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「はい、ビールです」


 新しいビールが渡される。


「ありがとう」

「でも、飲み過ぎじゃないですか?」


 あれ?


「上原君?」


 気が付くと、高橋さんが隣からいなくなっていた。あれ、いつの間に。

 私の片側にいたはずの森下さんも、いつの間にか消えている。

 どこ、行ったんだろう?

 キョロキョロと見回すと、元々、智がいた席に、智の同期に加えて、三田さんと、光と、楠本さんがいる。あの島の人たちから、私たち、見られてるんですけど。

 私が見ているのに気付いた皆が、目をそらす。見物するんじゃありません!


「えっと、上原君……もういいや。智」

「え? いいんですか?」

「だって、みんな気付いてたみたいよ」

「ああ、それで」


 智が納得している。きっと、智も何か言われたんだろう。

 皆、どうして、私たちをくっつけたいんだろうな。

 光も、高橋さんも、私が仕事がきちんとできると評価してくれていた。智もきっと、そんな私の姿に尊敬して慕ってくれてる、とかなんだと思うんだけどな。勿論、バイオリンの恩人って言うのも大きいだろうけど。


「……東京に戻るんですよね?」

「そうだね」


 智の声が耳に入ってきて、我に返る。

 一応、智の話に頷いてたけど、最初の方、ほとんど聞いてなかったな。

 酔っ払いだから許して。それに、今日は話聞くのに疲れちゃった。


「東京、いつ帰るんですか?」

「卒業式終った翌日には帰る予定」

「そんなに早く?」


 智が焦ったように言う。


「地元の友達とも旅行に行こうって話になってて。就職したら、なかなか予定合わせられなくなるから」

「……そうなんですね」


 智がため息をつく。


「どうしたの?」

「……結局、星、見に行けなかったじゃないですか。卒業式の後にでも予定が合わせられればな、と思ってたんですけど」


 そう、結局智と星を見に行く約束は、果たされなかった。それは単純に、発表の準備で落ち着かない気分のまま、せっかくきれいだろう星を眺めて楽しめる気分にならなかった、と言うのもある。


「ごめんね。折角誘ってくれてたのに」

「これも、いつか、一緒に行きませんか?」

「行きたいね。……そう言えば、私もういくつか、智と果たしてない約束があるよね」


 “いつか”の単語に、記憶が刺激された。何だったっけ?


「京都と、天音さんの地元の寺めぐりです」


 そうそう。それは約束してた。京都か。


「京都は、ゴールデンウィークとかどう?」

「え?」


 智がすごく驚く。


「何で、そんなに驚くの?」

「だって、わざわざ良いんですか?」

「まあ、就職して初めての貴重な休みではあるけど」

「込むんじゃないですか?」


 あ、皆休みだもんな。


「多いかな? やっぱり、やめとく?」


 私がそう言うと、智が焦る。……変なこと言ったっけ? 判断力は間違いなく鈍ってると思うけど。


「いえ。天音さんさえよければ、行きましょう」

「たぶん、今、判断力鈍ってるから、詳細はまた決めよ」

「はい」


 智が嬉しそうに笑う。

 そんなに京都に行きたかったんだな。

 心なしか、智が元気を取り戻した。きっと、あっちの島で散々いじられて、疲れてたんだろうねぇ。

 智が思い出したように、自分のグラスと私のグラスを変える。


「何?」

「天音さん、もうこれ以上飲まない方が良いです。判断力鈍ってるって、自分で言ったじゃないですか」


 ええ!


