第四のフラグがやってきたようです
パーティーが無事に終わり、初めての友達もできたアイリスはまた元の日常を送っていた。
しかしその数か月後、突然元婚約者が訪れて…
パーティーから一週間後、アイリスの生活は日常に戻っていた。
午前中は家庭教師の授業を受け、午後は絵を描いたりクレーヴェルと遊んだりと言う平和な日常を送っていた―
(はずなのに…)
アイリスは緊張した面持ちで応接室に座っていた。
(なんっでこの人がいるの!?)
アイリスは平静を装いながらティーカップを持ち上げ、ちらっと目の前の人物を盗み見た。
目の前のソファに腰掛けるのは、黒髪に、凛々しそうな瞳の少年。
アイリスの元婚約者、アラン・チェルシー。
ちなみに攻略キャラ候補の一人だ。
(こんなにイケメンな人が攻略キャラじゃないわけがないわ!今まであったことないから、性格とかわからないけど。)
「…。」
特に何か話そうとするわけでもなくただ黙って座るアランに、アイリスは気まずそうに紅茶をすする。
(うう、こんな時にお父様は何してるのよ!)
話好きな公爵がいればここまで気まずい雰囲気にはならないだろうが、あいにく公爵は今、チェルシー氏と大事な話があると言って別室に移動している。
クレーヴェルを呼びたいところだが、彼も今は剣術の稽古中だ。
「き、今日はいいお天気ですね、アラン様。」
アイリスはこの気まずい雰囲気を脱しようと話しかけた。
「…そうですね。」
しかし、アイリスは今後のために情報収集をしようと色々話しかけてはいるのだが、アランは先程から何を聞いても「はい」「そうですね」の一言しか言わない。
(やっぱり、婚約破棄したこと怒ってるのかな。)
アランはエドワード王子と婚約する前に婚約していた伯爵家の息子だ。
チェルシー家は代々優秀な魔導士の家系として有名で、魔法省でも数々の大きな功績を残している。
(で、でもまだ世間に公表される前に破棄したから、家名に傷はついていないはず…ていうか、いつまで耐えればいいのよ!)
アイリスは先程置いたばかりのカップを持ち上げ、再び口をつけた。
正直気まず過ぎて、先ほどから紅茶など一口も飲めていないが。
(え、何話せばいいの?天気の話…はもうしたし、えーっとあと何か話題は…)
アイリスが一生懸命話題を見つけようとしていると、
「あの…」
アランが不意に口を開いた。
「はいっ。な、なんでしょう?」
急なことに驚いて、アイリスはドレスに紅茶をこぼしてしまった。
「あ、失礼いたしました!ただいま拭く物をお持ちいたしますので…」
アイリスは慌てて席をはずそうとしたが、
「お待ちください。」
アランはそう言って立ち上がり、アイリスのもとに跪いた。
「ア、アラン様?」
アランは何やらぶつぶつと呟き、シミのついたところに手をかざした。
すると、見る見るうちにシミはドレスから離れ、空中で消え去った。
「今の魔法は…?」
アイリスが驚いて言うと、
「水の魔法と、炎の魔法を応用したものです。」
アランは相変わらずの無表情でそう言い、再び席に着いた。
「え、水と火の魔法って…アラン様は魔法が二つもお使いになれるのですか?」
それ以前に、公爵家の魔法をなぜ伯爵家のアランが持っているのだろう。
「僕は、この国にあるすべての魔法を使うことができますので。」
アランは平然とそう言った。
(え、どういうこと?)
