第五のフラグがやってきたようです②
ルビーに練習の様子を見せてもらうよう頼むアイリス。
快く受け入れてくれるルビーだったが、戦う相手は強そうな男性で…
「それでは両者構えて―」
ルビーが片足を引いて戦闘態勢になる。
「ルビー危ない!」
「始め!!」
アイリスが叫ぶと同時に、公爵が合図を出した。
剣を構え、突進していく小隊長。
(本物の剣でやられたらひとたまりもない!)
ルビーに向かって小隊長が剣を振り下ろすが、ルビーは動こうとしない。
(ルビー!!)
すると突然、ふっとルビーの姿が消えた。
「え!?」
混乱するアイリス。
標的がいなくなり、小隊長の剣が空を切る。
「くっ!!」
小隊長はすぐに身をひるがえし、剣を横に振ろうとした。
しかし、振り向く間もなく、その喉元には剣先が突き付けられていた。
「やめ!」
アイリスはルビーのあまりの速さに唖然とした。
(いつの間に後ろに回り込んで…!)
ルビーは静かに剣を下げると、小隊長に向かって丁寧に礼をした。
「勝者、ルビー!」
公爵がそう言うと、騎士たちは互いに頷きあいながら拍手を送った。
どうやら、ルビーの勝利は驚くことでもないらしい。
「アイリス様!」
歓声に包まれながら、ルビーが嬉しそうにアイリスのもとへ走ってきた。
あんなに素早い動きをしたにもかかわらず、ルビーは髪一つ乱れていなかった。
「いかがでしたでしょうか?この屋敷の方以外に訓練を見ていただいたことがないので、緊張してしまいましたわ。」
息も乱れた様子もなく平然と言うルビーを、アイリスは呆然と見つめた。
「あの…アイリス様?」
不安そうにアイリスを見るルビーに、アイリスはハッと意識が戻った。
「ん?あ、ああ。ごめんなさい。あまりにもすごくてつい…。」
「あ、やっぱり変ですよね…貴族令嬢がこんなことしてるなんて…。」
ルビーはアイリスの反応に落ち込んで言うと、手に持った剣を後ろに回した。
「違う違う!」
アイリスはぶんぶんと手を振って言い、ルビーの肩をガシっと掴んだ。
「あまりにも強いからびっくりしちゃったの。男の人相手に圧勝しちゃうなんて!」
(だからみんなあんな嫌がってたのね。)
目をキラキラさせるアイリスに、ルビーは面食らった顔をしたが、
「ありがとうございます!」
とすぐにうれしそうな表情になった。
「本当にすごいわ…。どうやったらあんなに強くなれるの?」
「特別なことは何も…。ただ訓練しているだけですので…。」
(いやそれがもう特別だよ。)
しかし、ルビーの何倍も戦いを経験してきた騎士を、一瞬で追い込んでしまう強さ。
やはりマルス家が戦いに優れているというのは本当らしい。
「ほんとかっこよかったわ!今度また見せてちょうだい!」
「もちろんですわ!」
アイリス達のやり取りに、一気に青ざめる騎士たち。
「アイリス様が喜んでくださって嬉しいです。みんなあまり訓練の様子を外の方に見せたがらないので…。」
それを聞いて、アイリスは「ああ」と納得した。
(やっぱり、マルス家への偏見のせいよね…。)
貴族令嬢として生まれた者が、周りからの評価を最も大切にすることは、この体に転生してから身をもって感じていた。
ましてやアイリスやルビーのように公爵家の娘ともなると、マナーや教養だけでなく、貴族の頂点に立つ者として「完璧な令嬢」を求められる。
そして、貴族たちにとっての「完璧な令嬢」には、戦闘ができる令嬢は含まれていない。
だからこそ、マルス家の人々は「野蛮人」だと揶揄されているのだろう。
(自分の価値観に合わないからって、バカにするなんて。)
パーティーで貴族の子供たちにいじめられていたルビーを思い出し、ふつふつと怒りがわいてくる。
(公爵も、大変だったんだろうな…)
あの大柄な公爵に、面と向かって挑もうとする人はいなかったとは思うが。
「お母様もそのせいで苦労したと言ってましたし…。」
「え、夫人が!?公爵じゃなくて!?」
アイリスは、思わず聞き返した。
「ええ。母はマルス家出身ですから。」
(そう言えば、屋敷内の秘密の部屋を作ったのは夫人だった…)
アイリスは、てっきり大柄な公爵がマルス家出身だと思い込んでしまっていた。
「じゃあ、夫人も戦えるの?」
「はい。お母様はお父様に一度も負けたことがなかったそうですわ。」
優雅な雰囲気を漂わせるあの夫人が戦っている所など、到底想像できない。
(しかも公爵に一度も負けたことがないなんて…)
アイリスはあの夫人は怒らせないでおこうと固く心に誓った。
「もう少しで訓練も終わります。剣を片付けてすぐに着替えますね。」
腰に差した剣を持ってルビーが言った。
「わかったわ。」
今日はルビーと王都を回る約束をしてある。
王都であまり知られていない裏名所を回るのだ。
(これで、アンナに負けないくらい女子力が上がるわ!)
