第四のフラグがやってきたようです④
検査から数日後、アイリスたちはまだアランが屋敷に残っていることに不満を感じている頃だった。
しかし、自宅に戻った伯爵が重要な話があると戻ってきて…
呪いの検査から数日後、クレーヴェルはあの後何事もなかったように目覚め、チェルシー伯爵は「一度調べ物をするから」と自宅に帰って行った。
(それはかまわないんだけどさ…)
朝食に降りてきたアイリスは、クレーヴェルと顔を見合わせた。
((なんでこいつがまだいるの―!?))
アイリスたちの前では、アランが無表情で朝食を食べている。
(チェルシー伯爵と一緒に帰るんじゃなかったの!?)
アイリスは公爵に目で訴えた。
「ん?何だアイリス。そんな怖い顔をして。もしかしてピーマンでも入ってたか?」
必死の訴えが全く通じない公爵。
「違います!それに、ピーマンぐらい食べれます!」
アイリスは苛ついて言った。
「そ、そうかい…?」
なぜ娘が不機嫌なのか理解できずにうろたえた公爵は、
「ク、クレーヴェル。最近はどんな本を読んでいるんだ?」
と場を和ませようと必死で話を振った。
「そうですね…」
クレーヴェルは静かにほほ笑んでカチャリとナイフを置いた。
「「基礎から始める拷問学」…です。」
にっこりと笑うクレーヴェル。
「そ、そうか~。面白そうな本だなあ。あはは…。」
どうしても人事に思えず、冷や汗を流しながら公爵はぎこちない笑みを浮かべた。
何とも言えない空気が場に流れる。
公爵が気まずそうに咳払いをしたとき、
「アイリス様。」
と言ってアンナが入ってきた。
「ああ、アンナ!おはよう!」
助かったと言わんばかりに公爵は笑顔を向けた。
「旦那様おはようございます。お嬢様、お手紙ですよ。」
「誰からかしら?」
アイリスは渡された手紙を受け取って中を開くと、ぱあっと顔を輝かせた。
「まあ!エドワード様が新しく花が咲いたから見に来るようにですって!」
アイリスがそう言った瞬間、クレーヴェルはものすごい殺気に包まれた。
「ルビーに会う日の前日にお邪魔して、お泊り会でもしようかしら!」
隣の殺気に気づかずに、パタパタと出て行ってしまうアイリス。
アンナも続いて部屋を出ていく。
「…。」
唯一の助けを失った公爵がこわごわクレーヴェルを盗み見ると、クレーヴェルはガタンと立ち上がった。
「父上…僕も少し出かけてきます。」
「あ、ああ。行ってらっしゃい…」
足早に出ていくクレーヴェルを見送った公爵は、ふうと安心したようにため息をつくと、黙々と食べ続けるアランに気づいた。
「朝から騒がしくてすまないね。」
申し訳なく言う公爵に、アランは素っ気なく
「いえ。大丈夫です。」
と言った。
「そ、そうかい…」
またしても気まずい空気が流れる。
「…アイリス様と弟君は仲が良いんですね。」
ふと、アランが口を開いた。
「え、あ、ああそうだろう?アイリスも初めて兄弟ができたから嬉しいんだ。」
公爵が言うと、アランはうつむいたまま、
「嬉しい…か…」
と呟いた。
「お嬢様、殿下へのお手紙を書く前に、そろそろ招待状を一つ選んだほうがよろしいのではないですか?」
自室に戻ったアイリスに、アンナが話しかけた。
アイリスたちは何日かかけて招待状の仕分けをしていたのだが、日が経つにつれて招待状の数はどんどん多くなっていき、アイリスは半ば仕分けを放棄していた。
「ええ~。」
「ええーじゃありませんわ。早めにいくつか絞っておいた方が後々楽ですって。」
アンナは手紙の山を指さして言った。
「でも、絞ってもこんなに残っているじゃない。」
アイリスはうんざりしたように言った。
「日が経てば経つほどお手紙は増えていきますよ。今のうちに一つ選んでしまいましょうよ。」
アンナがそういうと、シーツを整えていたマルタも同調した。
「そうでございますよ。私もお手伝いいたしますので。」
「…わかったわ。」
アイリスはそう言って、手紙の一つを手にした。
