お部屋づくりのようです
本を取りに部屋へと向かうアイリス。
クレーヴェルから、お部屋づくりを依頼されて…
「さあさ、こっちよ!」
アイリスは笑顔で手招きしながら廊下を進んだ。
自分の好きな本を共有できる仲間が増えたことがうれしいのか、少し早足になっている。
「お嬢様、はしたないですよ!」
後ろから、クレーヴェルとマルタが急いでついてくる。
「早く早くー。」
一足先に自室に着いたアイリスが、ぶんぶんと大きく手を振る。
「まったく…。こういう時だけは早いんですから…。」
ぶつぶつと小言を言いながらクレーヴェルの少し後ろをついていくマルタに苦笑しながら、クレーヴェルも廊下を急いだ。
「いらっしゃーい。」
部屋に着くと、アイリスは辞書ほどの厚みの本を何冊も抱え運んでいた。
「入って入って。」
「あぁ、お嬢様!私が運びますので…。」
「そしたら、奥にあるのを持ってきてくれるかしら?」
アイリスはそう言うと、ドスンと本をベッドの上に置いてその横に腰かけた。
「こっちよ。」
そうして自分の横をポンポンと叩いた。
クレーヴェルはベッドにポスリと腰かけると、きょろきょろと部屋の中を見回した。
…なんだか部屋の雰囲気が変わっている気がする。
以前、アイリスの部屋に来たときとは、家具の配置や配色が変わっている。
窓際に置いてあったテーブルは撤去され、その代わりに暖炉の前にソファが設置されている。
カーテンや天蓋も、前は秋らしく茶色に黄色の葉の刺繍があしらわれているものだったが、現在は、濃い藍に金色の糸で雪の結晶が施されたものに変えられている。
他の装飾品も、カーテンの色に合わせるように紺や青の色のものに変えられていたが、不思議と冷たい雰囲気はしなかった。
よく見てみると、部屋に飾られている花々が黄色やオレンジといった色で統一され、さながらキャンドルのような温かみを醸し出していた。
(温かい…部屋だなぁ。)
「クレーヴェル?どうしたの?」
アイリスが不思議そうに顔を覗かせた。
「何か気になるものでもあった?」
「ええと…。部屋のことなんですが…。」
「私のお部屋?」
アイリスはそう言うと、部屋を見回した。
「はい…。あの、とても素敵な部屋だと思って。」
そう言うと、アイリスはぱあっと顔を輝かせた。
「本当?ありがとう!私も気に入っているの。」
アイリスはぴょんとベッドから飛び降りると、部屋の中央まで行ってくるっと回った。
「冬の星空の下で、キャンドルを囲んでいるみたいでしょう?ラナが選んでくれたお花なのよ!」
そう言って、アイリスは黄色く可憐な花にそっと触れた。
「かわいいでしょう?」
「ラナ…って?」
「ん?ああ、フーピテル令嬢のことよ。この前お茶会でお友達になったの。」
「ああ、友達…。」
生き生きとした顔で言うアイリスを見て、表情が暗くなるクレーヴェル。
しかしアイリスはそれには気付かずに、ラナの話を進める。
「ラナがたくさんお手紙をくれるおかげで、私もちょっとは上手にお手紙を書けるようになったのよー。」
それを聞いたクレーヴェルは、アイリスの書き物机を見やった。
机の上には、いくつもの手紙の束が丁寧にまとめて置いてあった。
(姉さんは茶会で友達を作ったのか…。なら、僕も茶会へ行けば…?)
「姉さん、僕も茶k―」
「お嬢様、こちらでよろしいですか?」
クレーヴェルが何か言いかけた時、マルタが奥から本を運んできた。
「ええ。そこに置いてくれる?」
「かしこまりました。」
マルタは重そうに本を置くと、ふうと一息ついて腰を叩いた。
「ありがとう。…そうだクレーヴェル、さっき何か言いかけた?」
アイリスは積み上げられた中から本を一冊手に取ると、クレーヴェルの横に戻った。
「う、ううん。何でもないよ。僕の部屋もこんな感じにしたいなって思ったんだ。」
クレーヴェルは慌てて言いなおした。
(もともとそれも聞くつもりだったし…。)
「あら、そんなことならお安い御用だわ!」
アイリスは再び顔を輝かせた。
「私に任せてちょうだい!」
「え、いいの…?」
「もちろん!」
そう言って、アイリスは二カッと笑った。
「着いたよ。」
クレーヴェルの部屋の前に着くと、クレーヴェルはそう言って立ち止まった。
「お邪魔するわね。」
「うん…。どうぞ…。」
心なしか、クレーヴェルは少し緊張しているようにドアを開けた。
(そう言えば、ここに来るのは、あの日以来だったかしら…。)
スケッチブックを片手に、アイリスは思った。
中に入ると、新築の家のような木の香りがアイリスを包んだ。
(なにも…変わってない。)
アイリスは部屋を見回しながら思った。
目の前には、前回来た時と同じ、殺風景な部屋が広がっていた。
クレーヴェルが来る前から代わっていない部屋は、まるで自分の主人をいまだに待ち続けているような感じさえ抱かせた。
(屋敷の中で、この部屋だけ隔離されているみたい。)
アイリスは秘かにそう思うと、ちらりとクレーヴェルの方を見た。
彼は、アイリスが自分の部屋をどう批評しているか気になっているようだった。
「そうね…この部屋は、うーんと…。」
「殺風景…だよね…。」
「そう、ね…。」
アイリスは気まずそうに相槌を打った。
見るからに落ち込むクレーヴェル。
(でも、仕方ないわよね…。)
始めて彼が屋敷に来た時のことを思い出す。
引っ越しだというのに、クレーヴェルは、小さなトランク一つしか持っていなかったのだ。
(この子に、素敵なお部屋を作ってあげましょう!)
「大丈夫よ、クレーヴェル。姉さんがきっと素敵なお部屋を作るからね!」
アイリスはそう言って笑うと、ぐっとガッツポーズをして見せた。
「ほんと?」
「当たり前でしょ。姉さんは天才デザイナーなんだから!」
(自分で言うんだ…。)
クレーヴェルはクスリと笑うと、アイリスの方に改まった。
「そうしたら、王国一のデザイナーに、お願いしてもいいですか?」
「もちろん!」
アイリスはスケッチブックのページをめくった。
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