8.騎士団と近衛
予定より投稿が大幅に遅れてしまいました(>.<;)
構成を変更し、この回、長くなっています。
国立図書館から王城へ戻り、執務室に置いておいた服に着替え、左宮の自室に戻る前にマックスから注意を受けた。
今日使用した変異術『ペンディゴル(変異)』と『ヴィデアフタバル(再構築)』は王族のユニーク魔法の一種であり、使用できるのは王族でも全員が出来るわけではないそうだ。
そして、近衛と騎士団でも情報が制限されており、それ以外の者に詠唱は知られてはいけないと言う。
何でそう言う重要な事を、先に教えておいてくれないのか…と言ったら、非公式に出掛ける事も多かった為、当たり前になりすぎていて忘れていた、と謝罪を受けた。
一般的な生活魔法や、魔力も量により出来るものと出来ないものがあり、詠唱もいくつかはグイードやシリウスに教わっていた。
だが、桜姫がブルーラピスになってから、誰と接しても、情報を制限されていると感じている。
記憶喪失という事にしているから、パニックにならないよう情報を段階的に開示してくれている可能性も高いが、それを指示しているのはグイードとプラシオではない気もする。
私は物語を読むさい、頭の中にその世界の情報をまとめ、人物・環境・習慣等を描き、その世界を俯瞰して視る。頭の中に一度模型を作り、読むごとに情報を整理し、更に訂正・更新し、どんな世界観なのか推理していく。パターン化し、無数の状況から、あり得る事・あり得ない事を取捨選択していく。
登場人物の外見的特徴、口調・性格も例外ではない。だから、ブルーラピスになってからの私がこんなにも早く、この世界に馴染み、違和感を察し行動出来ているのだ。
私の予想では、母親であるサフィニア王妃は私が記憶喪失ではなく、別の意識《桜姫》がブルーラピスに入っている事を、事前に知っていたのではないかと考えている。
それが《桜姫》か、他の誰かの意識か…
いや、本物の《ブルーラピス》が《桜姫》をここに呼び寄せた張本人だろうという事は察している。
そしてまだ姿を見せていない、第二騎士団の副団長がブルーラピス不在後の総指揮官。国王は、王妃同様に知っている可能性が高い。
ただ、何のために、私《蒼井桜姫》がここに連れて来られたのかは、情報が足りずわからない。
自室に戻ると、スピカから明日の予定が変更になった事が告げられる。
マックスが言っていた近衛と騎士団の合同演習が、明日になったと、プラシオから報告があったと。
やはり。
私が詮索しているのを制限するか、もしくは情報を与え、計画を変更する事にしたかどっちかだろう。
夕食と寝る準備を済ませ、今夜は早目に休む事を告げて寝室に引き上げる。寝室の開かずの引き出しに、試しに右手を翳してみる。正確に言うと、「ブルーラピスの指輪」を。
だがやはり、変化はない。何か詠唱が必要か『鍵』が違うのだろう。
「はぁ~」
わかっていたが、溜め息が出る。王妃が言っていた『初代国王の妹姫』の指輪が、この引き出しの『鍵』の確率が高いと思っている。
そしてこの世界の習慣、『薬指の指輪』はきっと魔法のコントロールをする、所謂『魔法の杖』なのだろうな、と考えている。
王侯貴族が魔力を保持し、家石の指輪を与えられているという事は、石とその身に流れる血が魔力を扱う条件付けになっているように思う。
ただそうなってくると、二つの指輪を扱えるブルーラピスは王族故のチートなのだろうか?
