね。折角だから今日この後ゆっくり話す?」

「え?」

「キャンセル待ちのキャンセルしてくるから、待っといて」


 私が立ちあがると、智が慌てる。


「そんなつもりじゃなかったんです。良いですから」

「でも、今日帰っても、明日帰っても、私はあんまり変わらないから。チケットを今日取ってたから、今日にこだわってたみたいなもんで」


 そうなんだよな。今日帰るのにこだわったのは、特に意味はないんだよね。明日一日ゆっくり過ごしたい、くらいだったからな。


「じゃあ、来週とかでも?」

「流石にそれは。明後日から旅行に行くし」

「……そうですよね。部屋の問題もありますしね」


 部屋? 何のこと? まあ、いいや。


「じゃあ、ちょっと待ってて」


 私はカウンターに行って、キャンセル待ちを取り消した。そして、翌日のチケットを取り直す。明日は間違えないようにしよう。



 ***



「お待たせ。とりあえず、市内に戻ろうか?」


 焦った気持ちで登ってきたエスカレーターを、何とも言えない気持ちで見ながら、下りに乗る。


「智はどうやって来たの?」


 まだ市内に戻るバスはあるはずだ。


「僕、車で来てるので。こっちです」


 智の足が駐車場の方に向く。


「わざわざ借りてきたの? 昨日、何も言ってなかったよね?」


 智は自分の車は持ってなかったはず。


「はい。借りてきました。今日思い立ってです」


 前を歩いているので、智の表情は見えない。


「あ、連絡しなきゃ」


 向うで、待ってるんだった。

 スマホを取り出して、さっきかけた番号に、また掛ける。


「ごめん。結局駄目だったから」


 電話の向こうから聞こえるため息が、大きい。


「ごめん。お手数おかけしました」


 明日の予定を聞かれる。明日は、仕事じゃないの?


「大丈夫。昼間だし、心配することないよ。何年東京に住んでると思ってるわけ?」


 ほんとに心配性だ。


「じゃあね。父さんと母さんにも言っといて」


 一方的に電話を切る。はぁ。


「誰、ですか?」


 智が振り返る。


「兄」

「お兄さん、いるんですね」

「いる。心配性なんだよね。明日も仕事のはずなのに、迎えに来るって言うから、断った」


 あの心配性なのは、どうにかしてほしいと思う。いつも彼氏ができたかどうか確認されるし。


「そうなんですね。でも、気持ち何だかわかります」

「どういうこと?」

「車、こっちです」


 智は含み笑いして話を逸らすと、何となく見覚えのある車に近づく。


「どうぞ」


 今日はいつもの服なんだけど、智が助手席のドアを開けてくれる。


「ありがとう」


 座席に座り込んで、シートベルトを締める。


「天音さん、荷物少ないですね」


 智がシートベルトを締めながら、私を見て言う。

 荷物はいつも送るようにしてるからな。


「荷物、先に送っちゃったから……あ!」

「どうしたんですか?」

「智に貰った花、タクシーの中に忘れてきた……」


 折角もらった花だったのに。貰ったときの紙袋に入れて、タクシーに乗り込む時までは持ってたのに。焦ってタクシー飛び出した時に、忘れてきた…。


「そうなんですか? タクシー会社の名前が分かれば、何とかできそうですけど?」

「ごめん。焦ってたから、タクシー会社の名前とか、覚えてない。本当にごめん。折角もらったのに」


 お金も多めに払っておつりもいらないと言ってきたから、レシートも貰ってないし。本当に申し訳なくて、智を見ると、智は笑って首を横に振った。


「気にしなくていいですよ。焦ってたんだったら、仕方ないですから。花を持って帰ってもらえるより、こうやって話す時間をもらえた方が、僕的には良いですし」


 じゃ、出ますね、と智が車を動かす。

 本当にいいのかな?


「ごめんね。花買うの、恥ずかしかったんじゃない?」

「……そうでもないです」


 間があったのは、恥ずかしかった、ってことだよね?


「蕾のバラ、向うでも見れるように、ってことで選んでくれたんでしょ?」

「……そうですね」


 今度は、何で間があるんだろう?


「天音さん、空港からなら、星の見える町近いですけど、行きますか?」

「行きたい! お願いします」


 私の返事に智が笑う。


「じゃあ、行きましょう」


 まだ8時だから、市内に戻るにも、そんなに遅すぎることはないだろう。

 車は、私が空港に来た時とは違う道に入った。


「それで、何で蕾のバラ、選んだの?」


 私の言葉に、智がため息をつく。


「向うでも見てほしかったからですよ?」


 智はそっけなく、それだけ言う。


「花言葉とか、あるの?」


 全然興味はないから知らないけど。


「さあ」


 智の返事はやっぱりそっけない。 


「愛の告白、だって」


 私がスマホの画面を見て智に伝えると、智が動揺する。チラッと私の手元を見て、


「どうして調べてるんですか」


 焦ったように言うと、ウインカーを出して車を停める。


「智も花言葉知らないみたいだったから」

「だからって、今調べるとか思わないじゃないですか」


 智はハンドルに突っ伏す。

 何だか変な返事。


「こんなの貰ったら、勘違いしちゃうかもよ?」


 私がからかいながら言うと、智が顔をあげた。


「というか、そのまま勘違いしてください」 


 智の言葉に、思考が止まる。


「……勘違いしてって?」

「本当は今、言うつもりはなかったんですけど、天音さんのことが好きです。付き合ってほしいと思ってます」


 嘘。


「天音さんが、昨日嫌な目にあったこともわかってるし、そういうつもりが今ないってことも分かってます。でも、いずれは、天音さんにそう言う対象として見てほしいと思ってます」


 私が気付いてなかったってだけのこと?


「これから付き合うとなると、天音さんとは遠距離恋愛になるしと思って躊躇してて、やっぱり言おうと思って、言うタイミングを計っては失敗するし、昨日のこともあるし、もう今は告白するタイミングじゃないんだと思って、今の時点で言うのはやめようと思ってたんです」

「ごめん。私、混乱してるんだけど」


 私は頭の中が整理できずに、とりあえず現状だけを智に伝える。


「分かってます。だから、いずれ、そういう対象として見てほしいって言ってるんです。だから、今は答えはいらないです。むしろ、答えないでください」


 智はそれだけ言うと、またハンドルに突っ伏した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