手紙のようです②
クレーヴェルに一通の手紙が届いているというマルタ。
しかし、その手紙には送り主の名前がなくて…
「そうですわ、坊ちゃま。坊ちゃまにもお手紙が届いているのですよ。」
そう言うと、マルタはクレーヴェルに一通の手紙を渡した。
「僕に?誰からだろう?」
クレーヴェルは手紙を開けると、中身を読み始めた。
「それがこちらの住所のみが書かれていて、送り主の住所がないのです。」
マルタが困ったように言うと、手紙を読み終えたクレーヴェルも
「そうみたいだ。名前も書かれていない。忘れてしまったのかな。」
と、もう一度送られてきた封筒を確認した。
「いえ、そんなことはあり得ませんわ。送り主の住所ならともかく、名前を忘れるなど。」
「なら、この手紙を書いた人はわざと忘れたってこと?」
クレーヴェルが聞くと、マルタは複雑な表情で、
「おそらく。」
と頷いた。
「本当はお渡ししようか迷ったのですが…。表にそのように書いてございましたので、お知り合いかと…。」
見ると、宛先の横に「親愛なるクレーヴェル様」と書かれていた。
身分を重んじる貴族社会で、ラストネームで呼び合うことは、それなりに近しい仲でないとできないことだ。
この手紙を書いたのが、クレーヴェルと親しい人物だとマルタが思ったのも当然だろう。
「う~ん…。でも、そんな人に心当たりはないのだけど…。」
クレーヴェルは首をかしげた。
(それに、あんまり他人には興味ないし。)
「そう…でございますか…。では、こちらで処分いたしますね。お返事を出すにも出せないでしょうし。」
「うん。お願いするよ。」
クレーヴェルから手紙を渡されたマルタは、それをそのままポケットへしまった。
そうしている間にも、アイリスは手紙を書き終わろうとしていた。
「『それでは、またのお返事をお待ちしております。』…よしっ。書き終わったわ!」
書き終えた手紙を満足そうに掲げると、アイリスは手紙を丁寧に折りたたんで封筒へと入れた。
「姉さん、もう書き終わったの?」
「ええ!」
驚くクレーヴェルに、二カッと笑いかけるアイリス。
「お手紙を書いたら、なんだか疲れちゃったわ。」
「お疲れ様でございます。お嬢様。」
マルタはねぎらいの言葉をかけながらアイリスのカップに紅茶を注ぐと、先ほどアイリスが書き終えた手紙へと手を伸ばした。
「手紙はお出ししておきますね。」
「ええ、お願いするわ。」
マルタが手紙を持って退出すると、アイリスは紅茶を一口すすった。
(平和だわ~。)
幸せな日常がまた、戻ってきたのだ。
一度弟を失いかけたあの時は、この幸せを手放せなければいけないのかと恐怖したものだが、こうして友達への手紙を書き、弟と一緒に午後のティータイムを楽しむ。
なんて幸せなことだろう。
(そう言えば…。クレーヴェルにはどんな友達がいるのかしら…?あまりこういうことは話さないから、よく知らないわ。)
そう思い、カップ越しにちらりとクレーヴェルの方を見る。
(ラナはクレーヴェルが人気者だと言っていたけれど…。)
柔らかい髪がふわりと風になびき、髪色よりも少し明るいまつげが伏目がちに影を落とすその姿は、姉から見ても端正な顔立ちをしていると思う。
「ん?どうしたの、姉さん?」
顔を上げたクレーヴェルと目が合った。
優しげなヘーゼルの瞳が、周りの明るさを反射してきらりと輝いた。
アイリスは、思わずハッと息をのんでクレーヴェルを見つめた。
「…姉さん?」
黙ったまま自分を見つめてくるアイリスに、クレーヴェルが再び声をかける。
「ああ、ごめんなさい。何でもないのよ。」
アイリスは慌てて手を振ると、
「ちょっと考え事をしていただけ。」
と言ってごまかした。
「考え事ですか?」
「ええ。」
「もしかして、エドワード王子のことですか?」
途端に目つきが険しくなるクレーヴェル。
「え?ええ!?違うわよ!」
「じゃあ、なんなんです?」
ずいっと前のめりになって聞いてくるクレーヴェルに、アイリスはたじろいだ。
(そんなに気になるのかしら?)
しかし、友達関係のことなど気やすく聞いてもいいことなのだろうか。
(過干渉だと、思われないかな?)
アイリスはしばらく考えるそぶりを見せた後、
「あの…あなたのお友達はどんな方なのかしら…と考えていたの。」
と、おずおずと切り出した。
しかし、予想しない問いだったのか、クレーヴェルはそのまま固まってしまった。
(ああ!やっぱり踏み込んだ質問だったわよね…!やっちゃったわ…。)
「ごめんなさい!やっぱり、お友達のことは踏み込んでほしくない話題だったわよね!」
アイリスが急いで取り消そうとすると、クレーヴェルはハッと我に返り、
「い、いえ。全然大丈夫だよ。」
と言った。
「…本当に?」
確認するアイリスに、こくりと頷くクレーヴェル。
「よかったわ~。ラナから、あなたがみんなにとても人気だと聞いたから―。」
「僕がですか?」
以外というふうに、クレーヴェルは目を開いた。
「ええ。王宮でのパーティーのときよ。ラナが、あなたが挨拶しに行けないほどたくさんの人といたと言っていたわ。」
アイリスがそう言うと、クレーヴェルは何かに納得したかのように「ああ」と言って苦々しい顔をした。
「あの時ですか…。」
遠い目をするクレーヴェル。
「やっぱり、あなたはお友達がたくさんいるのね。すごいわ。」
「いや、姉さんあれは友達というよりも…。」
「いいのよ。踏み込んだ質問をしてしまってごめんなさいね。姉さん、あなたにお友達がたくさんいると聞いて安心したわ。」
「…。」
幸せそうににこりとほほ笑むアイリスに、クレーヴェルは静かに口を閉じる。
「お二人とも。もうそろそろ中へお入りになっては?」
戻ってきたマルタが声をかけてきた。
「そうね。じゃあクレーヴェル、また夕ご飯の時にね!」
アイリスはそう言うと、上機嫌でテラスを後にした。
残されたクレーヴェルは、一人空を見上げると、
「友達、作らないとな…。」
とぽつりとつぶやいた。
ああ、愛しのクレーヴェル様…
もうすぐ私たち、幸せになれますわ…
ですからもうしばらく、お待ちくださいね。
邪魔者を、消してしまうまでは…!
お読みいただきありがとうございました。
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