「じゃあこれからね。えーっと、スペンサー侯爵家。」
「その家はいけません!あそこの当主はマルス家を目の敵にしておりますもの!」
マルタがすかさず指摘する。
「いったいなぜその招待状を選んだのです?」
呆れて言うマルタに、
「ですが、スペンサー家の茶会は特に人気なのですよ。令嬢たちは必ずと言っていいほどあそこのお茶会に出席したがりますわ。」
アンナが口をとがらせる。
どうやら選んだのはアンナのようだ。
「それは「噂好きでプライドの高い」令嬢たちが、でしょう?お嬢様はそんな方ではないわ。」
マルタはシーツをバサッと広げ、
「ルビー様と仲良くされているお嬢様など、良い話のネタになるとしか思っていないでしょうね。」
ときっぱり言い切った。
「そ、そう?じゃあやめておくわ。」
(本人の目の前でよく言えるなあ…)
アイリスは手紙を屑籠に入れた。
「代わりに、スタンリー子爵家なんてどうですか?ここのお家にはお嬢様と同い年のお嬢様がいらっしゃるのですよ。」
マルタが招待状を一つ抜き取って言った。
「あの「わがまま姫」と悪名高いスタンリー令嬢のことですか?ダメです。」
アンナがバッサリと切り捨てる。
「あら、スタンリー子爵と子爵夫人はとてもお優しい方だと聞くけれど?」
マルタは負けじと言い返した。
「あらあら、その《《優しさ》》のせいで娘のわがままを何でも聞くというのは有名なことですけど?」
アンナはにこやかに言うと、すっくと立ちあがった。
向かい合う二人。
アイリスは二人の間にバチバチと火花を見た。
(あ、やばい)
アイリスがそう思った瞬間、目にもとまらぬ速さで二人はそれぞれ手紙を抜き取った。
「お嬢様!このお家なんていかがです!?」
「いいえお嬢様!こちらの方がよろしゅうございます!」
ものすごい形相で手紙を突き付けてくる二人。
「え!?ええー?わ、わかんないわよー」
アイリスは招待状を押し返すと、
「じゃあ、もうこれにするわ!」
と言って手紙の山に手を入れて一番最初に触れた招待状を引っ張り出した。
「えーっと、フーピテル侯爵家!これでいいでしょ!」
そういって二人に手紙を見せた。
(頼むから喧嘩はやめてー!)
手紙を見た二人は顔を見合わせると、
「とてもいい考えですわ。」
「異議なしです!」
と声を合わせた。
「え、いいの?」
(適当だったのに…)
「ええ。フーピテル侯爵家は家柄も申し分ございませんし、ご令嬢も穏やかな方だと聞きますわ。」
「それに、あそこの花園はとても美しいことで有名なんですよ!」
マルタとアンナは笑顔でそう言い、
「決まりですね。」
と他の手紙を全て箱の中に戻した。
「では、旦那様にはそのようにお伝えいたしましょう。」
「さすがお嬢様です!」
二人はそう言うと、手紙の山を運んで部屋から出て行ってしまった。
「えー…」
アイリスは唖然として二人を見送った。
「案外あっさり決まっちゃったわ…」
アイリスは招待状の中身を見直してみた。
ひとつひとつ丁寧に書かれた文字からは、描いた人物の丁寧な性格が見て取れる。
また、招待状にはほんのり金木犀の香りがついていた。
「アンナはフーピテル家は花園が有名だと言っていたわね…この金木犀もそこにあるのかしら。」
ふふふっとアイリスはワクワクして笑った。
夕方、
アイリスはエドワード王子とフーピテル家への返事を書いていた。
「ふう。」
初めての招待状への返事に、アイリスは緊張して何枚も書き損じてしまった。
「まあ、良く書けたかな」
アイリスは出来上がった手紙を見て、満足そうに微笑んだ。
「机に向かったついでに、フラグメモも書いちゃおう。」
引き出しからノートを取り出して机の上に開き、ペンを持つ。
(アラン様の対策はもう決めてあるけど、念のためね。)
アイリスはノートにメモを記していった。
{フラグ4}
アラン・チェルシー:アイリスの元婚約者
空気の魔法を持ち、多くの魔法を扱える
無表情で人見知り(?)