わからない事が多過ぎて頭が痛い。今日は国立図書館で、沢山の情報を頭に詰め込んだせいもあって、視覚と脳の処理能力がオーバーヒートしたのかもしれない。
世界観が確りした物語を読んだ時や、アイディアが溢れるように浮かんだ時、アクセサリー作りがノリ大量に作った時、そう言ったアドレナリンが大量に放出された時に度々起こる現象を、久し振りに体感した。
「ちょっと不味いかな?」
早く休むというのは、一人で考えを整理し、今後行動を考える為だったが、目の周りの筋肉と頭をマッサージし寝た方が良さそうだ。フォレスト・ジェイド副団長。彼に会って話してからまた考えようと、寝台に横たわる。
歩き回ったせいもあって、身体も休息を欲していたようだ。
直ぐに眠気に襲われ意識は落ちたが、夢見のせいで、翌日の目覚めは快調とは程遠いものだった。
「う~、頭痛い」
「ブルーノ様、王宮医を呼びましょうか?」
心配するシリウスを手で制し、必要無いと手を振る。
「いや、いいよ。氷水とタオル、それとハーブティーをもらえる?」
「…かしこまりました」
準備に下がるシリウスの気配に目を閉じて、目を覆っていた手を眉間・こめかみ・目の周り・耳周り、首筋、頭と、両手でマッサージしていく。
リンパを解し、デコルテ・二の腕・一の腕・掌・指、と順番に解し、また目の周りに戻す。手を上に伸ばして肩も動かす。
「ブルーノ様、お待たせ致しました」
「ありがとう」
数枚、サイズの異なるタオルを用意してくれたシリウスは優秀だな、とハンドタオルを一枚氷水に漬ける。絞って顔をタオルで覆い、マッサージした顔を冷やし、気持ちいいと思うツボをタオルの上からの押す。もう一度氷水に漬け絞り、今度は首筋とデコルテ部分を掌全体で押さえるように拭いていく。
「よし、こんなもんかな…」
「大丈夫ですか?」
ハーブティーを準備していたシリウスが、カモミールとレモンのハーブティーと、蜂蜜を添えてテーブルに置いてくれる。
「うん。スッキリした。助かったよ、ありがとう」
お礼を言い、カップを手に取り一口含み、カモミールとレモンの香りを楽しむ。添えられた蜂蜜を少し入れ混ぜる。
「いえ、ですがご無理だけはなさらないでくださいね」
「シリウスは心配性だねぇ」
蜂蜜を入れた事で独特の甘みが口の中に広がり、苦笑しながら答えると、私より苦い顔をしたシリウスが、ソファに座る私の横に跪いて真っ直ぐな目で訴える。
「やはり今日のご予定は変更致しましょう」
「いや、大丈夫だって。その代わり、昼食にジンジャーを使用した食事と、レジの実のあっさりしたデザートを頼める?」
「…本当に、いえ。かしこまりました」
一瞬泣きそうな顔をしたシリウスは、目を伏せ諦めた様に仕方がないと首肯する。
「プラシオ達に言っておきますので、くれぐれもご自愛ください」
「ごめんね」
「いいえ。朝食はお召し上がり出来そうですか?」
「うん。いただくよ」
「ではご用意致しますので、それまでお休みください。何かございましたら、隣にスピカが控えておりますので」
「ありがとう」
足音が遠ざかると、ホッと息を吐き、シリウスが入れてくれたハーブティーを飲み、カップの中に映る自分の顔、ブルーラピスの顔を見る。
昨夜『視た』夢は、実は一度ではない。
この世界に来てから、多分一度目はこの部屋で最初に目が覚めた時、現実と夢が混濁し、その時はすぐ忘れてしまっていた。だが何度か『視た』事により、内容がより鮮明になって、忘れないようになる。
私《桜姫》が《ブルーラピス》として発見された場所、多分あの『初代国王の妹姫』の離宮跡。
自分が水に漬かっていて、目が覚め、水面が光り、水柱が立ち、そこに眠るブルーラピス。いつも水柱に映った自分の姿に驚き、そこで夢が途切れる。
これは予知夢なのか、現実にあった事なのか。ただ、あそこに行けば何かわかるかも知れない。そんな予感はあるけれど、行くのが少し怖い。
実際問題、第二騎士団からの襲撃事件の報告が未だ終わっていないので、行きたいと言っても、許可は降りないだろうし、側近達が反対するのは目に見えている。
やはり頭が痛くとも、今日の演習に出向かなければ何も進まない。早く用を済ませて寝る方が良い。心配するシリウスには悪いが…
手元の少し冷めたハーブティーを飲みきり、ポットのハーブティーを注ぐ。
朝食の前に水分でお腹いっぱいにならないようにしなければ、と思いつつもカモミールとレモンの香りに誘われ、二杯目と更に半分飲み終わった頃、朝食の準備が出来たとやって来たルージュ兄妹に「飲み過ぎです!」と怒られたのだった。
「おはようございます。ブルーラピス殿下」
「おはようございます」
第二騎士団は先に北の森に向かっており、近衛騎士達の騎乗する馬に囲まれた馬車で演習場へ向かうことになった。
ブルーラピスも普段は馬で行くそうだが、桜姫は誰かに乗せてもらわないとまだ操れない。ただ、ブルーラピスの身体は馬に乗ることに馴染んでいたため、初めて騎乗した時、桜姫は初回にもかかわらずバランスを崩す事は無かった。
誰かに乗せてもらって今日は移動すると思っていたが、シリウスが私の体調を心配し馬車を用意してくれていた。馬車にはスピカが同乗し、ついて来た。演習場までの少しの間、馬車の心地良い揺れに眠っていたらしく、到着する寸前起こされ、乱れた髪をスピカが弟を世話するように、髪を整えてくれた。