アイリスは混乱していた。
本来、一人が持つ魔力は一つ、多くても二つのはずだ。
「全て、と言うと…?」
アイリスが聞くと、アランは静かに持っていたティーカップを置き、
「僕の家系の魔力はご存じですか?」
と言った。
「いいえ…ただ、魔術に優れたお家だとは伺っておりますが…」
アイリスはおずおずと言った。
そう言えば、魔術に優れた家系とは聞いていたが、家系魔力があるとは思わなかった。
「僕の家の魔力は「空気」なのです。」
「空気?」
「正確に言えば、「空気中」と言ったものでしょうか。魔力は空気中に存在していて、それぞれ人によって波長が合う魔力とそうでないものがあるんです。それが一般で言う家系魔力です。アイリス様は水の魔力ですね。」
「つまり、アラン様は空気の魔力と波長が合うと…?」
「はい。そしてその空気中にはほぼすべての魔力が存在しています。そのため、様々な魔力を使うことができるのです。まあ、無理やり空気中から魔力を取り込んでいる形にはなりますので、一つの魔力と波長が合う方より威力は弱くなりますが。」
「そうなのですね。」
アイリスは、この世界にまだまだ知らない魔力があることにワクワクして言った。
「空気の魔法ってことは、風の魔力を持つユラヌス家とメルキュール家が先祖にいるのですか?」
「そのほかにも、様々な家系が合わさったことでチェルシー家は生まれましたので、詳しいことはわかりませんが、恐らくそうと言えるでしょうね。」
アランは魔法のことになると先程とは打って変わって反応が良い。
やはり魔導士の家系ゆえの好奇心だろうか。
「全ての魔力をお使いになられるなんて、すごいですわ。」
アイリスは感心して言った。
「全て、と言っても使えない魔力もありますよ。」
「そうなんですの?」
「はい。王族のみが持つ光の魔力、それと―」
そこでアランは再び黙り込んでしまった。
(…闇の魔力ね。)
魔導士の家の息子なら当然闇の魔力について知っているだろう。
しかし、この世界で闇の魔力は使うことはおろか、話題に出すこともタブーとされ好まれない。
(ということは、今日伯爵が来たのは、闇の魔力について調べるため…か)
公爵の計らいによって、魔法省はクレーヴェルが闇の呪いにかけられていたことは知らない。
しかしだからと言って油断はできないと公爵たちは思ったのだろう。
彼らが今日訪ねてきたのも、恐らくクレーヴェルを確認するためだ。
(それにしても、なぜアラン様も来たのかしら…)
本来ならチェルシー伯爵一人で十分なはずだが、息子を連れてきたということは何らかの意図があるに違いない。
(少し探りを入れてみましょうか。)
「アラン様は、将来は何になりたいのですか?」
アイリスは自然を装って聞いてみた。
「やはり魔法にお詳しいですし、お父上のように魔法省でお働きに?」
すると、アランは一瞬顔を輝かせた…様に見えたが無表情なのでよくわからない。
「ええ。そのつもりです。」
「そうなのですね!ではいつも魔法の研究などをされているのですか?」
「はい。まあ。」
「では、今日はお父上とご一緒に研究をなさるおつもりで?」
アイリスがそう言うと、アランはぴたりと動きを止めた。
(やばっ。気付かれたかな?)
アランはふうと息を吐くと、また元の無機質な表情に戻り、
「アイリス様のご心配されているようなことはしませんよ。」
と言った。
「…弟君のことでしたら、父は誰にも言うつもりはありませんし、それは僕も同じです。」
アイリスはアランの表情を注意深く観察した。
信用していないわけではないが、クレーヴェルに何かあったらと思うと心配になる。
「それならよいのですが…」
アイリスがそう言った時、ガチャリと応接室の扉が開いて、公爵とチェルシー伯爵が入ってきた。
「やあ、長らく待たせてしまってすまないね。アイリスたちも、仲がよさそうでよかったよ。」
(どこをどう見たら、これを仲がよさそうだと思えるんですかっ!)
呑気に笑う公爵を、恨めしそうに睨むアイリス。
「それでは、本題に入ろうか。」
公爵は急に真面目な顔になると、椅子に腰かけた。
チェルシー伯爵もアランの隣に着席する。
「アイリス。クレーヴェルのことなんだが…」
(やっぱり。)
「はい。」
「お前は、季節祭をしっているね?」
(ん?)
