2
そんなある日、ベアトリスは高熱を出した。
雨の日にマーヴィンと他の御令嬢がデートしているのを草叢に忍んで見張っていたからだろう。
ベアトリスの高熱は下がる事は無かった。
命すらも危ないと言われて三日三晩苦しみ続けた。
それでもベアトリスの元にマーヴィンは見舞いに来なかった。
少しだけ熱が下がった頃、ベアトリスは「マーヴィン様に会いたい‥」と譫言のように呟いた。
ベアトリスの兄であるブランドがマーヴィンに何度か連絡した後、マーヴィンは侯爵邸にやって来た。
気を遣った家族達はベアトリスとマーヴィンを残して部屋を出た。
「マ、ヴィン様‥?」
ベアトリスは震える腕をマーヴィンに伸ばす。
ブランドがマーヴィンを呼んだことを知らなかったベアトリスは、自分を心配したマーヴィンがお見舞いに来てくれたのだと思ったのだ。
けれど‥
「チッ‥」
「‥?」
「世界で一番お前が嫌いだ」
「‥‥マーヴィン、様?」
マーヴィンの放った言葉にベアトリスは目を見開いた。
椅子に座りマーヴィンは憎しみの籠った瞳でベアトリスを見下していた。
「例えお前と結婚したとしても、俺は一生お前を愛さない」
「‥‥」
「いっそ目が覚めなければいいのに‥」
マーヴィンの声がベアトリスに届いた。
そのまま立ち上がり、部屋から出て行った。
ベアトリスの頬にはゆっくりと涙が伝っていく。
(わたくしは、また間違えてしまったのね‥)
次第にベアトリスの目から大粒の涙がポロポロと零れ落ちた。
心が苦しくて痛くて堪らない。
(こんなことなら、マーヴィン様への恋心など全て消えてしまえばいいのに‥!)
そのうちに視界がぼやけて真っ暗に染まる。
そのままベアトリスは意識を手放した。
*
寝過ぎたのか体の節々が痛い。
喉の渇きと共に、ゆっくりと目を開けた。
確か、今日は肺の検査と血液検査‥‥。
幼い頃からずっと病気を患っていた。
毎日同じ景色を見ながら苦痛に耐える日々。
このままベッドの上で、静かに死を待つしかないと思っていた。
(‥‥え?私、何してるの?ここ、病室じゃない?)
どうやらいつもとは違う広々とした柔らかいベッドに、見慣れない天井。
点滴の針が刺さっていない腕と病院特有の臭いがしない部屋。
何度も何度も辺りを見回す。
(此処は、どこなの‥?)
急いで鏡の元まで走っていく。
鏡に映った自分の姿を見て、驚きと共にその場で崩れ落ちた。
「これが、わたし‥?」
可愛らしい声が小さな唇から漏れて出た。
改めて両手で頬を挟み込みながら鏡を見てみるが、感覚も感触も確かに自分のものだ。
それに、この顔はよく知っている。
(もしかして私、乙女ゲームの世界にいるの!?ヤンデレ令嬢のベアトリスになってるんだけど!?)
病室でやり込んでいた乙女ゲームに出てくる悪役令嬢‥というか病んでる系令嬢ベアトリス。
思い通りにならないと癇癪を起こして自分を傷つけてしまう。
そしてマーヴィンへの愛は重たすぎて震える程だ。
このゲームのヒロインは王女のハンナである。
まるで天使のように心優しいハンナが、訳ありな令息達や隣国の王子達と恋愛をしていくのだが、全て攻略対象者の婚約者達が踏み台なのだ。
ゲームをしている側としては、ハンナが次々とイケメンと結ばれて悪役令嬢を断罪していく様は爽快ではあったが、自分が断罪される側に回るとなると話は違ってくる。
こうして悪役側になって感じる事といえば、なんて傍迷惑な王女なのだろう‥という事だ。
王女だから基本的にはやりたい放題で、人様の恋愛事情に首を突っ込んでは掻き回して悪役令嬢達から婚約者を奪い取っていく。
けれどそれを悟られないように、悪役令嬢が中々に攻略対象者とハンナ王女を苦しめる下衆な性格をしているのだ。
ヤンデレ令嬢、ベアトリス・シセーラもその1人なのである。