悩みごとのようです
いつも早くに起きるクレーヴェル。
何か思い悩んでいることがあるようで…。
チリーン
時計が朝6時を静かに告げた。
ぱちりと目を開け、クレーヴェルは起き上がった。
クレーヴェルは、いつも侍女が起こしに来る前に起きる。
ベットから出て布団を整えると、洗面器で顔を洗い、服を着替える。
カーテンを開けると、まぶしい日差しが部屋いっぱいに入ってきた。
その明るさに、思わず目をつむるクレーヴェル。
ベランダに出ると、冷たい風が冬がもうそこまで迫っていることを告げた。
クレーヴェルは空を見上げると、
「おはよう。…母さん。」
と、雲一つない空に微笑みかけた。
しばらくそうしていると、一人の侍女がノックをして部屋に入ってきた。
「おはようございます。坊ちゃま。」
「おはよう。」
侍女は挨拶をすると、テキパキと部屋を整えていく。
初めの時は、自分が起こしに来る前には必ず起床しているクレーヴェルに驚いていたものだが、今ではすっかりそれが日常化していた。
(前の家では誰も起こしてくれなかったから…。これが普通だと思っていたんだけどな。)
侍女がベッドを整えているのを見ながら、以前の屋敷でのことを思い出す。
以前住んでいた屋敷では、誰もクレーヴェルのことを起こしには来なかった。
しかし、起きるのが遅れると父親に殴られ、ときには食事を抜かれることもあった。
そのためにクレーヴェルは毎日自分で起き、自分で身支度をしなければならなかった。
(身についてしまった習慣は、中々直せないんだな。)
「坊ちゃま、外はお寒くありませんか?」
そう言って、侍女がセーターを持ってきた。
(でも、この家ではそれですら受け入れてもらえる。)
「ありがとう。」
渡されたセーターを着ると、クレーヴェルは室内に戻った。
短時間のうちに、部屋はきれいに片づけられていた。
「坊ちゃまは毎朝きちんとなされていて助かりますわ。」
片づけを終えた侍女はクレーヴェルに言った。
「お嬢様は毎朝起こすのが大変ですもの。」
クレーヴェルはフフッと笑うと、
「本当に。マルタがいつも大変そうだ。」
と言った。
「ええ。3人がかりでやっとお起きになるのですよ。」
侍女は困ったように首を振ると、
「きっと、もうすぐご朝食が出来上がりますわ。」
と言って、部屋を出ていった。
「…。」
部屋に一人残ったクレーヴェルは、部屋の中を見回した。
我ながら、自分の部屋はとても殺風景だと思っている。
しかし、飾るようなお気に入りのものはおろか、思い出の品など持っているはずもなかった。
この屋敷に来た時から代わり映えのしない、備え付けの調度品ばかりの部屋。
(姉さんや父さんの部屋は、どんな感じなんだろう。)
そんなことを考えながら、クレーヴェルは窓際の椅子に腰かけた。
この椅子は、クレーヴェルの体格に合わせて特注してもらったものだ。
クレーヴェルは、サイドテーブルに置いてあった本を手に取った。
この国の地形について書かれた本だ。
アイリスは「そんな難しい本面白いの!?」と目を丸くしていたが、クレーヴェルにとって、没頭できれば本の内容など何でもよかったのだ。
そうして本を読み進めていると、コンコンと扉がノックされた。
「はい。」
すると、
「ご朝食ができましたよ。」
そう言って、先ほどの侍女が扉から顔を出した。
「はい。今行きます。」
本をテーブルに置いて立ち上がると、クレーヴェルは部屋を出た。
ダイニングまで歩いている間に、何人かの使用人とすれ違う。
「おはようございます。坊ちゃま。」
「今日は寒いですね。」
明るく話しかけてくる使用人たちに挨拶しながら、クレーヴェルは廊下を進んだ。
廊下を曲がったとき、ドンと誰かにぶつかった。
「わっ。」
よろけるクレーヴェルは、地面に倒れこむ前にさっと支えられた。
「坊ちゃん、大丈夫ですか!」
ぶつかった相手は、使用人のコナーだった。
「前を見てなくて…。すいません。」
申し訳なさそうに、コナーはクレーヴェルを起き上がらせた。
「あ、大丈夫…。」
クレーヴェルは思わずさっと身を引いた。
(確か…この人は僕が闇の魔力を持っていることを知っている…。)
緊張で身が固くなる。
しかしコナーはそれを気にするそぶりを見せず、
「俺の不注意で本当にすいません。ケガがないようでよかったです。では失礼します。」
と言ってあわただしく走り去っていってしまった。
取り残されたクレーヴェルは、ポツンと廊下に立ち尽くした。
(僕が怖くないのか…?)
普通に接してもらったことに唖然とするクレーヴェル。
東の森へ行ってから、自分がどれだけ多くの人たちに迷惑をかけてきたかを思い知らされた。
それからというもの、後ろめたさからあまり人とかかわることを避けるようになってしまった。
それでも、アイリスをはじめ、公爵や使用人たちは変わらずに話しかけてくれている。
(…姉さん。)
アイリスのことを思うと、心が温かくなる。
クレーヴェルはクスリとほほ笑むと、足早にダイニングへと向かった。
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