幕間 新年特別版
今回は、新年特別版です
濃い藍色の空の中、しんしんと白銀色の雪が降る。
雪の積もる木々の葉は、まるでレースのカーテンをまとっているようだ。
そんな静寂たる闇夜に、いくつもの仄明かりが輝いていた。
寒月輝く夜は、メルキュール家は賑やかだ。
屋敷の人々は皆、大切な人と集まって寒夜を楽しんでいた。
そんな賑やかな声が楽しげに響く屋敷より少し離れたアトリエからは、一筋の光がこぼれていた。
「こんなものでいいかな。」
持っていた筆をおいて、アイリスは呟いた。
頬についた絵具をぬぐい、満足そうに完成した絵を眺める。
「うん。我ながらよくできたわ。」
エプロンを外し、絵具を箱に戻していると、ふと、外から物音がした。
「なんだろう?」
不思議に思って窓から外を伺うと、窓枠のところに一輪の花が置かれていた。
「花?」
窓を開けると、一瞬にして外の冷気が体を包んだ。
「うぅ、寒…。」
アイリスは花を手に取ると、すぐに窓を閉めた。
「なんて名前の花かな…?」
赤く小さなその花は、外の寒さをまだ残していた。
(かわいい。小さな花がいくつも咲いてる…。)
コンコン
その時、扉をノックしてクレーヴェルが顔を出した。
「姉さん、そろそろ時間だよ。」
アイリスは振り返り、
「わかったわ。今行くわね。」
と言って、カーディガンを羽織った。
「おお、二人とも、来たね。」
アトリエを後にし、居間に着いたアイリスたちを見てメルキュール公爵は微笑んだ。
「お待たせしました。お父様。」
「いやいや。いい絵が描けたかい?」
「ええ。」
「そうか。見るのが楽しみだなぁ。な、クレーヴェル。」
「そうですね。」
二人は、公爵にならって暖炉の前のソファに腰かけた。
前のテーブルには、温かいココアと紅茶が置かれていた。
「そうですわ、お父様。この花をご存知ですか?」
クッキーを取ろうとしたアイリスは、自分の手に握られていた花を思い出して聞いた。
「アトリエの、窓の外に置いてあったのです。」
アイリスが差し出した花を受け取ると、公爵はその花をしげしげと眺めた。
「これはカランコエだね。」
「カランコエ?」
「ああ。いくつもの小さな花が可愛らしいだろう?しかしおかしいな…この花はここらでは咲かないはずだが。」
「屋敷に飾ってある花が、こぼれてしまったのでしょうか。」
クレーヴェルが横から聞いた。
「そうかもしれないね。」
公爵はそう言うと、カランコエをアイリスに返した。
アイリスはそれを受け取ると、可愛らしい花をそっと撫でた。
「ふふ。もしかしたら、誰かからの贈り物かもしれませんわね。」
「贈り物?」
不思議そうな顔をするクレーヴェルに、アイリスはほほ笑んだ。
「そうよ。この世の中には、思ってもみないことがたくさんあるんだから。」
アイリスはそう言って、窓の外に目を向けた。
白銀色の雪が降る家の外では、夜の優しい音が世界を包んでいた。
お読みいただきありがとうございます。
2020年は様々なことがありました。
5月から、この物語の連載を始めましたが、こんなにも多くの方に楽しんでいただけるとは思ってもみませんでした。ありがとうございます。
読者の方々に出会わせてくれたアイリスたちには、私からささやかな贈り物を届けさせてもらいました。
カランコエの花言葉は、「幸福を告げる」「たくさんの小さな思い出」「あなたを守る」「おおらかな心」です。
大好きなアイリスたちに、ぴったりな花だと思い、また、これからも幸せなことがあるようにとの願いを込めました。
2021年も、心躍る冒険と、心温まる小さな幸せが、たくさんありますように。
作者共々、これからもよろしくお願いいたします。