東の森のようです②
東の森に到着した四人。
しかし、森には危険がいっぱいで…
ザッ、ザッ、ザ…
四人の土を踏みしめる音だけが、辺りにこだます。
アイリスたちははしばらく無言のまま歩いていた。
不用意に音を出せば、「何か」が寄ってきてしまうのではないかという、なんともいえぬ緊張感が四人を包んでいた。
クレーヴェルの手を握りながら、アイリスはせわしなく視線を周りに向けていた。
今この場にはアイリスたち四人しかいないはずなのに、四方八方の草むらから、「何か」がこちらを見ているような不気味さを感じていた。
アイリスは自分の後ろを歩くアランを振り向いた。
アランも「何か」を警戒するように視線を走らせている。
「あの…。」
聞こえるか聞こえないかの声で、前を歩く老婆に声をかけた。
「シッ。」
老婆は前を向いたまま指に手を当てた。そして
「わかってるよ。」
と、同じように小さな声で答えた。
「厄介なのに目を付けられちまったね。」
(厄介なもの?)
「何か」は自分たちの成り行きをじっと見つめている。
隙ができれば、すぐにでも襲ってきそうな殺気を放つ「何か」が。
「…いいかい?あと少しで開けた所にでるよ。そしたら、坊ちゃん以外で一斉に魔法を使うんだ。ありったけのね。」
老婆の緊張した声に、一同は皆静かに頷いた。
アイリスはクレーヴェルの手をぎゅっと握った。
またしばらく沈黙が訪れ、殺気がどんどん重くなっていくのを感じる。
(あと少し…。)
数十メートル先に、木が少なくなっている場所が見えてきた。
恐らくあそこだろう。
(あと少し。)
あと五メートル。
(早く!)
あと二メートル。
「今だよ!」
老婆の叫ぶ声と共に、透明な何かがあちこちから飛び出してきた。
それと同時に、アイリスたちは自身の魔力を放出する。
ギエエエエエ!!
すさまじい叫び声とともに、何かがボトボトと地面に落ちる音がする。
辺りは飛び交う魔法の残像で、何も見ることができない。
ただ一つ分かるのは、後方から圧倒するような魔力を感じることだけだ。
(すごい圧…!)
アイリスはクレーヴェルを庇うように前に立ち、どこにいるのかもわからない何かに向かってただひたすら魔力を放つことしかできなかった。
「よし、もういいだろう。」
老婆の落ち着いた声に、アイリスは上げていた腕を下ろした。
まったく息の乱れていない老婆の半面、アイリスとアランは肩で息をしていた。
大量の魔力を使ったせいか、頭がふらふらする。
「姉さん、平気?」
「ええ、大丈夫…。」
頭を押さえながら顔を上げたアイリスは、周りの状況に驚いて思わず後ずさった。
アイリスたちの周りには、人間の大人ほどの大きさのある、蟻のような色のない生き物が無数に転がっていた。
「なに、これ…?」
「こいつらは魔物さ。この森のね。」
老婆はそう言うと、自分の足元に転がる一匹をつついた。
「こいつらは魔力を喰らうんだ。きっとあたしらの魔力の匂いにつられてきたんだね。」
アイリスは恐る恐る、彼女が指す魔物を覗き込んだ。
「あ!」
透明な体の中には、赤や青、緑といった靄が渦巻く、魔物の心臓らしきものが見えた。
「あたしらの魔力だよ。」
老婆はそう言って、心臓部をつついた。
すると、靄はその体を通り抜けると、アイリスたちの元へと戻っていった。
(体がちょっと軽くなったわ。魔力が戻ってきたからね。)
「あたしらの魔力を一気に吸収しすぎて、失神したんだ。」
老婆は次々に魔物の胸部をつつき、魔力を戻しながら言った。
「魔力があればこいつらの餌食になる。なければ他の魔物にやられる。この森が死の森なんて言われる理由の一つだね。」
「そうなんですね…。」
そう言いながらも、アイリスは先ほど感じていたすさまじい魔力について考えていた。
(あの魔力…私とアラン様の魔力を合わせたものよりはるかに強かったわ。本当に、彼女は何者なのかしら…。)
今、老婆が元に戻している魔力も、そのほとんどが彼女のものだ。
(彼女がいなかったら、きっと私たちも餌食になってたわね。)
アイリスがそう考えていると、不意にクレーヴェルが
