パーティー本番のようです 夜の部②
パーティー中令嬢に囲まれたレオン王子を助け出したアイリス。
二人きりになった時、レオン王子は何か伝えたいようで…
アイリスはレオン王子と向き合いながら、緊張した面持ちで次の言葉を待った。
(うわあ、もしかしてこれは告白イベント!?私が変に介入しちゃったから筋書きが変わったのかな?)
まさに今、告白されそうな状況に焦るアイリス。
(どうしよう。婚約者がいながら告白されるとかバッドエンドに近づいていってるだけじゃん!え、話を逸らす?聞かなかったふりをするとか?ええーどうしよう!)
アイリスはパニックに陥っていた。
「お前は俺の―!」
(そこから先は言っちゃダメー!)
「お前は俺の、ライバルだ!」
修羅場を覚悟したアイリスに、レオン王子は高らかに宣言した。
「え、ライバル?」
予想外の宣言にぽかんとするアイリス。
「そうだ!この俺のライバルになれるなんて光栄に思えよ!」
得意げに胸を張り、レオン王子はそう言った。
(よかった~!告白じゃなかった―!)
「はああー」
アイリスは安堵に思わずため息をついた。
「ん?なんだ、俺のライバルじゃ嫌なのか?」
王子が不機嫌そうに言うと、アイリスは慌てて、
「いえ、そうではなく、えーっと、殿下がライバルで何ていうかその、て、手ごわいなーと思って…」
とごまかした。
するとレオン王子はその言葉に満足げに頷いた。
「そうだろうな!俺に勝てるわけない!」
そう言うと、レオン王子はテラスの扉を開け、
「兄上は誰にも渡さないからな!あと、「殿下」は堅苦しいからやめろ!」
ビシッとアイリスを指さして会場へと戻っていってしまった。
「り、了解しました~…」
一人テラスに置いて行かれたアイリスは、ぼそりと呟いた。
(はあー焦ったー。攻略キャラだけにこんな宣言までもが全部イベントに見えるわ…)
アイリスは安心しながらも、先ほどの出来事でここが乙女ゲームの世界だと再認識させられたことにため息をついた。
(所詮はシナリオ通りの世界…か。)
目の前に広がる景色や、大好きな家族はどれも本物のはずなのに、それがゲームの一部に過ぎないと思うと、なんだかむなしかった。
「ダメダメ!パーティーの日にこんな悲しい気持ちは似合わないわ!」
アイリスはそう思って、自分の頬を両手で軽くたたいた。
「よし!」
アイリスはテラスから出ると、会場へ向かった。
(悲しい気持ちの時は、甘いものが一番!)
王都のパティシエが作ったスイーツを求めて、アイリスは会場への廊下を進んでいった。
その時、角から出てきた人にぶつかり、アイリスはバタンと転んでしまった。
「あ!」
起き上がって見ると、それはレオン王子を取り巻いていた令嬢の一人だった。
「ごめんなさい、気が付かなくて…」
しかし、その令嬢はアイリスに謝りもせずにスタスタとどこかへ行ってしまった。
(もう、失礼な子ね!)
ドレスを確認すると、裾が少し汚れてしまったようだ。
(あちゃ~休憩室に行って汚れを落とさなきゃ。)
アイリスはそう思い、女性用の休憩室へと向かった。
休憩室に入ると、幸い中には誰もいなかった。
「ラッキー。誰にも見られずに済むわ!」
アイリスはハンカチを水でぬらすと、ドレスの汚れを落とした。
「…これで良し。さあ、スイーツ食べに行こうっと!」
アイリスは意気揚々と休憩室の扉に手をかけた。
が、いくらドアノブを回しても扉は開かない。
「え!な、なんで?」
ガチャガチャと取っ手を回すアイリス。
どうやら、閉じ込められてしまったらしい。
扉の向こうから、くすくすと笑い声が聞こえてくる。
「クスクス…王子殿下に近づこうとするからよ。」
「ここでしばらくおとなしくしているといいわ。」
声からして、恐らく先ほどの令嬢たちだろう。
(やられたわ…)
アイリスはドアノブを回すのを辞めると、あきらめたと思ったのか令嬢たちは満足そうに笑いながら去っていった。
(私が出れないと思っているのね。)
アイリスはにやりと笑うと、部屋の窓を開けた。
(残念だったわね!閉じ込められるのは、もう経験済みなのよ!)
