どら焼きを作るようです②
父親にお礼をするべく、どら焼きを作り始めたアイリス。
コックたちの助けも借りながら、無事おいしいどら焼きを作ることができるのか…?
「お嬢様、こちらでいかがでしょう?」
コックたちが選んだ豆は、全部で三種類あった。
小豆よりはだいぶ大きいが色が同じ赤紫の豆、
形は似ているが色が白い豆、
そしてグリンピースのような見た目をした豆だ。
「これらの豆は、どれも火を通すことでホクホクとした触感になりますね。あと、お嬢様がおっしゃっていたような甘い味付けにも適しているかと。」
「すごいわ…皆さん、ありがとう。」
他の豆で代用するなど、思いつきもしなかった。
食材に詳しい料理人ゆえの素晴らしいアイデアだ。
「それで…あとはどういたします?」
その場の全員がアイリスの指示を待っている。
「そうね…餡の方は豆をそれぞれ柔らかくした後、砂糖で甘く味付けして、外側は甘いパンケーキのようなものを作りましょう。」
そう言い終わったとたん、料理人たちはてきぱきとそれぞれ支度をし始めた。
何も相談しなくとも自分の役割を分かっている料理人たちに、チームワークの良さを感じる。
アイリスも自分だけが知っている味を再現すべく、各場所を回って料理人たちと意見を交わした。
豆が柔らかくゆであがるころには、外側のタネが仕上がりそうだった。
「じゃあここに蜂蜜を入れて。」
「蜂蜜も追加ですか?」
「ええ。砂糖だけじゃなく蜂蜜も加えると、ちょうどいい甘さになるの。」
コックたちと料理をするのはとても楽しく、時間はあっという間に過ぎてしまった。
出来上がった三種類のどら焼きを、全員で試食してみる。
ふわふわな触感とともに、口の中にほんのりと餡の甘さが広がった。
「おいしい!」
思わず感嘆の声が出る。
「おお!」
他のコックたちも、そのおいしさに驚いているようだ。
初めは心配していたあの三種類の豆も驚くほど小豆に近い甘さになり、外のパンケーキの素朴な甘さと見事にマッチしていた。
「これは…どの豆も本来の味が砂糖によって上手くまとまっていますね。」
マルタもおいしさに目を輝かせている。
「どうですか…コック長?」
さっきから押し黙って食べているボゾルグに、アイリスは心配になって尋ねた。
「…おいしい。」
聞こえないような小さな声で言って、そのまままた何も言わずにもくもくと食べ続けるボゾルグ。
黙ってはいるが、雰囲気から喜んでくれていることがわかり、アイリスはほっと胸をなでおろした。
「お嬢様、すごいですよ!」
コックたちが興奮した様子で言った。
「あのボスにおいしいと言わせるなんて!」
どうやらボゾルグはあまり食に関する感想を言わないらしい。
「ボゾルグコック長。」
アイリスが呼ぶと、ボゾルグがアイリスの目線に合わせるように膝をついた。
「本日は本当にありがとう。とてもいいお菓子が作れたわ。それで…その、また作りに来てもいいかしら?」
アイリスが言うと、ボゾルグは
「…喜んで…。」
と、かすかに笑ったように見えた…気がした。
「もっちろん、俺たちは大歓迎ですよ!」
他のコックたちも嬉しそうに言った。
アイリスは公爵にあげるいくつかのどら焼きを包んでおくよう頼み、マルタとともに、ボゾルグをはじめとするコックたちに笑顔で見送られながら、次の準備に取り掛かるため厨房を後にした。
翌日の昼過ぎ、公爵が屋敷に帰ってきた。
「パパ。お帰りなさい。」
「寂しかったぞー!可愛い娘よー!」
笑顔で迎えるアイリスに、公爵も約半日ぶりの再会を喜んだ。
「パパ、お着換えが済みましたら、あとでテラスの方に来てくれませんか?」
「テラスかい?」
「はい。見せたいものがあるんです。」
アイリスが言い終わらないうちに、ものすごい速さで自室に戻っていく公爵。
使用人たちも荷物を持って慌てて追いかけて行った。
「ふふ、旦那様は本当にお嬢様を愛してらっしゃるのですね。」
「微笑ましいわね。」
近くで見ていたマルタとアンナがささやきあった。
「さあ、私達も最後の仕上げをしなくちゃ。」
アイリスが振り向いて言った。
「仕上げ、ですか?もう準備は整っておりますよ?」
「ふふ、あとは私に任せて頂戴。」
そう言って、アイリスは一足先にテラスへと向かった。
しばらくして、公爵が息を切らしながら、テラス前で待つマルタのところにやってきた。
「旦那様、急がなくてもテラスは逃げませんよ。」
呆れたようにマルタが言った。
アンナやほかの使用人たちも笑っている。
「娘のためだからな!」
自慢げに言う公爵。ふと、アイリスがいないことに気づく。
「おや、アイリスはどこだ?」
「お嬢様ならテラスでお待ちですよ。なんでも、旦那様を驚かせたいとのことで。」
マルタがそう言うと、テラスの扉が開かれ、公爵は目の前の光景にはっと息をのんだ。
深い緑色の草木が心地よい木陰を作り、大小さまざまな石が置かたテラスには、かすかに水の音が聞こえている。
その様子は、まさに日本庭園そのものだった。
「これはいったい…」
「ようこそ、パパ。」
白地に赤い模様のワンピースを着たアイリスが、立ち上がって言った。
「驚きました?」
「ああ、初めて見る景色だが…素晴らしいよ。」
(さすが日本の庭園。)
アイリスは父親の手を引き、テーブルへと案内した。
椅子もテーブルも普段使っているものではなく、木製のシックな椅子に変えられている。
