初めてのお友達のようです
王都からの帰り道、貸したドレスを取りにアイリスたちはルビーの屋敷へ向かっていた。
部屋へと案内されたアイリスは、ルビーが何か隠しているように思えて…
ガタガタガタガタ…
「お嬢様、なんだか楽しそうですわね。」
王宮からの帰り、アイリスたちはルビーに貸したドレスを取りに行くため、馬車に乗っていた。
「もちろんよ!王宮以外で誰かのお家にお邪魔するのは初めてだもの!」
アイリスはウキウキしながら言った。
「お友達になれるかもしれないし!」
「それはそうですが…」
マルタは言い淀んだ。
「どうしたの?」
「…あの家系は、公爵家の中で最も敵が多いと言われております。いまだにマルス家が公爵家だということに反感を持っている方も多いですし…」
マルタは憚りながらもそう言った。
「なんで?マルス家はいつも国のために戦ってくれてるじゃない。戦争でもマルス家なしでは勝てないと聞いたわよ?」
「だからこそなのです、お嬢様。戦場で共に戦った兵士たちは皆口をそろえてマルス家の方々を「戦うのを楽しんでいるようだった」と言っております。そのため他の貴族の方はマルス家を野蛮だというのです。」
マルタはアイリスを心配するように言った。
貴族の中であまり受け入れられていないマルス家と仲良くすることで、アイリスも非難の的とはなってほしくないと思ったのだろう。
しかしアイリスは
「マルタったら心配性ね。私はたかがそれくらいの批判じゃめげないわよ?」
と、ころころと笑った。
(実際、もう嫌がらせはされたしね。)
「ですが…」
「心配してくれてありがとう。でも、初めて友達になれるチャンスをそんなくだらない噂で無下にはできないわ。」
そう話すアイリスの表情を見て、マルタも納得したようだ。
「…かしこまりました。それでは、お嬢様の幸運を祈っておりますね。」
「ありがとう。」
アイリスはそう言うと、ワクワクした気持ちを落ち着かせるように姿勢を正した。
「メルキュール公爵令嬢。ようこそお越しくださいました。」
クレーヴェルと共にマルス家の屋敷に着くと、使用人が出迎えてくれた。
「旦那様と奥様がお待ちです。どうぞ、こちらへ。」
案内された部屋へ行くと、マルス公爵と公爵夫人が待っていた。
「初めまして。アイリス・ロ・メルキュールでございます。本日は急な訪問をお許しいただきありがとうございます。」
「弟のクレーヴェルです。」
入り口でそう挨拶をすると、
「やあ、よく来てくれたね!アイリス嬢、クレーヴェル君!」
公爵が立ち上がって両手を広げて出迎えようとすると、夫人がそれをとどめ、
「ようこそお越しくださいました。ただいまルビーが参りますので。」
と静かに言うと、アイリスたちに席を進めた。
二人が座ると、公爵は嬉しそうに
「いやあ。我が家に客人が来るのは本当に久しぶりだなあ!」
とそわそわして言った。
「ア、アハハ…」
なんとなく気まずい気持ちになる二人。
夫人は横で無表情のまま椅子に腰かけている。
(うわあ。気まず…)
中々誰も話し出さず、早くルビーが来ないかとアイリスが思った時、夫人が不意に口を開いた。
「アイリス様。」
「は、はい!」
いきなり話しかけられ、思わず変な声で返事をしてしまう。
「…パーティーの時、ルビーに何か言われましたか?」
一瞬、ルビーがこっそり王都に行っている事かと思ったが、ルビーが内緒にしておきたいのならわざわざアイリスが言う必要もないだろう。
「いいえ。なにも聞いていませんわ。」
アイリスがそう答えると、夫人は何かを考えるようなそぶりを見せ、
「そうですか。」
と言って再び黙り込んでしまった。
公爵も余計なことを言わないようにしているのか、なんだか気まずそうに黙っている。
重い雰囲気の中、アイリスがクレーヴェルと顔を見合わせたその時、とんとんとドアがノックされ、ルビーが部屋に入ってきた。
パーティーの時もそうだったが、この家では女性らしい服装を禁じられているのだろうか。
ルビーは時代遅れの古めかしい服装で現れた。
「アイリス様。お待たせいたしました。」
「ルビー!」
(ああよかった!)
