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初めてのお友達のようです②

ルビーの屋敷にお邪魔しているアイリス。

彼女の秘密の部屋へと案内されたアイリスは、不思議な本を目にして…

「こちらですわ。」


いたずらっぽく笑いながら、ルビーは扉を開けた。


しかし、中に入ると、そこにはルビーが今着ているような古いデザインの服がたくさん掛かっているのみだった。


「?ここがどうかしたの?」


部屋の中を見渡すも、特別面白いものはないように思える。


「この部屋ではなく…」


ルビーが服をかき分けると、壁紙をはがしたような跡の中に、一枚の扉があった。


「扉…?」


「「秘密の扉」ですわ。」


ルビーはまるで宝箱を開けるように、そっと扉を開いた。


アイリスも一緒に入るが、中は真っ暗で何も見えない。


ルビーが部屋のランプに明かりを灯すと、ぼうっと部屋の中が浮かび上がってきた。


「これって…!」


アイリスは思わず目を見開いた。


窓のない狭い部屋には、そこかしこに布やレースなどが置かれていた。

そして隅に設置された小さな机には、古めかしいミシンと裁縫道具が置かれていた。


「私の秘密の部屋です。」


ルビーはテーブルにランプを置くと、はにかみながらそう言った。


「すごい…本当に秘密の部屋って感じね!」


アイリスは興味津々で辺りを見回した。

青い布に埋め尽くされた部屋は、まるで海の中にいるようだった。


「あれ、あのドレスたちは?」


アイリスは壁に掛けられたいくつものドレスを指さした。


「全部私が作ったものなのです。」


ルビーが恥ずかしそうにそう言うと、アイリスは驚きで目を丸くした。


「すごい!あれ全部?」


「はい…好きな服を買うのはお母様が許してくれないので、自分で作ってみようと思って。まだ着たことはないのですが…」


どのドレスも八歳の子供が作ったとは思えないほどの出来栄えだ。


「はい…王都の服屋の方に教えていただきながらですが…」


ルビーが通っている「ユヌ・ケイプ」と言う店のことだろうか。


「すごいわ…」


「あ、あと、この本のおかげでもあります!」


そう言ってルビーは一冊の本を取り出した。


表紙はかなりの年数使われていたのか、大分傷んでいる。

しかし、革表紙の上品な装いをしていた。


「これは?」


「戸棚の後ろに隠してあったんです。この本のおかげで、この秘密の部屋を知ることができたんですの。」


ルビーが表紙をめくると、「ドレスのつくり方」という題名の下に、小さな文字で「秘密の部屋はクローゼットの中央の壁」と書かれていた。


「じゃあここはこの本を持っていた人の部屋だったの?」


「そうみたいです。この裁縫道具たちも元々この部屋にあったものだったので。」


「へえー。じゃあ昔にもルビーみたいにおしゃれが好きだった子がいたのかもね!」


アイリスがそう言うと、ルビーは嬉しそうに、


「はい!もしかしたら会えないかもしれませんが、私この方に一度お会いしたいなと思っていたんです。」


と言った。


アイリスは改めて部屋の中を見回した。

窓もない狭い部屋だけれど、持ち主の愛情が詰まった部屋だと感じる。

少し散らかってはいるが、部屋には埃一つないし、ミシンも長年愛用されていたようだった。


(ルビーはこの部屋が大好きなのね…)


アイリスは幸せそうなルビーを見て思った。


(そうだ!)


「ねえ、ルビー?」


アイリスは良いことを思い付き、ルビーに話し掛けた。


「いかがいたしましたか、アイリス様?」


「ここのドレス、ちょっと着てみない?」


アイリスも提案に、ルビーは非常に驚いた顔をして、


「え!いえ、私のドレスなんてそんな着れるような出来栄えでは…」


と戸惑って言った。


「いいじゃない!いつもお店で買った服ばかりではなくて、自分の作った服を着るのも上達のためよ!」


アイリスは、前世で被覆の先生がよく言っていた言葉を思い出して言った。


(先生、アドバイスありがとう!)


