教えてくれるようです
公爵が仕事のため王都に残るという知らせに取り乱すアイリス。
そこに、王都から帰ったアランとクレーヴェルがやってきて…
「どういうこと?」
アイリスは混乱して言うと、思わず侍女に詰め寄った。
「どうして?本当は今日帰ってくる予定でしょ?」
「お、お嬢様!落ち着いてください。公爵様からは緊急のお仕事ができたため、それに対処するために王都に残るとの知らせしか入っておりません。」
「緊急の仕事…?」
嘘だ、とアイリスは直感した。恐らく、王都で、あの店で何かあったのだろう。
「その知らせを受け取ったのは誰?」
「私でございます。アラン様から伝達魔法でお知らせいただきました。」
(お父様が直接連絡したわけじゃないのね…。)
アイリスの胸の中で、不安が湧き上がってくる。
「今すぐ王都に戻るわ!馬車を用意してちょうだい!」
「お嬢様!」
アイリスが急いで部屋を出ようとしたとき、部屋のドアがガチャリと開いた。
「その必要はありません。」
そう言って入ってきたのは、アラン・チェルシーだった。その後ろには、クレーヴェルが立っていた。
「…アラン様。」
アイリスはアランをキッと睨みつけた。
「お父様はどこにいるの?どうして王都に残るなんてことになったの?」
矢継ぎ早に聞くアイリスを一瞥すると、アランは侍女に出ていくように言った。
「アイリス様。そんなに気を立てないでください。…少なくとも、今は。」
アランの言葉に、アイリスはハッとクレーヴェルの方を向いた。
先程まで姉に会えてうれしそうな表情だったのが、不安げな表情に変わっている。
「ご、ごめんなさい。ただ、お父様も一緒でないのに驚いて…。」
シーンと、部屋に気まずい沈黙が流れた。
クレーヴェルはアイリスに何か聞きたそうな顔をしているが、アイリスはそれには答えず、ただ気まずそうに目線をそらすのみだった。
「…。」
数十秒ほど三人がそのまま立ち尽くしていると、マルタがチョコケーキを持って部屋に入ってきた。
「お待たせいたしましたお嬢様…あら、お坊ちゃま方も帰られていたのですね。いま、ケーキをおとりわけ致します。」
アイリスは助かったというように急いでテラスの戸を開けると、
「待ちきれなかったわ!今日は天気もいいからお外で食べたいわね!」
とわざとらしく明るく振る舞った。
「アラン様もクレーヴェルもどうぞお座りになって?」
アランたちがアイリスが指し示した席に座ると、アイリスは
「この季節はここからの眺めが最高でしょう?ねえ、クレーヴェル?」
と言って笑顔を向けた。
「確かに美しいですね、姉さん。」
「そうでしょう?特にあのイチョウの木が好きなの。ほら、覚えてる?コック長に食べさせてもらった―」
「あの銀杏の実ですよね。」
心配そうな表情が消えたクレーヴェルにほっとしながら、アイリスは他愛もない話を続けた。
(私としたことが、クレーヴェルの前であんなに取り乱すなんて。)
アイリスは先程の自分の行動が子供っぽくなってしまったことを恥じたが、そんな考えは目の前に置かれたチョコケーキを見た瞬間飛んでいった。
(キャーこれこれ!)
飾り気のない素朴なダークブラウンの表面はつやつやと輝き、切った断面からはチョコソースがとろりと溶け出す、マルタお手製のチョコケーキだ。
アイリスはそわそわしながら、マルタが紅茶を注ぐのを待った。
「どうぞ―。」
「いただきます!」
マルタが注ぎ終わるや否や、アイリスはチョコケーキを一口ほおばった。
「ん~おいし~!」
「姉さんは本当にこのケーキが好きだよね。」
幸せに浸りながら食べるアイリスに、クレーヴェルは微笑ましそうに言った。
「ええ!いくらでも食べられるもの!」
これ以上ないくらい幸せそうな顔で言うアイリスの言葉に、黙っていたアランもフォークを取り、ケーキを少し口に入れた。
「おいしいでしょう?アラン様?」
早速二皿目に入ったアイリスが笑顔でアランに効くと、アランはこくりと頷いて二口目もほおばった。
(は、私ったら、彼だって信用できないのに!)
アイリスは緩みかけていた頬をぐっと引き締め、黙々とケーキを食べた。
笑顔に戻ったと思いきやまた急にきつい表情になったアイリスに、マルタとクレーヴェルは疑問を抱いたが、彼女のそそっかしさには慣れていたため、何も言わなかった。
「ごちそうさま!美味しかったわ!」
「ごちそうさまでした。」
ケーキを食べ終わり、口直しの紅茶も終わったアイリスたちは、日も暮れ始めたということもあり、ここらで解散することとなった。
旅の疲れからか、クレーヴェルの目はトロンとして眠たそうだった。
(大人っぽい所もあるけど、まだまだ子供なのね。)
自分のことは棚に上げて優しく微笑むアイリス。
「僕は今日はもう休みます。」
「それが良いわ。じゃあ、また明日。」
「おやすみなさい。」
クレーヴェルはあくびを噛み殺しながら自室に戻っていった。
「…さて。」
アイリスはくるりと振り返った。
「そろそろお休みになられた方がよろしいのでは、アラン様?」
アイリスの目線の先には、マルタに残りのケーキを分けてもらったアランが居座っていた。
(なんでまだいるのよ~。)
アイリスはなるべく笑顔を保とうと努力しながらアランに話し掛けた。
「…。」
アランは黙ったままじっとアイリスを見つめている。
(なんかしゃべりなさいよー!)
「アラン様?この部屋は間違っても女・性・の部屋ですのよ?あまり長居されては対面的にまずいのではございませんの?」
するとアランはじっとアイリスを見つめたまま、
「そんなことは誰も気にしないでしょう。」
とそっけなく言った。
(何よ!まるで私が女性じゃないみたいじゃない!)
内心カチンとしながらも、アイリスは笑顔を張り付かせたまま
「私が気にしますので。どうぞ、もうお休みください。」
と言って部屋のドアを開けた。
しかしアランはその場から動かず、しばらく何やら思案顔をしていたが、
「アイリス様は、気にならないのですか?公爵のこと。」
と唐突に聞いてきた。
「なっ!?」
ふっと怒りがわき、アイリスは思わずアランの方へつかつかと迫った。
「気にならないわけがないでしょう!?いつだって心配です!クレーヴェルのことも、お父様のことも!」
睨みつけるアイリスに、アランは少し驚いた顔をしたが、すぐにいつもの無表情に戻り、
「では、知りたくはありませんか?公爵が、今、何をしているのか。」
と言った。
「え…?」
うろたえるアイリスに、アランはグイッと顔を近づけた。
「教えてあげますよ。あなたのお父上が、何をしようとしているのか。」
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