「今日は飲むの。飲まなきゃやってられません」

「ダメです。大人しくソフトドリンク飲んでおいてください。新しいの注文しますから、何がいいですか?」


 渋々メニュー表を見る。


「メロンソーダ」

「天音さん、そんなものありません。炭酸がいいなら、ジンジャーエールとかどうですか?」

「あ、ジンジャーハイボール」


 私の言葉に、智が目を怒らせる。


「ジンジャーエールでいいですね?」


 ……私は大人しく従うことにした。


「智は世話焼きさんだね」

「天音さんにだけですよ」

「私って、そんなに危なっかしい?」

「普段はそうでもないですけど、今の状況見ると、心配になりますね。いつも、こんな感じなんですか?」


 智と一緒に飲み会に出るのは、これが初めてか。これで最後になるんだろうけど。


「どうだろう? いつもこんな感じかな」


 私の言葉に、智がため息を漏らす。


「僕が心配なんで、飲み会とか、あんまり飲まないようにしてください」


 就職先、営業に配属される予定だから、それは完全には約束できないかもな。


「天音さん。聞いてます?」

「はーい」


 私の返事が信用ならないと思ったようで、また智がため息をつく。


「僕が近くに住んでれば……」


 そう、ぶつぶつ呟いている。どういう意味?

 まあ、いっか。

 私は仕方なく、智に交換されたウーロン茶を飲んだ。

 さっき視線を感じた島を見ると、もう皆、私たちにはすっかり興味をなくしたみたいだった。私たち、おもちゃにされただけ?


「東京に帰る飛行機って、何時なんですか?」


 声を掛けられて、智を見る。


「えーっと、ごめん。時間ははっきり分かんないんだけど、こっちを出る最終ってことはわかってる」

「向うにつくの、遅いじゃないですか。大丈夫なんですか?」


 智は心配性だな。


「大丈夫。迎えは頼んである」

「それなら、良いですけど……」


 実家にも心配性がいるもんで。


「空港行くとき、送っていきましょうか?」

「いいよ。空港までのバスも予約しちゃったし。それに確か、早坂さんに、その日シフトに入るの頼まれてなかった?」


 この間、タイムカード押すところで、丁度、智が早坂さんにつかまってるのに遭遇した。日付を聞いて、帰る日だなと思ったので、覚えている。


「……判断力鈍ってるって言いながら、そう言うのは判断できるんですね」


 え?


「誰が、判断力鈍ってるって?」

「天音さん、酔っ払ってますね。自分で言ってたじゃないですか」

「あ、言った。だから飲ませてもらえないんでしょ?」


 智の前にあるビールを見て、恨めしそうに智の方を見ると、智が項垂れる。


「無自覚って、嫌だ」


 無自覚? 何の話?


「智、どうしたの?」


 項垂れた智の顔を下からのぞき込む。

 つもりだったんだけど、フラッと体が揺れて、智の体に寄りかかるようになる。

 “おお!”と、どこかから、声が挙がるのが聞こえる。何か、あった?


「本当に、もう、嫌だ」


 智が、私の体を引き起こす。


「ごめんね。酔っ払ってて」


 いくら酔っ払ってても、智が私に怒ってるのは分かります。


「帰り、絶対送っていきますから」


 今日はみんながいるところだし、同じ方向の子がいるから送らなくていいよ、と言ってあった。


「いいよ。大丈夫だよ」

「これで大丈夫とか、よく言いますね」


 智の声は呆れている。


「ごめんね」


 私が智を見上げると、智が言葉を詰まらせる。どうした?

 あ。


「智、身長伸びたね?」

「へ?」


 話題が急に変わったことに、智があっけにとられている。


「だって、座ってて、私が見上げるって、結構伸びたんじゃない?」

「……気付いてなかったんですか?」


 うーん。智の身長を気にしたことがなかったな。


「智が伸びたって教えてくれたら、気付いたんじゃない?」

「それ、気付いたって言いませんよ」


 智が苦笑する。酔っ払いだからねぇ。


「どれくらい伸びたの?」

「測ってはいませんけど、5センチは伸びたんだと思います。170の友達と並んでもそんなに変わらなくなったので」

「へぇ。伸びるもんだね」


 もう、私は伸びないだろうしな。


「天音さんは、僕の身長は気にならないんですか?」


 ああ、確かに、智に関しては、身長は気にならないな。


「そうだね、智は気にならないね」

「どうしてか、考えたことあります?」

「どうしてか?」


 どうして、なんだろうな?


