マーヴィンside(1)
マーヴィンには鬱陶しい婚約者が居た。
金の為の婚約とはいえ、どこまでも執念深くマーヴィンに愛を求める女にうんざりしていたのだ。
ベアトリス・シセーラ。
両親に溺愛されて育ち、養子である兄もベアトリスを大切にしている。
マーヴィンとは真逆の環境にいるベアトリス。
何不自由なく我儘放題のベアトリスは見ているだけで苛々する。
女遊びをして金を注ぎ込む馬鹿な父親。
何もかもに無関心な母親。
こんな家がマーヴィンは大嫌いだった。
何で自分だけがこんなに不幸なのかと、いつも思っていた。
(‥‥こんな家、継いだところで)
今のセレクト公爵に残っているのは、爵位と歴史だけだ。
それ以外、何の価値もない。
(俺にも価値なんてないんだ‥!)
けれど幸いマーヴィンは容姿に恵まれていた。
そしてマーヴィンが幼い頃から嫌っていた女遊びに、自分の心の隙間が満たされる事に気が付いたのだ。
それからマーヴィンは温もりを求め続けた。
マーヴィンの父は、もう金無しでは相手にされないのだろう。
愛人を囲うのにも必死である。
(馬鹿な奴だ‥)
マーヴィンが悲しげに笑うだけで名前も知らない御婦人も令嬢も娼婦ですらマーヴィンを愛して尽くすのだ。
そして面倒な事を言い始めた奴には冷めた態度で接する。
そうすれば勝手にマーヴィンの側を離れていった。
(飽きれば捨てればいい‥女なんていくらでもいる)
マーヴィンは現実から逃げる為に"女性"を使っていた。
しかし、とあるパーティーでいつものように柔かに微笑んだマーヴィンは、厄介な女であるベアトリスに執着されることとなる。
マーヴィンはベアトリスの過剰な愛情が鬱陶しくて堪らなかった。
冷たくしても暴言を吐いてもベアトリスは諦めずにマーヴィンを褒め称えて愛してくるのだ。
(気持ち悪い‥)
まさか父が欲している金を餌に、婚約までする事になるとは思わなかった。
マーヴィンが今まで婚約者を作らなかったのには理由があった。
婚約者が居たら複数の女性関係は作れないからだ。
ベアトリスはマーヴィンの自由を無理矢理奪い取ったのだ。
(なんてウザい女なんだ‥)
マーヴィンは我慢出来ずにベアトリスと婚約した後もベアトリスに隠れて不貞行為を続けた。
けれどマーヴィンにいつも付き纏っているベアトリスはマーヴィンの行動に対して文句を言うのだ。
(お前のせいで、お前のせいで俺は‥!)
マーヴィンにとってはベアトリスなど、どうでもよかった。
他の女性に会おうとすると必ずベアトリスの邪魔が入る。
我慢の限界を迎えたマーヴィンは「もうしつこく付き纏わないから、他の令嬢の元へ通うのをやめてください」というベアトリスに「嫌なら婚約破棄すればいい」と吐き捨てた。
ベアトリスはその言葉に大きく目を見開いた。
そしてベアトリスは泣き喚き「絶対に婚約破棄したくないですわ」と癇癪を起こしたのだった。
けれど、次の日から自分本位だったベアトリスがマーヴィンの様子を窺うようになったのだ。
マーヴィンは昨日の言葉を思い出していた。
どうやら「婚約破棄」はベアトリスにとって最も有効な言葉だと気づいてしまったのだ。
(ははっ!これは使えるぞ‥ッ)
ベアトリスがマーヴィンに何か苦言を呈す度に、マーヴィンは婚約破棄を持ち出した。
そうすればベアトリスは今までの態度が嘘のように大人しくなったのだ。
マーヴィンはベアトリスの邪魔が入らなくなった事で、再び自由になった。
また女遊びを始めたマーヴィンは、ある仮面舞踏会で寂しげに顔を伏せている"ハンナ"という女性に出会う。
初めはハンナが王女だと思わずに、マーヴィンはハンナを口説いていた。
けれどマーヴィンにハンナは靡く事はなかった。
それが気になったマーヴィンはハンナの正体を暴く為に手を尽くした。
そして――
(まさかハンナが王女だったなんて‥)
政略結婚が嫌だったハンナは城から抜け出して、運命の相手を探してパーティーに参加していたのだという。
マーヴィンはハンナの純粋さに惹かれていった。
自分が守ってあげなければ、と強く思うようになっていったのだ。