アイリスの言葉に、初めは躊躇していたルビーも、


「では、少しだけ…」


と試着する気になったようだ。


「ファッションショーの始まりね!」


アイリスはにかっと笑った。




「わあ~かわいい!」


青いドレスを身に着けたルビーがクローゼットから出てくると、アイリスは目を輝かせた。


「ほ、本当ですか…?」


おずおずと尋ねるルビーに、アイリスはぶんぶんと首を縦に振った。


「本当よ!特にそのターコイズグリーンの色が、ルビーの髪色にあっていて素敵!」


「アイリス様は色にお詳しいんですね。」


ルビーは感心したように言った。


(まあ、前世では美術部だった、とは言えないし…)


「え、た、たまたま分かっただけよー!それよりも、色のセンスならルビーの方が高いじゃない。髪の色によく合った色を着ているし。」


アイリスがそう言うと、


「私も初めは青色が合うとは思っていなくて、さっきの本を見て知ったんです。」


とルビーはそう言ってほほ笑んだ。


「…そのことだけれど、これを書いた人には心当たりはある?本を見る限りとても高級そうだけど。」


 ルビーの部屋にあったということは、少なからずこの屋敷の関係者の物だろう。

ならば、以前この部屋を使っていた人物ということになる。


「私もそう思って、侍女のみんなに聞いてみたのですが、そんな本は見たことがないというのです。」


ルビーは困ったようにそう言った。


「家族に聞くわけにもいきませんし…」


「そうよねー」


アイリスは大きく伸びをすると、本を手に取りぱらぱらとめくってみた。


「あなたが着替えている間にも読ませてもらったけれど、この本の作者は本当におしゃれが好きだったのね。」


本には、気分によってどんな色の組み合わせにするかや、着なくなったドレスを新品のように作り変える方法などが、事細かにしかも手書きで書かれていた。 


「そうみたいです。なので一度お話してみたいなと思って。」


「それに、作者を見つけられたらもっと色々なこと教えてもらえるものね。」


アイリスたちはその後、どんな人が作者なのかについて長い時間盛り上がった。

それぞれ、かわいい女の子や、かつての使用人、はたまた屈強な騎士までもが案に上がり、アイリスたちは大笑いした。


「あはははは!確かにそう言うのもありかもね!」


「フフ、だとしたらうちで訓練している騎士の方にも聞かないとです。」


「でもこういうのって意外な人だったりするものよねー。」


アイリスたちが楽しそうに話していると、コンコンと部屋をノックする音が聞こえた。


「はい、どうぞ。」


ルビーがそう返事をし、入ってきた人物を見て二人は思わず動きを止めた。


「お、お母様…!」


マルス夫人は驚愕の表情で入り口に立ったまま固まっていた。


「ルビー、何なのですその格好は…!」


気が動転したように夫人は言うと、つかつかとルビーへ近づいた。


「違うんです。これは私が持ってきた服で…」


アイリスは慌てて立ち上がった。


「ルビーと服を交換こしようと言って―」


そう説明しようとすると、


「違うのです。お母様。」


ルビーがおもむろに立ち上がって言った。


「何がです、ルビー。」


夫人はいつにもまして厳しい声で言った。


しかしルビーは臆することなく、


「これは、私が作りました。」


と、まっすぐに夫人の目を見つめて言った。


「あ、あなた、今なんて…」


夫人はわなわなと震えながら言った。


「このドレスは、私が作りました。」


ルビーははっきりとした口調で再び言った。


「あなた…。訓練のない日に屋敷にいないと思ったら、そんなことをしていたのですか!?」


夫人は怒っているというより、焦っているように声を上げた。


「そんな服を着て、マルス家の品位が落ちたらどうするのです!!」


「そんなって…。お母様はおかしいわ!なぜ私は自分の着たい服すらも着ることができないの!」


