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家族になるようです

クレーヴェルにかけられた闇の呪いを解き、彼の悲しい過去を知ったアイリス。

気を失ったままのクレーヴェルは、いったいどうなってしまうのか…

長い廊下を駆け足で進みながら、アイリスはただただクレーヴェルの無事を願っていた。


 父親から彼の過去について聞いた時、これが乙女ゲームの世界だとしても、彼を救いたいと思った。


例えそれが、ヒロインと恋に落ちるための決められた設定だとしても、クレーヴェルには幸せになってほしかった。


「クレーヴェル…」


彼の自室の前に着き、ドアノブに手をかけた。


もし、またあの憎らしげな目を向けられたら、私を恨んでいると言われたら…一抹の不安が頭をよぎる。


(だとしても、あの子は私の弟だもの!)


意を決し、ゆっくりとドアを開けた。


暗い部屋の中、廊下からの明かりが一筋、部屋の中に差した。


「クレーヴェル…?大丈夫…?」


小さな声で呼びかけるが、返事がない。


ベッドの方を見ると、クレーヴェルはまだ眠っているようだった。


音を立てないようにそっと部屋に入ったアイリスは、部屋の中を見て驚いた。


そこには、備え付けの家具以外、彼の持ち物は何もなかった。

初日に持っていたスーツケースと、数枚のシャツのみが床に転がっているだけだった。


(なんてこと…何も持たせてもらえずにここに来たのね。)


 初めて彼がここに来た日、荷物整理に時間がかかっていないとメイドたちが言っていたけれど、それはこういうことだったのか。


あまりにも殺風景な部屋でただ一人眠るクレーヴェルは、ひどく孤独に見えた。


「…」


静かに椅子をベッドの横まで運び、アイリスは腰掛けてクレーヴェルを見つめた。


疲れてやつれた顔は、とても同年代の少年には見えなかった。


(こんなになるまで…)


アイリスは思わずクレーヴェルの手を握った。


握っていないと、今にも目の前の弟が、そのまま眠りから戻ってこないのではと思った。


彼の背負ってきた人生への悲しみと、私利私欲のために彼を利用し苦しめた者たちへの怒りが一気にこみあげてくる。


(どうしてこの子がこんな目に!) 


クレーヴェルの手をぎゅっと握りしめる。


(お願い…戻ってきて…!)


「クレーヴェル…!」


「…うう」


微かに、クレーヴェルが呻いた。


「クレーヴェル!!」


アイリスが名前を呼ぶと、クレーヴェルはうっすらと目を開けた。


「よかった…無事で。」


「ここは…?」


クレーヴェルは辺りを見回し、アイリスの顔を見るや否やベッドから飛び起きた。


「クレーヴェル!何してるの!まだ寝てなくちゃ…」


「ア、アイリス様。僕はなんてことを…」


顔面蒼白でアイリスを見つめるクレーヴェルは、おびえた様子で言った。


「ほ、本当に申し訳ございません…!」


そう言って謝るクレーヴェルに、アイリスは驚いてしまった。


「どうしたの?なぜ謝るの?」


状況がつかめないアイリスに、クレーベルはうつむいて言った。


「僕はあんなに恐ろしいことをしてしまいました。もう、あなたの名前を呼ぶことすら値しません。」


その言葉に、アイリスはクレーヴェルの考えていることが分かった。


(クレーヴェルは、出ていこうとしているんだ。)


「そんなことない!あなたには怒る権利があるのよ。苦しんで、悲しんで、もがいて…それは責められることじゃない!あんな風になってしまったのは呪いをかけられていたからよ。」


