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デザイナーに任命されたようです

裸足で遊んでいたところに王子が訪れピンチのアイリス。

しかし王子にはアイリスに頼みたいことがあるようで…

アイリスは自分の足からもう一度、エドワード王子に視線を移した。


アンナは、裸足のまま立つアイリスを隠すように前に立っている。


貴族の娘が男性に素足を見せるなど、貴族社会においてあってはならないことだ。


(マズイ…早く靴を履かなくちゃ…)


 しかし、アイリスの靴は少し離れたところに置きっぱなしだ。

それに気づいたクレーヴェルは靴を隠すように立ち上がった。


 幸い、周りに生える草はアイリスの足が隠れるくらいの長さのため、まだマルタや公爵はアイリスが裸足だということに気が付いていないようだ。


「エ、エドワード様。ご機嫌よろしゅう…」


アイリスはなるべく平静を装って話しかけた。


「こんにちは、アイリス。今日はピクニックですか。」


エドワード王子がにこやかに近づいてくる。


(お願いだから、こっちに来ないでー!)


「え、ええそうですの。天気が良いものでしたから。」


アイリスはちらっとクレーヴェルを見て言った。


王子が来る前からとっくに靴を履いていたクレーヴェルは、アイリスに頷いて王子に近づいた。


「エドワード王子。お初にお目にかかります。クレーヴェル・ロ・メルキュールにございます。」


そう言って、クレーヴェルは王子の前に跪いた。


その瞬間、自然な動作でアイリスの後ろに控えるふりをして素早く靴を取るアンナ。


(アンナ、ナイス!)


信頼の眼差しで見つめるアイリスに、アンナは心強く微笑んだ。


「はじめまして、クレーヴェル。エドワードです。」


クレーヴェルに挨拶をすると、王子はアイリスの方に歩いてきた。


ここはアイリスから近づくべきなのだろうが、アイリスから歩み寄れば裸足であることが周りに分かってしまう。


(やばいーー!)


王子に微笑みかけながらも、冷や汗が止まらないアイリス。


しかし王子はアイリスの手前でぴたりと止まると、


「ここの川は美しいですね。これも公爵様が引かれたのですか?」


と言って、メルキュール公爵の方を振り返った。その場の全員の目が一斉に公爵に向く。


その隙をついてアンナは持っていた靴にアイリスの足を滑り込ませた。


「アンナ、ありがとっ。」


アイリスはこっそりアンナに呟いた。


姿勢を正して前を見ると、公爵と王子が川について話していた。


「公爵様のお力のおかげで、温室の植物たちも元気に育っております。」


「いえいえ、それは王子が真心こめて育てられたからでしょう。」


「お褒めに預かり恐縮です。」


やっと体制の整ったアイリスは二人に近づくと、


「エドワード様、こちらの川を近くでご覧になりますか?」


と言ってぎこちなく笑った。


「いいですね。では、私は川を見てから戻りますので、皆さんお先にお戻りください。」


王子は振り返って後ろの者たちに言った。


「ですが殿下―」


「私は大丈夫なので。お戻りください。」


丁寧だが有無を言わさず言う王子に、公爵や執事たちは従うしかなかった。




 執事ら一行が屋敷に戻り、その場には王子とアイリスたちだけが残った。


(ふうー。危なかったわ。)


ほっと一息ついたアイリスは、助けてくれたクレーヴェルに、


「助かったわ、ありがとう。」


と囁いた。


「どういたしまして。姉さん。」


「おかしいですね。礼なら私も言われるべきでは?」


不意に後ろから声がした。

驚いて振り向くと、王子がニコニコしながら立っていた。


「私も、アイリスの証拠隠滅を手伝いましたよ?」


「エ、エドワード様…気付いていらしたのですか…」


「もちろんです。私は婚約者ですから。」


王子は笑いながら言った。


(うわあ…目が笑ってないよ。)


「あ、ありがとうございます…?」


おずおずとアイリスが言うと、王子は満足そうににっこり笑った。


「さあ、帰りましょう。皆さん待ってますからね。」


そう言って、王子はさっそうと屋敷に向かって歩き始めた。

その姿を見て、


(もしかして、お礼を言われるためだけに人掃いしたの…?)