ルビーは目に涙をためながら訴えた。


「なぜ着たい服を着てはいけないの?なぜ自分の好きなことを、隠さなければならないの!?」


そう言って涙を流すルビーは、今まで我慢していた思いが、堰を切ったようにあふれているようだった。


「全てあなたのためよ!」


夫人はつらそうに顔をゆがめて叫んだ。


「…私の?」


「いつでも伯爵家の名に恥じないように生きなければ、すぐに足元をすくわれます!ただでさえ、我が家は受け入れられていないのですから!」


夫人は扇子で口元を覆うと、ルビーから目をそらした。


「いつも隙を見せず、公爵家として振る舞うこと。それが私たちの役目であり義務なのです。そんな流行りものではない、高潔で洗練された物こそ、公爵家の名に恥じないものなのです。」


まるで自分に言い聞かせているようだと、アイリスは思った。


「話は終わりです。ルビー、今すぐ着替えて、秘密の部屋の物も捨てなさい。」


クローゼットを一瞥し、アイリスたちにくるりと背を向けて部屋から出ようとした。


(…秘密の部屋?)


アイリスは夫人の言葉に違和感を覚えると、


「待ってください。」


と言って夫人を呼び止めた。


「なぜ、公爵夫人が秘密の部屋についてご存じなのですか。」


(ルビーは一度も夫人に「秘密の部屋」については話していない。それなのに、夫人はクローゼットに部屋があることを知っていた。}


あの部屋の名前を知れるのは、本にかかわる人間のみだ。


(つまり…。)


「もしかして、あなたがこの本の作者なのではないですか?」


アイリスはそう言うと、夫人の前に本を掲げた。


その瞬間、夫人は動揺したように目を見開くと、


「な、なぜその本を…!」


と言って、ルビーに詰め寄った。


「なぜこの本をあなたが持っているの!?この本は燃やしたはずじゃ…!」


「燃やした?」


「どういうことです?お母様!」


アイリスとルビーが聞くと、夫人はよろよろとベッドに腰掛けた。


「…ええ。ええそうです。私がこの本の作者ですわ。」


諦めたような、懐かしいような顔をして、夫人は呟いた。


「お母様が…?」


ルビーが驚いて言うと、夫人は力なく頷き、


「そう、あの人、こんなところに隠したの…」


と言って目を抑えた。


「お母様、どういうことですの?」


ルビーとアイリスは顔を見合わせた。

まさか目の前にいる夫人が、本の作者だというのか。


「でもお母様はこういうのはお嫌いじゃ…!」


「ええ、嫌いだわ。でも昔は違ったのよ。…姉が、なくなるまではね。」


夫人はそう言うと、アイリスの持つ本を見つめた。


「アイリス様の言うとおり、作者は私。でもそれと同時に姉でもあります。…私達は服を作るのが好きで、よく一緒に服を作ったものだわ。この本も、いつか二人で出版しようと言って、書き溜めておいたものなのです。」


「お母様と、叔母様が?」


「そう。でもある日、マルス家を嫌う貴族の一人が、姉が服を作っていると知って、それを大勢の前で馬鹿にしたのです。それから噂に尾ひれが付いていって、姉は格好の笑いの的になったわ。ただでさえマルス家は嫌われていましたもの。理由など、なんでもよかったのでしょうね。」


「ひどい…。」


アイリスはぽつりとつぶやいた。


「それからしばらくして、姉は噂を耳にした婚約者に婚約を破棄され命を絶ち、この本は燃やされました。…姉は、まだ十八歳だったのに。」


淡々と話しながらも、夫人はぎゅっと裾を握りしめた。


「姉は優しい人だったもの。誰を責めるでもなく、ただ黙って、じっと耐えていたのです。きっと弱音を吐けば、私たちまで標的にされると思ったのね。」


夫人はそう言って、ふっと笑った。


「皮肉よね。姉のように優しい人ばかりが犠牲になっていくなんて。…だからね、ルビー。あなたには強くなってほしかったの。強ければ、馬鹿にされることもない。姉のようになってほしくなかったのよ…」


