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パーティー前のハプニングのようです

パーティーの準備が順調に整い、残すところあと二日に迫った。

しかし本番前にはいくつもの課題が残っていて…

王都に着いてからの一か月は、怒涛のように過ぎていった。


パーティーを行う城内を回るだけでも四日はかかり、さらにそこから構想を練ったり、飾りつけに必要なものをそろえるのに三週間以上かかった。


 アイリスは毎日くたくたになって準備を進めたが、自分の頭の中で思い描いたデザインが形になっていくのは面白く楽しかった。

それに、初めはすぐ屋敷に帰そうと思っていたクレーヴェルは、非常に言い助手となって働いてくれたし、アンナやマルタにアドバイスをもらうことでより作業がはかどった。


 そして今日はパーティー二日前、最終確認日だ。

エドワード王子とレオン王子が、出来上がった会場を見て回っている。

エドワード王子はアイリスの好きなようにセッティングしていいと言ってくれていたし、この一か月の間何度も様子を見に来てくれていたため、今回が初お披露目ではないけれど。


「どうでしょうか…?」


「―なるほど、昼の部と夜の部でテーマを分けたのですね。」


ドキドキしながら訪ねるアイリスに、エドワード王子は言った。


今アイリスたちがいるのは城の庭だ。

広大な敷地の中でも城から近く、かつ辺りを木々が囲うような場所を選んだ。


「はい。ここは昼の会場となります。海の中をテーマにしていますわ。」


 最初にアイリスが屋外を会場にすると言った時、課題となったのが天候のことだった。

最近晴れが続いているとはいえ、いつ雨が降るかはわからない。

そこで、当日雨が降っても楽しめるようなコンセプトにしたいと、会場全体に水の膜を張り、雨を防ぎつつ海の世界を再現しようとしたのだ。


「この水の魔力はすごいですね…これは公爵様が?」


「はい。お父様と、クレーヴェル、私も少し手伝いました。」


恥ずかしそうに言うアイリスに、


「アイリスはすごいですね。」


エドワード王子が微笑んだ。


「僕も手伝いましたけどね。」


クレーヴェルがぼそりと呟いた。


「何か言いましたか、クレーヴェル?」


「いいえ別に。」


二人が微笑みながら向かいあう中、隣でレオン王子はふてくされて言った。


「ふん。これくらいのことは俺だってできる!」


この前仲良くなれたものだと思ったが、彼はまたアイリスを敵視していた。


「レオンの魔力は風ですから、これはアイリスにしかできませんよ。」


「僕も手伝いましたが。そうですね。これは姉さんにしかできません。」


エドワード王子とクレーヴェルがすぐに反論する。


「う、なんだよ二人して…」


二人から同時に言われて、返す言葉が出ないレオン王子。


「まあまあ。エドワード様、レオン王子。どこか気になるところなどございますか?」


二人をなだめながらアイリスは聞いた。


「欠点などございませんよ。どれも素晴らしいです。」


「お、俺はあるぞ!」


とレオン王子は勢いよく言ったが特に指摘するところがなく、王子は慌てて辺りを見回すと、目についたテーブルの飾りを指さした。


「あ、あれだ!あのテーブル、白くてなんか地味だ!」


アイリスはレオン王子が指さす方を見た。


 寒色が流行っていると聞いていたためテーブルのかざりは全て白で統一していたが、成程、言われてみれば少し閑散として見える。


「確かにそうですわね…パーティーにしては地味かもしれません。」


「え?」


思わぬ反応に、レオン王子は思わず聞き返してしまう。


「ではクロスは白のままでいいとして、飾りを変えましょうか…そうだわ!中央にオブジェを置いてその周りを水辺の植物で飾り付けて…」


ぶつぶつと一人で考え込むアイリスに、ぽかんとした顔で見つめるレオン王子の肩をエドワード王子がポンとたたいた。


「アイリスには敵いませんよ。」


そう言って首を振る兄の言葉に、レオン王子はぐっと奥歯を噛みしめた。






「こちらが夜の会場ですわ。」


続いてアイリスたちが向かったのは、夜の部の会場となるダンスホールだ。


 純白の大理石が輝くダンスホールの飾りは、藍色やネイビーブルーといったベルベットで統一され、昼の部よりも重厚感のある落ち着いた空間になっていた。


「こちらは少し暗めの雰囲気なのですね。」


「今はまだ明るいのでそう思われるかもしれませんが、夜になればより美しくなりますわ。」


アイリスは天井を見上げて言った。


アーチ状の天井からは無数の球体が下げられている。


「あれは…ガラスですか?」


「はい。一つ一つが光を発するようにしていて、吊り下げている糸やビーズも光を反射するので、暗くなったらきれいですよ。」


アイリスは顔を上に向けたまま笑った。

