休憩するようです
王都を訪れたアイリスとルビー。
目的地のユヌ・ケイプはどうやら裏道りにあるようだが…。
(そんな…知らない間に攻略キャラと接触していたなんて…。)
アイリスは森の中に消えていくトリスタンを見つめながら、悪役としての自分の運命を呪った。
(思えばトリスタンだって、攻略対象にふさわしいキャラしてるじゃない。なんで気が付かなかったのかしら。)
子犬のように可愛らしい顔と、アイリスに弓矢を当てそうになるドジっ子な性格。
(しーちゃんがやってた乙女ゲームにも、そんなキャラいたっけな。)
ただ、王子様キャラが好きなしーちゃん曰く、
〈やっぱりかっこいい人に守られたいじゃない。ドジっ子キャラには興味ないの。〉
だそうだ。
(普段からイケメンに囲まれすぎて、私の中の常識がおかしくなってきてる…。)
今いる攻略キャラたちから、いったん離れた方がよいのではという考えが本気で頭をよぎる。
「しばらく山籠もりでもしようかしら…。」
「やまごもり?」
アイリスの呟きに、ルビーが聞き返した。
「ああ、気にしないで。こっちの話よ。」
アイリスは慌てて言い、窓に近づけていた顔を正面に戻した。
「…そう言えば、ルビーはトリスタンと仲が良いのよね?」
なるべく攻略対象の情報は知っておきたい。
トリスタンと幼馴染のルビーなら、彼のことをよく知っているだろう。
しかしルビーはうーんと首をかしげると、
「実はそこまででもなくて…。確かに幼いころから一緒に訓練を受けてはいたのですが、彼はあまり話をしない人ですので…。」
と気まずそうに言った。
確かに、アイリスの第一印象としてもトリスタンは社交的というわけではなさそうだったし、どちらかといえば人見知りなルビーとは、あまり話す機会がなかったのかもしれない。
「そうなのね。」
アイリスは頷いてカーテンを閉めた。
恐らく、ルビーは外を覗くアイリスを待っていてくれたのだろう。
アイリスがカーテンを閉めたのを見ると、ルビーは御者に合図を出して馬車を走らせた。
(彼で五人目のフラグか…。)
馬車に揺られながら、アイリスは悪役令嬢としての自信の身を案じていた。
自分が意図していなくても次々とフラグはやってくるし、攻略キャラたちとも強制的に引き合わされている。
今はまだキャラ達とも仲良くやっているが、もしこの世界が、シナリオ通りに進む強制力を持っているとしたら…。
いつかしーちゃんに見せてもらった、悪役令嬢の断罪シーンが頭に浮かんでくる。
大広間で大勢に見つめられながら、跪かされる自分。
そしてそんな自分に手を差し伸べることなく、侮蔑のまなざしを向ける王子たち―
(いつまでも、みんなと仲良くしてはいられないかもしれない。)
アイリスは不安な面持ちでうつむいた。
馬車は大通りの近くで停車した。
王都の大通りには相変わらず多くの人がいた。
「ここからお店までは歩いてすぐなんです。」
馬車を降りながら、ルビーはワクワクした表情でそう言った。
貴族の娘とわからないよう、アイリス達はなるべく質素な服を着ている。
「今日も賑わってるわね。」
「ええ。でも裏通りは人も少なくなりますわ。」
ルビーが所有するドレス屋「ユヌ・ケイプ」は大通りから少し離れた、裏通りに店を構えている。
アイリスはルビーの案内のもと、裏通りを歩いた。
「裏通り」と聞いてアイリスは物騒な所かと思っていたが、どうやらここは老舗のお店が集まるところらしい。
ルビーの言うとおり、大通りよりも人が少なく、どちらかというと年齢層が高い人たちが、ここには多いようだ。
「昔はここが表通りだったらしいのですが、開発と共に裏通りと呼ばれるようになってしまったそうです。」
確かに、広い道やきれいに配置されたいくつもの街灯からは、かつて表通りと呼ばれていた名残が見える。
「開発ってことは、クロノス家が設計し直したってこと?」
アイリスが聞くと、ルビは首を横に振った。
「いえ。開発を行ったのは違う家の方だと聞いていますわ。確か…男爵家の方ではなかったかと思います。」
「え、なんで?」
アイリスはそれを聞いて驚いた。
王都はティエラ王国ができて初めに造られた都市だ。
その設計や建築は、公爵家であるクロノス家が第一人者として取り組んだと聞いた。
当然、開発もクロノス家が先手を切って進めたものだと思っていたが。
建築の才を持つクロノス家ではなく、他の家が開発に取り組んだということか。
「それは分かりませんわ。噂によると、その男爵家の方が、建築に優れていると先々代の国王様が判断されたからだとか…。」
ルビーが声を落としてそう言うと、
「それは違うぞ!」
と、不意に後ろから声が聞こえた。
アイリス達が驚いて振り向くと、古いカフェの椅子に腰かけた一人の老人が、アイリスたちをじっと見つめていた。
(え、誰?)
