川遊びをするようです
平和な生活に戻り、アンナと共謀して川遊びをするアイリス。
しかしその時、思いがけない来客が…
クレーヴェルの事件から数週間後、アイリスは新しい家族との生活を満喫していた。
あの後すぐにクレーヴェルは回復し、公爵の計らい通り、クレーヴェルは何のお咎めもなく家族として迎え入れられた。
彼の母親を呪い殺した夫人は、魔法省に闇の魔法を使おうとした罪で連行され、それを見逃していた館の主人は爵位を取り上げられて国から追放された。
あの事件以来、クレーヴェルは以前よりも素顔を見せるようになり、すっかり年相応の少年になっていた。
(あの子も心を開いてくれるようになったし、あの事件は一つのきっかけになったのかもしれないな。)
フラグメモを書き加えながら、アイリスは考えた。
(そういえば、悪役令嬢の兄弟が人気攻略キャラになるのはあるあるって、しーちゃん言ってたな。)
ということは、クレーヴェルもいつかヒロインを誘惑するようになるということだろうか。
アイリスの頭に、純粋そうに笑うクレーヴェルが、ヒロインを誘惑する様子が浮かぶ。
(いや、あの子がそんな男になるなんて…)
ぶんぶんと頭を振り、イメージをかき消すアイリス。
(そんなことないと信じたいけど、用心に越したことはないわよね。)
そう考え、再びペンを走らせる。
{フラグ3}
クレーヴェル・ロ・メルキュール:メルキュール家長男でアイリスの弟
水の魔法を持つ
アイリスとは三か月年が離れている。
メルキュール家の分家から引き取られてきたが
、そこの家族とは折り合
いが悪かった様子。
母親は病気で亡くなった。(闇の呪いによる
もの)
攻略キャラの一
人
(追加情報)
父親の後妻によって親子ともに闇の呪いをか
けられていた
今ではすっかり明るく笑うようになった
読書と勉強が好き
(読書が好きなのはわかるけど、勉強が好きってどういうことよ…)
最近、クレーヴェルは午前の時間を専ら図書室で本を読んでいるか、勉強をして過ごしており、その知識はメキメキ上がっている。
「もしかすると、私より頭良くなってたりして…」
前世のころから勉強嫌いなアイリスに対し、クレーヴェルはとても楽しそうに知識を吸収していく。
公爵は嬉々として家庭教師をつける手配をしている。
もちろん、アイリスにももれなく追加の家庭教師をつけるつもりだ。
「あー最悪。今まで何とか高校生の知識を使ってやり過ごしてきたけど、歴史とかはもうキャパオーバーよ。」
思い出して憂鬱になるアイリス。
「でも、最近は楽しみも増えたのよねー。」
この世界にはスマホなどはもちろんのこと、テレビやゲームなど存在しない。
その代わりに貴族のたしなみとして、音楽や踊り、作詩などが好まれている。
この世界に来て気付いたのが、絵画もその一つとして認められているということだ。
「私」になる前の元アイリスも絵を描くことを趣味としていたようで、この屋敷にはアイリス専用のアトリエがあったのだ。
(転生する前は美術部員だったから、これはうれしいポイントよね。)
今でも初めてアトリエに訪れた時のことを覚えている。
広い部屋には様々なモデルが並べられ、壁際に置かれた数々の箱の中には色々な種類の絵の具がたくさん入っていた。
それを見たアイリスは感動のあまり思わず叫んだほどだ。
(あんなに贅沢なアトリエがあるなんて…最っ高!)
