登校のようです②
「お嬢様、坊ちゃま。」
マルタがアイリスに一歩近づいた。
8年前は話しかける時はいつもしゃがんでくれていたマルタも、今ではしっかりと背筋を伸ばしてアイリスの目を見据えている。
「お二方のこれからをお祈りいたしております。寂しくなられましたら、お手紙をお書きくださいませ。」
「ありがとうマルタ。わかったわ。」
「ありがとう。」
アイリスはマルタに抱き着いた。
「良いですかお嬢様、私がいつも言っていることを忘れないでくださいね!夜寝る前は温かくしてください。絵を描くときは服を汚さないように!描くのに夢中になりすぎて遅刻なさらないでください。あと―」
「あ、あー!もうわかったから!それじゃあ、行ってきます!」
お説教タイムが始まってしまったマルタを遮り、アイリスは馬車に駆け込んだ。
「お嬢様!まだお話は…!」
「もう耳に穴が開いちゃうわ!帰ってきたらまた聞くから!」
「まったく…アンナ!お嬢様を頼みましたよ!」
「任せてください!」
アイリスの後に続いて馬車に乗り込んだアンナは、力強く言うと馬車の扉を閉めた。
魔法学校には、生徒一人に着き一人、お付きの者をつけて良いという規定がある。
アイリスと年が近いという理由から、アイリス付きの侍女にはアンナが選ばれたのだ。
「もうお嬢様は…相変わらずなんですから。」
「ふふふ。じゃあ、僕たちも行こうか。コナー。」
「はいっ!」
クレーヴェルはそう言うと、コナーと共に別の馬車に乗り込んだ。
「コナー!お坊ちゃまをしっかりお支えするのよ!」
アイリスの乗った馬車から、アンナの声が飛んできた。
「わ、わかってるよ!」
コナーはそう言い返すと、慌てて馬車の扉を閉めた。
見送りに来ていた人たちから、笑い声が上がる。
「みんな、行ってきまーす!」
「行ってらっしゃいませ、お嬢様!」
「お坊ちゃま、お嬢様をよろしく頼みます~!」
使用人たちは手を振ってアイリスたちを送り出した。
「アイリス~、クレーヴェル~!元気でな~!!」
「はい!行ってまいります!パパ!!」
窓から身を乗り出して、アイリスは目に涙をためて叫んだ。
「おい、みんな聞いたか!娘が久しぶりに「パパ」と呼んでくれたぞ!みんな、聞いたか!?」
「ちょ、ちょっとパパ!?」
大騒ぎする公爵に、アイリスは顔を真っ赤にさせて馬車へと引っ込んだ。
「もう、恥ずかしいからやめてよ…」
「うふふ。お嬢様があの呼び方をなさるのは、実に二年ぶりですからねえ…。」
アンナは微笑ましげに笑った。
「え、そんなに言ってなかったかしら…。そ、それでも、あんなに大騒ぎしなくても…。」
「踊りだしそうな勢いでしたからねえ。公爵様も、きっと寂しくお感じになられていたのですよ。」
「そうね…」
アンナの言葉に、アイリスは再び窓の外を見た。
馬車は公爵家の門を潜り抜けており、窓から見える屋敷はすでに小さく遠くになっていた。
「屋敷を長く空けるのも、初めてのことだものね。」
そう思うと、少し感慨深い。
転生してからずっと過ごしてきた屋敷と、家族と離れるのは、少し心細い。
それに、これからは一人でシナリオの分からない、この乙女ゲームと戦わなければならない。
(卒業、そしてエドワード王子との結婚成立まで3年間。断罪されないために、頑張らないと!)
「頑張るわ!」
アイリスはガッツポーズをした。
「その意気です、お嬢様!」
学業への意気込みだと勘違いしたアンナは、アイリスの真似をして同じようにガッツポーズした。
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私生活が忙しくなるため、次回の投稿時には恐らく年を越してしまうかもしれません。
より楽しんでいただける作品になるよう、精いっぱい頑張りますので、しばらくお待ちいただけると幸いです。