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帰路のようです

東の森から無事に脱出できたアイリスたち。

今は馬車の中で休憩中…

東の森を抜けだしてから数時間後、アイリスたちは屋敷へ向かう馬車の中にいた。


馬車の窓からは爽やかな朝日が差し込み始め、日が昇り始めていた。


が、その反面、アイリスたちはぐったりと生気のない顔をして馬車に揺られていた。


その理由は、稀にみる夜更かしと、昨夜の大冒険に八歳の体力がついていけなかったこと、それともう一つ、理由は他にあった。


「ああ、アイリス!クレーヴェル!無事で本当に良かった!痛いところはないかい?どこかケガしていたりはしないかい?」


これだ。


東の森を出てから今まで、メルキュール公爵の際限なく続く質問攻めだ。


「ええお父様…」


アイリスは何度目かになるかわからない返事をうんざりして言った。


「大丈夫ですわ…。」


「ああアイリス!やはりどこか悪いのだな!「パパ」と呼んでくれないなんて!」


(めんどくさい…)


アイリスは返事をする元気もなく、ぐったりと座席にもたれかかった。


ちらりと横眼でクレーヴェルを見ると、彼も疲れ切っているようだった。


「やはり医者を見てもらった方が―」


「父上、ちょっと静かにしていただいてもいいですか?」


耐えかねたクレーヴェルがぴしゃりと言った。


「ぁ、すまん…。」


そうして公爵はようやく静かになった。


公爵はシュンと落ち込んでいるようだったが、正直今は静かにしてほしかったため、かわいそうだがアイリスは何も言わなかった。


(静かになった…。)


アイリスは静かに目を閉じた。


こうしてゆったりと馬車に身を合わせていると、コトコトと揺れる馬車の走りが、まるで子守歌のように眠気を誘う。


(お母様…。)


夢の中で聞いた、メルキュール夫人の歌が再び頭に蘇ってくる。


(あの歌…なんていうのかしら…。)


アイリスは夢で見た母親の姿を思い出しながら、彼女が歌ってくれた子守歌を静かに口ずさんだ。


ふと視線を感じうっすらと目を開けると、公爵が息をのんだ様子でアイリスを見ていた。


「…?」


「その歌…。」


公爵は、不思議な顔をするアイリスを驚いた顔で見つめた。


「…どうしたんですの…?お父様…。」


眠たそうに聞くアイリスに、公爵はハッとして首を横に振った。


「…いや、何でもないよ。もう、休みなさい。」


「はい…お休みなさい…。」


そう言って、アイリスはゆっくりと目を閉じた。






アイリスが寝ぼけ眼にあの歌を口ずさんだとき、メルキュール公爵は自身の耳を疑った。


かつて自分の愛した妻が、愛娘に向けて送った歌。


「いつか、この子が大きくなった時、プレゼントしてあげたいと思っているんですの。」


と、幼いわが子を前に幸せそうに微笑む妻を見た時、これから訪れるであろう幸せを心の底から待ち望んでいた。


しかし、その幸せは、訪れることがなかった。


メルキュール夫人は先に逝ってしまった。


娘と、彼女の成長を共に見守ろうと約束した夫を置いて。




悲しかった。




ただ、それだけの感情しかなかった。


悲しい。


妻ともう二度と会えなくなってしまったことが悲しい。


愛しい娘が、肖像画でしか母親の顔を見れなくなってしまったことが悲しい。


愛する者が自分の日常から消えてなくなったことが…。


でも、そんなときでも、ここまでやってこれたのは、愛する妻の遺した娘がいてくれたからだ。


だから、アイリスには、妻が与えられなかった多くのものを与えてあげようと思った。


彼女が寂しさを感じないように、いつも明るく接した。


しかし、そんな彼にも、与えられないものがあった。


かつて妻が娘に贈ろうと自ら作った歌だ。


曲は思い出せても、その曲名も、どうやってメロディーを奏でていくのかもわからなかった。


屋敷中探しても、妻が作詞した譜面は出てこなかった。


そのため公爵も、その曲について話題にするのを避けるようになった。


話したら、娘が寂しい思いをするかもしれない。




…いや、本当は、自分が娘に与えてあげれないものがあると自覚したくなかっただけかもしれない。




だからこそ、アイリスがあの歌を知っていることは、公爵にとってはこの上ない驚きだったのだ。


(アイリスは…譜面を見たことがあるのか?いや、そんなはずがない。私が屋敷中探しても、見つからなかったのだから。)


しかし、娘はここ最近随分と変わった。


わがままだったあのころとは違い、今では自分の意思をしっかりと持ち、周りの人間を思いやっている。


この変化を考えれば、アイリスが歌について知っていることにも何か理由があるのだろう。


(…今は、体を休ませるほうが重要だ。子守歌については、いつかわかる日が来るだろう。)


そう考え、公爵は愛する二人の我が子の寝顔を見守った。

お読みいただきありがとうございました。

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