再会するようです②
それぞれ魔石へと進んでいくアイリスたち。
無事に公爵たちに遭うことができるのか…
一方、アイリスたちは老婆の先導で森の奥へと進んでいた。
「…なんだか、重苦しいところですわね。」
周りの霧を吸い込まないよう、手で口を覆ったアイリスは呟いた。
「…ああ。それだけ魔石が近いってことだ。」
老婆も少し苦しそうに答えると、布で巻かれた目を上から抑えた。
「あぁ、やれやれ…。」
「痛むのですか?」
アイリスは老婆の顔を覗き込むと、心配そうに聞いた。
「…ああ、ちょっとね。」
老婆の顔付近から冷たい冷気が流れてくる。
恐らく氷の魔法を使って冷やしているのだろう。
(大丈夫かしら…。)
アイリスは不安そうに老婆を見つめた。
(こんな時は…気を紛らわせるのが一番って、お父様が言ってたわ!)
アイリスは笑顔になると、いったん遅くした歩調を再び老婆に合わせた。
「…なんだい?」
怪しむ老婆。
「あの、おばあ様…は、好きな食べ物とかはございますの?」
あまりにも急な質問に、老婆はきょとんとした顔になり、すぐにまた怪しむような態度に戻った。
「なんだい?おかしなことを聞く子だね。」
(あら、おかしいわ…。お父様とはこのお話は盛り上がるのに…。)
しかしアイリスはめげずに
「わ、私はたこ焼きが好きなんです。」
と続けた。
「タコヤキ…?知らないねえ。なんだいそれは?」
「まあ!興味がおありなのですね!うれしいですわ。ええと、たこ焼きというのはモチモチの皮の中にタコが入っているものを焼いているんです。とてもおいしいのですよ。ねえ、クレーヴェル?」
「うん。でも、僕はヤキソバも好きだな。」
「私もよ!あの濃厚なソースと麺の絡み具合と言ったらもう…たまらないわよね!」
「ちょ、ちょっと待っておくれ。私にはあんたたちの言っている事がチンプンカンプンだよ。」
勝手に盛り上がる二人に、老婆は当惑しながら言った。
「ヤキソバとかタコヤキというのは、姉さんが作ってくれる料理のことなんです。」
クレーヴェルは自慢げにそう言うと、
「さすがは僕の姉さんです。」
と付け加えた。
「へえ、あんたが作るのかい?」
アイリス自らが作ると聞いて、老婆は興味を持ったようだ。
「まあ、ほとんど手伝ってもらっているのですが…。」
「あんたも面白いことするんだねえ。」
「おばあ様…は、どんなお料理を作られるのです?」
感心したように言う老婆にアイリスが聞くと、老婆は少し考えてからにやりと笑って
「そうさね…。ヤモリのスープに、トカゲの照り焼きと言ったところかね。」
と言った。
「ト、トカゲ…ですの…。」
どう返してよいかわからずしどろもどろになるアイリスの様子に、
「冗談さ。あんたも面白いね。いくら何でもそんなもんは食べないさ。」
と老婆はおかしそうに笑った。
(あ、またやられた!)
