家に帰ってきたようです
家に着いたアイリスたち。
不思議な大冒険がついに終わり…
「ん…?」
「ん…?」
ガタンという振動を感じ、アイリスは目を覚ました。
「ああ、アイリス。起きたのかい?」
公爵が優しく話しかけた。
「着いたよ。我が家だ。」
カーテンを開けると、外には見慣れた屋敷が見えた。
「私はクレーヴェルを寝かせることにするよ。アイリス、一人で降りれるかい?」
公爵は馬車の扉を開けると、眠ったままのクレーヴェルを抱きかかえた。
「はい、大丈夫ですわ。」
アイリスが言うと、公爵はにこりとほほ笑んで馬車を降りた。
アイリスはまだ少し足元がふらつきながらも、馬車から外に出ると、屋敷の中から誰かが走ってくるのが見えた。
「お嬢様!!」
「マルタ!」
アイリスはマルタに駆け寄った。
一日ぶりだというのに、ひどく長い間離れていたような気がする。
「お嬢様!なぜおひとりで行ってしまわれたのですか!?お嬢様に何かあったらと思うと…私…。」
マルタはぽろぽろと涙を流しながら、倒れこむようにアイリスの前に膝をついた。
自分を心配してくれていたマルタの顔を見た途端、安心のあまり一気に涙が込み上げてきた。
「うわぁぁん…ごめんなさい…!」
アイリスは泣きながらマルタに抱き着いた。
「本当に…よくご無事で!」
マルタはアイリスをぎゅっと抱きしめた。
「もう絶対こんなことはしないでくださいませ…!」
「うん…。ごめんなさい。」
マルタはアイリスから離れると、アイリスの頬を優しく包み込んだ。
「ああ、お嬢様。泥だらけではございませんか。本日はもう、お休みなさってください。」
「…うん。」
アイリスが頷くと、マルタはそっと立ち上がった。
「では、湯あみの支度をしてまいりますね。」
すると一度屋敷に戻りかけたマルタは、ふと立ち止まり、もう一度アイリスのほうを振り返った。
「…お嬢様、本当に、よくご無事でいてくださいました。」
屋敷に戻ろうとすると、チェルシー伯爵とアランが馬車から降りてくるところが見えた。
(あら…。)
なんだか二人の間に気まずい雰囲気が流れているように感じる。
それに、魔法使いの老婆の姿が見当たらない。
(いつのまに降りたのかしら…。まだきちんと感謝を伝えられていないわ。)
そう思っていると、アランが伯爵から離れてこちらに向かって歩いてきた。
「アラン様…体調は大丈夫ですか?」
「ええ。それよりも、アイリス様は?」
「元気ですわ。」
そう答えると、アランは無表情のまま頷いた。
「それはよかったです。」
二人の間に、気まずい沈黙が訪れた。
「えっと、それではもう行きますわね。…おばあ様にも、私たちからの感謝をお伝えください。」
「…わかりました。」
アランは相変わらずの無表情だったが、少し元気がないように見えた。
よく見ると、アランの目が少し腫れているような気がする。
あのアランが泣くなど、やはりあの後何かあったのだろうか。
(大丈夫かしら…?)
アイリスは心配になった。
「あの、ちょっとお待ちいただいてもよろしいですか?」
そう言って、アイリスは急いで屋敷の中へと戻った。
そして駆け足でアランの元へ戻ると、
「これ、どうぞ。」
と言って、アランに花の刺繍の入ったを差し出した。
「これは…?」
「アラン様にいただいたハンカチは汚れてしまったので、今はお返しできないのです…。なので、今はこれをお使いください。」
「なぜ…?」
アランは不思議そうな顔をしてアイリスに聞いた。
「だって…。」
(目が腫れてるから…。)
しかし、なんだかそれを言うのは憚られるような気がし、アイリスはただ黙ってハンカチを差し出していた。
「とにかく、しばらくはこれをお使いください!」
アイリスの言葉に、アランはおとなしくそのハンカチを受け取った。
「では、また。」
アイリスはお辞儀をし、アランの返事を待たずに屋敷へと戻った。
「…ありがとうございます。」
「アラン、どういうことか説明しなさい。」
「…。」
馬車の中、アランはチェルシー伯爵と向かい合って座っていた。
「…。」
「アラン。言いなさい。」
「…はい、父上。」
「なるほどな…それで、夜中抜け出そうとしていたアイリス嬢の手助けをしようとした…と。」
「はい。」
「では、なぜあの人のもとに連れて行ったのだ?」
「…。」
「答えなさい。」
しかし、アランは黙ったままだった。
「……いや、言わなくてもいい。お前があの人を信用しているのは知っている。そう、私よりもな。」
「…。」
「はあ…。まあ良い。メルキュール家の方々はあの人のことを言いふらすような方ではない…が、お前の行動はあまりにも目に余る。そのことは分かっているな?」
「…はい。」
「まったく…。あの人は、我が家の恥だということは知っているだろう?」
「…います。」
「なんだと?」
「違います。あの方は恥ではありません。」
アランは顔を上げ、チェルシー伯爵の顔をまっすぐに見据えた。
「ほう、お前は違うというのか。家族の一人も守れず、自ら闇の力に溺れたあの人を、まだお前は、自身の《《祖母》》だと、そう言うのか。」
「それは…!」
「それでも努力したとは言うな。その結果がこれだ。闇の魔力を制する家紋から闇の魔法を持つものを出し、家族にその尻ぬぐいをさせた。どれだけ大変だったが分かるのか?」
「…。」
「…もうよい。お前はいつもそうだ。少しは兄を見習ったらどうなのだ?」
アランはぐっとこぶしを握り締めた。
「まあ今回は丸く収まったから良いとしよう。…もう二度と、あの人を祖母などと言ってはならない。いいな?」
「…わかりました。…父上。」
「あー帰ってきたわぁ~!」
アイリスは着替えた後、ベッドに飛び込んだ。
(なんだかふかふかのベッドがすごく懐かしい感じがするわ。すごい長旅から帰ってきたみたい。)
ベッドに顔をうずめると、疲れが一気に湧き上がってきた。
「…お母様。きっと、近くで見守っていてくださっていたのですね。」
どこからかふわりとバラの香りがした。
「ふふ。…みんなが無事でよかった。」
アイリスはベッドから窓の外を眺めた。
いつも通りの青い空、そして緑豊かな木々は、アイリスの気持ちを表すように日の光を反射した。
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