アイリスは横目でルビーを盗み見たが、ルビーもこの老人を知らないようだ。
「クロノス家の設計は完璧じゃった!あの頃は裏通りなんぞ存在しない、どの場所も活気のある時代じゃった。なのにあの馬鹿どもがこの街をいじくりまわしよってからに、わしらはこんなところまで追いやられてしもうたわ!」
老人はすごい剣幕でまくし立てた。
自分たちが怒られているわけではないのに、何だか身が縮こまってしまう。
「まあまあじいさん、そんなに怒るなよ。」
近くにいた五十代くらいの男性が、見兼ねて老人をいさめてくれた。
男性は、ふうふうと肩で息をする老人を再び椅子に座らせ、
「嬢ちゃんたち、申し訳ないね。このじいさんはその話になるといつもこうでさ。」
とアイリス達に向かって優しそうな笑みを浮かべた。
「い、いえ…。ありがとうございました。」
そう言い、アイリスたちが去ろうとすると、
「ん、その赤毛の嬢ちゃんはよくここにくる子かい?」
男性がルビーを見て言った。
「は、はい。」
ルビーがおどおどしながらそう言うと、男性はにっこりと嬉しそうに笑った。
「やっぱりそうだ。ここいらじゃ、嬢ちゃんみたいな若い子は珍しいんでね。」
はっはっはと大きく笑う男性の言葉に、ルビーは顔を赤くさせた。
どうやら、ルビーは裏通りの有名人らしい。
(本人は初耳みたいだけど。)
「そうだ嬢ちゃん達、この爺さんが迷惑かけたお詫びに、何かうちで飲んでいきなよ!」
「え、そんな…。」
ルビーはそう戸惑ったが、男性は「いいからいいから」と、さっさと店の奥に引っ込んでしまった。
どうやらこのカフェの店員だったらしい。
仕方なく、二人はおじいさんの隣のテーブルに腰掛けた。
「なんだか思いもよらない展開になったわね。」
アイリスは面白そうにそう言い、お店の様子を眺めてみた。
ガラス越しに見える店内は、様々な置物や絵が飾られていて少しごちゃっとしていたが、シックな雰囲気でアイリスは好きだった。
「素敵なお店ですね。」
飲み物を運んできてくれた男性にアイリスが言うと、男性は嬉しそうに笑った。
「そうかい?若い子でもこういうのが好きな子がいるんだねえ。」
「こういう雰囲気は好きですわ。なんだか、秘密基地みたいでワクワクします。」
アイリスは飲み物を一口飲みながら言った。
ココアの甘みが口の中にふわりと広がる。
「あ、おいしい。」
「そりゃあよかった。」
アイリスがおいしそうに飲むのを見て、ルビーもココアを一口すすった。
「本当。いつも飲むココアよりも柔らかい甘みがしますわ。」
「何だか、内側からほっこりする味だよね。」
二人の会話を聞いて、満面の笑みで頷く男性。
それからしばらく、アイリス達は男性との談笑を交えながらゆっくりとくつろいだ。
帰り際、二人は何度もお金を払うといったが、男性は頑なにおごりだと言って譲らなかった。
最終的には先ほどの老人が払ってくれた。
「ありがとうございます。」
アイリス達はそうお礼を言おうとしたが、老人は恥ずかしそうにそっぽを向いて、そそくさと店を後にしてしまった。
「ったく。恥ずかしがっちゃってなあ。じいさんも悪いと思ったんだな。」
男性はやれやれと言いながら、アイリス達を見送りに外まで出てきてくれた。
「ごちそうさまでした。」
「また来ますね!」
「おう。また立ち寄ってくれや。」
アイリス達は手を振って店を後にすると、改めてユヌ・ケイプに向かって歩き始めた。
「とても素敵なお店だったわね。」
アイリスは上機嫌でルビーに語り掛けた。
「ええ。とても親切な方にも出会えましたし。」
初めは戸惑っていたルビーも、楽しんでいたようでよかった。
フランクに話し掛けてくれる人たちに、アイリスは前世での生活を思い出していた。
(そういえば、あんなに砕けた話し方は久しぶりだったかも。)
先程まで感じていた不安が少し薄れたような気がした。
「また行きましょうね。」
「はい。」
二人はそう言って、互いに微笑みあった。
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