お部屋づくりのようです②
クレーヴェルの部屋をリフォームすべく、部屋を訪れたアイリス。
果たしていいアイデアは浮かぶのか…
「それで、あなたはどういう部屋がいいの?」
スケッチブックを広げながら、アイリスはクレーヴェルに顔を向けた。
クレーヴェルはしばらく「うーん」と考え込んだ後、「そうだなぁ…」と言って自分の中で確認するように言葉を発した。
「物が置きすぎていないシンプルな感じで、あまり派手じゃない部屋…かな…?」
アイリスはぐるっと部屋の中を見渡した。
「それって…ちょうどこの部屋みたいな?」
「…そうなるね。」
クレーヴェルはそれっきり、何か考えるように黙り込んでしまった。
(前途多難ね…。)
アイリスは思った。
身の回りのことにはまったく興味のなさそうだった弟が、自分の部屋をアレンジしてほしいと言ってくれたのはとても喜ばしいことだ。
しかし、肝心の本人は、自分が何を好きなのかよく分かっていないようだった。
(うーん、これは…どうしたものかしら…。)
もう一度、アイリスは部屋の中をよく観察してみた。
家具は備え付けだが、さすが公爵家の屋敷のものとあって、どれも繊細な彫刻が施された一級品だし、女の子らしいつくりのアイリスの部屋とは違って、この部屋のには男の子が好きそうな、船を模した装飾も多い。
クレーヴェルがこの部屋自体を気に入っているというのなら、これらの調度品を残しつつ、彼らしい部屋にしてあげたいものだ。
(クレーヴェルらしいって、何だろう…。)
アイリスはクレーヴェルに視線を移した。
自然のままの、彼のふわふわとしたヘーゼルの髪が、大人っぽい彼にまだあどけない印象を残している。
(そうよね。クレーヴェルはまだ8歳なのよね…。)
アイリスはそっと彼の髪に触れ、よしよしと頭を撫でた。
「なに?」
「あなたはとっても素敵な弟だなーって思って。」
そう言うと、クレーヴェルの顔は真っ赤になった。
「そ、そんな僕は…。」
(ふふっ、かわいい。)
アイリスは頬を緩めた。
その時、頭にふといい考えが浮かんだ。
「そうだ!クレーヴェル、一緒に、ラナのところへ行きましょうよ!」
「え?」
「今度、ルビーとお屋敷にお邪魔することになっているの!ルビーとラナがいれば心強いもの!三人寄ればなんとやらって、言うじゃない?」
アイリスはワクワクしながら言った。
(ナイスアイデアだわ!さすが私!)
「でも、いいのかな…。」
「ダメなわけないじゃない!二人ともきっと喜んで手伝ってくれるわ。」
確信を持ってそう言うと、アイリスはくるっと踵を返し、部屋の外へと向かった。
「ちょっと待ってて!今からお手紙を書いてくるわ!」
「ね、姉さん!」
クレーヴェルが止める間もなく、アイリスはさっさと自分の部屋へと走って行ってしまった。
廊下の奥から、マルタの叱り声が聞こえる。
「行っちゃった…。」
クレーヴェルはぽつりと呟くと、窓際の椅子にポンと腰かけた。
緩くカーブのつけられた背もたれが、ゆったりと体を支える。
「…。」
しばらくの間、クレーヴェルは外を眺めながら考え事をしていたが、やがてそのまま目を閉じた。
ラララ…ララ
視線を上げると、母親が鼻歌を歌いながらテーブルに着いていた。
そばの籠には、たくさんのブドウが入っていて、母は丁寧に手際よくそれらを仕分けていく。
《母さん。》
《あら、起きたの、クレーヴェル?》
母親がこちらに気付いてにこりと笑いかけた。
《これが終わったら、ご飯にしましょうね。手伝ってくれる?》
起き上がって母親の隣に腰かけ、ブドウを選別し始める。
《ありがとう。》
母は笑ってそう言うと、
《ちょっと疲れちゃったわ。》
と言って、腕を前に伸ばした。
まだ暖かい気温の中、季節外れの長袖の袖から、ちらりと黒くなった腕が見えた。
《その腕、痛くないの?》
クレーヴェルの視線に気づいた母親は、照れ笑いしながら腕を隠した。
《まったく痛くないわよ。ただの痣だから、心配しないで。ね?》
そう言うと、隠していない方の腕でクレーヴェルの頭をそっと撫でた。
《そうだわ。クレーヴェル、今回の収穫期が終わったら、町へ行きましょう。何か欲しいものはある?》
優しく聞く母に、フルフルと首を振った。
《僕、なにも欲しくないよ。》
