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お泊り会のようです

ついにお泊りの日が来た。

しかし、王宮に着いた置き、エドワード王子の具合が悪いと聞いて…

伯爵から呪いの解き方の指針を聞いてから二日後、待ちに待ったお泊り会がやってきた。


「お嬢様、お忘れ物などございませんか?」


ワクワクして馬車に乗るアイリスに、マルタが心配そうに聞いた。


今回はマルス家が馬車を出してくれたため、マルタは屋敷に残ることになったのだ。


「大丈夫よ!マルタは心配性ね。」


「ですが、お嬢様は前日になっても全く支度をなさっていなかったではありませんか!」


「え、えー?そうだったかな…?」


そう咎めるマルタに、アイリスは目をそらした。


「やはり心配ですわ。せめて王宮へ行くまででもご一緒に―」


「へ、平気だってば!」


そう言って馬車に乗りこもうとするマルタを慌てて押し戻し、アイリスは扉を閉めた。


「クレーヴェルも一緒だから、本当に大丈夫よ!」


窓からそう言うアイリスの横から、クレーヴェルも顔を見せ、


「姉さんのことは任せてください。」


と言った。


「まあ、坊ちゃんがそうおっしゃるなら…」


クレーヴェルの言葉に、おとなしく馬車から離れるマルタ。


(何よー。クレーヴェルのことは信用できるってわけ?)


アイリスは不満そうに頬を膨らませた。


「…まあいいわ。行ってくるわね!」


アイリスがそう言うと同時に、馬車は動き出した。




「まったく…マルタは私を信用してないんだから!」


走る馬車の中、アイリスは口をとがらせた。


「そ、そんなことないと思うけどな。」


クレーヴェルは苦笑して言った。


「…そういえば、今日は父さんいなかったね。」


クレーヴェルの言葉に、アイリスも「確かに」と首をひねった。


「そうね。いつもは見送ってくださるのに。」


今日だけでなく、公爵はおとといから部屋に籠もりっきりで何かしているようだった。


(使用人に聞いても、仕事中としか言ってなかったけど。いつもはどんなに忙しくても食事は一緒に取るのに…)


「忙しいのかしら…」


心配するアイリスに、


「きっと父さんのことだから、大丈夫だよ。」


とクレーヴェルは元気づけた。


「そうよね。王都へ行って、何か元気が出る物でも探してみましょ。」


アイリスはそう言うと、荷物から一冊の本を出した。


「姉さん、それは?」


「ああこれね、ルビーに貸してもらったのよ。今度会うときに感想を聞かせるって約束したから、もう一回読もうと思って。」


アイリスは本の表紙をクレーヴェルに向けて見せた。


「「町娘と王様」?それってもしかして…ロマンス小説?」


「うーん。恋愛の要素も入っているけどちょっと違うわ。ファンタジーよ。」


(まあ、この世界自体がファンタジーだけど。)


するとクレーヴェルは眉をひそめ、


「ちょっと。そんなもの読んでたら、お行儀が悪いって叱られるよ。」


と小さな声で言った。


「それが分かってるから、今読んでるんじゃない。それよりもこの本面白いのよ!冷酷な王様が貧乏な町娘にばったり会うんだけど、その時の掛け合いが面白くてね―」


語りだすアイリスに、クレーヴェルはため息をついた。


「もう、姉さん。そう言う小説は気品がないって言われてるの、知ってるでしょ。」


「そんな固いこと言わないで、あなたも読んでみなさいよ。ほら、ここにまだあるから。」


アイリスが鞄を広げると、そこには何十冊もの本が詰まっていた。


「え、こんなに持ってきてたの!?」


クレーヴェルは驚いて目を丸くした。


「そんなもんじゃないわよ。」


アイリスはそう笑い、足元に置いてあったトランクを開いて見せた。


「まだまだあるわよ!」


その中にも様々な表紙の本が、見えるだけでも数十冊は入っていた。


「これはルビーに貸す分なのだけど、どれもいい本ばかりだから迷っちゃったのよねー。」


アイリスは目を輝かせながら本を取り出した。


「私はどっちかっていうと冒険ものが好きなの。あ、クレーヴェルにはこれ貸してあげる!」


そう言ってアイリスは緑色の本を差し出した。


「「ジャングル探検記」?」


「そうよ!話は王道だけど、この主人公がかっこいいのよねー!とても剣術が上手くって、敵の王様と戦うシーンなんかすごい感動しちゃったもの!」


「…かっこいい?」


クレーヴェルは本を受け取る手をぴたりと止めて、アイリスを見た。


「つまりこの本には姉さんが「かっこいい」と思う人物が出てくるのですね?」


「え、ええそうね…」


「読みます。」


クレーヴェルは奪うようにアイリスから本を受け取ると、ものすごい勢いで本を読み進めていった。


(姉さんがどんな男性を好きになるのか、学べるかもしれない!)


