手紙のようです
ラナンキュラスへの手紙をしたためるアイリス。
思うように書けないと悩んでいますが…
フーピテル家でのお茶会から数か月後、アイリスはテラスの席に座りながら、何やら真剣に書いているようだ。
「…「そちらの天気はいかがですか」…。ああ、ダメだわ。互いに同じ国に住んでいるんだもの。天気なんてどこも一緒だわ。」
ぶつぶつと独り言を言いながら、アイリスはたった今自分が書いた文章を消した。
「あー。お手紙を書くのって難しいわ!」
うーんと空に向かって大きく伸びをし、アイリスはペンをテーブルに置いた。
「ちょっと休憩!」
「お嬢様、つい先ほども休憩をなさっていたではないですか。」
そばに控えていたマルタが口をはさんだ。
「うっ。し、仕方ないじゃない!お手紙を書く時って、どうしても緊張してしまうんだもの!」
そう頬を膨らませるアイリスは、目の前のお菓子をひょいとつまんだ。
「ああ、いけませんお嬢様!カスがお手紙の上に落ちてしまいます!」
「大丈夫よ。一口で食べるもの。」
そう言って、丸い大きなクッキーをパクっと口に放り込む。
「まったく…。少しはご令嬢らしくなさってください!」
頬をリスのように膨らませながらもぐもぐと幸せそうに口を動かすアイリスに、マルタはプンプン怒りながら言った。
アイリスはクッキーをごくりと飲み込むと、
「私だって、外ではきちんとしているわよ。」
と言い返し、もう一枚のクッキーを、これ見よがしに口に放り込む。
「はいはい。そうでございましたね。」
(何よ~適当に言って―。)
クッキーで膨らんだ頬をさらに膨らませ、マルタを睨むアイリス。
「姉さん。ほっぺがリスみたいになってるよ。」
アイリスの向かい側に座って本を読んでいたクレーヴェルが、二人のやり取りにあきれながら言った。
闇の魔力を、東の森の魔石に吸い取ってもらった後、クレーヴェルはしばらく体調が思わしくない日が続いていた。
チェルシー伯爵いわく、今まで体の中に蓄積されていた膨大な魔力が一気になくなったことで、体のバランスが崩れやすくなっていたそうだ。
しかし、現在ではすっかり体調も良くなった。
やっともとの日常が返ってきたのだ。
(本当に、よかった…。)
アイリスはクレーヴェルを見つめた。
「ん?どうしたの姉さん。」
自分をじっと見つめるアイリスに、クレーヴェルは不思議そうに首をかしげた。
「いいえ。何でもないわ。」
アイリスはクレーヴェルに微笑みかけると、再びペンを手に取った。
お茶会から数日後、ラナンキュラスから手紙が届き、それからアイリスたちはしばしば文通をする仲になった。
ラナンキュラスから届く手紙はいつも丁寧で、それでいてとても心のこもったものだった。
アイリスも同じように心を込めて書くのだが、どうしても彼女のように上手に手紙を書くことはできなかった。
(最初の書きだしから本題への持って行き方が、わからないのよね~。)
アイリスの書く手紙は、ラナンキュラスのものと比べてとても拙いものだったが、それでも、回数を重ねるごとに、ラナンキュラスがこちらに心を開いてくれていることが分かった。
『私のことは、ラナと呼んでください。』
何回目かの文通の折にそう書いてあった時、アイリスは二人の距離が縮まったのを感じた。
今では、互いに『ラナ』、『アイリス』と呼び合っている。
(新しいお友達ができたわ。)
アイリスはふふっと小さく微笑んだ。
手紙を書くのは難しくても、相手のことを思って書くことはとても楽しいものだ。
「なんだか嬉しそうだね。姉さん。」
クレーヴェルが本越しに話しかけた。
「ええ。どんな話をしようか、迷っているところなのよ。」
アイリスは楽しげにそう答えた。
「この前作った新作のドレスのことも書きたいし、うちの池に白鳥の親子が来たことも書きたいの。ああでも、この前エドワード様が下さった花についても書きたいし…。」
何を書こうか決めあぐねるアイリスは、それでもどこか楽しそうだ。
「どれも脈絡がないものばかりだわ。一つに絞ろうかしら。」
困ったように頬杖を突くアイリス。
「うーん…。別に脈略は気にしなくてもいいんじゃないかな?」
そう答えるクレーヴェルに、アイリスはちらりと目を向けた。
「そうかしら?」
「うん。姉さんの好きなように書きなよ。僕は特に最後の話題について、詳しく聞きたいな。」
にこりと笑っていうクレーヴェル。
(坊ちゃま、目が笑っていませんわ…。)
その様子を見てあきれるマルタ。
「そうね!変な形式にばかりとらわれても仕方がないもの!私の書きたいように書くことにするわ。」
そう言って、アイリスは意気揚々とペンを走らせる。
「そうですわね。お嬢様らしいお手紙をお書きになるのが、私もよろしいと思いますわ。」
マルタもニコニコとして言った。
それからふと、何かを思い出したようにクレーヴェルの方を向くと、
「そうですわ、坊ちゃま。坊ちゃまにもお手紙が届いているのですよ。」
と言って、一通の手紙を取り出した。
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