登校のようです④
アンナに生徒リストを用意してもらったアイリス
しかしそこには、気になる名前があって…
「アンナ。頼んでおいたもの、用意してくれたかしら?」
屋敷を出て数十分後、アイリスはアンナに尋ねた。
「もちろんですお嬢様。」
アンナはカバンから数枚の紙を取り出してアイリスに手渡した。
「ありがとう。」
そう言って受け取った紙には、びっしりと文字が羅列されている。
これは魔法学校の生徒リストだ。
(名前と住んでいる国…爵位と魔法属性もあるわね。これが一番大事だわ。)
アイリスはまずパラパラとリストをめくった。
この世界が乙女ゲームであるとするならば、物語は学園で起こるだろう。
元の世界で友達だったしーちゃんがやっていたゲームのキャラクターたちも皆、学生服を着ていたはずだ。
(えっと確か…ヒロインになりそうなステータスは…)
足元に置いていたカバンから、アイリスはこっそりと『フラグメモ帳』を取り出した。
自分が乙女ゲームの悪役だと気付いてから書き始めたノートは8年間の重みを感じる。
(とはいっても、8年の割にはあまり書いてないのよね。)
自分の不精さに苦笑いする。
ノートには、婚約者のエドワード王子を始めとする攻略候補の他、ヒロインっぽい要素が書き留められている。といっても、しーちゃんが話していた、ヒロインっぽい要素を思い出せるだけ書いたものだ。
どうやら、ヒロインは「平民出身」「かわいい」「珍しい魔力持ち」など、いわゆる《《目立つ》》要素を何かしら持っているらしい。
(「かわいい」はとにかく、「平民出身」は確かに目立ちそうね。)
魔力持ちが貴族階級のほとんどを占めるこの世界で、平民出身の魔力持ちはほとんどいない。
アイリス一行が現在向かっている魔法学校は、魔力をもつ者なら誰でも入学可能であるが、その学費の高さから最低でも男爵、もしくは商人の身分であることが必要だ。
これまでの長い歴史の中でも、平民の卒業生は片手で数えられるくらいしかいない。しかも、その誰もが地主身分である。
もしヒロインが平民出身であるとすると、相当魔力の才能があるか、もしくは―
(「光の魔法」を持っているってことかしら…。)
平民階級が魔法を用いることは非常にまれだが、ありえない事ではない。なぜなら、そのほとんどが没落貴族やクレーヴェルのような貴族の隠し子であるためだ。
しかし、「光の魔法」を持っているとなると話は別だ。この魔法は王家の中でも国王のみが持ち得る魔法であり、この世に2人とその持ち主は存在しないはずだからである。
(でも、さすがにないわね。光の魔法を持っていたら今頃大ニュースだもの。)
今のところ、そういった話は耳に入っていない。国王の次に影響力のある公爵家に情報が回っていないのだから、この線はないだろう。
(となると、ものすごい魔力の持ち主ってことかしら。)
頭の中で様々な線を考えながら、リストに目を通していると、
「学校の生徒の名簿を覚えるなんて、お嬢様はとても熱心ですね。」
と、アンナが話しかけてきた。
どうやら、アイリスが生徒全員の名前を覚えようとしていると勘違いしているようだ。
「え、ええ。まあね…」
「そんなお嬢様のために、こちらも用意しました!」
曖昧に答えるアイリスに、アンナはどこからか出した冊子を手渡した。
「これは?」
「先生方のリストも入手してきました!」
アンナは自慢げに胸を張った。
「ありがとうアンナ!助かるわ!」
(生徒ばっかりで失念してたけど、たしかに先生も攻略対象になったはず!)
冊子を受け取ったアイリスは、とりあえず膝の上に冊子を置いた。
「どなたか仲良くなれそうな方はいらっしゃいましたか?」
「アンナったら、名前と爵位だけじゃわからないわよ。あらかじめ基本情報を知っておきたかったの。」
「人の名前と顔を覚えるの苦手だから」と小声で付け足すアイリス。
アンナはフフッと小さく笑いながらも、
「それでも、お嬢様の心意気はすばらしいことです。」
と優しく付け加えた。
「…ありがとう。」
アイリスは少し恥ずかしそうにうつむき、もう一度生徒のリストを読み込もうとページを戻した。
「ん?」
一番初めのページに戻ったとき、アイリスは少し気になる箇所を見つけた。
(この家って確か…)
「ねえ、アンナ。ちょっと聞きたいのだけれど。」
「はい?」
アイリスが指さすところを、アンナが覗き込んだ。
そこには、アルテミシア・フォンセという名前が書かれていた。
「このファーストネームって、確か…」
アイリスの問いに、アンナは少し怪訝そうな顔をした。
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