「そうですわ。行きだけトリスタンをご一緒させてもいいですか?」
(トリスタン?ああ、あの矢の子ね。)
「ええ。」
あの少年も王都に用事があるのだろうか。
「ありがとうございます。」
ルビーはそう言って嬉しそうに走っていった。
アイリスも荷物を片付けるため、部屋に戻ることにした。
「お待たせいたしました!」
玄関で待っていると、着替えたルビーがトリスタンと共にやってきた。
「大丈夫よ。」
ウキウキした様子のルビーと反対に、トリスタンはびくびくしていて、顔を上げようとしない。
「あ、あの、メルキュール令嬢…さ、先ほどは誠に申し訳ありませんでした…」
聞き取れないほどの小さな声で言うと、トリスタンは頭を下げた。
「気にしないで。わざとじゃなかったのだし。」
あまりにおびえるトリスタンに、アイリスは励ますように言ったが、トリスタンはなおも顔を上げようとしなかった。
(なんかチワワみたい…)
アイリスは元気づけようと口を開きかけたが、馬車がやってきてそのまま王都に向かうことになった。
馬車の中でルビーと話しながら、アイリスはトリスタンを観察した。
さっきは気付かなかったが、こうして見ると身なりはきちんとしているし、着ている服も素朴だが質の良いものだった。
(どこかの貴族なのかしら…)
トリスタンは屋敷にいた時と同様、おびえた様子で下を向くばかりだった。
(なんだか、先輩にカツアゲされている小学生みたいだわ…。)
今は真っ青な顔をしているが、きっと笑ったらかわいいんだろうなあと思いながら、アイリスはルビーとの話に戻った。
おしゃべりに夢中になっていると、馬車は王都近くの森に停車した。
(森?)
ただ木が広がるだけの場所に、アイリスが不思議に思っていると、
「お、送っていただきありがとうございました。で、では僕はこれで…。」
と言って、トリスタンは立ち上がると一礼して馬車から降りていった。
「…彼、森の妖精か何かなの?」
今朝のことを引きずっているのか、トボトボと森の中へ歩いて行くトリスタンを見送りながら、アイリスは聞いた。
「まさか。ここはクロノス家の敷地です。」
「え、クロノス公爵家の敷地!?」
ころころと笑いながらそういうルビーに、アイリスはもう一度窓の外を見た。
よく目を凝らすと、奥に門らしきものがあるが、それも他の屋敷よりもだいぶ質素なものに見えた。
「という事は、トリスタンは公爵家の…?」
「はい。クロノス家のご子息です。」
「えええ!?」
クロノス家と言えば、その建築や土木に優れた才能で、この国のほぼすべての町の礎を築いたことで有名だ。
(その公爵家が、こんな森の辺地にあるの!?)
うっそうと茂る木々を見て、アイリスは今だここが公爵家の敷地だと信じられずにいた。
「トリスタンは私の幼馴染で、今日のように屋敷に来て一緒に稽古をするんです。」
ルビーはにこやかにそう言った。
(うわー。あのルビーと一緒に稽古かー…。)
大の大人をも瞬殺した今朝のルビーを思い出し、アイリスは少しばかりトリスタンに同情した。
(私と同じ公爵家の子供ってことは、これから接点が増えていきそうね。)
そこまで考えたアイリスは、思わず叫びそうになって口を押えた。
公爵家の息子、さらにあの愛くるしい顔…
(これはまさか…)
アイリスはすでに小さくなったトリスタンの後ろ姿を凝視した。
(それってつまり、トリスタンも攻略キャラ候補に入るってことじゃない!?)
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