アイリスは、顔が赤くなっているのを隠すようにそっぽを向いた。
「ハハハ、ま、そうむくれなさんな。あながちヤモリのスープは間違っていないかもしれないだろう?」
(…魔女だわ。)
この老婆が、ヤモリを大きな窯で煮込んでいるところを容易に想像できる。
「さあ、そろそろ気を引き締めな。」
老婆がそう言うと、途端に空気が薄くなった。
先ほどまでしていた虫の声もぴたりとやみ、辺りには重苦しい沈黙が流れる。
「う…。」
「これはまずいね…。」
老婆は苦々しく言うと、アイリスたちを振り返った。
「どうしたのですか?」
「どうやら魔石は相当腹が減ってるみたいだ。このままじゃ危ない。今すぐ引き返しな。」
老婆は冷や汗をかきながらそう言い、
「作戦変更だ。これ以上魔石を刺激しない方がいい。」
と、かけていた首飾りを外してアランに手渡した。
「どうなさるおつもりですか?」
首飾りを受け取ったアランが聞いた。
声はいつも通り冷静だが、彼も相当苦しいらしく、額には汗が浮かんでいた。
「あたし一人で行くよ。まだあんたたちの父親たちは魔石に着いちゃいない。今から追いかければ間に合うさ。」
老婆はそう言って右の方向を指さした。
「そんな…。おばあ様は一緒に来られないのですか!」
嫌な予感がするアイリスに、老婆は
「あの魔石は、このままおとなしくあたしらを返してはくれないよ。心配ない。ちょっくらあたしの魔法を分けてやりに行くだけさ。」
と優しく微笑んだ。
「それじゃ、帰り道はわかるね。ちゃんと父親たちを案内するんだよ。まったく、なんでったってあんな遠回りをしてくるんだろうね。」
そう言うと、老婆は深い霧の中へと入っていった。
「おばあ様!」
アイリスが慌てて追いかけようとすると、左からいきなり強風が吹き、アイリスたちを右へと押しやっていく。
(!風の魔法!おばあ様のだわ!)
「どうしよう!アラン様、おばあ様はきっともう戻ってこないつもりだわ!」
アランは魔法で必死に抵抗しているが、圧倒的な魔力差で逆らうことはおろか、踏ん張ることすらできない。
「きゃあ!」
「うわああ!」
不意に風が一段と強くなり、アイリスたちは成す術もなく地面に放り出された。
「痛…。」
地面にはいつくばっているところから顔を上げると、目の前に二人の男性が倒れていた。
「…お父様?お父様!」
「父上!」
慌てて駆け寄ると、公爵はうっすらと目を開けた。
「うう…ア、アイリス…?」
「父上!大丈夫ですか!?」
クレーヴェルが駆け寄ると、わずかに開いていた公爵の目がカッと見開かれた。
「クレーヴェル、アイリス!お前たち、こんなところで何してるんだ!」
ガバッと起き上がった公爵は、顔をしかめて頭を押さえた。
相当な量の魔力を吸い取られたようだ。
「お父様、急に動いては-」
「まったく、お前たちはなぜここへ来たのだ!ここがどんなに危ない場所か知っているだろう!!」
今までにない父親の剣幕に、アイリスとクレーヴェルはびくりと身をすくめた。
「公爵殿、今はひとまず落ち着きましょう。」
振り向くと、チェルシー伯爵がアランに支えられて起き上がっていた。
こちらも同じく魔力を失ったのだろう、苦しそうに顔をしかめている。
「子供三人だけでここへ来るのは不可能です。恐らく協力者がいるのでしょう。…そうだな、アラン。」
伯爵はいつになく厳しい声でアランに聞いた。
アランはしばらく黙っていたが、伯爵に厳しい視線を投げかけられ、小さく頷いた。
「やはりか…。」
伯爵はすべて理解したかのようにため息をつくと、
「そのことは後で話しましょう。とりあえず、今はマルシャン殿を待つしか…。」
と言い、公爵も「そうだな」と頷いた。
「マルシャン?」
「ああ、魔力を持たない平民だ。魔石を取るのを手伝ってもらっている。魔力のある我々ではこのありさまなのでな。」
それを聞いたアイリスたちは顔を見合わせた。
「これはまずいかもしれません…。」
「お父様、その方も危ないですわ!」
「どういうことだ?」
公爵はいぶかしげな顔をした。
「今、魔石は暴走しているのです。この状態ではいくら魔力がない方でも危険です。」
アランの言葉に、伯爵は納得したように頷いた。
「魔力がここまで吸い取られるのも、これが原因ということか。」
伯爵が言うと同時に、魔石のある方向からすさまじい閃光が走った。
「な、何だ!?」
「魔石が暴走しているようです!このままでは危険ですぞ!」
伯爵の声に、アイリスははっと顔をひきつらせた。
「おばあ様!」
(どうしよう!おばあ様が危険だわ!)
