13
しかし此処でベアトリスが怒れば、マーヴィンのペースに乗ってしまうだけだろう。
ベアトリスは再び同じ契約書を取り出して、マーヴィンに見せつけてからニッコリと微笑む。
先程、マーヴィンに渡したのは原本のコピーである。
勿論、作成したのはブランドだ。
(コピー機もないのにどうやって書き写したのかしら‥)
その答えは「秘密」だそうだ。
大事な紙をマーヴィンに取られて再び破られるのは避けたかったベアトリスは急いで懐に仕舞い込む。
(‥‥まぁ、これもコピーだけどね)
マーヴィンは何が起きたのか分からないのか、ポカンとして口を開けてベアトリスが持っている紙と自分の足元でボロボロになった紙を見ている。
マーヴィンの行動の先の先を読んだブランドは、まるで予知能力者かと疑ってしまう程だ。
これだけ行動パターンを読めているとなると、ブランドはマーヴィンにもストーカー行為をしていたに違いない。
(お兄様、恐るべし‥)
終わることのない押し問答にも飽きてしまった。
ベアトリスはマーヴィンにトドメを刺す為に、もう1つの切り札を取り出す。
「わたくし、お兄様に調べて貰ったことがありますの」
「ブランドに‥?」
そう言ってベアトリスは用意していたもう1枚の紙をマーヴィンの前に広げていく。
「っ、今度はなんだ‥!!」
「貴方に弄ばれた御令嬢のリスト‥‥といえば分かりやすいかしら?」
「!?」
「中には"名前を出したくない" "もう忘れたい"という方もいらっしゃったのですが、殆どの方が協力を惜しまない‥と、こうして書き込んで下さったのです」
「はぁ‥?向こうが勝手に近づいて来たんだッ!俺は何もしていないっ」
「‥‥受け入れた時点で変わりませんわ」
形勢逆転。
マーヴィンは先程とは違い、焦った様子を見せていた。
先程の契約書と不貞行為の証拠がズラリと並んだベアトリスが持っている紙。
これを合わせて見せてこそ、最大の効果を発揮することだろう。
女性を遊んで捨ててを繰り返していたマーヴィン。
それはもう数えきれないほどの恨みを買っている。
(――罰を受ける時が来たのよ!マーヴィン・セレクト)
『証拠を集めるのは俺に任せてくれ!!!』
そう言ったブランドの行動は早かった。
女性達の話を聞きに行くと朝早くに出ていき、夜遅くにシセーラ邸に帰ってきたブランドはボロボロになって眼鏡が曲がっていた。
泣きながら掴み掛かられたり、愚痴を聞かされ続けたりと散々な目に遭ったらしい。
「やはり女性は大切にしなければな‥」そう言ったブランドはフラフラと自室へと戻って資料を作り上げた。
そして何故かマーヴィンと関係を持っている女性を全て把握していたブランドのお陰で、この紙は完成したのだった。
「中にはマーヴィン様が婚約してくれると仰ったからといって、婚約者とお別れになった方もいるそうで‥」
「‥っ」
「その方の人生を滅茶苦茶にして逃げたのですね?あらあら、こんなに怒りを買って‥‥フフッ、そのうち刺されるんではないですか?」
マーヴィンに弄ばれたリストの中には、ご丁寧にズラリと恨みつらみが書き綴られていた。
ベアトリスはその紙に書かれた酷い部類のものを読み上げていく。
中には「コロシテヤル」と延々と書かれているものもある。
(遊び方を間違えた男の末路ね‥‥ゲームの中では王女と結ばれたから、みんな泣き寝入りしたのかしら)
そんなゲーム内と現実のマーヴィンとのギャップにベアトリスは完全に萎えていた。
「勝手な思い込みだろう!?俺はただ‥っ!!」
「マーヴィン様を死ぬほど恨んでいる方もいるでしょうね」
「‥‥ッ」
「わたくしと婚約破棄した後‥大変ですわねぇ?」
(本当、悪い事は出来ないわね)
ベアトリスはしみじみと思っていた。
こうやって人生がひっくり返るような出来事は簡単に起こってしまう。