こうやって下から見ていると、中央のシャンデリアに負けているが、当日はシャンデリアにも負けず劣らず美しい光を発するだろう。


「なるほど。星を再現する、ということですね。」


「そう言うことです。」


「俺は圧迫感を感じるけどなあ。」


先程のリベンジと言わんばかりにレオン王子が言った。


「圧迫感、と言いますと?」


「青ばっかでつまんないってことだよ。」


アラン王子は鼻で笑った。


「しかしアラン、今回のテーマは青なんですよ?」


エドワード王子が困ったように言った。


「でも外も中も青ばっかで息苦しいよ。」


しかし、なおもレオン王子は食い下がる。


「そうですね…このホールは広いとはいえ、カーテンや飾りに少し青を入れすぎたでしょうか…困りました…」


 今からこれらの物を変えるとなると時間が足りない。かといって、そう指摘されるとなんだかもやもやした気持ちが残る。


悩むアイリスを見て、王子はしてやったりと言う顔をした。


「ほらな。やっぱり俺が正しいんだ。」


 アイリスは、改めて屋敷で書いたイメージ図を取り出した。

この一か月間で、スケッチブックはほとんどデザイン案で埋め尽くされていた。


何かいい案はないかと、スケッチブックをめくっていると、中から一枚の絵がはらりと床に落ちた。


「姉さん、これ落としたよ。」


「あら、ありがとう。」


クレーヴェルが拾った絵を見て、アイリスははたと動きを止めた。


それは、アイリスが屋敷で描いたルリビタキの絵だった。


「…どうしたの姉さん?」


アイリスはじっとその絵を見つめると、クレーヴェルの肩をガシっと掴んで言った。


「お手柄よクレーヴェル!本当にありがとう。」


「ええ!?な、何が?」


「どうしたんです、アイリス?」


アイリスは満面の笑みを浮かべて前を向くと、ルリビタキの絵を前に差し出した。


「これです!」


「これは…鳥の絵ですか。」


「ただの鳥ではありませんわ!私の救世主です!」


そう嬉しそうに言うアイリス。

三人は訳が分からないという風に顔を見合わせている。


「これこそが解決策ですわ!いいアイデアが浮かびました!」


一人で興奮するアイリス。


「ま、待ってよ姉さん。僕たちにもわかるように説明して。」


クレーヴェルが困ったように聞くと、アイリスは絵を指さして言った。


「見て。この鳥はとても美しい青色の羽の中に、羽の付け根だけオレンジ色の羽が生えているでしょう?」


「それがどうかしたの?」


「あえて反対色を入れる、これがこの鳥が美しいと言われる理由の一つなのよ。だからこれを参考にして…」


その言葉に、エドワード王子はハッとして言った。


「補色をあえて入れることによって、メインを目立たせようと言うわけですね。」


「そう言うことです。オレンジ色の布なら少量取り入れるだけでいいですし、今から作業しても遅くはありませんわ!」


アイリスはそう言うと、


「失礼いたしますわ!急いで布屋に向かわなければなりませんので!」


と走っていってしまった。


「まったく、姉さんったら。」


「ふふ、アイリスらしいですね。」


二人がそう言って笑いあう中、レオン王子は一人ぽかんとして、


「なんなんだ、あいつ…」


と、戸惑いの表情を浮かべていた。


「言ったでしょう?私の婚約者には敵わないと。」


エドワード王子は自慢げにそう言うと、


「だからこそ興味を惹かれますね…」


と、誰にも聞こえずに呟いた。




 それからアイリスはその足で王都の布屋へと向かった。


「ごめんください、店長はいらっしゃる?」


「おお、嬢ちゃん。今日はいったいどうしたんだい?」


 この一か月間、ほぼ毎日のように飾り付け用の生地を身に来ていたことで、ここの店長とはすっかり顔見知りだった。


「急いでオレンジ色の布を見せてくださらない?そうね素材は…」


「あのベルベットに合わせるのかい?」


店長が聞いた。


「すごいわ!どうしてわかったの?」


アイリスが驚いて言うと、


「実は俺もちょうどそのことを考えていたからさ。最近よく来るお客さんを見て思いついたんだけどね。そのお客さん、いっつも青い布ばかり買っていくんだよ。だがそれが、あの燃えるような赤い髪によくあっていてね…」


店長は布を探しながら答えた。


それを聞いて、アイリスはあのカフェで出会った少女のことを思い出した。


エメラルドグリーンの小物に映えたあの美しい赤毛は今でも鮮明に覚えている。


「店長、そのお客様はよくこのお店にいらっしゃるの?」


「ああ、よく来るよ。一か月くらい前大量に生地買ってからは見かけてないけどね。」


きっとあのカフェで見かけた日のことだろう。

あの少女は、自分の特徴を最大限に生かす方法をよく知っているらしい。


(あの時お話しできなかったのが残念だな…)