アイリスはこの重たい雰囲気から早く抜け出そうと、ルビーのもとへ駆け寄った。
「アイリス様。ドレスは私の部屋にありますので、ついでにお茶などいかがですか?」
ルビーはアイリスと話したそうにちらりと見た。
「もちろん!喜んで。」
アイリスがその気持ちを読み取ってそう言うと、ルビーはぱあっと顔を輝かせた。
「では早速いきましょう。」
ルビーがそう言い、アイリスが「失礼します」と部屋を出ようとしたとき、
「ルビー。」
と夫人が声をかけた。
「…はい、お母様。」
ルビーはおびえたような顔で夫人の方を向いた。
「もっと淑女らしく振る舞いなさい。あと、くれぐれもお客様のご迷惑にならないように。」
夫人は厳しい顔でそれだけ言うと、静かにティーカップを持ち上げた。
「…ごめんなさい。お母様。」
ルビーは先程までの笑顔が嘘のようにしおらしくなってそう言うと、アイリスのために扉を開けた。
「あ、ありがと…」
(別にあそこまで言わなくても…)
アイリスは部屋から出るとき夫人をちらりと盗み見た。
すると、紅茶をすする夫人と目が合ってしまった。
見るものを威圧するような厳しい目線に、アイリスは怖くなって目を背けた。
(なんだか怖い人だなあ…)
アイリスは背中に夫人の視線を感じつつ、部屋を後にした。
部屋へと向かう途中、ルビーは少し落ち込んでいるようだった。
アイリスたちの目の前で夫人に注意されたからだろうか。
「ルビー、大丈夫?」
心配にあったアイリスが声をかけると、ルビーはハッとして顔を上げ、
「え、ええ!大丈夫ですわ。」
と無理やり笑顔になった。
「その、お母様のことは気にしないでください。誰にでもああなのです。」
やはり夫人の態度を心配していたようだ。
「全然気にしてないわ。うちのマルタもマルス夫人くらい怖いもの。」
(「私は怖くありません!」)
アイリスの頭の中のマルタが文句を言う。
「そうなのですか?」
「そりゃあもう!今にも火を噴きそうなくらいにね。」
頭の中でマルタが火を噴く様子を思い描き、二人は思わず噴き出した。
「ふふふ。それはお母様より怖いかもしれません。」
ルビーはそう笑うと、
「でも、火を噴くなら私の家系の方がきっと得意ですわ。」
と明るい顔で言った。
「たしかにそうね。マルス家は火の魔力を持っているのだものね。」
マルス家が公爵家の地位を持っているのも、オリジナルズの内の一つであるこの魔力が理由でもある。
「はい。アイリス様は水の魔力でしたよね。」
「ええ。でも弟やお父様よりは強くないのよ。」
アイリスがそう言ってため息をつくと、
「私も初めはそうだったのですが、練習をするうちに強くなっていきましたわ。」
とルビーが言った。
「練習すれば魔力が上がるの?」
アイリスは顔を輝かせて言った。
誰よりも強い魔力を持っていれば、バッドエンドを迎えた時に役立つかもしれない。
「はい。でも、練習方法と言っても様々なものがあるのです。」
ルビーはそう言うと、中庭を指さした。
アイリスが顔を向けると、カカシや木の板などで作られた様々な形の的が、あちこちに置かれていた。
「例えば、あちらにあるような道具を使って練習し、実践を積んでいくのです。私はそれで力をつけましたわ。」
ルビーはそう言って、一つの的に向かって人差し指を向けた。
その瞬間、ルビーの指から出た炎の玉が的を焼き尽くした。
「うわあ、すごい…」
その威力と正確さにアイリスは驚いて言った。
「これは剣などの訓練と併用することで、より力がアップするんです。」
ルビーは振り返るとにこりと笑った。
「他にはどんなやり方があるの?」
「そうですね…魔力そのものの質を上げる、と言った意味ですと、魔力の根源に触れるという方法もありますわ。」