馬車を降りると建物が見えた。どうやら森の中の休憩所兼、見張り台として使用しているようだ。
三階の管理官室と思われる部屋に案内され、中で待機していた第二騎士団団長と副団長から挨拶を受けた。スピカは隣室に控え、プラシオがこの部屋に同行している。
胸に手をあて、敬礼し佇む二人に目をやる。
青紫色の長い髪を後ろで束ね、髪と同じ色の瞳に立派な髭の、40代ぐらいの男性。もう一人は銀髪、男性も長髪が一般的なこの世界では珍しく、髪は短く襟足で揃えている。瞳はエメラルドグリーン。爽やかな青年という井出立ちだが、ミステリアスな一筋縄ではいかない雰囲気がある。
「第二騎士団を預かっております、リアム・ナイトレイと申します。父君でいらっしゃる国王陛下とは幼馴染なのですよ」
「ナイトレイというと侯爵家の」
「はい。当主を務めております。この短期間でよく勉強をされていらっしゃいますね」
騎士団は制服を着る時、手袋をするので指輪が見えない。その為、名前と大体の年齢で予測をつけたが合っていたようでホッとする。
「まだ皆に教わる事ばかりですがね」
苦笑し、隣りの青年に目をやると、ニッコリと微笑まれた。
「殿下はとっても優秀でいらっしゃいます。近々訓練にも参加いただけるかと」
プラシオの言葉に、褒めすぎだと言いそうになるのを堪える。
「だといいのですが」
視線を戻すとエメラルドグリーンの瞳と、目が合う。
「第二騎士団の副団長の任を預かっております、フォレスト・ジェイドと申します。殿下のお側におりますレスターの叔父です。甥がお世話になっております」
「お噂はかねがね。とても優秀でいらっしゃるそうですね。レスターにはわたしの方が世話になっていますよ」
「噂でございますか?」
王子様然といった笑顔で答えると、フォレストが首を傾げる。
「ええ、色々と」
ニッコリ笑うと、フッと笑い返される。
「良い噂だと良いのですがね。後でお聞きしても?」
「さぁ、どうでしょう」
ニコニコと笑いあう。こいつ喰えないやつだ、と警戒心を強める。
「ごほん。殿下、申し訳ございません。こちらにお掛けください」
上座に案内され、テーブルを挟み、ソファに腰掛ける。向かいにリアム団長が座り、プラシオは私の斜め後ろに控え、フォレストはリアム団長の斜め後ろに立つ。
「殿下、まず先日の襲撃に関しまして、騎士団の力及ばず誠に申し訳ございません。またご報告も遅くなり、重ねてお詫び申し上げます。御体については伺っておりますが、その後いかがでしょうか?」
頭を下げるリアム騎士団長からの謝罪を受け入れ、チラッとフォレストに視線をやる。同じく頭を下げているため、表情はわからない。
「いえ、それは近衛も同様ですし、相手が予想以上に多かったようでもありますから。今後の訓練に活かして、励むよう皆に指導願います。身体は大丈夫です。ただ記憶の方は…」
「はっ!精進し今まで以上に励みます!」
顔を上げ、リアム騎士団長が強く頷く。言葉を濁した部分には、ご無理を為さいませんようと、言葉を貰う。
「リアム団長、報告はフォレスト副団長から受けますから、団長とプラシオには演習を指揮して来ていただけませんか?わたしも報告を受けたら観に行きます。午前の部と午後の部どちらも全部観るのは難しいかも知れませんが」
「かしこまりました、フォレスト」
「はっ!」
敬礼で了承を示す部下に頷き、プラシオを連れて、では、とキビキビとした動きで退出していく。
呼び鈴を鳴らし、スピカにお茶を用意するよう伝える。フォレストに座るよう言い、お茶が準備され、スピカには隣で待機するよう指示を出す。
「では何かございましたら」
「あぁ、ありがとう」
パタンと静かに扉が閉まるのを待ち、お茶を薦める。
「どうぞ。長話になるでしょうから、おかわりも遠慮せずに」
「ありがとうございます」
お茶は今朝飲んだ物とは違い、レジの実の入ったフルーツティー。ミントの爽やかな後味も丁度良い。ポットは小ぶりのデカンタで、保冷機能がついているようだ。
「美味しいですね、これはお茶なのですか?」
「あぁ、初めてですか?これは抽出した紅茶に、生のレジの実とミントを入れたフルーツティーという物です。暑い時期にはピッタリでしょう?」
「果物が入っているんですか?乾燥させ茶葉に混ぜられた物はよく茶会でいただきますが、こちらはスッとして飲みやすいですね」
どうやらフレーバーティーは苦手なようだが、フレッシュな果物の入ったこちらはお気に召したようだ。
「グラスに氷と果物を入れてもいいんですけどね。そちらはまたの機会に」
「是非ともご相伴に預かりたいですね」
おかわりを自分で注ぐフォレストは、好奇心旺盛に振る舞い、全く気負っているようには見えない。普段からフランクに接していたのだろう。先程挨拶したときより自然に見える。
「ええ、近々『わたし』の部屋に招待しますよ。フォレスト・ジェイド。いえ、総指揮官殿」
ブフッと口を慌てて手で覆い、こちらをエメラルドグリーンの瞳を見開いているフォレストに微笑む。口に含んでいた時に言ったのは、ワザとだ。先ずは先制攻撃成功かな?