前回レオン王子に閉じ込められた経験があるアイリスにとって、窓越えなどお安い御用だ。
アイリスは軽々と窓から出ると、庭を回って会場に戻ることにした。
(レオン王子に感謝ねー。)
自分が会場に現れたら、あの令嬢たちはどんな顔をするだろうとワクワクしながら庭を歩いていると、どこかの部屋から話し声が聞こえてきた。
(またあの子達かしら…ちょっと出ていって脅かしてあげましょう。)
そう思ってアイリスが窓辺に近づくと、どうやら話しているのは大人の女性のようだ。
「―なぜ今回のパーティーを準備したのが我が家ではないんです!?」
女性の怒った声と共に、ガシャンと何かが割れる音がする。
すると男性の困ったような声が聞こえてきた。
「いえ、初めは旦那様がパーティーの準備を仰せつかっていたそうなのですが、どうやら殿下が途中で考えを変えられたようでして…」
「そこを何とかするのがあなたの役目でしょう!?うちは男爵家なんだから、そうでもしないと王宮に入れないのよ!」
「も、申し訳ございません…ですが奥様…」
しかし女性は聞く耳を持たず、
「もういいわ!でていきなさい!」
と、男性に命令した。
(うわ、怖…)
あまりの剣幕に、アイリスはつられて首をすくめた。
「し、失礼いたします…」
男性が出ていくと、急に女性は優しい声になり、
「ごめんねぇ。うちの執事があんなに無能だから、嫌な気持ちをさせてしまったわね。」
と言った。
どうやら、部屋にはもう一人いるらしい。
「いいえ、お母さま。お気遣いありがとうございます。」
かわいらしい声から察するに、もう一人の声の主は女の子のようだ。
「さ、さあ!パーティーに戻りましょ!今日のために新しいドレスも買ったじゃない!」
「お母さま」と呼ばれた女性は、少女の機嫌を取るような口調でそう話しかけた。
「いいえ。私は気分が悪いので、あとで行きますわ。」
「あら…そうなの?ではまたあとでね…」
少女がそう言うと、女性はしぶしぶ部屋から出ていった。
(私がデザインを頼まれる前に、パーティーの準備をする予定のお家だったのね…)
アイリスはなんだか申し訳ない気持ちになった。
王家主催のパーティーを準備することは、普段王宮に入ることのできない家柄の貴族にとって、またとない出世のチャンスなのだろう。
きっと、エドワード王子もそれを知っていてアイリスに依頼したに違いない。
(はあ、嫌なこと聞いちゃったな。)
アイリスは、貴族社会の厳しさを目の当たりにして落ち込んだ気持ちになった。
(早く甘いもの食べに行こ…)
そう思って窓から離れようとした時、先ほどの少女が口を開いた。
「ったく…あの人も使えないわね。」
さっきの穏やかそうな声と打って変わってとげとげしい口調に、アイリスは驚いて動きを止めた。
「せっかく王子様と出会う場面が台無しだわ…」
かわいらしい声で文句を言う少女は、不機嫌そうに机をたたいた。
(ええー!何この子怖っ!)
少女の変貌ぶりに驚きながらも、アイリスはその場から動けずにいた。
「なんで未来が変わってるの…?こんなこと、原作にはなにも―」
(原作?)
もっとよく聞こうとアイリスが身を乗り出した時、手が近くの枝に当たった。
パキっと乾いた音がして、枝が折れる。
「誰かいるの?」
(マズイ!)
少女がこちらに近づいてくる音がする。
アイリスは慌てて身をひるがえすと、近くの生垣に身を隠した。
少女は窓を開け、辺りの様子をうかがっているようだったが、しばらくするとカーテンを閉める音が聞こえてきた。
(ふう。危なかったー。)
アイリスは周りを見渡しながらそっと生垣から出ると、今度こそまっすぐ会場へと向かった。
「クレーヴェル!」
アイリスはダンスホールにつくと、すぐにクレーヴェルのもとへ向かった。
「姉さん!やっと来たんだね!」
アイリスに気づいたクレーヴェルは満面の笑みになった。
(はあ、かわいい…)
その笑顔に、先ほどまでのもやもやとした気持ちが消え去っていく。
「ごめんなさいね。ちょっと色々あって…」
「大丈夫?どこかで休もうか?」
アイリスがそう言うと、クレーヴェルは心配そうに顔をのぞいた。
「いいのよ。せっかくのパーティーを楽しまなきゃ。」
「そんなこと言って、本当はお菓子目的でしょ?」
「そ、そんなことないわよ!」
鋭く指摘され、アイリスはしどろもどろになって言った。
「やっぱり…」
クレーヴェルは小さくため息をつくと、
「まあいいよ。僕もちょっと気になってるし。」
と言い、アイリスの手を取ってスイーツの並べられたテーブルへと向かった。
「本当?ありがとうクレーヴェル!」
アイリスはうれしさに心を躍らせた。
「そうだ。お菓子を取ったら、どこか他のところに行こうよ。」
クレーヴェルがスイーツを取りながらそう言うと、アイリスはすでに皿一杯にお菓子を乗せ終えていた。
「姉さん…そんなに持っていくの?」
呆れて言うクレーヴェルに、
「もちろんよ!これでもだいぶ我慢したほうだわ。さあ、二階に行きましょ!」
と満足げにアイリスは言った。
「あ、うん。」
二階へと向かう途中、アイリスはあの令嬢たちと出くわした。
アイリスの姿を見て、彼女たちはまるで幽霊でも見たような顔をして固まっていた。
(ふふん。高校生をなめるからよ!)