本に穴が開きそうなほど食い入って読んでいる。


(あら、興味を持ってくれたみたいね。)


熱心に読みふける弟に微笑んで、アイリスも本を開いた。


(きっとクレーヴェルも気にいるわ。あの《《女主人公》》はかっこいいんだから!)






 王宮に着くと、レオン王子がアイリスたちのことを待っていた。


「ごきげんようレオン様。あら、エドワード様は…?」


馬車から降りながら、エドワード王子がいないことに気づいたアイリス。


レオン王子はどこか落ち着きがない風で、しきりに辺りを見回している。


「レオン様、大丈夫ですか?」


アイリスが近づいて言うと、レオン王子はそこでアイリスたちに気づいたようにハッとした。


「あ、ああ。大丈夫だ。」


「何かあったのですか…?」


アイリスが心配そうに尋ねると、


「兄上が熱を出したんだ…」


とレオン王子は顔を曇らせた。


「昨晩から体調が悪かったんだ。それで、今朝方…」


「それは大変ですわ。お医者様は…?」


「かかりつけの医者は遠いところにいるんだ。だから今待っている。」


馬車道を睨んで王子は言った。


「もしかして、朝からずっと待っているのですか?」


アイリスがそう言うと、レオンはふっと目をそらした。


(やっぱり…)


「それではレオン様も風邪をひかれてしまいます。中でお待ちになった方が…」


「ダメだ。」


しかし、王子は立ったまま動こうとしない。


(うーん。まだ秋と言ってもずっと外にいるのは体に悪いわ…何とかして室内に入ってもらわなくちゃ。)


アイリスは、何かいい案はないかとクレーヴェルを振り返った。


クレーヴェルはアイリスの意図をくみ取ってこくりと頷いた。


「殿下、姉の言う通り、ここにいてはお風邪をひいてしまいます。」


クレーヴェルはそう言うと、手に持っていた先程の緑色の本を差し出した。


「…なんだ、これは?」


「この本に風邪に良いといわれる飲み物が載っております。これを作って差し上げたら、殿下も喜ばれるかと。」


(第十話で、主人公が仲間の看病をするシーンね!)


アイリスがそう目で合図を送ると、クレーヴェルはにこりと笑って見せた。


 クレーヴェルが短時間で内容を記憶していることに驚いたが、今はレオン王子に室内に入ってもらう方が重要だ。


「本当に、これが効くのか…?」


王子はクレーヴェルを見つめて言った。


「ええ、しかし作るのに少々時間がかかりますので、医者を待っていては間に合わないかと…」


「今すぐコック長を呼べ!」


クレーヴェルが言い終わらないうちに、王子は本を抱えたまま王宮内へ走っていってしまった。


「さすがクレーヴェルね!」


アイリスがそう言うと、クレーヴェルは


「そんなことないよ。」


と照れながら言った。


「ね、あの本を読んでおいて正解だったでしょ?」


アイリスは満足そうにそう言うと、正面玄関へと歩いて行った。


「まあ、本命の方は知れなかったけどね…。」


クレーヴェルは苦笑すると、その後に付いて行った。






「…エドワード様?」


エドワード王子の部屋の前に着くと、アイリスは静かに扉を開けた。


王子は具合が悪そうに眠っていた。


「殿下は今朝方からずっとこの調子で…」


執事が悲しそうに言った。


「近頃は体調を崩されることはなかったのですが、このところお仕事がお忙しくいらっしゃったので、それで体調を崩されたのかと。」


「そうなのですね…」


アイリスは王子に歩み寄ると、その額に触れた。


「熱っ」


風邪にしては熱すぎるのではないかと思うほど、その額は熱を帯びている。


熱を冷ますためのタオルも、アイリスが水に浸して乗せてもすぐに熱くなってしまう。


(これでは効率的に冷ませないわね。)


アイリスはしばらく考え込んだ後、王子の額にタオル越しに手を置き、目をつむって魔力を込めた。


手のひらを通して、アイリスの魔力がタオルを冷たくしていくのが分かる。


しかし、すぐに熱が押し返すように上がってくる。


(もうちょっと…)


アイリスは力加減を調整しながら魔力を強めていく。


すると手の平を伝って、瞼の裏に何かイメージが浮かんできた。


(…?)


手に込める魔力に注意しながら、そのイメージに意識を向けると、それは炎をまとった鳥だった。

アイリスはその鳥を見た瞬間、それが王子の魔力であることを自然と理解した。


(でもなんだか苦しそう。)


鳥は必死に自身の体の炎を振り払おうとしているが、狭い部屋の中にいるように、ただその場でバタバタと羽ばたいているだけだ。


(そこから出たいの?)