そう力なく言う夫人は、いつものように厳しく威厳のある公爵夫人ではなく、家族の死を悲しむ少女の顔をしていた。


ルビーは母親に近づくと、


「お母様。…私のために、ありがとうございます。でも、私は自分の好きなことを諦めたくはないのです。自分の趣味を理解してくださる方に出会えましたから。」


そう言い、アイリスから本を受け取って夫人に差し出した。


「私、この本からたくさんのことを学びました。作者が、いえ、お母様と叔母様の書かれたこの本のおかげで、自分の好きなことをもっと好きになれたんです。ですから、お母様もご自分の気持ちに蓋をなさらないで。」


凛とした姿で言うルビーをみて、夫人は表情を緩めた。


「まさかあなたに、そんなことを言われるなんてね…」


そうしてルビーの差し出す本を受け取ると、懐かしそうに表紙をなでた。


「…今までごめんなさいね。あなたの好きなことを抑えても、強くなれないことは分かっていたのに…」


「いいのです。お母様。私のためになさっていたことは知っていましたから。」


そう言うルビーを、夫人は愛おしそうにぎゅっと抱きしめた。


「…姉様にそっくりね。」


夫人は小さくそう呟いた。


そしてしばらくしてからアイリスに向き直り、


「アイリス様、お見苦しいところを申し訳ありません。」


と言って頭を下げた。


「い、いえ。こちらも過ぎた真似を…」


アイリスが慌てて言うと、


「いえ、きっとこの子も、アイリス様に出会えてこんなに変われたのだと思いますわ。本当に、ありがとうございます。」


と夫人は優しく微笑んだ。


「お母様…」


「あら、もうこんな時間になってしまったのですね。アイリス様、お引止めしてしまい申しわけございません。ただいまお見送りをいたしますので…」


夫人は涙を見られないように急いで言うと、パタパタと部屋から出て言ってしまった。


外では空が赤く染まりかけていた。


「―本当だわ。時間が経つのって早いのね。」


アイリスはルビーに貸していたドレスを受け取ると、荷物をまとめた。


「今日はありがとう。楽しかったわ。」


アイリスがそう言うと、


「私も、とても楽しかったです。」


ルビーはにっこりと笑ってそう言った。


「それじゃあ、またね。」


「あ、あのっ。アイリス様!」


「なあに?」


ルビーは部屋を後にしようとしたアイリスを呼び止めた。


「…また、遊びに来ていただけますか?」


顔を赤くしそう言うルビーに、アイリスは力強く、


「もちろんよ!」


と言って笑った。




その夜、自室に戻ったルビーは、母親と叔母が書いた本を読んでいた。


きれいな字体で書かれたメモや挿絵からは、読む人が理解しやすいようにと思う、書き手の配慮が読み取れた。


 ルビーは、楽しそうに笑いながらこの本を書く母親と、自分が生まれるずっと前に亡くなった叔母の姿を想像し、服を作る自分と、その横でそれを目を輝かせながら見つめるアイリスを重ねた。


(アイリス様のおかげで、二歩目が踏み出せました。)


ルビーはぱたんと本を閉じ、暖炉の火を見つめた。


ちらちらと揺れる赤い炎は、まるでルビーの美しい赤毛のようだった。


〈炎さん?〉


王宮で出会った時の、アイリスの言葉が思い出される。


(あの時、一歩を踏み出せてよかった。アイリス様とまた出会えましたもの。)


「…アイリス様には、魔法の炎の正体はまだ内緒にしておきましょう。」


ちょんと炎をつつき、ルビーはフフッと微笑んだ。




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