将来魔法省で働きたいらしい
攻略キャラの一人(関わらないのが一番!)
「こんなもんかな。」
アイリスはそう言ってノートを閉じた。
「それにしても…これから後何人の攻略キャラが出てくるのかしら…」
そう言いながら、アイリスはゆったりとイスに深く座った。
(ずっと机に向かっていたから疲れたな…)
あたたかなオレンジ色の夕日がアイリスを包み込み、さわやかな秋風が頬を撫でていく。
アイリスはゆっくりと息をして、ウトウトと目を閉じた。
「ミホー!」
「あ、しーちゃん!おはよー。」
「この前貸した本どうだった?」
「あーあれね。なんかあれ、途中の巻抜けてたよ。」
「え、まじ!?ごめん!明日持ってくるわ。」
「ありがと。でも中々面白い本だね。」
「でしょー?主人公が仲の悪い兄弟を仲直りさせるとこなんか感動したもん。」
「え、私まだそこまで読んでないよ。」
「あ!これ最終巻の話だった!」
「ちょっとー。何ネタバレしてんのよー。」
「ごめんごめん。ウチとしたことが…」
「でもあの兄弟仲直りするの?別に仲が悪い感じはしなかったけど。」
「それがそうでもなくて、お互い色々あんのよー。」
「そうなの?」
「そうだよー。兄弟姉妹がいるとね、ちょっとしたことですぐ比較されるし。」
「大変なんだね…」
「そうそう。あ、聞いてよ!この前もパパがさ―」
「お嬢様。」
肩をたたかれ、アイリスはうっすらと目を開けた。
「旦那様がお呼びですよ。」
「あ、寝ちゃってた…」
アイリスが起きると、アンナが横に立っていた。
「こんなところで寝るなんて、風邪をひきますよ。」
アンナが開けっ放しの窓を見て言った。
日が沈んだせいで、先ほどよりも冷たい風が吹いていた。
「廊下は寒いですから、こちらを着てください。」
「ありがとう。」
そう言ってアンナが差し出したカーディガンを受け取ると、アイリスは公爵の部屋へと向かった。
「失礼いたします。」
「やあアイリス。これでそろったな。」
アイリスが部屋に入ると、すでに他のメンバーがそろっていた。
「遅くなってしまい申し訳ありません。」
「いえ。私たちも今来たところなので。」
チェルシー伯爵はそう言うと、アイリスに椅子をすすめた。
全員が長テーブルを囲うように座り、机の上にはあの魔法の紙が丸まったまま置かれてあった。
「今お集まりいただいたのは、先日屋敷に帰り調べたところ、あることが分かったためです。」
伯爵はそう切り出すと、魔法の紙を広げた。
「分かった事とは?」
侯爵が聞くと、チェルシー伯爵は紙一杯に書かれた文章の一文を指さした。
「ここです。ここから書き方が変わっているのが分かりますかな?」
確かに、伯爵が指すところより前はいつものクレーヴェルの字なのに対し、そこからはっきりと自体が荒くなっているのが分かる。
「ああ。」
「筆跡のみではありません。ここから先の文章は全て、古代文字で書かれているのです。」
「なんだって!?」
公爵は身を乗り出して、紙をまじまじと見つめた。
「筆跡が荒くて気付きませんでしたが、読んでいるうちにここから先が全く読めないことに気が付きました。おそらく、クレーヴェル殿の様子がおかしくなったのはここからでしょう。」
「た、確かに…」
公爵は驚いたように言うと、
「クレーヴェル、お前、古代文字が書けたのか…?」
と聞いた。
クレーヴェルは自身も混乱しているように首を横に振った。
「そうでしょうな…いや、これは厄介なことになりました…」
伯爵は椅子に掛け直すとそう呟いた。
