悩みごとのようです②
悩みごとのあるクレーヴェル。
公爵はそんな彼の様子を気にかけているようで…
「おはようございます。父さん。」
「おお、おはようクレーヴェル。」
クレーヴェルが挨拶をすると、公爵は読んでいた報告書を置いた。
「アイリスは…まだだな。」
「ええ。いつも通りで。」
二人は仕方ないというふうに笑いあった。
「そ、そうだクレーヴェル、調子はどうだい?」
公爵は今思いついたと装って言った。
クレーヴェルは心配を隠し切れないように笑う公爵を見つめながら、自然と当り障りのない答えを探している自分に気が付いた。
(…何を考えているんだ、僕は。この家では正直でいてもいいのに。)
「大丈夫かい…?」
本気で心配そうに顔を覗き込む公爵の言葉に、クレーヴェルははっと考え事から離れた。
「え、ええ。大丈夫です。」
とっさにそう答えてしまい、クレーヴェルはきゅっと口を結んだ。
(また…本当のことを言えなかった。)
「クレーヴェル。」
下を向くクレーヴェルに、公爵が優しく声をかけた。
そろそろと目線を上げると、
「何かつらいことがあれば、いつでも言うんだよ。」
と言って、公爵はにっこりと笑った。
「悩みごとや、欲しいもの、でもね。」
クレーヴェルはハッと顔を上げた。
「…言ってごらん?」
公爵は静かに促した。
「実は…。僕の部屋が、少し…。」
「少し、「殺風景」かい?」
公爵は笑いかけた。
「はい。そうなのです。」
少し頬を赤く染めながら、クレーヴェルは呟いた。
「ハハ。そうかそうか。心配ないさ。それなら、いいデザイナーがうちにいるじゃないか。」
公爵がそう言うと、廊下の方からバタバタと足音が聞こえてきた。
「お嬢様!走らないでくださいまし!」
「寝坊したわ!」
そうして、使用人が扉を開けるとともにアイリスが勢いよく入ってきた。
「ハア、ハア…。遅れてごめんなさい。」
「おはよう、アイリス。」
公爵は笑いをこらえながら言った。
「おはよう…フウ、ございます、お父様。クレーヴェルもおはよう。」
息を整えながらアイリスは言うと、ストンと椅子に座った。
「ここまで走ってきたら、お腹空いちゃったわ。」
「ですから私共が何度も起こしたではありませんか!」
文句を言うマルタに、その後ろで何人かの侍女がうんうんと頷いた。
「ハハハ。それで、アイリス。昨日は何をしていたんだい?」
「昨日はルビーに教えてもらった物語を読んでいましたの!とっても面白いんですよ!主人公が町娘の探偵で…。」
公爵の質問に、目を輝かせながらアイリスは物語について熱弁した。
「面白そうだなぁ。今度、私にも貸してくれるかい?」
公爵が興味を持つと、アイリスはぱあっと顔を上げた。
「もちろんですわ!全15巻です!」
「じ、15巻もあるのかい…?」
「ええ、そうですわ?でも、それくらい一晩あれば読み終えてしまいますわよ?」
何をそんなに驚いているのかと首をかしげるアイリス。
「ああ、早く続編が出ないかしら!」
「アイリスが寝坊した理由はこれかい…。」
公爵の言葉に、マルタはあきれたように頷いた。
「はい…。何度お止めになるように言っても聞かず…。」
マルタは手に持っていた本を持ち上げた。
辞書ほど分厚い本には、「一巻 上」と書かれていた。
(こ、これで一巻の半分か…。)
これが15巻となると相当な分量だ。
それを一晩で読み終えてしまう娘に、公爵は一抹の恐怖を覚える。
「全巻お父様のお部屋にお持ちいたしますわね。」
アイリスの提案に、公爵はぶんぶんと首を振った。
「お嬢様…。旦那様はお仕事でご多忙でいらっしゃるのですよ。」
それを見たマルタが助け舟を出した。
「それもそうね…。じゃあ、クレーヴェルはどう?読んでみない?」
思わぬ方向に話題をふられ、まさか自分に聞かれるとは思っていなかったクレーヴェルは、驚いてパンを持った手を止めた。
「え、えぇ!僕?」
「そうよ。いつも難しい本を読んでいるのだもの。少しは息抜きが必要でしょ?」
「お嬢様にも見習ってほしいものです。」
ぼそりと呟くマルタ。
「何か言ったかしら?」
「いいえ?」
とぼけたように言うと、マルタはそそくさと退出してしまった。
「まったく…。聞こえてるんですからねー!」
出ていくマルタの背中に向かって舌を出すアイリス。
「…借りようかな。」
小さな声で、クレーヴェルが呟いた。
「「え?」」
思わず、アイリスと公爵は聞き返した。
「僕も、それ読みたい。」
クレーヴェルははっきりとそう言うと、ニコッと笑った。
それを見て、アイリスは嬉しそうに笑った。
「本当?じゃあ、あとで一緒に読みましょう!」
アイリスはそう言うと、待ちきれないというようにソワソワと座りなおした。
「僕も楽しみです。」
そう言うクレーヴェルと、公爵は優しいまなざしで見つめていた。
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