案外王子は腹黒いタイプかもしれない、と思うアイリス。


一方、クレーヴェルは


(エドワード王子…要注意人物だな。あまり姉さんに近づけないようにしよう。)


と、固く心に誓っていた。






 屋敷に着くと、アイリスたちは応接間に通された。


「それで…本日はどのようなご用件で?」


公爵も王子訪問の理由を知らないようだ。


「本日は、アイリスにお願いがございましてお邪魔いたしました。」


王子はちゃっかりアイリスの隣に座りながら言った。

向かいではクレーヴェルがその様子を睨みながら、公爵の横に座っている。


「お願い…ですか?」


「はい。近々私共の誕生日あるのはご存じですか?」


「存じております。王家主催のパーティーがあるのですよね。」


「ええ。そこでは誕生日パーティーの他にレオンの婚約者を決めるという目的もあるのです。」


「レオン王子の婚約者選びですか。」


 貴族社会において、パーティーやお茶会といった場は、将来のパートナーを選ぶ場として多く利用される。

国の未来を背負う王子の誕生日会となれば、それは沢山の令嬢が参加するだろう。


「そこで今回は、アイリスに会場のデザインをしてほしいと思うのです。」


(ん?)


「待ってください。私が、ですか?」


「はい。公爵が先日のお茶会についてお話しているのを小耳にはさみまして。なんでも、アイリスの開くお茶会は素晴らしいとのことですね。」


そうにこやかに答える王子の言葉に、アイリスはキっと公爵の方を向いた。


「あ、あははは…。まさか殿下の耳にも入っていたとは…」


まいったなあという風に言う公爵に、アイリスは冷ややかな視線を向ける。


(周りにテラスのこと自慢しまくったのね…)


「先ほど実物を見せていただきましたが、公爵の目は確かなようですね。素晴らしいデザインでしたよ。」


王子は笑いかけた。


(その上実物まで見せるなんてっ。)


「お父様!!」


「あ、あーそうだ!これから用事があるのだった!失礼ですが、私はここでお暇させていただきます―」


顔を真っ赤にしながらアイリスが立ち上がった途端、公爵は目にもとまらぬ速さで部屋から逃げていった。


(恥ずかしい…一体どこまで自慢して回っているのかしら。)


不満そうに座るアイリスに、エドワード王子は微笑みかけた。


「僕もあなたには才能があると思います。どうか、この仕事を受けてくれませんか…?」


王子はアイリスの手を取り、懇願するように言った。


輝くような美形に間近で言われ、アイリスは頷きざるを得なかった。


「わ、分かりました!やります、やりますから!」


(近い近い!)


「わあ、ありがとうございます!それでは明日、お迎えに上がりますね。」


ぎゅっと両手を握りしめ、王子はソファから立ち上がった。


「え、え!?明日お迎えってどういうことですの!?」


「もちろんあなたに王宮に来てもらうということですよ。デザインを考えるには、現場を視察するのが一番でしょう?」


「で、でもそれだと屋敷との往復時間が…」


すると王子は、よくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに微笑み、


「そうでしたね。ではしばらく泊まっていただく用のお部屋を用意してお待ちしていますので。」


と言った。


(この王子、最初からそれが目的か…)