「どういう意味です?」
「以前お話しした通り、この紙は筆者の魔力を表します。魔力は術者自身の一部ですから、通常であれば術者が使用できる言語で書かれます。しかし、古代文字を知らないクレーヴェル殿がこの文字を書いたとなると…」
伯爵はそう言い淀み、
「術者は古代の呪いをかけた、ということになります。」
と難しい表情をして言った。
アイリスはそれを聞いてハッと顔を上げた。
クレーヴェルも目を大きく見開いてアイリスを見つめている。
「古代魔法」
それは大昔に突如生まれた魔法だと言われ、その魔力に触れた人々はみな強大な魔力を手にし、その力を求めて人々は何世紀もの間激しい争いを繰り返したという。
しかしその後なぜ戦争は終わったのか、なぜ人々は古代魔力を使わなくなったのかについては長い間謎に包まれていた。
「で、でも古代魔法をを使用することは不可能なのでは…」
この世界では、古代魔法を使える者はいないと言われている。
それなのになぜ古代魔法がクレーヴェルにかけられたのだろうか。
「これはあまり大声でいう事は憚れるのですが…。」
伯爵は声を小さくして言うと、ちらりと公爵に目を向けた。
仕方ないと頷く公爵。
「この世界のどこかに、古代魔術を扱うことができる人物が存在しているという事を、魔法省は確信しています。」
伯爵はそう言うと、さらに声を落とし、
「しかし、闇の魔法同様、古代魔法は国を滅ぼしかねないとても危険な魔法のため、国家秘密、いえ、世界規模でタブーとされています。そのため、このことは決して外部に漏らしてはいけません。」
と言った。
「では、魔法省の方々は古代魔法についてはご存じなのですか?」
アイリスは不思議に思って聞いた。
古代魔法など、おとぎ話の中の話だろうと思っていたからだ。
「魔法省の中でも詳しいことを知っているのはごくわずかな人間です。もし一般にそんなことが知られれば世界戦争につながりますからな。」
アイリスは頷きながら、そんなことを子供の私たちに話してもよいのだろうかと疑問に思った。
伯爵はそんなアイリスの気持ちを読み取ったのか、
「今回お話ししたのは例外中の例外です。クレーヴェル殿が古代文字を書かれた以上、こちらとしても事情を説明しなければその先へ進めませんし、それにあなた方も言わないほうが安全だとわかるでしょう。」
と言った。
「古代文字は研究者でも読める者はわずかです。それだけに、クレーヴェル殿がこの文字を書かれたことはとても重要かつ危険なことです。」
「危険とは、どういう事なのですか?」
「魔法省は正確に言うと国の機関じゃない。国王の力が及びにくい分、悪事もバレにくい。実際、国の安全と謳って、古代魔法の力を手に入れようとしているんだ。」
メルキュール公爵がげんなりして言った。
「まあ私も魔法省に属していますが、一介の研究員なのでそこには関わっていません。しかし、クレーヴェル殿が古代文字を書けると知れば、魔法省は何が何でもクレーヴェル殿を手に入れようとするでしょうな。」
公爵はそう言ってため息をついた。
「そ、そんな…!」
アイリスは愕然とした。まさか、クレーヴェルがそんなに危険な状況にいるとは思わなかった。
「どうすれば…」
「しかし、諦めるのは早いです。」
公爵はそう言うと、鞄から何かを取り出した。
「私達には、まだできることがあるのですから。」
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