「失礼致しました。殿下、総指揮官とはどういう意味です?何を仰って—」
「そのままの意味ですよ。まどろっこしいので本音で喋りましょうよ。ブルーラピスの懐刀さん。いや参謀殿かな?」
妖しさを演出しながら、足を組み挑発してみると、フォレストはグラスを置き、こちらを真っ直ぐ見て笑う。
「フッ。貴女はブルーより手強いようだ」
「あら?もう降参ですか?もう少し粘られるかと思っていたんだけど」
ニコニコと女性らしく喋ると、フォレストは居心地悪そうにブルーラピスの顔を見る。
「この口調は止めた方がいいかしら?」と揶揄うと、
「いいえ。お好きになさって下さい」と肩の力を抜き、諦めたように溜め息を吐かれる。
「じゃ、単刀直入に。貴方の知っている事、今の段階で喋っても良いとブルーラピスに言われている事を教えて欲しいの。幾つか質問に答えてくれる?」
「全てでは無くて良いのですか?」
「全て喋ってくれるなら私はそれでも良いのだけど、話してもらえないだろう事は察しているわ。『今』は、まだね?」
ちがう?と首を傾げると、お手上げとばかりにフォレストは降参のポーズをとる。
「プラシオ達には手加減していらしたんですね」
「誰にでもこう言う態度なわけないでしょ?相手は選んでるわ」
「私には手加減不要だと?」
「こっちは身一つ、この場合は意識一つ?ある程度情報は集まって私が安全性を考えた結果。貴方は私の敵ではないと判断したからよ」
微笑んで瞳を見返す。
「観察力、洞察力、行動力、度胸、どれも素晴らしい… 御名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「お褒めに預かり光栄よ。蒼井桜姫です。蒼井が姓、桜姫が名。桜姫と呼んで。単にブルーラピスや貴方より年を重ねているから、経験の差よ」
「サキ様と仰るのですね。14歳ではない?私より上と仰いました?」
本気で驚いているようだ。
「様は無しでいいわよ。女性に年齢を聞くのはお勧めしないけど。31よ…」
「失礼致しました。ですが年上の方ならば尚更、サキ様と。7歳の差は大きいですから」
ということは24歳か。若いなぁ…
「話を進めて良いかしら?副団長?」
「フォレストとお呼びください」
「…まず、貴方はブルーラピスから襲撃の事を事前に聞いていたのよね?」
「はい」
真剣な表情にすぐ切り替える所は流石、軍人。
「プラシオはブルーラピスが10人程度と予想していて、だから護衛は30人体制だったと聞いたわ。これは本当?」
「ブルーが先日の襲撃を『王の眼』で予知したことは事実です。しかし、襲撃人数はわからなかったのですよ」
「わからなかった?では、何故10人と…」
「10人というのはブルーが『王の眼』で襲撃時に目視出来た人数です。ですが桜湖宮で襲撃に合う事はわかっていました。視察は日帰りでしたし、護衛の規模を考えると多くできず30人としました」
真っ直ぐ目を背けず答える限り、嘘を言っているようには見えない。
「襲撃場所がわかっていたなら、騎士を待機させる事も出来たのにしなかったの?」
「ブルーが必要無いと聞かなかったんです。勿論私は反対したのですが。おびき寄せる方が好都合だと」
「ブルーラピスが… それって管理者の指輪が何か関係してる?」
「サフィニア王妃殿下に聞かれたのですね。私もブルーから聞いただけで、何処まで本当かわからないのですが。桜湖宮には封印されているものがあるそうです。それが何か知ることが出来るのは、指輪を継承した者のみだそうです」
「封印?」
聞き漏らさないようにしながらも、思考は止めず考えを巡らせ、推理立てていく。
「はい。幾つか封印されているモノがあるそうです。今回はそれを利用するから、襲われるとわかっているのに離宮近くで休憩するルートで帰還する、とブルーが言っていました」
「幾つか?」
「はい。事実かどうかは不明ですが、桜湖宮には『初代国王の妹姫』が眠っている、というお伽噺のような噂があるんですよ」
「その噂って、ノルディア国民は全員知っているような規模?」
「建国の物語は読まれましたか?」
「ええ。『初代国王は妹姫と精霊王と契約し、この国を治める力を授かり、力を使い果たした妹姫を精霊王が眠らせて、国の危機が迫った時に目覚める、と言葉を残した』ってやつ?」
苦笑いしながら、そうですとフォレストが頷く。
「かなり抜粋されていますけど、その妹姫が桜湖宮に封印されている、という話はノルディア国民なら御伽噺として『知っている』んです」
「他は?」
「封印されている妹姫を見たとか、精霊が月夜の夜に集まっているとか、神隠しにあって帰って来ないとかそう言った噂はありますが、他に何が封印されているかは、聞いたことないんで不明です」
