気になるようです
公爵と伯爵の怪しい行動に疑問を募らせるアイリス。
そこに、公爵が王都に残るという知らせが入って…
アイリスは屋敷に戻るとすぐ、王都に詳しいアンナと、コナーを呼び出した。
コナーも呼んだのは、なんとなく魔石や不思議なものが好きそうな気がしたからだ。
「この住所について教えてほしいの。」
部屋に着くなりメモを渡してくるアイリスに多少面喰いながら、アンナはメモを受け取った。
「この住所は…裏通りの店ではございませんか?」
アンナは、なぜアイリスがそんなことを聞くのかと不思議そうに言った。
(本当のことは言わないほうが良いわよね…。)
「ええと、ルビーのお店の近くにあるから気になって…。」
「そうなのですね。」
アンナは納得したように頷くと、メモをコナーにも見せた。
「コナー、これ知ってる?」
コナーはしばらく首をひねった後、思い出したように「ああ!」と言って手を叩いた。
「この店なら知ってます!色々とヤバい物が売っているので有名なんですよ!」
「ちょっと!」
「あ、いえ、えっと…危険なものが売っている、という意味です。」
慌てて言い直したコナーの言葉に、アイリスはやはり、と心の中で頷いた。
「それは、例えばどんな?」
「そうですね…違法取引された武器とか、密猟された動物とかですね。あ、でも、店に行っても買うことはできませんよ。」
「え、どういうこと?」
「あの店は、いわゆる仲介業者のようなもので、ヤバい…じゃなくて、危険な物を取引する商人や商店を紹介してくれるだけなんです。でも、客が直接出向かないと紹介してくれないので、商人からの信頼は厚いんですよ。」
「そうなのね…。」
アイリスはそこまで聞くと、考え込むように黙った。
「まあ、やばい物って言ってもピンキリですからね~。普通は、ちょっとした悪ふざけの道具を買うくらいですね。」
コナーが得意顔で語っていると、
「なんでそんなに詳しいのよ?」
と、アンナがぎろりと睨んだ。
「え、そ、それくらい常識だろ~。」
「だって私は知らなかったもの。まさか、買ったことあるんでしょ!」
「ギクッ!そ、そんなことあるわけないだろ!」
「嘘よ!」
アンナたちが何やら騒がしく言いあう中、アイリスは一人公爵たちの行動について考えていた。
(あの店では直接買い物ができない…ということは誰か商人を紹介してもらうために行ったってことよね。恐らく、その商人は伯爵に魔石を売った人と同一人物。わざわざもう一回会いに行くなんて、どうしてかしら…。)
「うーん…。」
アイリスが悶々と考えていると、
「本当最っ低!お嬢様、失礼いたします!」
と、アンナが勢いよく部屋を飛び出していってしまった。
(え、何?)
「ああ…。」
訳が分からずただ驚くばかりのアイリスは、ショックで呆然とするコナーに声をかけた。
「ちょっとコナー、大丈夫?」
「ああ、お嬢様…。大丈夫です…。」
コナーはふらふら立ち上がると、すっかり元気をなくした様子で部屋を出ていった。
(何だったのかしら…?)
アイリスはしばらく呆然としていたが、すぐにはっと我に返り、公爵たちがあの店を訪れた理由を考えることに戻った。
(もう一度店へ行くということは、クレームをつけに行くとか?ううん、そんなことぐらいなら、わざわざ現地までいかないわ。)
アイリスはどさりとベットに腰掛けると、靴を放り出してごろりと寝転がった。
(そういえば、チェルシー伯爵はあの石だと完璧に闇の魔力を閉じ込められないと言っていたわ。ということは、追加の分を買いに行った、ということね。)
あの店は、コナー曰く客が直接出向かないと商人に繋げてくれないというから、それなら公爵が時間を割いてまで現地に向かったことにも納得できる。
(でも、あんな貴重な石をどうやって手に入れたのかしら…。)
「はあ~。」
父親の行動に加え、朝から色々なことがあったせいで頭が混乱している。
(そうだ!こんな時は、マルタにチョコケーキを焼いてもらおう。)
マルタのチョコケーキは甘すぎず、苦すぎず、ちょうどいい塩梅のケーキで、アイリスは大好きだった。
(脳のリフレッシュには、あのケーキが一番よね。)
アイリスはマルタを呼ぶと、チョコケーキを作ってくれるよう頼んだ。
マルタは着替えもせずベットでくつろぐアイリスに文句を言いながらも、少しうれしそうな顔をした。
「お嬢様に気に入っていただけて光栄です。」
「あなたのケーキを気に入らない人なんていないわよ。何度でもリピっちゃうわ。」
「リピ…なんですか?」
ついつい前世での言葉を使ってしまい、マルタは意味が分からないというように聞いた。
「あーえっと、何回も頼んじゃうってことよ。それくらい気に入っているの。」
アイリスは慌てて言い直すと、マルタはフフっと笑い、
「チョコケーキのお店を開いたら、お嬢様はきっと常連ですわね。」
と言って部屋を後にした。
「常連って…私そんなに頼んでいるかしら?」
すると、アイリスの頭にある考えが浮かんできた。
(伯爵は、あの店の常連なのかしら…。)
魔法省に勤めている伯爵が、あの店の存在を知っていることに何ら疑いはないが、あの店は客が直接訪れなくては商売してくれないほど慎重な店だ。
当然すべての客の身元を調べるはずだ。
そうなれば、違法な取引を取り締まる魔法省で働く伯爵相手に、商売などするだろうか。
(つまり公爵は、あの店によく通っている…?)
店と何らかの信頼関係があったからこそ、伯爵は魔石を手に入れることができたのではないか?
(けれど、どうやって信頼を得たのかしら…?)
考えれば考えるほど、思考がどんどん悪い方に傾いていく。
(もし、もし伯爵が、悪い人なら…?)
青ざめた顔をして、アイリスは勢いよくベットから起き上がった。
(伯爵はうちの事情を知っている。クレーヴェルが闇の魔力を持っていることも、お父様がそれを国に隠していることも。)
そう考えると、チェルシー伯爵は、メルキュール公爵家の弱点を知るただ一人の人物ということになるのではないか。
(もし伯爵が、何か企んでいたら…。)
そこまで時間が得て、アイリスは首をぶんぶんと振った。
(憶測でものを言ってはいけないわ!まだ伯爵が悪い人だとは決まっていないじゃない!)
そう考えるも、伯爵の怪しい行動に思考が偏ってしまう。
「…。」
(…もう少し、様子を見よう。)
まだ伯爵に対する疑念が晴れたわけではないが、今の状況では、伯爵なしではクレーヴェルを助けられないだろう。
アイリスは今後の経過を慎重に見つつ、判断しようと決めた。
「色々考えてたら疲れちゃった。ケーキまだかしら。」
ベットを降り、アイリスはキッチンへ向かおうと靴を履いた。
すると、コンコンと扉がノックされ、一人の侍女が入ってきた。
「お嬢様、旦那様が―。」
「お父様が帰られたのね!」
聞きたいことは山ほどあったが、とりあえず今は父親と弟の顔が見たかった。
顔を輝かせるアイリスだが、一方で侍女は申し訳なさそうに眉を寄せると、
「そのことですが…旦那様は本日は戻られないとのことです。」
と言った。
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