王子の計算高さに感服するクレーヴェル。


「え!泊まるなんて、そんなあ…」


これではしばらく川遊びもできないではないかと、アイリスは頬を膨らませる。


「そうそう、パーティーのために王都から有名シェフを呼んでいたので、誰かにぜひ料理の味見をしてもらいたいと言っていましたね…」


「ぜひ行きます!」


料理の味見と聞いて即答するアイリス。


勢いで承諾してしまったことに気づき、しまったという顔をするが、時すでに遅し。

王子は朗らかに笑うと


「では、お待ちしておりますので。」


と言って部屋を出ていった。


「やっちゃった…」


向かいではクレーヴェルがやれやれと首を振っている。


「姉さん…よりによって食べ物につられるなんて…」


「だ、だって、王都のご飯も食べてみたいじゃない!」


アイリスはむきになって言った。


クレーヴェルは大きくため息をつき、


「まあいいよ。僕もあの王子の好きにはさせないから。」


そう言って、クレーヴェルは自室に戻っていってしまった。


応接間に一人座るアイリス。


(デザインって言ったって、急に言われても…)


今からでも断りに行こうかと悩むアイリスだったが、頭の中では有名シェフが腕を振るったおいしそうな料理が次々と浮かんでくる。


(こうなったら、徹底的に素敵なパーティーにしてやるわ!)


結局食べ物の魅力には勝てず、アイリスは意気込んで立ち上がると、その足でアトリエへと向かった。




「アンナ!今いいかしら?」


アイリスはアトリエに行く途中、夕食の準備を手伝っていたアンナに声をかけた。


「お嬢様!殿下はなんと?」


アンナは心配した面持ちで駆け寄ってきた。


「心配しないで。それよりも、明日王宮に行かなくちゃいけないの。支度をするから手伝ってちょうだい。」


「そ、それは喜んで致しますが…お召し物のお支度ですか?」


「ううん。頼みたいのはそっちじゃなくて…時間がないから移動しながら話すわね。今は人手が必要なのよ…」


「それでしたら、コナーを呼びましょうか?今ちょうどいますので。」


そう言うと、アンナは一度厨房に戻り、コナーを引っ張ってやってきた。


「イテテテ…おい、アンナ!引っ張るなよ!」


コナーは耳を引っ張られ、引きずられるようにして出て来た。


「うるさいわね。あなたが暇そうにしてるからでしょ。」


「暇じゃねえ!今は非番なんだよ。」


「嘘よ。さっき料理長が探してたわよ。頼んでた豆の袋がまだ来ないって。」


「げ、忘れてた…」


「だーかーら、あなたのアリバイ作りに協力してあげるのよ!お嬢様のお手伝いしてましたっていえば怒られないもの。」


それを本人の前で言っていいのかと半ば呆れるが、この二人が来てくれるのはアイリスにとってはうれしいことだ。


「あ、お嬢様。度々お見苦しいところをすみません。この人も手伝えるそうです。」


コナーの耳を引っ張りながらにこやかに言うアンナ。


「本当に大丈夫なの?なんだか悪いわ…」


少し心配しながら言うアイリスを見て、


「お任せください!アリバイ作りのためですから!」


と、コナーは清々しいほどの笑顔で言い切った。


「ちょっと!そういうこと言っちゃダメでしょ!」


とっさにコナーを叱るアンナ。


(いや、もう遅いよ…)


夫婦漫才のような会話を繰り広げる二人に、アイリスは心の中でつっこむも、今は時間がないことを思い出す。


「二人とも、行きましょう。」


「あ、お嬢様!今参ります!」


そう言って、廊下を進むアイリスに、二人は慌ててついて行った。


 アトリエに向かいながら事情を話すと、二人は非常に驚いた様子だったが、同時にうれしそうに顔を輝かせた。


「すごいじゃありませんか!王宮内のパーティーにデザイナーとして呼ばれるなんて、こんな名誉なことないですよ!」


「国民誰しもが憧れるパーティーですもの!雑用係で呼ばれても光栄です!」


目を輝かせながら語る二人に、アイリスはそういうものなのかと納得する。


(この世界のことはよくわからないけど、私は頼まれたことをやるだけだわ。)


 頭の中で数々のおいしそうな料理を思い浮かべながら、アイリスは張り切ってそう思った。






 アトリエに着くと、アイリスは早速今まで描いた絵を机に並べ始めた。


白を基調とした繊細な絵、花をモチーフに書いた色とりどりの絵など、様々なテーマの絵が並ぶ。


「お嬢様…これは?」


「デザインの参考にする絵を選ぶのよ。パーティーとか、女の子たちが喜ぶものには疎いから、あなたにアドバイスをもらいたくて。」


(使用人の中で最年少のアンナならきっと流行に敏感なはず…!)