「え?今の桜湖宮はブルーラピスが管理者って聞いたけど、あそこは人が出入りできるようになってるの?観光地みたいになってるとか?」
「いえ、壁で覆われているので、中には入れないはずです。ただ、門が三ヶ所あるんですが、その隙間から子どもが入り込んで、そう言った噂がたったり」
「そう言えば、私が発見された時はどうやって出入りしたの?」
あれ? 私、離宮の中で発見されたんじゃなかったっけ?と首を傾げる。
「プラシオ達の報告によりますと、離宮の北側に湖があるのですが、対岸にある森林公園で襲撃され、ブルー、いえサキ様を発見したときは東門が開いていたそうです」
「離宮周辺の地図ってあります?」
「ここにあるのは簡易版ですが。精密な地図であれば、陛下の執務室と国立図書館の禁書目録が保管されている別館にございますよ」
壁際の書棚の下の引き出しから、フォレストは色褪せた紙を取り出すと机の上に広げてくれる。インクが掠れている部分もあり、かなり古そうだ。
「この地図はいつの時代の物なの?」
「130年程前のものです。この建物が以前火災にあって、修繕され、その時に地図も書き直したと聞いています。地図は何度も書き直しされていますが、国立図書館の禁書目録庫には300年前の原書があると言われています」
地図は王都と周辺の森と湖、離宮の位置が示されている。二枚重なっており、下の地図は王城と桜湖宮、東の森の拡大図だった。
「あれ?」
「どうされました?」
「うん、なんかこの地図違和感が…」
大学のころ研究室であらゆる地図を見ていた桜姫は、違和感があるものの、それが何かハッキリせず、ムズムズする。
「取り敢えず、説明を続けても宜しいでしょうか?」
うーうーと唸って考え込む私を尻目に、フォレストは桜湖宮を指差す。
「今回は北東の直轄地を視察後に、この森を抜けて、昼の5の鐘に森林公園で休憩。馬に水を与えていた時に襲撃にあい、20人程に囲まれたようです。プラシオが陣頭指揮をとっていたのですが、気が付いたらブルーと離れてしまって、襲撃の援軍が更に30人に囲まれ、エヴァンとブルーを逃がすのが精一杯だったそうです」
50人も… そりゃ30人程度では難しいだろう。
「続けて」
「エヴァンに確認したところ、追撃にあい、湖に沿って桜湖宮に向かったそうです。管理者のブルーなら入れますし、一部結界があるから、とブルーが駆けて行ってしまい、一番近い東門に辿り着いた時には門が開いていた。ですが、晴れていたのに門の中は霧が濃く、弾かれ入れなかったと」
「その霧が結界?精霊魔法の残滓はそれだったのかしら?」
顎に手を当てて考える。
「可能性は高いと思われます」
「で?私が見つかったとき、陽は完全に落ちていたと思うのだけど」
「はい。何人か襲撃者は倒したようですが、霧の奥で轟音と共に眩い光が爆発したかと思うと、一瞬で霧が晴れたそうです。そして離宮跡に侵入したら、襲撃者10名程が倒れており全員息絶えていたそうです。一瞬蒼い光が輝き、人工池を見るとブルー、いえ、サキ様を見つけたと」
霧と轟音と光、そして蒼い光。ファンタジック過ぎて理解が追いつかないけど、囲まれたブルーラピスが『何かを』して、そこで『桜姫の意識がブルーラピスの身体に入った』と考えるのが妥当だろう。
「襲撃者は結局捕まえられなかったと、聞いたのだけど、私の近くで息絶えていた者の身元は調べられなかったの?」
「それが… エヴァンがサキ様を救助している間に忽然と消えてしまっていたと」
申し訳ございません。と謝るフォレストに、何と言ったらよいかと、戸惑う。
「心当たりはないの?」
「可能性の域が出ず、証拠が無いので」
成程。見当はついていると。幾つか疑問は残るが、取り敢えず詳細はわかった。
「フォレストさん、貴方がブルーラピスに調べるように指示されていたのは、襲撃者の黒幕?」
「…さんは付けなくて結構です。まぁ、それだけじゃないんですけど、今はまだお話出来ません」
「…そう」
訂正してくるフォレストを無視して、考え込むフリをする。はぁ~と溜め息を吐き、フルーツティーを手に取るフォレストに、最後にもう一つ肝心な事を訊ねる。
「で?何度もはぐらかそうとしていたけれど、何故私がブルーラピスの意識の中に入るって事を、襲撃前に貴方は聞いていたのかしら?サフィニア王妃、国王陛下もよね?」
ガシャン!という、ガラスの割れた音に、隣室から「ブルーノ様!何事です?!」と、勢いよくスピカが突入して机の上の惨状にテキパキと動き始める。
「ブルーノ様、お怪我は?!」
「無いよ」
「スピカ嬢、すまない。手が滑った」
「副団長、廃棄古紙をご用意くださいませ」
「わかった」
単に驚いたなら参謀として、動揺しすぎだと思うし、もし態となら、とんだ食わせ者だ。