「どうしてだと、思う?」


 私が智に質問し返すと、智が苦笑する。


「僕が質問してるんですけど。まあ、いつか答えてください」


 いつかでいいのか。じゃあ、いいや。


「じゃあ、そのうち」


 私があっさりそう返事をすると、智が笑う。

 笑うような内容なのかな。


「あ、天音さん。帰りは送りますから」


 あ、話が戻った。


「断ることはできないんでしょ?」


 もう、諦めモードだ。


「天音さん、今まで飲み会の時、帰るときは、どうしてたんですか?」

「え? 家が近い友達とか後輩が、うちまで送ってくれてたよ。皆うちまでついてきたがるんだよね」

「……それは、着いてきたがっているって言うか……」


 何? 続きは?


「天音さん、いい友達と後輩持ちましたね」


 ああ、それは思う。


「そうだね。だから、この大学選んで、このバイト選んで良かったと思うよ」


 智は私が大学を選んだ本当の理由を知ってるから、それを思い出したみたいで、笑いながら頷く。



 ***



「じゃあね」


 光が智に耳打ちした後、手を振って逆方向に向かう。光は地元の出身で、住んでる方向が違うんだよね。他の皆も、もうちりじりになっている。


「送り狼になるなって?」


 私の言葉に、智が目を見開く。


「聞こえてたんですか? っていうか、聞いてたんですか?」

「少し聞こえたし、もう酔いは覚めてるよ」


 最後はソフトドリンクしか飲んでなかったし、外の冷たい空気で、目が覚めた。


「まあ、そんなところです」


 そんなところって、他にどんなところがあるんだ?


「そんなの心配しなくてもいいのにね?」


 フラッと体が揺れる。


「どこが、酔いが覚めたんですか?」


 智に腕を掴まれる。


「覚めたと思ったんだけどな」


 智は当たり前のように、手をつなぐ。


「またこれ?」

「他に、肩抱かれて歩くのと、腰抱かれて歩くの、どれがいいですか?」


 ……それは、選択肢になかったな。


「これで、お願いします」


 今日は、ここから、徒歩で帰る。智は飲みもしないのに、自転車では来なかったと……。これを見越してたのかな。


「いつも飲みの帰りは、徒歩なんですか?」

「いや。自転車で帰ってたよ」

「それ、飲酒運転……」


 それは知ってる。


「だから、この間おまわりさんに注意されちゃって、今回はやめたの」

「もうやめてください」

「はーい」

「その返事、信用できないですね。でも、東京だと、飲みとかでも電車とかで移動ですよね?」


 なぜ、東京の話?


「まあ、うちからなら、地下鉄かな。JRも駅はそれほど遠くないし」

「じゃあ、飲酒運転は心配しなくても大丈夫ですね」


 あ、帰ってから、私が飲み歩くとでも思ってるんだ。


「そんなに飲まないから、安心して」

「この状態で言われても、信憑性有りません」


 あーあ。智にはお酒については信用なくしちゃったな。


「私、信用ないね」

「これじゃ、無理ですね」


 智が笑う。

 その後に、あ、と声を出す。


「男の人と飲みに行くのなんて、できるだけやめてくださいね」

「そんなことしないよ」


 何が楽しくて、男の人と飲みに行かないといけないんだろう。

「仕事上で断れなくて、とかあるかもしれないじゃないですか」


 ああ、確かに。


「そんなに心配なら、迎えに来ればいいんじゃない?」


 何の気なしに、そう返す。


「そんなことできるなら、したいですけど」


 まあ、そんなこと無理だよね。


「無理なのは、分かってる」


 だから、酔っ払いの戯言ですから。あ、やっぱり、まだ酔ってるな。


「……分かってるなら、言わないでください」


 智の声が拗ねた。


「ごめんね」

「謝らないでください。仕方のない事じゃないですか」


 智は真面目に答えてるな。


「酔っ払いの戯言だから、気にしないでよ」

「天音さん、酔っ払うと、たち悪いです」

「そう? いつもこんなんだけどな」

「本当に、天音さんは友達と後輩に感謝したほうが良いです」


 いつも感謝してるんだけどな。感謝が足りないかな?

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