アイリスはすました顔で彼女たちの横をさっそうと通り過ぎた。
「姉さん、もしかして遅れた理由って…」
令嬢たちの表情を見たクレーヴェルはアイリスに耳打ちしたが、
「まあ、色々よ。」
アイリスはかまわずにそう言うと、いたずらっ子のように微笑んだ。
「はあー。ここは静かでいいわねー。」
二階にあるテラスに着くと、アイリスはそのままソファに身を投げ出した。
「やっぱりヒールって痛いのね。」
そう言って靴を脱ぎだすアイリスに、
「ちょ、ちょっと姉さん。誰かに見られたらどうするの!」
と焦った口調でクレーヴェルが言った。
「大丈夫よ。みんなパーティーに夢中でこっちには来ないから。」
クレーヴェルにかまわず両足の靴を脱ぎ捨てると、アイリスは持ってきたクッキーを一口かじった。
「んー!おいしい!」
おいしさに頬を緩ませていると、
「それはよかったです。」
と言って、エドワード王子とレオン王子がテラスに現れた。
「エ、エドワード様!」
慌てて靴を履こうとするアイリスに、クレーヴェルが言わんこっちゃないと頭を抱える。
「そのままでいいですよ。あなたが靴を履いていないのを見るのは今日が初めてではないですし。」
エドワード王子は片手をあげてそれを制すると、アイリスの横に腰掛けた。
「せっかく、姉さんに悪い虫がつく前に離れようと思ったのに…」
残念そうに小さく呟くクレーヴェルに、
「何か言いましたか?」
と言って、王子が微笑んだ。
「いえ、何でもないですよ。」
クレーヴェルも同じように笑ってそう言い返した時、大きな音と共に、いくつもの花火が打ちあがった。
「わあ、きれい…」
この世界に来て初めての花火を見て、アイリスはうっとりして言った。
「あれは魔法の花火ですか?」
心なしか前世の花火より輝いて見える花火に、アイリスはエドワード王子にそう尋ねた。
「はい。あの花火には父と母の魔力が込められているのです。」
「そうなんですね…」
色とりどりで華やかに輝きながらも、どこか優しい光を放つ花火からは、二人の息子の誕生を祝う国王と皇后の愛が感じられた。
「…アイリス。今回は素晴らしいパーティーをありがとうございました。とても素敵なパーティーでした。」
ふいに王子が話しかけてきた。
「準備の段階からこんなにも楽しみなパーティーは初めてでしたから。レオンも、とても楽しみにしていたんですよ。」
王子とアイリスはレオン王子を振り返った。
しかし周りの音の方が大きく、花火に夢中のレオン王子には聞こえていないようだった。
「お褒めに預かり光栄です。」
今日まで一生懸命準備してきたものを喜んでもらえて、アイリスはこれ以上ないくらい嬉しかった。
王子はアイリスの顔を見て微笑むと、花火の方に視線を戻した。
まばゆい光に照らされた王子は彫刻のように完璧に整いながらも、嬉しそうに頬を染めながら花火に見入る姿は、彫刻よりもはるかに美しかった。
「エドワード様。」
アイリスがそう呼びかけると、王子はアイリスに顔を向けた。
青空のような青い瞳が、アイリスを静かに見つめる。
「お誕生日、おめでとうございます。遅くなってごめんなさい。」
アイリスは、朝から色々あって言えなかった言葉を、ようやくしっかりと伝えることができた。
すると王子は嬉しそうに顔を輝かせ、
「ありがとうございます。」
と言って笑った。
そうして、王家主催の誕生日パーティーは無事に幕を閉じたのだった。
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