思っていたより昼に近い時間になっていたので、その後は近くの小湖の畔の四阿で昼食となり、また二人っきりになる事は難しそうだ。時間切れか。仕方ない。と簡単に諦める気はないが、多分二人になれたとしても、今は教えてもらえないだろう。
視線の先にはリアム騎士団長と、午後からの打ち合わせをしているフォレストが見える。
一瞬視線が合い、ニコッと笑みを浮かべるフォレストは、またすぐに団長の話に頷き他の騎士団員に声を掛けに行く。
あの野郎… やっぱり態とだ!と確信する。
「プラシオ、あの緑狐の弱点知らない?」
私の隣でエヴァンと、午前の反省点を話し合っていたプラシオに声を掛ける。
「殿下?」
「なんだ? また副団長にやられたのか?」
「エヴァン、またってどういう意味?」
「ブルーは副団長と一戦交えた後、いっつもそんな顔してたから」
「そんな顔?」
「何か企んでる顔」
「人聞きが悪い事言わないでよ。ちょっと一泡吹かせたいなってだけだよ」
「それの何処が違うって?」
呆れたように苦笑するエヴァンの言葉に、やっぱり私はブルーラピスと気が合うなと思った。
「殿下」
「何かある?」
「午後の作戦は、殿下が指揮を執られてみませんか?」
「え?」
プラシオの提案にポカーンとする。一瞬面白そうと思ったけど、いやいや、私素人だしと思い直す。
「プラシオ、本気で言ってる?」
「はい」
ニッコリと微笑むプラシオに、面白そうだな!とエヴァンがのっかる。いつもブルーラピスは指揮をとらず、全体を見て後から、改善すべき点等を個人個人に注意していたらしい。今の私なら知識がない分、突飛な奇襲が思い付くかも、という事だろうか。
食後休憩も挟むので、開始まであと一時間ほど。
「プラシオ、基本ルールと定石を教えて。その後、近衛を集めて作戦会議!」
ニヤリと笑うと、かしこまりました、と笑顔が返ってくる。
「こわっ!」
エヴァンが私達の笑顔にボソッと呟く。
聞こえてるけど、聞こえなかった事にしてプラシオの講義を最短で受けた。
昼、1の鐘過ぎ。
演習にブルーラピスも参加することになったと騎士団長に伝える。今日の相手は第三分隊だそうだ。
午前中は第一〜第六分隊と近衛の、16歳以上と15歳以下に分かれての合同訓練。午後は分隊毎の作戦演習となる。
ルールは護衛対象者一人、護衛六人で1チーム。森の中にはコースが幾つかあり、くじ引きでコースを決め、20分で罠を仕掛ける。
30分以内にスタート地点からゴールに、護衛対象者を連れて行けたら任務成功となる。攻守入れ替えて1セット。
前半はブルーラピスの近衛チームが守備、第三分隊が攻め(罠、待ち伏せ)となる。
「じゃ、皆宜しくね!」
「はい!」
プラシオとマックスが前衛、クラドとリカルドの双子が左右、中央がブルーラピス、後衛にエヴァンとレスター。
コースの地図で確認して、罠の仕掛けやすいところは全部で五ヶ所。いつも仕掛けれている所を聞いたら、ドンピシャだったので、何とかなりそうだ。
地形を見ても、他は投擲や弓に注意が必要だが、それは対策を練っているので大丈夫だろう。
相手の第三分隊のジーン・トルニア分隊長は人数調整で出ないようだ。
アルフレド・ネルソン、伯爵家の次男で得意なのは剣術。
イノーバ・ルビナス、侯爵家の次男で火魔法と体術が得意な剣士。
ネルド・ローザリア、伯爵家の次男で弓が得意。
ガイ・ネルソン、アルフレドの弟で今年成人し騎士になった新人。体術と剣術が得意。
テオドール・ネリア、男爵家の次男で水魔法と弓が得意な騎士候補。
トリシャ・ルージュ、子爵家の分家でスピカたちの従妹らしい。剣術が得意で今は接近戦で有利になる体術を取得中の騎士候補。
簡単な目くらまし程度の魔法なら、騎士団全員が使えるので、属性は家名で大体わかるので対策は取れるのだが、問題は私が皆についていけるかどうか。やれるところまで頑張るしかない。
開始の笛が鳴り、速足で進んでいく。一定の間隔を開けて合図を確認し進むと、早速一つ目のポイントに差し掛かる。
レスターに風の魔力を纏った弓で、そのポイントに射込んでもらいつつ、私達は迂回し通り抜ける。
通り抜けた先に、後方から攻撃しようとしていた敵陣の騎士を見つけ、プラシオの合図に従い、歩くスピードを緩め、マックスが相手を掌底で気絶させる。
この演習では、死に至らしめるような攻撃は禁止されており、気絶させる時も加減する必要がある。むしろ加減する方が難しいんじゃ?と思ったが、体格や力量を見極める訓練になるから、それも必要な能力と聞いて、絶対自分には無理だ。
気絶した者は、リタイヤとなる。今回は第一分隊がスタート地点から廻って、リタイヤした者を回収していく。
『罠を避け、突っ切り、相手を出し抜くのも戦略になる?』とプラシオに相談したところ、問題無いと言われたので、今回は相手の裏をかく作戦に出た。何も素直に街道を通る必要も無いよね?
