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お茶会へ行くようです

ラナの屋敷へ行く日。

アイリスはいつもより早く出発するようですが…

ゴトゴトゴト…




肌寒い朝、アイリスとクレーヴェルは馬車にゆられていた。


今日はラナンキュラスの屋敷でお茶会をする日だ。


「楽しみねー。」


アイリスはニコニコして言った。


「そうだね。…でも、こんなに早く出るの?」


クレーヴェルは首をかしげた。


外はまだ薄明るく、日が出ていないせいで空気が痛い。


この時間だと、約束の時間よりだいぶ早く先方に着いてしまうが。


「ああ、屋敷へ行く前にね、ちょっとお土産を持って行こうと思って。」


「お土産?」


「ええ。」


クレーヴェルは、アイリスの横に置かれた包みに目を向けた。


(朝からずっと気になっていたけど、これがそのプレゼントなのか。)


「誰に渡すの?」


しかし、アイリスはニコニコしたまま答えようとしない。


「?」


クレーヴェルは首をかしげた。


アイリスは口に手を当て、


「着いてからのお楽しみよ。」


といたずらっぽく笑った。




カタン


それからしばらくして、馬車は静かに停車した。


「さあ、着いたわ。」


アイリスはそわそわとして言うと、包みを手に持った。


(ここにいるのか。)


そっと窓から伺って見るが、周りには小さな畑以外、牧草地が広がっているだけで何もない。


(こんな所に何の用だろう…?)


不思議に思っていると、


「クレーヴェル、行くわよ。」


と、御者に手を引かれ、馬車を降りたアイリスが呼びかけた。


「あ、はい。」


クレーヴェルは慌てて返事をすると、あとに続いて馬車を降りた。


「っ!」


外に出ると、まぶしいばかりの朝日が目に飛び込んできた。


そろそろと閉じた目を開け、その景色を見たクレーヴェルは、まぶしさも忘れて目を見開いた。


「ここって…。」


驚くクレーヴェル。



目の前には、あの、老婆の小屋があった。


アイリスは、包みをクレーヴェルに手渡し、


「あなたも、会いたいんじゃないかと思って。」


と言って、クレーヴェルの手を取って歩き出した。




コンコン


「ごめん下さいまし。」


アイリスが呼びかけると、


ギィッ、と重い音と共に木の扉が開いた。


「お邪魔いたします。」


アイリスは、唖然とするクレーヴェルの手を握ったまま、小屋の中に入った。




「よく来たね。」


小屋の奥の椅子に、変わらない姿の老婆が座っていた。


「久しぶりだね。」


「おばあ様!」


老婆が立ち上がると、アイリスは駆け寄ってその首に抱き着いた。


「おやおや。困ったねえ。」


そう言いながらも、老婆はどことなく嬉しそうだ。


「またお会いできて、本当にうれしいですわ。」


アイリスは涙を浮かべながら、抱き着いていた手を解いた。


「あたしもうれしいさ。」


老婆は少し照れ臭そうに言った。


「…あんたも、元気そうだねぇ。」


そう言って、老婆はクレーヴェルの方を向いた。


クレーヴェルは驚きが抜けないらしく、しばらくポカンと老婆を見つめていたが、すぐに顔をほころばせると、


「はい…!お久しぶりです!」


と言って、老婆に駆け寄った。


「どれどれ、近くで顔を見せとくれ。あぁ、すっかり元気になって。」


老婆はクレーヴェルの顔に手を伸ばすと、嬉しそうにしみじみと言った。


「クレーヴェル。」


アイリスが促すと、クレーヴェルは自分の手に持った包みを見た。


「お渡しするものがあるんでしょう?」


「はい。あの、これ…。」


老婆は包みを受け取ると、不思議そうに顔をかしげた。


「なんだい?」


「私達からの、感謝の気持ちですわ。」


アイリスはクレーヴェルの肩に手を置いて言った。


老婆は手際よく包みを開けていくと、その中身に驚いたように歓声を上げた。


「こりゃあ、絵かい?」


「はい。」


アイリスは誇らしげに言った。


老婆の手には、春の麗らかな日差しの中、小川の辺に割く美しい花々が描かれていた。


まるで春の景色をそのまま切り抜いてきたかのような、温かい絵だ。


「魔法がかかってるね。まるで春の景色を見ているみたいさ。」


「そうなんですの。私の友達にも、少し協力してもらいました。」


老婆はそっと絵に触れた。


その瞬間、手の平から、川の涼やかなせせらぎ、温かい太陽をいっぱいに浴びた草花のみずみずしい香りが、老婆に色彩豊かな春の訪れを届けた。


「あたしは目が見えないから、もうこんなに美しい風景を見られるなんて、夢にも思わなかったよ。」


老婆は「ほぅ」とため息をつくと、幸せそうに絵を撫でた。


「どういうこと?」


クレーヴェルがそっとアイリスに聞くと、


「私たちの魔法を、絵具に込めたのよ。ラナとルビーにも協力してもらってね。もちろん、あなたにも。」


と、アイリスは小さな声で答えた。


クレーヴェルは、先日アイリスに魔法を見せてほしいと言われたことを思い出した。


あれは、絵に魔法をかけるためだったのか。


「しかし、これはあんたたちには難しい魔法じゃなかったかい?」


「ええ。なので、お父様方にもご協力いただきました。」


「ああ、なるほどね。」


老婆は納得したようにうなずいた。


「それにしても、こんなにうれしい贈り物は初めてさ。人助けも、してみるもんだねえ。」


老婆は、アイリスからもらった絵を大切そうに飾った。


「喜んでいただけて私たちもうれしいですわ。それでは、もう行きますわね。」


アイリスはそう言うと、再び老婆に抱き着いて頬にキスをした。


「お元気で。おばあ様。」


「ああ。あんたもね。」


老婆は優しくアイリスの髪を撫でた。


「お元気で。」


クレーヴェルも挨拶をし、老婆の手を取り口づけをした。


「気を付けるんだよ。…家族を大切にね。」


「はい。もちろんです。」


老婆はその言葉に満足げに頷くと、クレーヴェルの肩をポンと叩いた。




「それでは、参りますわ。本日はお会いできて本当によかったです。」


アイリスは馬車の窓から顔を出し、老婆に挨拶した。


「あたしもさ。」


老婆はアイリスたちを見送りに外へ出てそう言った。


「さよーならー!」


走り出した馬車の窓から、身を乗り出すように手を振るアイリスとクレーヴェルに、老婆は片手をちょっと挙げて答えた。


アイリスたちは、老婆の姿が見えなくなるまで、ずっと手を振っていた。




一行が去り、老婆は小屋へと戻った。


「まったく、元気な子たちだ。」


そう言って、老婆は奥の椅子に身をうずめた。


杖を置くと、そばに飾ってあった絵に手を伸ばし、そっとその絵に触れる。


暖かい空気が、老婆を包み込んだ。


「…良いこともあるもんだねぇ。」


老婆は一人呟くと、嬉しそうに目を細めた。





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