思ってもみなかった言葉に、アイリスは公爵を見上げた。
「季節祭…ですか?」
もちろん知っている。
この国の四季の移り変わりを祝う、年に一度の大きな祭りのことだ。
「そうだ。季節祭が、季節の移ろいを祝う大事な日だということはわかるね。では、四季を決めるのは誰だと思う?」
アイリスは首をかしげた。
「それは…自然に移り変わっていくのではないのですか?」
公爵は首を振った。
「いや、四季を変えるのは、私たち「オリジナルズ」なのだよ。」
公爵の言葉に、アイリスは混乱した。
人間が四季を変える、そんなこと、可能なのだろうか。
戸惑うアイリスに、公爵は
「各地に四か所ある祭壇へ行き、オリジナルズが魔石に魔力を込める。そのことで、季節は移り変わっていくんだ。」
と続けた。
「もっとも、これは機密事項と言うわけではないんだがね、国民の間ではちょっとした都市伝説扱いされているんだよ。」
公爵は苦笑いすると、
「まあ、大昔からの風習で続けられてきたから、人為的に季節が変わるなんて、今更誰も信じないだろうがね。」
と言った。
「数か月に一度、オリジナルズの内の二つの家が祭壇へ行って、魔力を込める。それで季節は変わるんだ。」
「ではお父様も毎年なさっているのですか?」
「ああ。年に二回、冬と春だ。他の公爵家との魔力の組み合わせで季節を変えるんだ。」
公爵はそう言うと、近くにあった紙を取って十字線を引き、線の先にそれぞれ春夏秋冬と書いていった。
「今の季節の「秋」はマルス家と風の魔力を持つユラヌス家、秋から「冬」に変えるのがユラヌス家と我がメルキュール家、「春」がメルキュール家と土の魔力を持つクロノス家、そして「夏」がクロノス家とマルス家というように、その役目は循環しているんだ。」
公爵は、線と線の間にオリジナルズの家名を二つずつ書いて言った。
「では次の役目はお父…パパということですか?」
「そうだ。さすがアイリスは呑み込みが早いなあ。」
公爵は頬を緩ませながらそう言った。
(うわあ、ここで親ばかはやめてよ…)
アイリスは顔をしかめると、ちらりとアランの方と見た。
アランは先ほどから表情一つ変えずにアイリスたちのやり取りを見ている。
(相変わらず無表情で何考えてるのかわからないわ…)
「でも、それとクレーヴェルに何の関係があるのです?」
アイリスは不思議に思って聞いた。
「それなんだがね、クレーヴェルは将来メルキュール家を継ぐだろう?そのためには魔法省の審査が必要なんだよ。本当に公爵家を継ぐほどの魔力を持っているのか、そして―」
「闇の魔力を持っていないか、ですね。」
アイリスは公爵の言葉を引き継いで言った。
「ああ。」
「でも、あの子は一度も闇の魔力を使っていませんわ。」
アイリスがそう言うと、公爵はチェルシー伯爵の方を見た。
「それがな…」
「…現在の魔法省の力では、魔力の後をたどることはできても、それが呪いによるものなのか、使用した人物が故意に使ったのかが判別できないのです。」
伯爵は説明した。
「たとえ呪いにかけられていたとしても、体に闇の力が残っていれば問答無用で何かしらの処分がなされます。」
「では…ではクレーヴェルは呪いのせいで、犯罪者扱いということなのですか!」
アイリスは憤慨してそう言った。
(そんなの、冤罪以外の何物でもないじゃない!)
「落ち着きなさい。そう焦ることはない。そのために前回同様、彼らに手伝ってもらうんだ。」
公爵は静かにそう言うと、伯爵とアランの方を向いた。
「もちろん、そのつもりです。」
伯爵はそう言い、アランも頷いた。
「て、手伝うって…?」
「闇の魔力を消すことは非常に困難です。長い年月がかかりますし、完全に消すことは、光の魔力を使わない限りほとんど不可能です。」
「では、光の魔力を持つ方に助けていただければ…」
しかしメルキュール公爵は首を横に振ると、
「光の魔力を持つのは国王以外はいないんだ。それにこんなことを国王に頼むわけにはいかないだろう?」
と言った。
確かに、一人の人間のために王族が協力すれば、王家の体面が脅かされる。
最悪、国全体が危機に陥るかもしれない。
アイリスは何も言えずに黙り込んだ。
「そう心配いただかなくても大丈夫です。アイリス嬢。そのために私共がいるのですから。」
うつむくアイリスに、伯爵は優しく声をかけた。
「時間はかかりますが、弟君の中に残る闇の力を少しずつ消していきましょう。」
「消すとは、一体どうやって…」
アイリスは、不安のまなざしで父親を見つめた。
「それには、お前の協力が必要なのだ。アイリス。」
そう言って公爵は、アイリスの手を握った。
「我々の力で、クレーヴェルを救うんだ。」
そう言う公爵の言葉に、アイリスは力強く頷いた。
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