ゴールすれば良いんだし、ルールには絶対通らないと行けないとも記されていないのだから。屁理屈と言われたとしても、毎回同じでは応用が利かないし、面白味もないだろう。
全員倒さないといけない訳でもないので、離れた所から見えた騎士に気付かれないよう、木立に隠れて先に進んだり、魔法で囮を放ち、意識を反らしている間に抜けたり。折角魔法が使えるのだから、と、自分の近衛の応用力を鍛えて実力を確かめ、後半戦の罠を設置する所の下見をする。隣を歩くリカルドに、罠を設置する候補を告げて地図にマーキングしてもらう。
流石に異変に気付いた第三分隊の騎士達が追いついてきたので、迎撃する。テオドールの水魔法と、イノーバの火魔法で水蒸気化し熱風が襲ってくる。
プラシオに抱き込まれ、レスターの風魔法で一気に押し返し、その風に乗せてクラドがカラーボールのような直径3cm程のペイント弾を投げる。ペイント弾と言っても、色落ちしないようなものではなく、投擲ナイフの代わりに演習用で使用するので、水で洗い流せるらしい。急所に着色すれば、リタイヤ扱いとなる。
水でペイント弾を弾いたテオドールにマックスが近付き、鞘で鳩尾を打つ。
「うっ!」
息をのみ崩れ落ちるテオドールを受けとめ、地面に転がす。
「今のうちに」
プラシオの腕から解放され、陣形を整えて進む。
「待って!」
四つ目のポイントの手前の茂みにアルフレドを見つけ、皆に声を掛ける。
「どうする?」
「アルフレド殿は剣術と土魔法が得意な騎士です。壁を作られたらレスターでは対応しきれませんね」
「エアブリッド…空気砲、風を圧縮してぶつける事って出来る?」
「やった事はないですが、空掌を更に圧縮して、解き放つ感じであれば多分できるかと」
プルーニア兄弟が飛び出していく。二人に気付いたアルフレドが、地面に手をつけ地面を揺らし陥没させたり、人が隠れる程度の壁を幾つも作る。
すぐに、キン!と剣の刃がぶつかり合う音が響き、交戦が続く。
プラシオとアルフレド、剣の腕だけならプラシオに軍配が上がるのだろうが、踏み込む際にアルフレドが地面を揺らし続け、タイミングをずらしているので簡単にはいかないようだ。
兄に任せ周囲を警戒しながら戻って来たエヴァンに、目線で合図する。先に進みゴールを目指す。
「レスター、あの一番端にぶつけて。出来るだけ音が大きく響くように」
すぐにドオーン!!と轟音が地面と空気で周辺に伝わる。
アルフレドの作った土壁の破壊音で注意引き、砂埃の舞う中を駆け抜ける。音に反応して出て来てくれないかな?という淡い期待は、していなくもないが。持ち場を離れることは、適切な状況判断が出来なければ難しい。
この木立を抜けると、ゴール地点が目視出来る距離まであと少し。地図をチラッと見て、周りを窺うがもう一人が見当たらない。隠れている?