「あれ、でも、僕この魔物見たことあるよ。本で見たことあるんだ。でも、確か体は黒色だったはずじゃ…。」
と、不思議そうに呟いた。
「そうなの?」
「うん。色以外は特徴が全部合うんだ。魔力を吸うなんて、書いてなかったけれど。」
「この森特有の種類なのかしら?」
アイリスは首をひねった。
すると、
「…魔石のせいだよ。」
と、老婆がぼそりと言った。
「魔石って、これですか?」
アランは内ポケットにしまっていた魔石のかけらを取り出した。
「そう。この森にある、これよりももっと大きい石でね。この魔物たちもかわいそうに。近づきすぎたんだねえ。」
アイリスは老婆の言っている意味がよくわからなかった。
「あの、どういうことなんですの?」
そう聞くと、全ての魔力を戻し終わった老婆は振り向き、
「歩きながら、話そうかね。」
と静かに言った。
「あんたは公爵家だからわかると思うが、四季を変えるために、この魔石が神殿に置かれているのは知っているね?」
「ええ。」
「この石が、魔力を吸収することもだね?」
「はい。」
「なら話が早い。」
老婆はにやりと笑った。
「ざっくり言うとね、この魔石は底なし沼のようなものさ。魔力を吸収するのに限界がないんだ。それに厄介なのがね、この石には、自我がある。自分の欲しい魔力があると、かまわず自分のほうに吸い寄せるのさ。あたしらが湖を通ってここまで来ただろう?それが証拠さ。」
「では、私たちは魔石に吸い寄せられたと?」
「ああ。しかも、この魔石は闇の呪いが好物と見た。だから、あんたたちに持たせたのさ。「お守り」をね。」
アイリスは手に持った鉄の塊を見、そしてはっとしたように叫んだ。
「じゃあこれって、闇の呪いがかかったものなんですか!?」
老婆はヘッヘッヘと高笑いすると、
「そうだよ。特にお前さんのは強力でねえ。百年前に斬首刑になった騎士が来ていた鎧の一部なんだよ。」
と面白そうに言った。
「ヒイイイ!」
アイリスが思わずお守りを投げ捨てると、老婆はさもおかしそうに笑った。
「冗談だよ。そんなに怖がりなさんな。」
アランはその様子を無表情で見つめ、クレーヴェルは笑いを堪える様ににアイリスから顔を背けた。
アイリスはむくれてお守りを拾うと、ハンカチにくるんでポケットに入れた。
(こんなの、「お守り」じゃなくて「呪いの品」じゃない!)
「まあ、斬首刑になった騎士、までは事実だけどね。」
最後の一言に、アイリスの顔がさあっと青くなる。
「つまり、魔力の大きさや種類によって、引き寄せる強さが変わってくるということですか。なので闇の魔力を持つクレーヴェル殿にはお守りを持たせず、僕たちにはお守りを持たせたのですね。力が均等になれば、みな同じ力で引き寄せられますから。」
アランの言葉に、老婆は頷いた。
「ああ。あんたは魔石のかけらを持っていたから、そんなに強いお守りはいらなかったけれどね。」
老婆はアランに向かって言った。
なるほど。
アランの持つかけらに含まれる、クレーヴェルの闇の呪いと相乗して考えたのか。
「それでは、父上たちは魔石が闇の魔力を好むことを知っていたのですね。だからクレーヴェル殿の闇の魔力を、昨日魔石の一部に吸収させた…。」
「恐らくそうだろうね。闇の呪いに、魔石までの道案内をお願いしてるっていうことさ。」
ようやく公爵たちの不審な行動がすべて一つにつながった。
(お父様が再び王都の店を訪れた理由、それは魔石の出所を聞くため。きっとその時には魔石が闇の呪いに反応することを知っていたのね。だからクレーヴェルを王宮まで迎えに来たんだわ。魔石にたどり着く用の闇の魔力を分けてもらうために。)
しかし、先ほどの魔物に加え、この森にはまだまだ多くの魔物が潜んでいるという。
それに、仮に魔石にたどり着けれたとしても、近づけば自身の魔力を吸い取られてしまう。
(お父様たち…お願い、無事でいて…!)
アイリスは祈るように手をきつく握り締めた。
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