アイリスがそう思っていると、


「はい嬢ちゃん。これなんかどうだい?」


店長がいくつかの見本を出してきた。しかしそれらはどれもレースやサテンなどの薄い生地ばかりだった。


「店長、合わせるのはベルベット素材の物ですわよ。」


アイリスが首をかしげて言うと、


「この色をあのベルベットを際立たせるために使うんだろ?それならこういう薄い素材がいいんだよ。」


店長は布地を広げながらそう言った。


「ほら、見てみろ。」


そう言って、店長が橙色のサテンを紺色のベルベッドに合わせると、深い色の中で、明るいオレンジが浮き出てきた。


「これはまあ普通のオレンジ色だな。素材が厚すぎると互いが主張しあっちまうんだ。」


確かに、店長が示す組み合わせは、オレンジ色が目立ちすぎずとも存在感を放っている。


「本当だわ…」


「あとはどんな色を合わせるか、だな。お嬢ちゃんが買った生地の見本は全部まとめて取ってあるから、それの合わせて自分で好きなのを選んでいくといい。」


店長が差し出した一冊の本には、アイリスが今まで買っていった布の切れ端が貼ってあった。


「これは…」


「ま、こんなこともあろうと思ってな。」


「店長、なんて頼りになるの!」



アイリスが感動して言うと、店長は親指をぐっと突き出して笑った。








 それから何時間も迷い、アイリスはほのかに黄色がかったオレンジ色のレースを購入した。


生地には様々な植物や鳥の羽が表現されており、まさにアイリスがイメージするルリビタキにぴったりの布だった。


「それを今日中に王宮に届けてくださる?」


「そのつもりだ。でも今から作業するのはさぞ大変だろう?」


 店長はアイリスが王子の婚約者ということはもちろんのこと、公爵家の娘だということは知らない。

王子のパーティー準備を手伝う業者の一人だと思っている。


「大丈夫ですわ。うちには腕のいいスタッフがいますもの。」


 重いものをも持ち上げるときや高いところに飾りつけをする際、アイリスは王宮内で風の魔力を使える人たちに頼んでいた。

彼らは皆国の重役や騎士といった身分の者たちだったが、メルキュール公爵の仕事仲間や同級生といった人が多く、皆喜んで手伝ってくれた。

それを見たほかの従業員たちが、どれほど驚いていたかは想像に難くない。


(お父様の顔の広さは本当にすごいわ…)


 レオン王子にも頼もうと思っていたが、彼とは一度も顔を合せなかったため、聞くことができなかった。


エドワード王子が言うには、


「レオンのことは気にしないでください。嫉妬しているだけなので。」


とのことだった。


(まあ急に訪れられたらびっくりもするわよね。)


エドワード王子の頼みとはいえ、レオン王子には少し悪いことをしたなあと思いながら、アイリスは王宮へと帰る馬車に揺られていた。


 これからの予定やレースのレイアウトの方法について考えながら、ぼんやりと窓の外を眺めていると、ふと赤い髪の少女が目に入った。


(もしかして、あの子かしら!)


アイリスは馬車を止めると、急いで道に降り立った。


その瞬間、何者かに腕をつかまれるアイリス。


「な!?」


振り返る暇もなく、アイリスは路地裏へと引っ張り込まれた。


「お嬢様!」


いきなり姿を消したアイリスに、付き添いの使用人が慌てた声を出す。


「へえ、こいつお嬢様なんて呼ばれてるぞ。」


「こいつぁいい。きっとどっかお偉いさんのとこの令嬢に決まってる。金をがっぽり請求しようぜ。」


後ろで複数の男の声がする。

どうやらアイリスを人質に取って身代金を要求するつもりらしい。


(まずい!逃げなきゃ!!)


逃げようとするが、腕をがっちりと羽交い絞めにされていて動くことができない。


「クソ、動くんじゃねえ!」


じたばたと足を動かすアイリスの口に、男がハンカチを当てた。


甘ったるい香りがして、徐々に意識が遠のいていく。


「だれか…」


気を失いかけたその時、



「ぐあっ!!」


男が苦しそうに叫んだと同時に体が自由になった。


しかし着地しようとするもうまく足に力が入らず、アイリスはそのまま前に倒れこんでしまった。


朦朧とする中、バキッボキッという鈍い音がして、苦しそうな声と共に男たちが倒されていくのが分かった。


(誰…?)


不意に浮遊感がし、誰かがアイリスを抱えて運んでいるのが分かった。


瞼が落ちてくるのを必死に耐えながら、アイリスは自分を助けてくれた人物にお礼を言おうと口を開いた。


「あ、ありが…」


一生懸命目を開くと、視界には、一面真っ赤な炎が映っていた。


(火…?こんな時に火事…?)


しかし炎はアイリスをそっと地面に横たえると、ゆらゆらと揺れながらアイリスから遠ざかっていった。


「お嬢様!」


それから間もなくして、慌てた様子で使用人が横たわるアイリスを抱き起こした。


「ご無事で…大丈夫ですか?」


「ええ…大丈夫…」


アイリスは何とか自力で起き上がると、辺りを見回したが、あの炎はもういなくなっていた。


「ちょっと転んだだけよ。」


あれは夢だったのかと思いながらアイリスは言った。


「さあ、もう戻りましょう。」


使用人と馬車に戻りながら、アイリスはあの真っ赤な炎を思い出していた。


「魔法の炎かしら…」


この魔法溢れる世界なら、十分あり得るなと真剣に考える。


どちらにせよ、今度会ったらしっかりとお礼をしなければと思うアイリスだった。



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