これは別棟で見つけた椅子を塗りなおしたものだ。
「とても美しいな…お前が考えたのか?」
「はい。えっと、本で読んだ気がします。」
(さすがに前世で見たとは言えない…)
曖昧にごまかすアイリス。
椅子に座ってからも、公爵は興味深そうにきょろきょろと周りを見ている。
ふと、何かに気付いて公爵は耳を傾けた。
「これは…川の音か?」
「はい。ここに。」
そう言ってアイリスが指さした先には、大きさがバラバラの甕が置いてあった。
公爵がのぞくと、中からはこんこんと水が湧き出し、それぞれの穴からの他の甕に注がれていた。
「これは何だい?」
「この甕で涼しさを演出しているんです。」
「なるほど、しかしこの水はどこから…」
そこまで言って、公爵はハッとアイリスの方を振り向いた。
アイリスはにこっと笑って言った。
「はい。私の魔力です。」
公爵は大きく目を見開いた。
そして、
「そうかあ、お前もついに魔力を使えるようになったのかあ…。」
とぼろぼろと涙を流した。
(お父様は泣き虫だな…まあ、私も人のこと言えないけど。)
とアイリスは思ったが、父親が自分のことのように喜んでくれることが嬉しかった。
「お嬢様、お茶の準備ができました。」
「わかったわ。さあパパ、座りましょう。」
マルタが紅茶とどら焼きを持ってくると、アイリスたちは席に着いた。
「これは…?」
目の前に置かれたどら焼きに興味津々な公爵は、鼻の先が付きそうなほど間近で見ている。
「どら焼き、と言うお菓子ですわ。」
「ほう…ドラヤキか。初めて聞く菓子だな。」
「パパが紅茶がお好きとのことなので、紅茶に合うお菓子を作ってみましたの。」
「お、お前が作ったのか?」
公爵が驚いて顔を上げた。得意げにうなずくアイリス。
公爵は恐る恐るどら焼きを口に入れた。
しかし、一口かみしめた途端ぱあと顔を輝かせ、続けて二口、三口とあっという間に食べてしまった。
「おいしいな。ほのかな甘みが口の中に広がって…中身は、これは豆か?」
「はい。コックたちに手伝ってもらって、甘くしましたの。お父様のお好きな紅茶に合うように作りました。」
アイリスがそう言うと、公爵は紅茶を飲み、どら焼きを口に含んだ。
「おお!これもまた、紅茶の苦みと見事に合うな。」
公爵がおいしそうにどら焼きを食べている間、アイリスは笑顔でその様子を見ていた。
思えば、この世界に来てから物事がすごい勢いで過ぎていったせいで、こうして誰かと向き合って、ゆっくりと食事を楽しむことができていなかった。
…いや、それは前世でも同じだったかもしれない。
(お父さんともっと話せばよかったな。)
前世の父親は、寡黙な性格だったため、公爵のように表立って愛情表現をしてくる方ではなかった。
大きくなるにつれて、そんな父親の態度を疎ましく思うことが多くなったが、今思えば、彼は父親なりに愛情を注いでくれていたのだ。
(私がしーちゃんと同じ高校に行きたいって言った時も、反対するお母さんを説得してくれたっけ。)
ジンと目の奥が熱くなる。
思い出してみると、今までたくさん助けてくれたことにろくにお礼も言えてなかった。
今回のお茶会を開いたのも、前世の罪悪感が少しあったからかもしれない。
「アイリス、どうかしたかい?」
ぼーっとするアイリスに、公爵が声をかけた。
「…なんでもありませんわ。」
そう言ってにこっと笑うアイリスに、少し心配そうな表情を残しながらも、公爵は持っていたティーカップを置いてアイリスと向き合った。
「アイリス、今日は素晴らしい茶会に招いてくれてありがとう。今までで、一番心安らぐ茶会だった。」
そう礼を述べる公爵に、アイリスも、
「パパに日ごろのお礼を伝えたかったんです。」
と言ってぺこりと頭を下げた。
なんとなく、先ほどまで抱いていた罪悪感が軽くなった気がした。
「ははは。お前がそんなことを言うようになるとはな。」
優しい顔をして公爵は微笑んだ。その顔が、滅多に笑わない前世の父親と重なって見えた。
(そっか、こんな風に素直に言うだけで良かったんだ。)
涙が出そうになりながらも、アイリスはとびきりの笑顔で言った。
「ありがとうパパ。…大好きだよ。」
日が傾き始め風が冷たくなったころ、茶会はお開きとなった。
「本当に楽しかったなあ!」
笑顔で満足げに言う公爵に、アイリスも思わず笑みがこぼれる。
こうして親子水入らずで会話したのは何年ぶりだろうか。
公爵は日本庭園風のテラスを気に入ってくれ、今後アイリスが好きなようにデザインしていいと言ってくれたし、またどら焼きを作ってくれとお願いもされた。
自分がした事にこんなにも喜んでくれるのは、アイリスとしても非常にうれしかった。
ただ、記念にどら焼きを額縁に入れて飾ろうと言われた時はさすがに少し引いたが。
「そうだ、アイリス。」
不意に前を歩いていた公爵が振り返った。
「今日帰ってきたのは、お前にうれしい知らせがあるからなんだ!」
目を輝かせながらそう言う公爵に、嫌な予感がするアイリス。
(そ、それってもしかして…)
この前、マルタが言っていた話を思い出す。
「まさか…」
「明日、お前の弟が来るぞ!」
その言葉に、アイリスは再び現実に引き戻された。
(この展開、絶対第三のフラグだ―!)
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