思い出すだけで口元が緩んでくる。
(でも元アイリスはあまり使ってなかったみたいなのよね。)
素晴らしい設備が整っている一方、完成した作品は少なく、むしろ真っ白なキャンパスの方が多かった。
絵を描くのが好きな人なら誰でもあのアトリエを天国だと思うだろうに、とアイリスは不思議に思ったが、後にこのアトリエは元々アイリスの母親が歌を歌うために作ったのだと分かり、
(きっとお母さんとの思い出を思い出しちゃうからあまり行きたがらなかったのね…)
と、それを聞いてアイリスは納得した。
それからと言うもの、アイリスは毎日のようにアトリエを訪れて絵を描くようになった。
その様子を見た公爵は
「やはりアイリスはメルキュール家の子供だなあ。」
と喜んでいた。
メルキュール家はオリジナルズの中でも秀でた芸術の才能で有名だった。
実際に、メルキュール家出身の者には多くの名をはせた音楽家や画家が存在しており、アイリスの母親も歌が上手いことで有名だったという。
(聞いてみたかったな…お母様の歌…)
公爵や屋敷の使用人たちはよくマルヴァローザ夫人の歌がどれほど素晴らしいものだったか話題にしていたし、屋敷にあるいくつかの音楽書にもその名前が記されていたほどだから、彼女は相当な歌唱力の持ち主だったようだ。
(この世界にもCDとかあればいいのに…)
アイリスがそう思っていると、扉をノックしてアンナが入ってきた。
「お嬢様、ご昼食ができました。」
「ありがとう。」
そう言って、アイリスは上着を手に取った。
最近は天気がいい日は庭で昼食をとるようにしていた。
(そういえば、前世ではしーちゃんとよく校庭で食べてたなー。)
庭に向かいながらアイリスはふと思った。
(プチピクニックとか言って、こっそりお菓子とか持ってきてたっけ。)
思い出すと、なんだか懐かしい気持ちになる。
「そうだ、「あれ」用意してくれた?」
前を見て歩きながらアイリスは誰にも聞こえないようにアンナに尋ねた。
「「あれ」ですね。はい、ございます。」
アンナも声を潜めてひそひそと返事を返した。
それを聞いてにやりと笑うアイリス。
「やった!ありがとうアンナ。」
「喜んでご協力しますわ。しかし、旦那様がお帰りになるまでには必ず…」
「もちろんわかってるわ。アンナの方も、打ち合わせ通りよろしくね。」
アイリスがそう言うと、アンナは力強くうなずいた。
「あ、姉さん!」
「クレーヴェルお待たせー。」
先に庭で待っていたクレーヴェルとマルタが、アイリスを見つけて走り寄ってきた。
「今日はどこで食べましょうか?」
「そうねえ、あの木の下とかどうかしら?」
そう言ってアイリスは、屋敷から少し離れた大きな木を指さした。
「いいですね!」
大きなバスケットを持って、クレーヴェルは早速走っていった。
「ああ、坊ちゃま!私が持ちますので!」
マルタが慌てて追いかけていく。
マルタもあの事件を知る数少ない一人だが、変わらずクレーヴェルに接してくれている。
(とても素敵な女性だけど、ちょっと小言が多いのよねー。)
こっそりと残念に思うアイリス。
「姉さん、こっちです!」
クレーヴェルが呼んでいる。
「今行くわ!」
そう言って、アイリスは駆けだした。
四人は木の木陰でのんびりとサンドイッチを食べた。
昼食を食べ終える頃、アイリスはアンナにこっそり目で合図を送った。
それを見て、まるで思い出したかのようにアンナが切り出した。
「そうだお嬢様、明日のご予定は?」
「明日は、特にやることがないのよ。」
困ったようにアイリスはため息をついた。
「では、新しいお洋服を買われては?今度エドワード王子のお茶会に行くのでしょう?」
「そうね!ではそうしましょう。」
わざとらしく目を輝かせながらアイリスは言った。
ここまでは台本通りである。
「マルタ、明日屋敷に仕立て屋さんをお招きしてくれるかしら?」
「明日ですか…それは少々厳しいのでは…?」
渋るマルタに、最後の切り札を出す。
「でも、王子のお茶会は明後日よ?」
その言葉に、ガタンとマルタは立ち上がった。
「明後日ですって!?なぜもっと早くおっしゃってくださらないのです?こうしてはいられません!アンナ、行くわよ!」
そう言ってマルタは急いで屋敷の方へと戻っていった。
去り際にウィンクをするアンナに、アイリスはぐっと親指を立てた。
(アンナ、ありがとう!!)
心の中でお礼を言うアイリス。
「姉さん…ずる賢いことするね…」
横でクレーヴェルがマルタに同情する。
「さあ!アンナにマルタは足止めしてもらってるし、ここからが本題よ!」
(わざわざアンナに協力してもらったのも全てこのためよ!)