「それでも、もっと僕が強ければ、傷つけることもありませんでした。」


自分の腕を強く握りながら、


「あの時の僕は、何も見えていなかった…全てが憎かった。全てを壊してしまいたかった。けど、僕がしたことは許されるべきじゃありません。」


そうクレーヴェルは悔しそうに言った。


「やはり僕なんか、生まれて来るべきではなかったんだ…」


「クレーヴェル!」


クレーヴェルの顔があまりにも苦しそうで、アイリスは耐えられなかった。


「そんなこと言わないで!私、あなたが来てくれて、とてもうれしかった。それは今でも変わらないわ。あなたは私の大事な弟だもの!」


そう言って、アイリスは思わず抱きしめた。


「僕を…まだ弟だと思ってくれるんですか…?」


クレーヴェルがアイリスを見上げる。


「当たり前でしょ!今でも、これからもあなたは私の家族で弟なんだから!」


クレーヴェルは目を見開いた。


「それでは…また姉さんと呼んでもいいの…?」


恐る恐る聞くクレーヴェルに、


「もちろんよ!」


アイリスはにっこりと笑ってみせた。


「ありがとうございます…姉さん。」


大きな瞳に涙を浮かべたクレーヴェルは、幸せそうに微笑んだ。






「そうだったのですね…やはり奥様が…。」


クレーヴェルに起こった事の次第を話すと、クレーヴェルは納得したように頷いた。


「呪いのことは知っていたの?」


「少しだけ。母さんがルヴァン地方へ逃げるときに教えてくれました。でも、まさか僕にもかかっていたなんて…」


呆然というクレーヴェルの手を、アイリスは再びぎゅっと握った。


「でも、もうあなたは安全よ。ここにいる限り、みんなあなたを守ってくれる。」


「…ありがとうございます。」


クレーヴェルは複雑な顔をしながら言った。

今回のことがあって、屋敷のみんなに信用してもらえるか不安なのだろう。


「大丈夫よ。今日のことを知っているのはわずかな人たちだけだし、誰もあなたのこと責めてないわ。」


アイリスは優しく言うと、クレーヴェルに毛布を掛けた。


「今日はもう寝た方がいいわ。疲れたでしょう。」


そう言って立ち上がろうとしたアイリスの袖を、クレーヴェルが引っ張った。


「あの…」


「どうしたの?」


クレーヴェルは恥ずかしそうにちらっとアイリスを見上げると、


「寝るまで、横にいてくれませんか…?」


と言った。アイリスは一瞬きょとんとしたが、すぐに笑顔になって、


「いいわよ。」


と、再び椅子に腰かけた。




「…姉さん。」


「なあに?」


クレーヴェルは打ち明けようかどうか迷っているようだったが、しばらくアイリスを見つめると口を開いた。


「僕、姉さんに本当の名前の意味を教えてもらった時、母さんが横にいるような気がしたんだ。」


クレーヴェルが呪いの黒い霧に抵抗していた時のことだろうか。


「姉さん、教えてくれたよね…僕は母さんの「希望」だって。」


「…そうね。」


「母さんも、そう言ってた。」


天井を見つめながら、クレーヴェルは呟いた。


「僕は、私の希望だって。宝物なんだって、言ったんだ。」


クレーヴェルはそう言って静かに涙を流した。


「僕、母さんと約束していたんだ。必ず戻ってくるねって…約束したのに…僕は守れなかった。」


両手で顔を覆い、クレーヴェルはむせび泣いた。


「ううっ…母さんっ…」


アイリスはクレーヴェルの額に触れた。


「大丈夫。傍にいるよ。」


私も、あなたのお母さんも…






しばらくして、クレーヴェルは泣き疲れたのか、すうすうと寝息を立て始めた。


(今まで、ずっと一人で戦ってきたのね…)


アイリスは静かに椅子から立ちあがると、クレーヴェルの寝顔を見つめた。


「もう、安心してね。」


そう言って、アイリスは部屋を後にした。


 


薄暗い廊下を歩いていると、部屋に明かりがついているのが目に入った。


(こんな時間に…?)


足音を立てないようにそっとドアに近づく。


(誰が話しているんだろう?)


ドアに耳を押し当て、よく耳を澄ませてみると、公爵とチェルシー氏の声が微かに聞こえてきた。


「それで、クレーヴェル殿についてはどうするおつもりで?」


「妙なことを聞くな。あの子は私の息子だ。どこにもやるつもりはない。」


「クレーヴェル殿は良い家族を手に入れましたな。では、魔法省にも渡さないと?」


「当たり前だ。親子共々闇の呪いにかけられていたと知られれば、ここには戻ってこれなくなるだろう。」


「ではこの件は白紙にすると?」


「嫌な言い方をするな。魔法省など信用できん。上役は自分のことしか考えていない。クレーヴェルがいいように利用されるだけだ。」


「職員の前でよく言いますね。」


「お前は私が唯一信用していると言ってもいい。それに、今回のことを真っ先に教えてくれたのはお前じゃないか。」


「友人のためですからね。それでは、そろそろ戻ります。《《闇の魔術を使う前に逮捕した》》女性の事件を片付けなければなりませんから。」


「すまない。恩に着るよ。」


「…公爵の方ではどうなさるのですか?」


「自分の妻と息子を見放した奴だ。あの家は分家から外すことにする。当然、爵位も失うことになるな。」


「それが妥当でしょうね。」


会話を聞いて、アイリスはある考えが浮かんできた。


公爵がアイリスとアラン・チェルシーの婚約を結ばせたのは、チェルシー氏の助けを借りて、クレーヴェルを養子に取るためだったのではないか。


(もしそれが本当なら、私も、あの子をあの家から救う手助けをしたんだ…)


アイリスは自分でも役に立てたのだと嬉しくなった。


「…では、失礼します。」


チェルシー氏がそう言い、足音がこちらに近づいてきた。


アイリスは慌ててドアから離れ、隣の部屋に隠れた。




足音が遠のいてから、部屋を出ようと周りを見回すと、そこは誰かの寝室のようだった。


現在は使われている形跡はないが、隅々まで掃除が行き届き、テーブルには花まで飾ってあった。


「誰の部屋かしら…」


アイリスは部屋の明かりをつけた。すると、とても大きな肖像画が壁に掛けてあることに気が付いた。


 近くによって見てみると、それはアイリスの母親、マルヴァローザ・ロ・メルキュールと、公爵、そして幼いアイリスの肖像画だった。


(ここはお母様のお部屋だわ…!)


 アイリスと手をつないでにっこりと微笑むマルヴァローザは、ダイニングで見た肖像画とは違い、とても落ち着いた雰囲気で、アイリスのことを愛おしそうに見守っていた。


「お母様…」


 現実では一度も会ったことのないはずなのに、絵を見ているだけでどうしてこんなにも安心し、胸が締め付けられるのだろう。


「会いたいな…」


そう呟きながら、アイリスの足は自然とベッドへ向かっていた。


 ベッドに横たわり、母親の温もりを求めるようにアイリスは布団にもぐりこんだ。


 かつて母が使っていたであろう毛布に頭まですっぽりとくるまっていると、すぐ近くに母親がいるような気がした。


(アイリスのお母さんも、私のこと見守っていてくれてるのかな…)


そんなことを考えているうちに、アイリスはいつのまにか夢の中へと落ちていった。






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