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初魔法のようです

王宮からの帰り道、エドワード王子との婚約確定に落ち込むアイリスとメルキュール公爵。

しかしその道中、公爵はどこかに寄ると言い出して…?

「「はあ~…」」


王宮から帰る馬車の中で、アイリスと公爵は何度目かわからないため息をついた。


(かわいい娘が嫁に行くなんて…)


(王子と婚約確定するなんて…)


「「はあ~」」


「公爵様はともかく、なぜお嬢様がため息をついているのですか…?」


マルタが理解できないというふうに言った。


(そりゃ自分からフラグ立てたからよ!)


思わず言いたくなるところをぐっと抑え、


「た、ただ疲れただけよ。」


と笑顔で返す。

実際疲れていることに変わりはない。


流れる景色を見つめながら、アイリスは先程までのことを思い出していた。


自分は、ただ単にエドワード王子を元気づけようと思っていただけだが、まさか気に入られてしまうとは思いもしなかった。


(こんな悪役顔のどこがいいのよ!)


窓に映る自分の顔をにらみつける。


「ア、アイリスが結婚だなんて…」


公爵が泣きながらつぶやいた。


「旦那様…いったい何度目ですか。第一、この婚約を取り付けたのは旦那様ではありませんか。」


マルタが言った。


(本当よ!もう!)


心の中で非難するアイリス。


「だ、だってこんなにも悲しくなるなんて思わないじゃないか…」


「アイリス様が王宮入りするのは早くても魔法学校を卒業してからですよ。まだ十年ほど先ではありませんか。」


「そ、そうだ!十年もあるのだから、その間にでも婚約解消してしまえば…」


思い立った公爵が立ち上がる。


(そうよ!そうすればいいんだわ!)


アイリスも心の中で父親に同調する。


「お座りください旦那様。婚約破棄など、よほどのことがない限りはあり得ません。そんなことをしたら、互いの家名に傷がつくだけでございます。」


もっともな意見を言われ、おとなしく座る公爵。アイリスの希望もしぼんでいった。


(よほどのことって何よ。嫌がらせするとか?そんなのできっこないし…)


そこまで考えて、今度はアイリスはいきなり立ち上がった。


(結局、悪役令嬢になるしか方法がないじゃない!)


逃げられない未来に愕然とする。


「旦那様に続きなんですか!お嬢様、お座りください!」


マルタに叱られ、アイリスはのろのろと座った。


「まったく、お行儀が悪うございますよお嬢様。このままだと殿下に愛想をつかされてしまいます。」


「そ、その手があったか。アイリス、どうかこのまま行儀悪くいてくれ!」


「なりません!旦那様!」


騒がしい二人の声など耳に入らないアイリスは、ただただ自分の未来を呪うしかなかった。


(終わった。何もかも…私は悪役令嬢として死ぬんだわ…)


「すぐにでも遠くに逃げよう!」


「旦那様!お座りくださいませ!」


 騒がしい馬車に何事かと顔を向ける人々に見送られながら、アイリスたちの乗った馬車は町を通り過ぎていった。




「お嬢様、起きてください。」


マルタに起こされ、アイリスは目を開けた。辺りはすっかり真っ暗だ。

いつのまにか寝てしまっていたらしい。


「え、もうお屋敷に着いたの?」


「いいえ。まだです。旦那様がこちらでお降りになられるとのことなので…」


「マルタ、無理に起こさなくてもいい。」


 眠い目をこすりながら見ると、公爵が馬車から降りようとしているところだった。


「パパ、どこに行くのですか?」


「起こしてしまって悪かったね。私はここへ寄ってから帰るから、お前は先に帰っていなさい。」


 扉の外を見ると、一軒のお屋敷が立っていた。

アイリスたちの住む屋敷よりは小さいが、モダンな造りだった。

きっと新しく建てられたのだろう。


「パパはすぐに帰るからな。寂しいと思うが、辛抱して待っていておくれ。」


「わかりました。」


アイリスは言った。

どちらかといえば、アイリスより公爵の方が寂しそうである。


「いや、やっぱり私も一緒に帰-」


「行ってらっしゃいませ、旦那様。」


言い終わる前に、マルタがばたんと扉が閉めた。


「アイリスー…」


馬車が走り出し、父親の声がどんどん遠ざかっていく。


「まったく。どちらが子供なのかわかりませんわ。」


主人が見えなくなるなり愚痴を漏らすマルタに、アイリスはくすくすと笑った。


「お父様らしいわ。」


「お嬢様の方が大人でいらっしゃいますね。」


「ふふっ。」


 アイリスは、すっかり暗くなった夜道に視線を移した。

日本とは違って街灯もない真っ暗な夜道を、静かに馬車が走り抜けて行く。

こうした日本との違いを経験するたびに、自分が異世界に来たのだと実感する。


「マルタ。」


「どういたしましたか、お嬢様」


「そういえば、お父様はなぜあのお屋敷に立ち寄ったの?」


さっきまで念頭にもなかった疑問が浮かんできた。


「別日でもよいのではないかしら。」


わざわざこんな夜中に訪れる理由が、あるというのだろうか。


「そうですね…旦那様はお仕事がとてもお忙しい方なので、あまりお時間がないのではないでしょうか。」


「え?」


「今回の謁見もお仕事を休まれてのことだったそうなので、すぐに仕事に戻れるように…ということなのでしょう。」


「そ、そんな。私のために?」


 まだこの世界に来て一週間ほどしかたっていないが、父親の仕事については何も知らなかった。

屋敷に帰ってこない日があったのはそういうことだったのか。


(私、そんなこと全然知らなかった。)