 アイリスがそう言うと、アンナは途端に真剣な顔になって絵を見つめた。


「そうですね…今王都では従来の格式ばったフリルやリボンよりも、ゆとりがあってかつ洗練されたデザインが流行っていると聞きます。そうなりますと、この絵とこの絵…」


 アンナの素早い判断力によって、絵がより分けてられていく。


 その様子に、アイリスは前世での女友達を思い出した。

彼女たちの手に掛かれば、服屋にある膨大な服もあっという間に流行りのものとそうでないものに分けられていったものだ。


(女子、恐るべし…)


「アイリス様も、なにかご希望や好みなどございますか?」


大方絵の選別を終えたアンナが振り返って言った。


「え、えっとそうね…あんまり派手じゃなくて、きれいなの、かな…」


突然の質問にアイリスはあやふやに返事をしてしまう。


しかし、アンナはそれを聞いただけでも、素早い手さばきで絵を選んでいく。


「「おお…」」


その迷いのない動きに、アイリスとコナーは思わず感嘆の声を漏らした。


「…できました。」


絵を分け終えたアンナは、達成感に満ちた顔で言った。


「差し出がましいですが、アイリス様のご要望に合うような絵を選びました。」


アイリスが見ると、机の上には四つの絵が並んでいた。


藍色の空に色とりどりの星をちりばめた絵、

薄い青い空に緑の木と真っ青な池が美しい絵、

コバルトブルーの羽にオレンジ色の羽が映えるルリビタキの絵、

そして鮮やかなサンゴや魚たちが描かれた海の絵だった。


「どれも青を基調としたものが残ったわね…」


「ええ。今は青や白と言った落ち着いた色が流行色となっていますので。」


「たしかに、ブルーは素敵よね。私も好きだわ。」


エドワード王子やレオン王子の瞳の色も、美しい青色をしていたし、これなら二人の誕生日会にぴったりではないか。


「じゃあ青色を基本とした寒色でまとめるとして…コンセプトはどうしましょう。」


「パーティーは午前中から開かれているし、この星空のデザインだと少し暗くなってしまうわね。」


「こちらの風景画はいかがですか?」


「うーん。王都のような都会のパーティーには少し野暮ったいかしら…」


ああだこうだ議論していると、見かねたコナーが後ろから、


「そんなの、一つに絞らなくてもいいじゃありませんか。」


と口をはさんだ。


 その言葉に、顔を見合わせて二人は黙り込んだ。そしてその選択肢があったかと思い出し、


「すごいわコナー!そうすればよかったんだわ!」


「たまにはいいこと言うじゃない!」


と口々にコナーを賞賛した。


「い、いや、当たり前のことを言っただけで…」


「こうしちゃいられないわ!アンナ、夕食は部屋で食べるとお父様に伝えて!すぐに部屋に戻らなくちゃ!この四つの絵と、新しいスケッチブック、それから色鉛筆と水彩絵の具と…あと図書室から画集も持ってきて!」


「かしこまりました!コナー、今言われたもの全部お嬢様のお部屋にお運びして!」


そう言って、あわただしく二人はアトリエから出ていった。


 誰もいない広いアトリエに一人ポツンと取り残されるコナー。


とりあえず言われたものを探すが、水彩絵の具だけでも大きな箱二つ分はある。


「これを全部かよ…」


 箱を持ち上げながら、こんなことなら豆の袋をはじめから運んでいればよかったと後悔するコナーであった。



お読みいただきありがとうございます。

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