お茶会のようです③
初めてのお茶会に疲れを感じたアイリス。
ラナンキュラスはそんなアイリスを気遣って庭を案内すると言ってくれ…
「―ここは四季折々の植物を育てている場所です。季節によって、咲く花のや生い茂る木々の種類が変わるので一年中楽しめるのですよ。」
ラナンキュラスに案内されながら、アイリスは中庭を歩いていた。
中庭には四本の木が生えていた。
そのうちの一本にはたくさんの葉が生い茂り、根元には柔らかい色の花が咲き乱れていた。
「この季節はあの金木星がとてもいい香りなのですよ。」
「!金木星…。」
楽しみにしていた金木星に、アイリスは目を輝かせた。
「近くによっても?」
「ええ、もちろんです。」
金木星へと近づくと、金木星の甘い香りがふわりと香ってきた。
「わあ、いい香り…。」
アイリスは目を閉じ、ゆっくりと深呼吸をして金木星の香りを堪能した。
「メルキュール様は、金木星がお好きなのですね。」
後ろからラナンキュラスが声をかけた。
「はい。この花の香りをかぐと、秋が来たのだなあと実感するんです。」
「そうですわね。私もよく、この庭に来ますと金木星の香りを楽しむんですよ。」
「まあ、素敵ですね。」
「ええ。」
二人は和やかにほほ笑みあうと、しばらく金木星の香りに包まれていた。
(きっと、フーピテル様は私が疲れていたことをお気遣いくださったんだわ。)
アイリスは金木星を見上げながらそう思った。
「あの、先ほどはありがとうございます。」
「何がです?」
ラナンキュラスはキョトンとした顔でアイリスを見た。
「私をここへ連れてきてくださって。なんだか緊張がほぐれましたわ。」
アイリスが言うと、ラナンキュラスはふっと頬をほころばせた。
「いいえ。私も疲れてしまったときは、ひっそりとここへ来るようにしていますの。」
「確かに、この庭には気持ちを落ち着かせる不思議な力がありますね。」
アイリスの言葉に、ラナンキュラスは嬉しそうに頷いた。
「ふふ。メルキュール様にそう思っていただけて、この庭もうれしいでしょう。」
ラナンキュラスは木蓮の木をそっと撫でた。
アイリスには、なんだか金木星が喜んでいるように見えた。
(…本当に、植物が大好きなのね。)
ラナンキュラスといると、不思議と心が落ち着くような気がする。
きっとそれも、彼女の物腰の柔らかさや、雰囲気からにじみ出ている人柄によるものなのだろう。
それは、この屋敷全体に流れる空気からも感じ取ることができた。
(なんて言えばいいんだろう…。穏やかな、温かい日差しのような雰囲気だわ。)
部屋まで案内してくれた執事もそうだったが、中庭に来るまでにすれ違ったどの使用人からも、自分の主人に対する信頼と敬意を感じたし、それに応えるラナンキュラスも使用人一人一人を尊重しているようだった。
(みんなフーピテル様のことが好きなのね…。)
部外者であるアイリスさえも、決して拒絶しない雰囲気に心地よさを感じていたアイリスは、ふとラナンキュラスに尋ねた。
「そういえば、先ほどのお部屋はフーピテル様がお世話なさっているとおっしゃっていましたが、この庭はどなたが?」
この世界では珍しい金木星を育てているのならば、他にもいろいろな植物を知っているだろう。
(日本で見知った花も、知っているかもしれないわ。)
アイリスの質問にラナンキュラスは一瞬だけ顔を曇らせたが、すぐに元の穏やかな表情に戻り、
「私の母ですわ。」
と答えた。
「まあ、フーピテル夫人が?」
アイリスはラナンキュラスの反応にまたしても違和感を覚えたが、それよりも、ラナンキュラスの答えの方がアイリスには意外な事実だった。
ラナンキュラスの母でこのフーピテル家の夫人である、シュナフタ・フーピテル夫人は、フーピテル家出身ではないため家系魔法の草の魔法を使うことができない。
加えてネットゥーノ家出身であるため、彼女は氷魔法を使うのだ。
(あまり相性のいい家系同士の結婚だったから、とても話題になったってマルタが言ってたわね。)
この世界には魔力の相性というものがある。
マルス家の火の魔法とメルキュール家の水の魔法というように、対をなす関係はあまり相性が良くなく、草の魔法と氷の魔法もまた然りだ。
通常なら相性のいい家のものと結婚するのが普通のこの世界で、フーピテル家とネットゥーノ家の結婚はとても珍しいものだったに違いない。
(そういえば、今日の参加者の中にもネットゥーノ家の出身の子がいたわ。挨拶して以来話していないけれど。フーピテル様の親戚、ということになるのかしら。)
それにしても、冬を象徴する氷魔法を使うフーピテル夫人が、これほどの庭を管理し、しかも美しく育てていることには驚きだ。
「そうなのですね…。では、きっと夫人はこの植物たちを心から大切に思っているのでしょうね。」
「…え?」
「だって、こんなに植物たちがのびのびと美しく育っているのですもの。心を込めて世話をしなければ、これほどまで優しいお庭にはなりませんわ。」
アイリスが笑顔でそう言うと、ラナンキュラスは少し戸惑った風だったが、
「…本当に、そう思われるのですか…?」
と聞いた。
「もちろんです!ぜひご教授いただきたいですわ。」
ラナンキュラスは、その言葉にはっと目を開き、そして安心したようにフッと笑った。
「もちろん。母もきっと喜びます。」
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