雪の女王のようです④
不遜な態度を取り続ける夫婦から身を守ってくれたフーピテル夫人。
しかし、そんな夫人に不名誉な名がついているのをアイリスは知っていて…
その後も二人の謝罪は続いたが、使用人が娘を連れてきたことで二人は直ちに謝罪をやめ、逃げるように帰っていった。
正直その態度は褒めるべきものではなかったが、彼らの騒がしい声にうんざりしていたアイルスは出ていってくれたことのほうが嬉しかった。
それよりも、扉越しにちらりと見えた少女の表情の方がアイリスには気になった。
何も見えていないような、うつろな瞳。
始めそれを見た時、アイリスはフーピテル夫人が相当厳しい質問(尋問)を行ったの
だろうと思っていたが、あの表情には見覚えがあった。
(あの時の…)
クレーヴェルが闇の魔法に取りつかれていた時の表情に似ていた。
闇の魔法にかかっていたと考えると、少女の異常なまでの執着と何も見えていないような言動に納得がいく。
(問題は、誰が魔法をかけたかってことよね。)
「皆様、」
考えていたアイリスだが、フーピテル夫人の声に顔を上げた。
「寒い思いをさせてしまってごめんなさい。私はもう行きますね。」
夫人は申し訳なさそうにほほ笑むと、頭を下げて部屋を後にした。
「あ、あの、フーピテル様。」
その時、ちらりと霜をまとった花瓶の花を見た夫人の表情があまりにも寂しそうで、
アイリスはたまらずに声をかけた。
「あの、ありがとうございました。守っていただいて。」
「守る?」
「私たちの方に冷気が来ないようにしてくださっていたでしょう?」
アイリスは自分の近くにあった花瓶の花に目をやった。
扉近くのものと対照的に、その花瓶に生けられた花はみずみずしく咲き誇っていた。
「夫人がいてくださって、僕もとても心強かったです。ありがとうございます。」
クレーヴェルとアイリスは感謝の気持ちを込めて礼をした。
「こちらこそ。」
婦人ははにかむように微笑むと、部屋を後にした。
「お三方、大丈夫ですか?」
婦人がいなくなった後、ラナが三人を気遣ってそう聞いた。
「はい。大丈夫です。ありがとうございました。」
クレーヴェルは再び礼を述べた。
「なんだか差し出がましくしてしまって…。」
申し訳なさそうにラナは言った。
「こちらこそごめんなさい。せっかくのお茶会を邪魔してしまったわ。」
アイリスは頭を下げた。
「いえ…」
ラナはそう両手を振った。
心配そうな顔をしているあたり、アイリスたちが母親を怖がっていないか気にしてい
るようだ。
フーピテル夫人が裏で「雪の女王」と揶揄されているのを、きっと知っているのだろう。
「雪の女王」
上品な笑みを浮かべながらも、その言葉、態度、物言いからは全く優しさを感じられない。
このことと、彼女の使う魔法が氷魔法であることから、貴族たちが付けた名称だ。
もちろん誉め言葉ではない。
(まあ初対面で、あんなに怒っているのを見たら怖いと思うよね。)
アイリスは夫人の様子を思い出した。本来迷惑を持ち込んだ側であるアイリスたちの
ために、あんなにも本気で怒ってくれ、適切な対処をしてくれた。
感謝してもしきれないほどだ。
「優しいお母様ね。」
アイリスたちを守るように立っていた夫人の凛とした佇まいを思い出しながら、アイリスは言った。
「優しい…」
ラナはその言葉をゆっくりと理解するようにつぶやいた。
「…はい。私の母は、とても優しいんです。」
そう言うラナの顔は、夫人の顔とそっくりだった。
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