《本当に?村の子たちみたいに、お船のおもちゃとか欲しくないの?》
《うん。僕は良いんだ。母さんが、好きなもの買っていいよ。》
そう言うと、母親は少し悲しそうな顔をした。
《私は…もうほしいものは買わなくていいのよ。それよりも、母さんは、あなたの喜んでいる顔が見たいわ。》
《僕も、母さんの喜んでいる顔が見たい。》
しばらく母親は、悲しそうな、うれしそうな顔でじっとクレーヴェルを見つめていた。
そうして、ふっと優しい表情になると、
《そう…。そうしたら、何か二人にとって嬉しいものを買いましょうね。》
と言った。
《うん!》
クレーヴェルが元気よくうなずくと、母は嬉しそうにほほ笑んだ。
「ーヴェル、起きて。クレーヴェル!」
肩を優しくたたかれ目を開けると、アイリスが顔をのぞいていた。
「わ、姉さん!」
慌てて体を起こすと、辺りは暗くなりかけていた。
「もう寒いんだから、温かくしていなくちゃダメでしょう?」
そう言いながら、アイリスは外を指さした。
窓の外はいまにも雪が降りそうな空模様をしている。
窓辺の近くにいたせいか、手足がすっかり冷たくなっていた。
「お夕飯の時間よ。早く行って、体を温めましょう。」
アイリスは寒そうに体を震わせた。
見ると、鼻のてっぺんが赤くなっている。
「姉さん、外にでも行ってたの?」
クレーヴェルが聞くと、アイリスはギクッとした表情になった。
「え、えぇ。ちょっとね。お庭をお散歩していたのよ。」
「こんな寒い日に?」とクレーヴェルは疑問に思ったが、寒そうなアイリスを見て、早く暖かい部屋に移動しようと思い、その話は切り上げることにした。
「そうだ、クレーヴェル。さっきお手紙をラナたちに出そうとしたらね、ちょうど向こうから、あなたもご招待したいって、届いたのよ。」
廊下を歩きながら、アイリスは嬉しそうに言った。
「フーピテル家から、ですか?」
「ええ。すごい偶然だと思わない?」
目を輝かせるアイリスに、クレーヴェルも「そうだね。」と言って笑った。
「そうだ、あなた宛てのお手紙も来ていたわ。私のと、混ざっちゃったみたいね。」
そう言ってアイリスが取り出した手紙を見て、クレーヴェルは一瞬固くなった。
(まただ。)
クレーヴェルはアイリスに悟られないよう、「ありがとう」と言って手紙を受け取った。
ゆっくりと裏返して宛先を見ると、「クレーヴェル様」と書かれてあった。
(いつもと同じ筆跡だ。もう、これで何回目なんだ…。)
「それにしても、あなたも文通していたのね。どこで知り合ったの?」
アイリスは興味津々で聞いてくるも、正直一方的にあっちが知っているだけで、こっちは何も知らない。
(でも、姉さんを心配させるわけには…。)
「えっと、茶会のお誘いじゃないかな。初めてもらう人だよ。」
そう言うと、クレーヴェルは手紙をポケットへと押し込めた。
「そうなの?」
アイリスは少し残念そうな顔をしたが、
「でも、お茶会でいいお友達に出会えるかもね。」
と言って、小説の話をし始めた。
しかし、クレーヴェルは話半分で、手紙のことを考えていた。
(この手紙、いったい誰からのものなんだ…?)
実際は、ずっと多くの量の手紙が送りつけられていることを、彼は知っている。
マルタをはじめとする使用人たちが、クレーヴェルの目に着かないように、手紙をそっと別のところにしまっていることも。
ここ最近毎日届く手紙に、クレーヴェルは一抹の恐怖を感じていた。
(でも、どうして送り主の名前が一切ないんだ…?)
「クレーヴェル、聞いてるの?」
不意に、アイリスが頬を膨らませた顔を覗かせた。
「ぁあ、うん。聞いてるよ。」
クレーヴェルはぱっと明るい顔を見せると、アイリスは少し不審げに眉を寄せた。
「何か悩み事でもあるの?」
「ううん。ないよ。お腹空いちゃって…。」
そう言って、クレーヴェルは今日のメニューは何だろうと聞いた。
アイリスはまだ心配そうな顔をしていたが、明るくふるまうクレーヴェルを見て、また元の表情に戻ったのだった。
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昨日投稿時間を間違えてしまったので、時間を改めて投稿させていただいています。