助っ人のようです
アランとクレーヴェルとともに、東の森へ行くことになったアイリス。
しかし、アランには何か考えがあるようで…
「クレーヴェル疲れてない?大丈夫?」
屋敷を抜け森の中を走る馬車の中、アイリスは目の前に座るクレーヴェルに心配そうに聞いた。
「大丈夫だよ。」
クレーヴェルは、何度目になるか分からない質問に辟易したように答えた。
「姉さんこそ、大丈夫なの?」
「え?」
クレーヴェルはそわそわと窓の外と自分の顔を往来する姉に目を向けた。
「わ、私は大丈夫よ。こう見えて、体力はあるんだから!」
そう言いながらも、アイリスはまだ落ち着かない様子で窓の外を見ていた。
(クレーヴェルは、いったいどこまで知っているのかしら…?)
自分についてきたということは、ある程度のことまで知っているのではないか、とも思うが、余計なことを言って弟を傷つけたくはない。
どうにか平静を装おうとしても、どうしてもそのことが気になってしまい、アイリスは再びクレーヴェルの顔をうかがうように横目で盗み見た。
「どうしたの?」
目が合ったクレーヴェルは、小首をかしげて聞いた。
「な、何でもないわ。」
急いでそういった後で、せっかく聞くチャンスだったのにと落ち込むアイリス。
(あ~もう!どうやって聞けばいいのかしら?どこまで知ってる?なんて聞き方は変だし…。)
「疲れてない?大丈夫?」
「うん…。」
結局、先ほどと同じことを聞いてしまう。
クレーヴェルも挙動不審なアイリスの様子を怪しんでいるようだ。
(参ったわ…。)
どう話題を投げかけようかとアイリスが考えあぐねていると、不意に馬車が停車した。
「あら?」
すると馬車の戸が開き、アランが
「少し休憩しましょう。」
と言って手を差し出した。
「ここは?」
アイリスたちが着いたのは、小さな小屋の前だった。
「協力してくださる方の家です。まさかこんな子供三人だけで東の森へ行くと思っていたんですか?」
アランは無表情でそう言うと、小屋の戸をたたいた。
(相変わらずむかつくわ…!)
アイリスは怒りを感じながらも、アランの後ろに並んだ。
「誰だ?」
扉越しに、しわがれた女性の声が聞こえてきた。
「僕です。アランです。」
アランがそう答えると、すうっと静かに扉が開いた。
「お入り。」
「失礼します。」
アランは一礼すると、扉をくぐって小屋の中へと入った。
警戒しながらも、アイリスも同じように会釈をして入った。
「わあ…。」
小屋の中は奥行きがあり、外から見たよりも広かった。
部屋のあちこちには本が山積みになり、天井には何百枚もの羊皮紙が吊り下げられていた。
「あんたが来るなんて珍しいね。」
不意に暗闇から声がすると、奥から小さな老婆が出てきた。
恰好は普通の農民の老女のようだが、目には分厚い布が巻かれ、頭にはおかしな髪飾りが飾られていた。
「夜分遅くに申し訳ありません。緊急事態でしたので。」
アランがそう言うと、老婆は布が巻かれた目をアイリスたちのほうに向けた。
「わざわざメルキュールんとこの子たちが来るんだから、そうなんだろうね。」
「私たちをご存じなのですか?」
てっきり目の見えていないものだと思っていたアイリスは、老婆が自分たちのことを知っていたことに驚いた。
「あ、申し訳ありません。私は-。」
「名前なんてどうだっていいさ。あんたはメルキュールの血を引いている。あたしにはこれで十分さね。」
老婆は面倒くさいというように手を振って、アイリスの言葉を遮った。
「でも、もう一方には別の魔力が流れているね。」
老婆は首をわずかに動かしてそう言った。
「どういうつもりだい?闇の魔力持ちを連れてくるなんて。」
老場は厳しい声で言うと、アランのほうに顔を向けた。
「それが緊急事態だからです。」
アランがそう言うと、老婆はハアと深いため息をついた。
「わかっているんだろうね?あんたが今何に関わろうとしているのか。」
「僕が望んだことですから。」
アイリスは状況が分からずに混乱していた。
(どういうこと?なぜおばあさんはクレーヴェルのことまで知っているの?)