自分のために仕事を休んでくれた父親に、お礼も言えなかったことを後悔するアイリス。


「あのお屋敷に立ち寄られた理由ですが…」


マルタは続けた。


「お嬢様が王室に行かれることになり、メルキュール家を継がれる方がいなくなってしまったので、養子を迎えるためだとのことです。」


「よ、養子!?」


突然のことに驚くアイリス。さっきまでの悩みはどこかへ飛んで行ってしまった。


「ええ。お嬢様には落ち着いてから言うようにと言われていたのですが。心の準備が必要だと思いまして。」


あっけらかんというマルタ。


「そ、そうなんだ。」


(養子って…そんな貴族みたいなことがあるんだ。)


そう思って、自分が貴族であることを思い出すアイリス。


(まあ、直前に言われるよりはましだけど…。)


「ねえマルタ。」


「はい?」


「…お父様が喜ぶものって、何かしら。」


「喜ばれるもの、ですか?」


自分の、まあ、「私」が転生する前のアイリスのわがままのせいだが、こんなにも迷惑をかけてしまった父親に、何かお礼がしたかった。


「そう。お父様に感謝の気持ちを伝えたいの。」


真剣に頼むアイリスを見て、マルタはふっと口元をほころばせた。


「ご成長されたのですね…」


「え?」


「なんでもございません。そうですね…旦那様は紅茶がお好きと伺いましたよ。」


「紅茶か…」


 紅茶ならアイリスも毎日飲んでいるから珍しいものではないだろう。

何か特別なプレゼントはないかと、考え込むアイリス。


「そうだっ」


名案を思い付いた。紅茶が珍しくないなら、それに合わせるお菓子を考えればいい。


「和菓子よ!」


「ワ、ガシ?とは何でございますか?」


初めて聞く単語にマルタは戸惑っているようだ。


(あ、この世界には存在しないんだっけ。)


コホンと咳払いし、アイリスは座りなおした。


「と、とにかく!お父様へのプレゼントは決まったわ!早く帰りましょう!」


「お屋敷まではあと二つ山を越えます。」


マルタが即座に返す。


「……。」


「まあ、今日のところはもうお休みなさいませ、お嬢様。」


マルタに優しくいわれ、アイリスはおとなしく目を閉じた。






 翌朝、アイリスは屋敷に着くなり厨房へと駆けて行った。


「お、お嬢様、お帰りなさいませ…」


急に現れたアイリスに驚く使用人たち。


「ただいま!ねえ、コック長はいるかしら?」


息を切らしながらアイリスは言った。


「は、はい!ただいま呼んでまいります。」


慌てて呼びに行った使用人と入れ違いで、マルタが走ってきた。


「お嬢様!走るなどはしたないですよ!まずはお召し物を変えなさってください!」


 見ると、アイリスは王宮の時に着ていたドレスのままだった。はっと後ろを見てみると、王子からもらった花がしおれていた。


「ああ!せっかくもらったのに!」


急いでドレスから外すも、花はぐったりとして元気がない。


「すぐに水をあげなくちゃ…」


「おや、ヌーヴェル・マリエではございませんか。これは、自生した清い水のもとでしか育たないと言われますので、普通に水をやるのでは難しいかもしれませんね…」


近くにいた使用人の一人が言った。


「この花は王宮でいただいたのですか?」


マルタが横から聞いた。


「はい…エドワード様の温室で…」


そう言って、王子の言葉を思い出した。




「公爵の水の魔法で、近くの川から引いていただいたのです。」




(そうだ!この花が育った、あの川の水がお父様の魔法で引かれたのなら、娘の私の魔法でも元気になるかもしれない!)


「マルタ!」


「は、はい!」


「すぐに花を生けるものを用意してちょうだい!何でも構わないわ!」


そういうアイリスに、一人のコックが


「これでいかがでしょう?」


と、コップを差し出した。


「コップなどいけません!今花瓶をとってまいりますので…」


「これでいいわ。ありがとう。」


急いで厨房を出ようとするマルタを止めるアイリス。


 コップに花を入れ、アイリスは目を閉じた。

魔法など一度も使ったことがないが、ゆっくりと両手をコップに掲げる。


スウっと深呼吸し、頭の中であの美しいせせらぎを思い描くと、両手に力を込めた。


すると、自分の手に向かって、体の奥からひんやりとした力が流れていくのを感じた。


「おお!」


と言う声とともに目を開けると、コップの中にはあの川と同じキラキラと澄んだ水が入っていた。


(やった、できた…)


 アイリスがほうと息を吐くと、パチパチパチとあちこちから拍手が聞こえた。

見回すと、厨房の扉から多くの使用人たちがこちらを見ていた。


「み、みんな見てたの!?」


一気に恥ずかしくなるアイリス。


「お嬢様、すごいです!」


「俺、魔法見たの初めてです!」


皆口々にアイリスを褒め称え、アイリスは顔から火が出そうだった。


「マ、マルタ!私着替えてくるから!その花はあとでもってきてちょうだい!」


そう言って、アイリスは逃げるように部屋へと戻った。


 その後、しばらく使用人たちの間で、アイリスの恥ずかしがる顔がどんなにかわいかったか話題になったことを、当の本人が知ったのはもっとずっと後である。


お読みいただきありがとうございます。

また、ブックマーク登録並びに評価ありがとうございます。励みになります。


一作品前に誤字を教えていただいた方、重ね重ねお礼申し上げます。ありがとうございました。

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