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第三のフラグがやってきたようです

分家から養子をとると言われたアイリス。

もしかしてそれってフラグなんじゃ…

やってきた弟は、とても礼儀正しい子のようだが…

 ―ああまた、朝がやってきた…


今までの人生、良いことなんて一度もなかった。


―だったらいっそ、不幸にしたやつも道ずれにしてやる。


忌まわしいこの力で、お前らを全員殺してやる…!






「―お嬢様、そんなに怖い顔をされては、弟君も怖がってしまいますよ?」


緊張した面持ちのアイリスに、アンナが優しく声をかけた。


「きっと向こうの方が緊張してらっしゃいますし。」


しかし、アイリスは今それどころではなかった。


(しーちゃんの情報によれば、悪役令嬢の家に弟が来るのは定番中の定番。ヒロインがそのキャラと結ばれた場合、私のバッドエンドはほぼ確定…)


ゾワっと背中に寒気が走る。


(バッドエンドのフラグと一つ屋根の下で暮らすなんて、危険すぎるわ…)


「もぉーお嬢様!顔が怖いですよ!笑顔笑顔!」


アンナに顔をのぞき込まれ、はっと我に返るアイリス。


「え、ええそうよね。緊張しちゃって…」


慌てて笑顔を作るが、自分でもひきつっているのがわかる。


「それにしても、直前に言うなんて旦那様もひどすぎます!もっと早く言えばいいのに…」


頬を膨らませて怒るアンナを尻目に、アイリスはマルタの方を見る。

公爵から聞く前にマルタから養子の件を聞いていたことを、アイリスとマルタ以外は知らない。


「直前に言った方が、抵抗が少なくなると思ったんじゃないでしょうか。私も口止めされてましたし。」


しれっというマルタに、苦笑いするアイリス。


(真っ先に教えたくせに…)


しかしそれも、マルタなりの心遣いなのだろう。


 貴族社会において、女の子しか生まれなかった場合に、後継ぎとして男の養子をとることはごく普通のことだ。

だからといって、急に現れた見知らぬ人間を、誰しもが家族として受け入れられるとは限らない。


(…あれ、でも、そもそも私がキャラと仲良くなって、ヒロインとの関係を祝福すれば、バッドエンド回避じゃない?)


途端に目の前が明るくなったのを感じるアイリス。


(そうだよ!普通に家族として接すればいいんだ!)


安心して途端に頬が緩むアイリスに、


「そうそう、その笑顔ですよ!」


と、アンナはにかっと笑って言った。




 馬車が屋敷に着いたのは、その日の夕方ごろだった。


玄関で待つアイリスは、朝とは違う緊張をもってその到着を待っていた。



「旦那様、お坊ちゃま、お帰りなさいませ―」


扉が開くと、公爵の横には、茶髪にヘーゼルの瞳の少年が立っていた。


「お帰りなさい。パパ。」


「アイリス、今日からお前の弟になる、クレーヴェルだ。」


公爵が言うと、少年はぺこりと頭を下げた。


「初めまして。クレーヴェルと申します。」


そう言って顔を上げた少年は、人懐こそうな笑顔を向けた。


(よかった、良い子そう。)


アイリスはほっと胸をなでおろすと、


「アイリスよ。これからよろしくね。」


と言った。


「アイリス様ですね。よろしくお願いいたします。」


「もう今日から家族なんだから、そんなにかしこまらなくていいわよ。」


前世でも一人っ子だったアイリスは、初めてできた弟に胸を躍らせていた。


「では…アイリスお姉さま?」


(か、かわいいー!)


