再会するようです
東の森を進む公爵たちは、果たして無事なのでしょうか…
「あとどれくらいだ?」
紺色のフードに身を包んだ男性が、後ろの漆黒のフードを被った男性に聞いた。
「はい。恐らく二キロ圏内には入ってきているかと。」
漆黒のフードの男性が答えると、紺色のほうの男性はフードを取って深呼吸をした。
「まったく…。本当に息苦しいところだな。力が抜ける様だ。」
男性は苦しそうにその首元を緩めた。
「フードは取らないようにと言ったではありませんか。」
そう言って、漆黒のマントの男性は顔を上げた。
「メルキュール公爵殿。」
チェルシー伯爵は、あたりを警戒するように見回した。
「そのマントは我々の匂いを極力消しているのですぞ。魔物共に時間を費やしている暇はありませんので。」
「わかっているさ…。」
メルキュール公爵は渋々フードを被りなおした。
「そちらは大丈夫か?」
公爵は、自分の前を歩く一人の細身の少年に声をかけた。
着古した服に身を包む少年は、マントも被らずに進んでいる。
その手には、黒く濁った魔石が握られていた。
「はい。大丈夫です。俺には魔力がありませんから。」
「しかし…マントくらいは被った方がいいのではないか?危ないだろう。」
公爵は心配そうに言うと、少年の顔を覗き込んだ。
一三、四歳位の褐色の肌の少年は、凛々しい眉と高い身長のせいで、実年齢よりもずっと大人っぽく見える。
「この森の奴らは、魔力なしに興味なんてないんですよ。」
少年はニヒルに笑うと、くるりと前を向いて再び歩き出した。
「ふむ…。」
公爵は一度少年の一歩後ろに下がった。
「どうしたものか…。」
「むやみに絡むと嫌がられますぞ。」
どう話を膨らませようか悩む公爵に、伯爵は冷たく言った。
しかし、そんなことは右から左へ、何か考え付いた公爵は満面の笑みになると、再び少年の横に並んだ。
「なあ、マルシャン君…だったね?マルシャン君は、好きな食べ物はあるのかい?」
いきなり名前を呼ばれたマルシャンは、驚いたように公爵を振り返った。
その後ろで、やれやれと頭を抱える伯爵。
「…俺が食べるものなんて、お客様が知っているとは思えませんけど。」
マルシャンはすぐに表情を戻すと、嫌みたっぷりに言った。
「そんなことないさ。最近は娘が色々と作ってくれるのでね。若者の食に関しては詳しいはずなんだ。」
アイリスが作るものは、若者の間ではやっている食べ物だと信じ込んでいる公爵は自信たっぷりに言った。
彼は、アイリスが作るものが全て、この世界の食べ物ではないことを知らない。
「公爵家の娘が、料理?」
マルシャンは心底信じられないという顔で聞き返した。
それを見て、さらに自慢げになる公爵。
「ああ。うちの娘はかわいいだけじゃなく天才でね。あの子の料理はどれも頬が落ちるほどおいしいんだ。「ヤキソバ」だろう、それに「タコヤキ」に「オコノミヤキ」…。」
公爵はそれから十個ほど料理の名前を述べると、幸せそうに微笑んだ。
「まあ、私の一番のお気に入りは「ドラヤキ」だがね。あの子が一番最初に作ってくれたものなんだ。」
当時を思い出して幸せ気に言う公爵と対照的に、どら焼きを知らない伯爵とマルシャンは、そんな食べ物があっただろうかと首をかしげた。
「公爵殿、名前だけを言われても全くわからないのですが。」
伯爵の指摘に、公爵はぱあっと顔を輝かせた。
「おお、興味があるのか!いいぞ、まずは「ドラヤキ」というものだが、あれが本当に上品な甘さでな…。」
伯爵は「しまった」という顔をしたが、公爵は目をキラキラ輝かせ、いかにアイリスの作る料理が素晴らしいかを熱弁し始めた。
(公爵令嬢が料理…?そんなこと、聞いたことがないぞ…。)
マルシャンは理解できないというように眉根を寄せた。
(俺が知っている貴族たちはもっと、もっと…。)
「…。チッ」
(嫌なこと思い出しちまった。集中しろ。今は仕事をこなすだけでいい。)
気を静めると、マルシャンは魔石の導く方へと歩を急がせた。
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