「そうかい…。あんた、ちょっとこっちへおいで。」
老婆はクレーヴェルを手招きすると、自分は小さな椅子に腰かけた。
「クレーヴェル。」
アイリスは、老婆の元へ行こうとするクレーヴェルを思わずとどめた。
その目には、心配の色が広がっていた。
「大丈夫。取って食いやしないさ。」
老婆は何やら紙とペンを取り出しながらそう言った。
「アイリス様。」
アランがクレーヴェルを掴むアイリスの手に触れた。
「大丈夫ですよ。」
アランの言葉に、アイリスは渋々その手を離した。
「さて。」
テーブルをはさんでクレーヴェルと向かい合った老婆は、片手を仰向けにしてテーブルに置いた。
「あんたの手をここに置きな。」
クレーヴェルが老婆の手に自分の手を合わせると、老婆はぶつぶつと何かをつぶやきながら、もう片方の手で何かを紙に書いていった。
「なるほどね…。」
しばらくして、老婆はペンを走らせる手を止めてつぶやいた。
「あんた、ずいぶんと厄介なことに巻き込まれちまったね。」
老婆はやれやれとため息をつくと、アランとアイリスを手招きして、自分がメモした紙を見せた。
「これって…!」
アイリスは目を見張った。
老婆が紙に書いたのは、あの日クレーヴェルが魔法の紙に書いた古代文字だった。
「古代文字を読むことができるのですか?」
アイリスが聞くと、老婆は首を横に振った。
「いいや。ただ呪いを視て書いただけさ。」
「視る?」
アイリスはそうつぶやいてはっとした。
(私ったら失礼なことを。)
「目を使うだけが、見るとは限らないのさ。」
老婆は気にせずにそう言うと、アランのほうを向いた。
「それで?あたしにどうしてほしいんだい?あたしにはこの呪いを解くことはできないよ。」
「今回はそういうわけではありません。僕たちはこれから東の森へ行くので。」
すると老婆は一瞬驚いたように目を見開いた、いや、正確には目を見開いたようだったが、すぐに納得したように頷いた。
「ははあ。どうりで今日は騒がしいと思ったよ。ということは、あの貴族たちはあんたの父親かい?」
「お父様がここへ来たのですか?」
アイリスは思わず老婆に向かって聞いた。
「いや、あんたの父親は東の森に入っていったさ。命知らずだと思ったら、なるほどね。そういう理由があったのかい。」
そう言うと、老婆は懐からキセルを取り出した。
「あの森へ入ったら、まず生きては帰れないよ。あんたはあたしに父親たちを助けてほしいんだろうけどね。悪いがもうあの森へ行くのはたくさんなんだ。」
「そこをどうにか助けていただけないでしょうか。僕たちだけでは到底力不足なのです。」
アランは食い下がった。
「私からもお願いします。お父様方を助けてください!」
アイリスも深く頭を下げた。
しかし老婆は頑なに首を横に振り、
「それはできないよ。」
と言った。
「…お願いします。」
ずっと黙ったままだったクレーヴェルが、声を絞り出すように言った。
「お願いです。僕の…たった一人の父なんです。」
泣きそうな表情でそう言うクレーヴェルに、アランも頭を下げた。
「…。」
しばらくの間、部屋中に沈黙が流れた。
老婆は迷っているように口をつぐんでいたが、
「あ~まったく!仕方ないね。ついて行ってやるよ。」
と諦めたように言って立ち上がった。
「!ありがとうございます!」
アイリスとクレーヴェルは、顔を見合わせ喜んだ。
「仕方ないね。」
老婆はそう言って扉を開けると、
「ほれ、東の森まで連れていきな。」
と言った。
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