コテンと首を傾ける様子に、アイリスは叫びそうになるのをこらえながら、なんとか平静を保つ。


「姉さんでいいわ。クレーヴェル、よかったら屋敷を案内するわ。」


「今日は遅いし疲れているだろう?明日にしたらどうだ?」


公爵が横から言った。


「そうですね…じゃあ明日ね!」


「はい、姉さん。」


そう言って、クレーヴェルは使用人たちに案内されて自室へ向かっていった。




「―アイリス。」


アイリスも自室に戻ろうとしたとき、公爵がアイリスを呼び止めた。


「なんでしょう?」


「クレーヴェルのことなんだが、あの子は、メルキュール家の分家から引き取ったんだが…」


メルキュール家の分家。

王宮からの帰りに馬車の中から見たあの家のことだろう。


「彼は元々、あの家にはいなかったんだ。」


「え?」


「彼の母親は病気がちでね、療養のために屋敷から出て行ったんだ。亡くなった後に父親が引き取ったんだが、後妻とその子供たちとはあまり馴染めなかったようでな。」


「そうなんですね…」


「だから、仲良くしてやってくれ。」


同じ母親がいない境遇でも、クレーヴェルは苦労してきたようだ。

アイリスは父親の顔を見上げ、


「もちろん、そのつもりです。」


と言って頷いた。






 夕食の時間になりアイリスがダイニングに降りていくと、クレーヴェルが先に座って待っていた。


何かコックたちと楽しそうに話している。


「それで、お嬢様がどら焼きを作られたんですよ。」


「ドラヤキ…?」


「なんでも、本で見たらしくて。それが本当においしかったんだよな。」


どうやら、先日の話をしているらしい。


「あ、お、お嬢様!それでは坊ちゃん、これで失礼します…」


アイリスに気づいたコックたちは、そそくさと退室していった。


(これは絶対余計なことまで言ったわね…)


「ふふ、姉さんはおてんばだったんですね。」


コックたちの背中をにらむアイリスに、クレーヴェルは笑って言った。


「む、昔の話よ。今は違うわ。」


アイリスは頬を膨らませながらクレーヴェルの隣に腰掛けた。

早々に昔のわがままっぷりを弟に知られてしまった。


「まったく…」


「ふふふ。でも、お菓子が作れるなんてすごいですね。今度僕にも作ってほしいです。」


「あら、もちろんよ!」


アイリスは大きく頷いた。



 そのうちに公爵も席に着き、夕食が運ばれてきた。今日のメニューは子羊のほほ肉の赤ワイン煮込みだ。

コックたちのさすがの腕前で、赤ワインのさっぱりとした甘みがとろとろの羊肉に絡まり、口の中でとろけた。


「ん~!ほっぺが落ちそうなくらいおいしいわ!」


毎日こんなにおいしい料理を食べてよいのかと思ってしまうほど、コックたちの腕は確かだ。


「それはうれしいお言葉でございます。この料理に使われている赤ワインは、ルヴァン地方のものを使いました。」


「ほう、ルヴァン地方か。あそこのワインは一品だからなあ。」


そばに控えていたコックが言うと、公爵は納得したように頷いた。


「どうりでこんなにおいしいわけだ。」


 それから公爵とコックは何やら楽しそうにワインの話をし始めたが、アイリスは隣りにいるクレーヴェルのことが気になっていた。

ワインの話になったとき、クレーヴェルが公爵をにらんだように見えたからだ。


「クレーヴェル?大丈夫…?」


アイリスはたまらずに囁いた。


「何か気になることでもあった?」


しかしクレーヴェルは、変わらず人懐こそうな顔できょとんとしている。


「はい、ここのお料理はとてもおいしいので、びっくりしてしまって…」


そして、照れ臭そうに笑った。


(気のせいだったのかしら…)



「―おや、もうこんな時間か。クレーヴェル、疲れているだろうから、今日は早く寝た方がいいだろう。」


公爵が時計を見て言った。もう夜9時を過ぎていた。


公爵の言葉にクレーヴェルは立ち上がると、


「はい。ごちそうさまでした。」


と言ってぺこりと一礼した。


「私も部屋に戻りますね。」


アイリスも立ち上がり、クレーヴェルに続いた。


「おいしい食事をありがとう。パパ、おやすみなさい。」


そう言って、アイリスはクレーヴェルと共に部屋を出た。


明りに照らされているとはいえ、奥まで続く長い廊下は薄暗くて不気味だ。


「この廊下、暗くて怖いでしょう?部屋まで一緒に行くわ。」


(一緒に帰れる人がいてよかったー。)


「ありがとうございます。」


しかし笑顔で答えるクレーヴェルはあまり怖くなさそうだ。


「あまり怖くないように見えるけど?」


(これじゃ、私が怖いみたいじゃない!)


クレーヴェルにぴったりと寄り添いながら言うアイリス。

正解である。


「…暗いところは慣れているので。」


(「慣れている」?)


