助っ人のようです②
公爵たちを救うのを手伝ってくれるという老婆。
ついに東の森へと進む準備が整った…
「姉さん、本当にいいの?」
馬車に乗り込みながら、クレーヴェルはアイリスに聞いた。
「も、もちろんよ。」
老婆が馬車に乗ることになったため、アイリスはアランと共に御者席に乗ることにした。
「あなたは疲れているのだから、ゆっくり休んでて。」
「でも…。」
「いいからいいから。」
アイリスは笑顔で馬車の戸を閉めると、馬車の前のほうに回った。
「乗れますか?」
御者席の上からアランが聞いてきた。
「馬鹿にしないでください。これ位―。」
しかし、御者席に上ろうと足をかけるも、高すぎて乗ることができない。
(アラン様は、これどうやって上ったのよ!)
すると一陣の風が吹いて体が浮くと、アイリスは御者席にすとんと座った。
「…ありがとうございます。」
「いえ。時間がもったいないですから。」
アランは上げていた片手を下ろして素っ気なくそう言うと、手綱を握った。
「魔力で上げるんじゃなくて、手を貸してほしかったですけど。」
アイリスは聞こえないようにぼそりと呟いた。
「あいにく手が空いていませんでしたので。」
聞こえていたアランはそう返すと、悔しそうな顔をするアイリスを横目に馬車を走らせた。
「あの方は、なんてお名前なんです?」
しばらく走った後のち、同じ景色ばかりで飽きたアイリスはアランに尋ねた。
「知りません。」
「はい?」
アイリスは聞き返した。
「知らないんです。あの方は名乗ることを嫌っていますから。」
「そうなのですか…。」
何か事情があるのだろう。
それを聞くのは失礼だと思い、アイリスはそのまま口をつぐんだ。
「…あの方は、僕に魔法を教えてくださった方なのです。」
アランはそのまま続けた。
「小さいころ、よく屋敷を抜け出していた僕に、魔法以外にも色々なことを教えてくださいました。本格的に屋敷での授業が始まってからは、会うことも少なくなりましたが。」
「では、この馬車さばきも教えていただいたんですの?」
「いえ。これは自分で身に着けました。屋敷からここまで、徒歩では来れませんからね。」
つまり幼い頃から馬車を乗りこなしていたということか。
(とんでもない子供ね。)
半ば呆れたアイリスだったが、ここであることに引っかかるのを感じた。
(あれ、でも、空気の魔力を持つアラン様に魔法を教えたってことはつまり…。)
どんな種類の魔法も使うことができる、空気の魔力を持つアランに魔法を伝えることは、一つの魔力しか持たない者には不可能なのではないか。
(それってつまり…。)
「あの方も、空気の魔力を…?」
アランは静かに首を縦に動かした。
本来、チェルシー家しか持ちうることのできない空気の魔法。
これを使えることと、老婆が名を名乗らないのは関係ないことではないのだろう。
(でも、あまり触れてほしい話題ではないようね。)
アイリスは話題を変えようとあたりを見回した。
「…今日は、余り月が出ていませんわね。」
アイリスは頭上の月を見つめて言った。
雲が多いせいで、月の半分ほどが隠れてしまっていた。
「もうすぐ満月だと聞いて、楽しみにしていたのですが。残念ですわ。」
アランもちらりと月を見て、
「そうですね。」
と言った。
「でも、雨が降るような雲ではなくてよかったです。」
「アラン様は、雨が降っても濡れないでしょう?」
アイリスは、初めて雨の日にアランにあった時のことを思い出してくすくす笑った。
「空気をカッパみたいにまとえるのですもの。」
「カッパ?」
「何でもないですわ。」
アランは不思議そうに少し眉をひそめたが、また無表情な顔に戻り、
「アイリス様こそ、雨はお好きなのではないですか?」
と素っ気なく言った。
「あら、水の魔法が使えるからと言って、雨に濡れるのが好きだとは限りませんのよ?まあでも、雨の音は好きですわ。」
「雨の音…ですか?」
「ええ。お父様が言っていたのです。規則正しいように聞こえて、実は一つ一つ音色も速さも違うのだって。それがまるで日常のようだと、言っていたわ。」
公爵は雨が降るたびに、アイリスたちにこの話をした。
そして最後に必ず言っていた言葉。
「だからどんなに退屈な日でも、よく見ればそれぞれが全然違う日常なんだよ。」
アイリスは公爵の口調を真似て言った。
「ふふ。雨が降るたびに聞いていたから、覚えてしまいました。」
アイリスは頭上の月を見つめながら笑った。
前を向いてしまえば、こらえた涙が溢れてしまいそうだった。
「…大丈夫ですよ。」
アランが前を向いたまま静かに言った。
「公爵様は…あなたのお父様は、必ず助け出しますから。」
アイリスは思わぬ優しい言葉に、
「アラン様らしからぬ、優しいお言葉ですね。」
と言って笑った。
その瞳からは、涙が流れていた。
「…。」
アランは、声を押し殺して泣くアイリスに、黙ってハンカチを差し出した。
「今夜は冷えます。」
アランはそう言うと、横に置いていた自分の上着をアイリスの肩にかけ、また再び沈黙した。
その頬が赤く染まっていたことは、月を覆った雲によって隠されてしまった。
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