するとメルキュール公爵はすっと立ち上がり、羽織っていたマントをアイリスとクレーヴェルにかけた。
「これを着ていなさい。お前たちの魔力の匂いが気づかれにくくなる。」
「お父様、どこへ…?」
「私が巻き込んだせいで関係ない者まで危険に晒してしまった。心配するな。二人は私が連れて帰る。」
「そんな、お父様!」
アイリスが父親を止めようと手を伸ばしかけると、クレーヴェルが立ち上がった。
「僕が行きます。」
「クレーヴェル!何を言うんだ。」
「そもそもこうなったのは僕が原因です。それに、魔石が求めているのは闇の魔力のはず。僕が行きます。」
「だめだ!」
しかしクレーヴェルは断固として首を振った。
「僕のせいで大切な人が傷つくのは嫌なんです。」
そう言うと、クレーヴェルは光の発せられる方向へと走った。
「クレーヴェル!!待ちなさい!うっ…!」
体力のほぼ残っていない公爵は、クレーヴェルを止めようとしてそのまま地面に倒れた。
「クレーヴェル!」
アイリスはなんとか立ち上がって、クレーヴェルの後を追った。
後ろから自分の名前を呼ぶ公爵の声が聞こえたが、振り返らずに走った。
前に進むにつれて、目を開けられないくらいに辺りが眩しくなっていく。
(眩しい…!)
手で光を遮りながら走ると、徐々にその光が一つのものに集まっていっているのが分かった。
「これって…!」
目の前には、目を開けていられないほどのまばゆい光を放つ魔石が、巨木に食い込んで居t。
(魔石…。木に侵食されてる…?)
すると光の中に、小さな人影が見えた。
「おばあ様!」
アイリスの声に、人影が振り向いた。
真っ白に白濁した瞳が、アイリスをとらえて大きく見開かれる。
「あんた!なんで来たんだい!!」
目に巻かれた布を取った老婆は、魔石に向かって両手を当てて魔力を送り込んでいた。
いや、吸い込まれそうになっていた。
「あっちへ行きな!」
老婆がそう言うと同時に、茂みの中から背の高い少年が走ってきた。
「うおおお!」
手に石を握り締めたマルシャンは、石を魔石に向かって振り下ろした。
しかし、魔力を取り込んでいる魔石は傷一つつかない。
「くそっ。前よりずっと固くなってやがる!」
「あんたも逃げな!魔力がなくても危険だよ!」
しかしマルシャンは聞かずに石を振り下ろし続ける。
「おばあ様!」
アイリスが駆け寄ろうとすると、目の前に水の壁が現れた。
「駄目だよ、姉さん。」
ふと、クレーヴェルが静かに歩いてきた。
見ると、先ほどまで石を魔石の近くにいたマルシャンも、水の壁に遠ざけられている。
「クレーヴェル!」
「…僕に任せて。」
クレーヴェルはそう言うと、魔石近づいて両手を押し当てた。
ドロドロと黒いものが、魔石に流れ込んでいき、クレーヴェルが手を当てている所からどんどん黒く染まっていく。
キーンキーンキーン…
光を強めた魔石は、喜びに震えているかのように甲高い金属音を発している。
「ウウ…」
クレーヴェルの表情がどんどん険しくなっていく。
(まずいわ!このままだと魔力が足りなくなる!)
アイリスはとっさにポケットにしまっていた包みを取り出し、自分の魔力に乗せて魔石に投げつけた。
水の壁を突き抜けたはずみにハンカチが取れ、露になった中身はそのまま魔石へとぶつかった。
その瞬間
バキッ!!
魔石を掴んでいた木の幹に亀裂が走った。
キイイィィィ!
魔石は目を焼くような光を放ったと思うと、瞬く間に静まった。
ドサッ
アイリスを阻んでいた水の壁が消えると同時に、クレーヴェルが倒れた。
「クレーヴェル」
駆け寄ろうとしたアイリスだが、目の前の景色がグルンと回った。
(あれ…?)
全身から力が抜けるのを感じたアイリスは、そのまま地面に倒れた。
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