そう答えるクレーヴェルの言葉に、アイリスは何か引っかかるものを感じた。


しかしそんな考えも、ふわっと揺らめく白い何かによってかき消された。


「ヒイイイ…お、オバケ!?」


目にもとまらぬ速さでクレーヴェルの後ろに隠れる。


「…姉さん、あれはカーテンですよ。」


くすくすと笑いながらクレーヴェルが言った。

目を開けてカーテンだと気付いたアイリスは、恥ずかしくなってコホンと咳払いした。


「あ、あら。勘違いしちゃったわ、おほほ…」


「姉さん、もしかして…」


「べ、べつにオバケが怖いとかじゃないわよ!?」


急いで否定するが、額には冷や汗が浮かんでいる。


(うう、高校生にもなってオバケが怖いなんて…)


「はは。大丈夫ですよ、誰にだって怖いものはありますから。」


クレーヴェルが慰めるように言った。


「あなたにもあるの?」


「はい。」


「何が怖いの?」


クレーヴェルはしばらく考え込んだ後、


「…やっぱり、内緒です。」


といたずらっぽく笑った。


「送ってくださってありがとうございます。おやすみなさい。」


いつのまにか、クレーヴェルの部屋の前に着いていた。


「あ、ええ。おやすみなさい。」


アイリスがそう言うと、クレーヴェルは会釈をして部屋へ入っていった。


ドアが閉まりかけた時、アイリスは自分の目を疑った。


―ドアの隙間から見えた彼の表情が、とても空虚に見えた。




 部屋に着くと、アイリスは早速机へと向かい、クレーヴェルについての情報をノートに書き始めた。


(彼が第三のフラグだという可能性は十分あり得るわ。注意しないと。)


ノートのページを開く。攻略キャラ候補はもう三人になってしまった。


(あと何人出てくるんだろう…)


そう思いながら、ペンを走らせていく。




{フラグ3}


クレーヴェル・ロ・メルキュール




名前を書いたところで、ふとアイリスは手を止めた。


(クレーヴェル…どこかで聞いたことのある言葉だわ。どういう意味だったかな…)


しばらく考えてみるが、中々思い出せない。


(テレビで見たんだっけ?それとも、誰かから聞いたんだっけなあ…)


思い出せないが、確かにどこかで聞いたことのある言葉だ。


(まあ、そのうち思い出すでしょ。)


思い出すのを早々に諦め、事前に公爵から聞いた情報を含め再びノートに書き始める。




{フラグ3}


クレーヴェル・ロ・メルキュール:メルキュール家長男でアイリスの弟


                水の魔法を持つ  


                アイリスとは三か月年が離れている。


                メルキュール家の分家から引き取られてきた

                が、そこの家族とは折り合いが悪かった様子。


                母親は病気で亡くなった。


                攻略キャラの一人








 書き終わると、アイリスは着替えてごろりとベッドに寝転んだ。


仰向けになって考えていると、クレーヴェルの表情がよみがえってくる。

夕食時に見せた、あの憎悪に満ちたような表情、そして去り際に見せた虚ろな瞳。

アイリスには、それらがすべて気のせいであるとは思えなかった。


(あんな怖い表情を、幼い子供がするなんて…)


しかし、考えれば考えるほど、あれらの表情が何を意味するのか分からなかった。

人懐こそうな笑顔を見せるクレーヴェルが、あのような表情をするなど、信じられなかった。


(きっとなにか悩んでいることがあるんだわ。私にできることなら、力になってあげよう。)


貴族の子とは言えど、大変な経験をたくさんしてきたのだろう。


(明日屋敷を案内しながら、相談に乗ってあげよう。)


そう思っているうちに、アイリスはいつの間にか眠りに落ちていった。




久しぶりに、前世の夢を見た。


親友のしーちゃんと、公園に遊びに行った時の夢だ。




「ミホ!見て見て!」


「おーすごい!白い花がこんなに咲いてる!」


「これはね、シロツメクサだよ。」


「え、クローバーじゃないの?」


「それは葉っぱの方でしょ。花の名前は、シロツメクサって言うの。」


「へえー詳しいんだね。」


「うち好きなんだ~。かわいいし。」


「あれ、でもたしか、クローバーって花言葉結構怖いんじゃなかった?」


「え、そうなの?」


「うん。確か意味は…」




 そこで、目が覚めた。辺りを見回すが、まだ日は昇っていないようだ。


本でも読もうかと考えたが、夢の続きが気になるため、アイリスはもう一度寝ることにした。今から寝れば、あと三時間ほどは眠れるだろう。


アイリスは再び横になり、目を閉じた。



挿絵(By みてみん)



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