お茶会のようです②
フーピテル家のお茶会に招待されたアイリス。
はたして、どのようなお茶会となるのか…
「わあ…すごい。」
フーピテル家に着いて馬車を降りたアイリスは、その美しい光景に圧倒された。
淡い色の草木は、門から屋敷までの間に敷き詰められた薄いレンガの色に馴染みながらも、秋らしい暖色系に統一された花々の明るい色をよく目立たせていた。
「玄関前だけでも、すごく丁寧に手入れされているのね。」
「はい。フーピテル家の屋敷は、どこを切り取っても絵になるほどだと聞いておりましたが。やはり実際に見てみると想像以上ですね。」
アイリスの言葉に、マルタも驚いたように答えた。
「本当にそうね。」
二人で話していると、執事がアイリスたちを迎えに出てきた。
「いらっしゃいませ、メルキュール家アイリス様。」
「ごきげんよう。」
アイリスが挨拶すると、執事は人当たりのよさそうな顔でにこやかにほほ笑みながら、
「アイリス様がお越しいただくのを、主人共々とても心待ちにしておりました。どうぞ、こちらへ。」
と言って、アイリスたちを屋敷の中へと招き入れた。
屋敷の中も入り口同様に様々な花が飾られ、屋敷の中を明るく彩っていた。
(すごい…。いろいろな色の花なのに、屋敷の色ととてもよくあっているわ…。)
「お嬢様っ。」
アイリスが興味津々な様子で廊下を見回していると、後ろからマルタにいさめられた。
マルタの目からは「はしたないですよ」というメッセージがありありと見て取れた。
(うわ…。怒ってる…。)
「ごほん…。屋敷の中に飾ってあるお花もとてもきれいですのね。」
咳払いでごまかし、アイリスは少し手前を歩く執事に話しかけた。
「ええ、ええ、そうでございましょう。何しろフーピテル家で育つ花は特別なでございますから。」
執事は心から嬉しそうに言った。
(この方は、本当にこの家が好きなんだわ。)
「フフ、そうですわね。」
アイリスは思わず顔をほころばせながらそう答えた。
「こちらでございます。」
とあるドアの前で歩みを止めると、執事はこちらを振り返って言った。
「我が主人はこちらにいらっしゃいますゆえ。」
そう言うと、執事は目の前の木のドアを開いた。
ギイイイイイ…
ドアの隙間からほのかな光がもれてくる。
「ようこそ、私の園へ―。」
光に閉じた瞼を開けたアイリスは、目の前の光景に息をのんだ。
「これは…。」
部屋いっぱいには草木が生い茂り、床にはなんと芝生が広がっていた。
(ここは本当に室内なの?)
先ほどくぐった扉は、確かに室内用のものだったのにとアイリスが困惑していると、部屋の中央から、何人かの少年少女がこちらを見ていることに気が付いた。
(いやだ私ったら、挨拶もしていなかった…。)
アイリスは背筋をピンと伸ばして彼らに近づきながら、今回の茶会の主催者を探した。
コの字型に置かれたソファの一番中央に座っている、淡い黄色のドレスを身にまとう少女。
恐らく彼女がフーピテル家令嬢、そしてこの茶会の主催者だろう。
アイリスは彼女の正面で立ち止まると、
「ごきげんよう。メルキュール家長女、アイリスです。本日はお招きいただきありがとうございます。」
と言ってお辞儀をした。
するとその少女も同様に立ち上がり、
「こんにちは、メルキュール様。フーピテル家三女、ラナンキュラスと申します。お越しいただいて、本当にうれしいですわ。」
と丁寧にお辞儀をした。
顔を上げたその少女は、ベージュがかった豊かな金髪をお下げにしていた。
「さあ、こちらへお座りください。」
ラナンキュラスは自分の隣を手で示した。
アイリスはやや緊張しながらソファに腰かけた。
「私、メルキュール様にお会いできるのをとても楽しみにしていたんです。なので、今回参加していただくとお返事をいただいたときは本当にうれしかったのですよ。」
「本当ですか?」
アイリスは驚いて聞き返した。
「はい。王宮で開かれたパーティーへ参加したのですが、とても洗練された美しいパーティーに心を奪われてしまったのです。それをメルキュール様がデザインされたとお聞きしてから、ずっとお会いしていたいと思っていました。」
ラナンキュラスはふっくらとした頬をほんのり赤く染めながらにこやかに言った。
少し低めの優しい声と、こちらを尊重する振る舞い、そして招待状に書かれた丁寧な文字。
アイリスは、主催者はきっと素敵な人なのだろうという自分の予想が当たったのだと心の中で喜んだ。
「それはうれしいですわ。私もフーピテル様のお屋敷に来るのをとても楽しみにしていたんです。…とてもお庭が美しいとお聞きしていたので。」
アイリスは部屋の中を見回して言った。
草木はガラスで作られた天井から差し込む暖かな日差しに包まれ、床の芝生からはどこか懐かしく、心穏やかになる香りがしていた。
(とても落ち着くわ…。)
「まあ、そうだったのですね。それを聞けて私も喜ばしいです。…じつは、この部屋の植物たちは、私が育てているんです。」
「ええ!本当ですか?!」
アイリスが目を丸くすると、ラナンキュラスははにかむように微笑んだ。
「はい。私の家系は草の魔法を使えるので、植物を育てるのは得意なんです。」
そう言って、ラナンキュラスが手を少し上げると、植木鉢に植えられた近くの植物がラナンキュラスへと葉を伸ばした。
ラナンキュラスはその葉を愛おしそうになでると、
「かわいいでしょう?」
とほほ笑んだ。
「すごいですわ…とても素敵な才能を持ちなのですね。」
「才能だなんて…。私はまだ小さな部屋しか管理できませんが、姉さまたちは、それぞれの温室を持っているのですよ。」
そういえば、彼女はフーピテル家三女だと言っていた。
(お姉さまが二人いらっしゃるのね…。)
「…私も早く姉さま方のような立派な温室を持てたら、と思ってはいるのですけれど。」
そう言ってほほ笑む彼女は、少し悲しそうな眼をしているように見えた。
(気のせいかしら…?)
少し気にかかったが、その後は茶会に招待されたほかの人たちに話しかけられ、そのことはすぐに忘れてしまった。
「まあ、メルキュール様は絵をお描きになるのですね。」
「ええ。まあ…。」
「今度綿牛の絵も描いていただきたいですわ。」
「ええ、ぜひ…。」
(うう…疲れた。)
もうかれこれ二時間以上話し続けている。
自己紹介をし、相手の趣味を聞き、笑みを浮かべながら話を聞く。
これを茶会に招待された全員に繰り返すと、さすがに疲れてくる。
(お茶会ってこんなに大変なのかしら…。)
初めは友好的に話をする雰囲気を楽しんでいたアイリスも、くたくただった。
(か、帰りたい…。)
そろそろ頬が限界に近づき始めたころ、くいっと袖を軽く引かれる感覚があった。
振り返ると、
「お庭をご覧になられますか?」
とラナンキュラスが笑いかけた。
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