アイリスはアンナが持ってきたバスケットを開き、中に入っている物を取り出した。
「さあクレーヴェル、これを受け取りなさい!」
「ええ!?僕?」
「当たり前でしょ!これなくしては楽しめないもの!」
そう意気込むアイリスに、クレーヴェルはしぶしぶ差し出されたものを受け取った。
「きゃー気持ちいい~!」
「ね、姉さん…やっぱり僕もやるの?」
クレーヴェルが戸惑いながら言った。
アンナに持ってきてもらったのは、ビーチサンダルだった。
なぜこのようなものを持ってきてもらったのかと言うと、アイリスがずっとやりたかったことをするためだ。
「やっぱり、川遊びは最高ね!」
そう、川遊びである。アイリスもとい「ミホ」は、小さい頃から川遊びが大好きな少女だった。
高校生になってからは周りの目が気になって中々川へ行けなかったが、なんと、屋敷の敷地内にも小川が流れていたのだ。
(私はこのためにアイリスに転生したんだわ!)
素足を冷たい水が撫でていくあの感覚、川に磨かれ滑らかになった石の感触全てが、アイリスは大好きだった。
「気持ちいいわよ!クレーヴェルもいらっしゃいよ!」
スカートをたくし上げはしゃぐアイリスに、
「ええ…でもはしたないよ…」
クレーヴェルはサンダルを抱えながら言った。
この世界では、サンダルは農民などの身分が低い人々の履物とされており、貴族達が履くことなどまずない。
アンナも、アイリスにサンダルを貸してほしいと言われた時は相当驚いていた。
「サンダルが嫌なの?でもサンダルを履かないとケガするわよ?」
「いや、そうじゃなくて…」
渋るクレーヴェルに、アイリスは川から上がると、
「何事も挑戦よ!ほら、行こう!」
と言って手を引いた。
「わ、分かったよ…」
クレーヴェルは恐る恐る足先を川につけた。
「…わあ、冷たい…」
そう言って、クレーヴェルは川の中に足を踏み入れた。
「どう?」
アイリスはクレーヴェルの顔を覗き込んだ。クレーヴェルは驚きと興奮に目を輝かせながら、
「すごい…きれい…」
と呟いた。
「私たちも同じ水の魔法を使えるけれど、実際に触れてみないと気付けないことよね。」
アイリスが言うと、クレーヴェルはハッとアイリスを見た。
「もしかして、それを僕に教えるために…?」
アイリスは頷いて笑った。
「あなたの魔法はとても美しいものだと、気付いてほしかったの。」
(あの日以来、魔法を避けているみたいだったから。)
「私、あなたの魔法好きよ。お父様のとは違った、繊細な美しさっていうのかしら。そういうのを感じたの。」
「姉さん…」
「さあっ湿っぽい話は終わりよ!今日は日々のストレスを発散するためにここに来たんだから!」
そう言って恥ずかしそうに笑うアイリスの顔は、クレーヴェルの目に何よりも美しく映って見えた。
その後、二人は時間を忘れて川遊びを楽しんだ。
心から楽しそうに笑うクレーヴェルに、アイリスも久しぶりに子供の様にはしゃぎまわった。
クレーヴェルは魔法を見せるのにためらいが無くなったようで、アイリスが今まで見たことがないような数々の魔法を披露してくれた。
日が傾きかけた頃、アイリスたちは遊び疲れて川べりに寝転がっていた。
「楽しかったわねー。」
「うん。」
「久々にはしゃいじゃったわ。」
「楽しかったです、すごく。」
クレーヴェルはアイリスを見つめた。アイリスも顔を横に向けると、
「私も。」
と言ってにかっと笑った。
「姉さん。僕、姉さんが―」
「お嬢様!」
クレーヴェルが何か言いかけた時、屋敷からアンナが急いでやってきた。
「どうしたのアンナ!そんなに慌てて。」
アイリスは飛び起きた。
アンナはハアハアと肩で息をしながら、
「で、殿下が…」
と言った。
「え、なに?エドワード様がどうかしたの?」
「と、とにかく靴を、靴をお履きください…」
アンナがそう言った時、
「アイリス?」
エドワード王子が王宮の執事たちをひきつれてこちらに向かって歩いてきた。
「ここで何をしているのです?」
不思議そうに問うエドワード王子の質問に、返答に困るアイリス。
しかも下を見ると、アイリスは素足のままだった。
エドワード王子の後ろにはマルタと公爵も立っている。
アイリスが靴も履かずにいることがバレれば、永久に川遊びを禁止されるかもしれない。
絶体絶命のピンチだ。
(やばい!どうしよう…)
アイリスの額に冷や汗が流れた。
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