「あっ!」
最後の一人、ガイは全く隠れていなかった。なんと、ゴールの手前に陣取っていたのだ。隠れる物が無くなり、真っ直ぐ続く道。
こちらから見えているということは、あちらからも私達が丸見えだというのに、ガイは構えているだけで動かない。
そう来たか。
「ブルー、俺に行かせて」
「わかった。でも勝負に拘っちゃダメ。クラドはサポートに」
「…わかった」
「勝負は時間がある時にね」
「おう!」
体感時間では20分~25分程度だが、早くゴールするに越したことはない。後方から近づいてくる音があり振り返ると、白い制服が見えた。どうやらプラシオが無事に勝利し、追いついたらしい。
「殿下お待たせ致しました」
「怪我は?」
「大丈夫です」
「それは上々。じゃあ、行こうか」
「はい!」
「レスター、魔力まだ大丈夫?」
「はい。ギリギリですが」
「あとひと踏ん張り、お願いするよ。これが成功したら君の武器が一つ増えるからね」
「はい!」
開始前に説明した秘策を使う事にする。
「行きます!」
レスターの合図に皆が集まり、エヴァンを欠いた守備陣形でゴールまで突っ込む。
シュン!シュン!と後方から連続して弓矢が届くが、バチン!と弾かれて落ちる。前半に潜んでいたネルドが追い付き、得意の弓で攻撃したが、自分の矢が弾かれ驚いている。
「くそっ!」
エヴァンと交戦していたガイがペイント弾を投げてくるが、私達の元には届かず透明の壁にベチャ!とぶつかり潰れる。
「何で!?」
「隙あり!」
ガイがこちらに気がとられている隙を見逃さず、エヴァンが攻撃に出る。
「くっ!」
防ぎ切れなかったガイが膝をつく。
「エヴァン!」
私が声を上げ、エヴァンを呼ぶと急いで駆けてくる。どうせなら皆揃ってゴールしたい。
ネルドは呆然としていたが、私の声に反応し戸惑いながらも弓で追撃する。
「っ殿下!」
レスターが限界を告げてくる。
あと数メートル。
「突っ切れ!!」
ゴールに飛び込み、ギリギリで周りを囲んでいた風の膜が霧散したのを感じた。最後にゴールしたエヴァンが、よっしゃー!と声を上げる。
ハァ、ハァ、と息を吐いていると、限界まで魔力を使っていたレスターが崩れ落ちる。
「レスター、ありがとう! 凄かったよ!」
「殿下、ありがとうございます」
地面に転がった状態で、息も絶え絶えに応えるレスターに近寄り褒める。
「今日の貢献者は間違いなくレスターだな!」
マックスや他の皆にも褒められ、肩に担がれ起き上がると嬉しそうに、ありがとう、と皆に返事をした。
「殿下!今のは!?」
後ろから追いかけて来ていたネルドが、戸惑い気味に近寄ってくる。
「是非我々にもご教授願いたい!」
ゴール地点で待機していた団長や、他のコースを使用してゴールしていた騎士達が集まってくる。
「いいよ。その前に第三分隊に皆は大丈夫かい?」
「あのくらい平気ですよ」
ガイが拗ねたように呟く。
「そっか」
「それで、殿下!どうしたのですか!今日は近衛の者達の動きや、キレがいつもと違うと既に報告がありましたが、どのような作戦を?殿下が指揮されたのでしょう!?」
目をキラキラさせ、いや、ギラギラ?団長が興奮して息巻く。ちょっと団長落ち着いて!と苦笑して周りを見ると、騎士団の騎士達もゴール付近にいた者達は同様に興奮しているようだ。
ちょっとやり過ぎたかな?と思いつつ、近衛達を見ると嬉しそうに笑っている。
「説明するから、ちょっと皆落ち着いてよ」
苦笑し宥めるが、簡単には落ち着かない様子に、後ろに控えていたレスターを見上げると、大丈夫ですと首肯する。
バチンッ!!とレスターが手を大きく叩くが、普通に叩くよりも大きな音が響き、皆がキョトンと目を瞬く。
「落ち着いたかい?」
微笑んで周りを見渡すと、皆がうんうんと首を振る。猫だましが成功し良かった、と内心ホッとする。
風の魔法で空気を振動させ音を増幅させただけで、今の魔法はそんなに魔力を必要としない。
「何度も説明するのも面倒だし、全員戻ってから説明しようと思うんだけど」
「そうですな、まだ戻っていない者もおりますし。分隊長、皆を集めなさい。負傷者の確認と点呼も――」
リアム騎士団長が指示を出し始め、ホッとすると気が抜けたのか、立ち眩み、膝に力が入らず倒れる!と思ったら、後ろから抱き寄せられる。
「殿下!大丈夫ですか?」
声でフォレストと気付く。あれ?こんな近くにいたのか、と変に冷静になり振り返ると顔がすぐ近くにあり吃驚する。
「あ、ありがとう。大丈…ぶ」
と言葉が終わらないうちに、力が完全に抜け、フォレストに抱き上げられる。
「「殿下!!」」
プラシオ達の声が遠くに聞こえ意識が薄れていく中、優しく抱きしめられた体温が心地良く感じた。
次回は「8.5 閑話 ふたつの蒼」です。その後は8話までの登場人物、貴族や設定を少し公開する予定です。