そう問いかけるも、鳥には聞こえていないようだ。


アイリスはその鳥に届くよう、意識して魔力を込めた。


(あと少し…。)


水色の光が、その鳥を包んだ時―


「姉さん!」


グイっと肩を引っ張られ、アイリスは目を開けた。


気が付くと、アイリスは汗をびっしょりかいていた。


「姉さん!大丈夫?」


クレーヴェルが心配そうにアイリスの顔を覗き込んだ。

集中していたせいか、頭にひどい痛みを感じる。


「え、ええ平気よ。」


「でも、すごく具合が悪そうだよ。」


立ち上がるアイリスの手を支えながら、クレーヴェルは言った。


「王子も体調が悪いみたいだし、今日はもう休んだほうが良いよ。」


「そうね…少し早いけれど、ルビーのところへ向かいましょう。」


アイリスがそう言ってその場を離れようとしたとき、後ろから「ううっ」とうめき声が聞こえた。


音がした方に目を向けると、エドワード王子がかすかに目を開けていた。


「エドワード様!」


「…アイリス?」


王子はアイリスの顔を見ると、驚いたように目を見開いた。


「そうだった今日はっ…アイリス、すみません…」


「ダメです殿下、まだ寝ていなくては。」


起き上がろうとする王子を執事は引き止めたが、王子はかまわずに起き上がり、


「約束を守れなかったことに加え、このような醜態をさらしてしまったこと、心からお詫び申し上げます。」


とアイリスに頭を下げた。


「そんな!体調の方が大事ですもの。」


アイリスが慌ててそう言うと、王子はアイリスの手を取って、恥ずかしいような嬉しいような顔で微笑んだ。


「アイリスの魔力はとても心地よいですね。」


「私の魔力が…ですか?」


「はい。感じたんです。ここで。」


そう言って王子は自分の胸を指さした。


「とても、優しく、清らかな力でした。」


アイリスの魔力が、炎の鳥を包み込んだ時に感じたのだろうか。


「私も、エドワード様の魔力を見ましたわ。繊細そうな美しい鳥でした。」


「鳥、ですか?」


王子はそう聞き返し、アイリスをじっと見つめた。


「で、でももしかすると、私の見間違えかもしれませんし…」


美しく整った顔に見つめられて、アイリスはたじろいで言った。


「アイリス。私の魔力、いえその鳥はどのような様子でしたか?」


王子の質問に、アイリスは先程見たイメージを思い出した。


「なんだか…小さな部屋でもがいているように見えましたわ。」


アイリスはそこまで言うと、はっと王子の顔を見た。


「もしかして、鳥が暴走したことで、エドワード様の体調が悪くなってしまったとか?」


アイリスがそう聞くと、王子はおそらく、と頷いた。


「私は魔力の訓練を受けていませんので、体に溜まった魔力が許容量を超えたのでしょう。」


体が弱いエドワード王子は、恐らく訓練や決闘と言った魔力を使う場を設けることがなかったのだろう。


王子ははあとため息をつくと、呆れたようにふっと笑った。


「体調を維持するためにあえて避けていたことが、かえって裏目に出てしまいましたか…」


アイリスは王子に声をかけようとした。しかしその時、部屋のドアがバンっと勢いよく開いた。


「兄上!!」


そう言って部屋に飛び込んできたのは、何かをのせた盆を持ったレオン王子だった。


「殿下!お静かに…」


後から使用人が疲れた様子で入ってきた。


「あ、兄上!元気になったんですね!ちょうどよかった、俺、兄上のためにこれ作ってきたんです!」


レオン王子はそう言うと、盆に乗っていたコップを取り、エドワード王子の前に差し出した。


「風邪に効くって聞いて、急いで王都で買ってきたんだ!」


アイリス達は困ったように顔を見合わせた。

熱の原因が風邪でなかったことを知った今、レオン王子にそのことを伝えようか迷っていた。


しかし王子は優しく笑うと、


「ありがとうございます。」


と言ってレオン王子からコップを受け取り、ゆっくりと飲み干した。


「おいしいですね。これで元気になりそうです。」


そう言う兄の言葉に、レオン王子はぱあっと顔を輝かせた。


(何て良いお兄さんなの…!)


アイリスはその様子を見て感動した。

レオン王子がエドワード王子を慕う理由が分かる。


「では、私たちはここで失礼しますね。」


アイリスは二人の邪魔をしないようにとにこやかに言い、立ち上がって王子にお辞儀した。


「本日は申し訳ありませんでした。この埋め合わせは後日…」


王子はそう言うと、執事にアイリスたちを送っていくように言いつけた。


「失礼いたします。」


二人は執事について部屋を出て玄関へと向かった。




(思いがけず微笑ましいものを見ちゃったわ…心が洗われていくわね。)


にこにこしながら歩くアイリスは、玄関の前ではたと立ち止まった。


「あら…?」


アイリスは目の前にいる思いがけない人物に驚いて声を上げた。



お読みいただきありがとうございます。

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