「魔力の根源って?」
「私の場合だと、炎。アイリス様ですと、水ということです。」
そう言うと、ルビーは近くの枝を折って火をつけた。そして自身の指を燃えている枝に近づけた。
「危ない!」
アイリスは思わず叫んだが、ルビーは熱さを感じていないかのように炎を指でつついた。
「大丈夫ですわ。炎の魔力を持っている人間は火に強いんです。」
ルビーはそう言うと、ふっと火を消した。
「このように、魔力の根源となるものに触れることで、自身の魔力の質を上げるのです。」
「へえ~じゃあ、ルビーは火に触れることで、私は水に触れることで魔力が高まるの?」
「魔力そのものが上がるわけではないのですが、質を上げるのには効果的ですわ。」
「魔力を上げることと、質を上げること、何が違うの?」
アイリスがそう聞くと、ルビーはうーんと考えた後、
「こちらへ。」
と言って中庭の方へ歩き出した。
アイリスが付いて行くと、中庭の真ん中に濁った水たまりがあった。
「水たまり?」
不思議そうに首をかしげるアイリスに、ルビーは、
「はい。魔力の質を上げることは、大きく言ってしまえば、水たまりをきれいにするようなものなのです。」
と言った。
「質が上がれば上がるほど、水たまりは澄んでいきます。でも、水たまり自体の大きさや水の量は変わらないのですわ。」
「なるほどね。」
ルビーの分かりやすい説明にアイリスは納得して頷いた。
「ルビーの説明のおかげで分かったわ。ありがとう!」
アイリスが笑顔で言うと、
「そんな…光栄ですわ。」
と言ってルビーは頬を赤らめた。
(えー赤くなってる。かわいい!)
アイリスはほのぼのとした気持ちでルビーを見つめた。
「…あの、アイリス様…?」
アイリスの視線に気づいたルビーが不思議そうに声をかける。
「ん?ああ、なんでもないわ!さあ行きましょう!」
(危ない危ない。変態だと思われるところだったわ。)
アイリスが慌ててごまかすと、ルビーはクスリと笑って、
「はい。」
と言いい、二人はルビーの部屋へと向かった。
「わあー!きれいなお部屋ね!」
ルビーの部屋に着くと、アイリスはその部屋のデザインに驚いて言った。
どの調度品もアンティーク物なのに、隅々まで磨かれていて年代を感じさせない。
さらにカーテンの布地やカーペットの柄には統一感があり、部屋全体の雰囲気をまとめ上げている。
「とっても素敵!私こういうお部屋にあこがれていたの!」
アイリスは興奮したように言うと、部屋の中をよく見ようと近くへ寄った。
「ほ、本当ですか?」
ルビーが恐る恐ると言ったように聞いた。
「ええ!こんなに上品な部屋なんて羨ましいわ。」
アイリスはそう言うと、カーテンに顔を近づけた。
ベージュの布地に、茶色や緑の糸で草花の刺繍が施されている。
一見古臭いようにも見えるが、周りの家具の色と相まって、部屋になじんでいた。
「あれ、ルビーは自分で布を買っていたんじゃなかった?」
ふと王都の布屋で聞いた話を思い出してアイリスは聞いた。
布屋の店主の話では、ルビーは青系統の布ばかり買っていたらしいが、この部屋には青色をしたものは一切置かれていない。
王都の裏通りにある布屋はあの一軒しかないし、ましてお忍びで訪れるルビーは表通りの店など尋ねないだろう。
「ルビーは青い布ばかり買うと店主が言っていたわよ?」
するとルビーはフフッと笑った。
「…ルビー?」
ルビーの何か企んでいるような顔を見て不思議そうに言うアイリスに、ルビーはシーっと指を口に当て、
「こちらですわ。」
と隣の部屋を開けた。
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