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どら焼きを作るようです

自分のために仕事を休んでくれた父親に、何かお礼をしたいと思い立ったアイリス。

しかし、いざ料理をしようと意気込むアイリスの前に、いくつもの壁が立ちはだかって…?

部屋に戻ってしばらく気持ちを落ち着かせていると、マルタがヌーヴェル・マリエの入ったコップを持ってやってきた。


「お嬢様、本当に花瓶をご用意しなくてよいのですか?」


「うん。私が初めて魔法を使ったコップだもの。記念にしたいわ。」


笑顔で言うアイリスに、マルタは「かしこまりました」と言ってコップを置いた。


「それで、いきなり厨房に走っていってどうなさったんです?」


「あのね、お父様にお礼をしたいと昨晩言ったでしょう?」


「ええ。」


「だから、紅茶に合うお菓子を作ろうと思って!」


目を輝かせながら言うアイリスと対照的に、あきれ顔になるマルタ。


「お嬢様。料理をするご令嬢など聞いたことがございません。お礼ならもっと別の形がございますでしょう?」


「別の形って?」


「ダンスや、ピアノを弾いて差し上げるとか…料理など、お嬢様がなさるようなことではございません。」


貴族は料理をしてはいけないのか。

しかし、ダンスやピアノは全くの専門外だ。


「そんなもの、何の足しにもならないわ。ねえマルタ、いいでしょうお願い。」


ウルウルさせた目で上目遣いに見上げる。


(これでどうだ!)


一生懸命頼むアイリスに、根負けしたマルタはうなずいた。


「…仕方ありませんね。」


「やった!」


「ただし!」


喜ぶアイリスに、マルタがくぎを刺す。


「必ず危ないことはしないと約束してください。包丁を使うときはもちろん、火を使うときはコックにやらせてください。」


「わかったわ!ありがとうマルタ!」


うれしさで話半分のアイリスに、マルタはため息をつくと、


「ではお召し物を持ってきますね。」


と言って、部屋から出て行った。


 部屋で一人になると、アイリスはコップに生けられたヌーヴェル・マリエを見つめた。


さっき見た時よりはだいぶ元気になっている気がする。

レースに似た美しい花を見ると、エドワード王子のことを思い出す。

王子の可憐で美しい見た目の裏に、あのように思い悩んでいることがあるなんて思いもしなかった。


(あの悩みも、周りを思うが故なのよね…)


一見完璧そうでも、人それぞれ悩みは違うのだなあとアイリスは思った。


「そうだ…王子のこともメモしておかないと。」


 そう思い、アイリスは机の引き出しを開けノートを取り出した。

ノートのページをめくり、{フラグ1}「王子との婚約」と書かれた欄に「確定」と書き足す。


(はあ~確定しちゃったよ~。)


一人誰もいない部屋でため息をつき、再びノートに書き始める。




{フラグ1}王子との婚約確定


エドワード王子:ティエラ王国第二王子


        炎の魔力を持つ


        天才と言われているが、体が弱いことを気にしている。優しい性

        格で常に周りのことを気にかけている。


        攻略対象の一人(ほぼ確定)




{フラグ2}レオン王子


レオン王子:ティエラ王国第三王子


      風の魔力を持つ


      エドワード王子の双子の弟


      おとなしい性格のエドワード王子とは対照的に元気いっぱいの性格。

      顔がすぐに赤くなる。


      体の弱い兄を大切に思っているが、少々過保護すぎる様子。


      攻略対象の一人(こちらに好意はないため直接的なフラグは立たな

      そう)




「早速フラグを二つも立てるとは…恐るべし、乙女ゲーム…」 


 エドワード王子はさておき、レオン王子がアイリスに好意を持っている様子は見られなかったが、いつどこでバッドエンドにつながるかわからない。油断は禁物だ。


「こんなんで私、大丈夫なのかな…。」


先が思いやられる。


ノートを見つめながら頭を悩ませていると、マルタが入ってきた。


「お嬢様。お支度ができました。…何をしておられるのですか?」   


「な、何でもないわ!」


慌ててノートを引き出しに戻し、何事もなかったようにアイリスは立ち上がった。  


「そうですか。お召し物をご用意いたしましたので、お着換えください。」


そう言ってマルタが見せた服は、小さなリボンがたくさんついた長袖のドレスだった。


「…マルタ?」


「はい」


「もっとこう、地味なのはないのかしら?」


今までアイリスが着てきた服よりかは抑え気味なデザインだったが、それでもこのリボンの数はさすがに痛い。


「これが、お嬢様のお持ちになっている中で一番シンプルなものですが。」


(ええ~)


平然と言うマルタに、心の中で落胆するアイリス。


(八歳児の趣味ってわからないわ…)


もう一度、マルタの差し出す服を見る。

どう見ても、料理に向いているとは言えない。


(どうしようか…)


悩むアイリスが服から目をそらすと、マルタの着ている服が目に入った。

王宮に着ていった服から、侍女用のシンプルな服に着替えている。


「ねえ、マルタ?」


「なんでしょう。」


何か企んでいるような顔をして問いかけるアイリスに、警戒するマルタ。


「この屋敷で、一番若い侍女は誰かしら?」


「一番若くて…17歳のアンナでしょうか」


アンナ、ここにきて初日に一緒に朝食を食べたあの侍女だ。


「へえ、そうなの…」


(アンナって確か今の私ぐらいの年からここで働いていたわね。)


思わず笑みを漏らす。


「マルタ、私一人で着替えるから、先に行っててちょうだい。」


「ですがお嬢様、」


「いいからいいから。」


そう言って、マルタを部屋の外に押し出す。


「すぐ行くわ!厨房で会いましょう!」


そう言ってアイリスは扉を閉めた。


 ドア越しにマルタが去っていくのを確認した後、そーっと部屋から抜け出し、使用人たちの住む別棟へこっそりと向かうアイリス。


(道は確か…)


 別棟は屋敷と裏庭を隔てたすぐ横にある。急いで向かい、ドアの近くにいた長身の使用人に声をかける。


「おはよう。ねえ、アンナはいる?」


「お、お嬢様!おはようございます。こんなところで何を…?」


いきなり現れたアイリスに、使用人は慌てた様子で言った。


「私のことは気にしないで。アンナに用があるの。今いるかしら?」


「アンナ…ですか?あいつ何かやらかしたんですか?」


心配そうに使用人が聞いた。


「そうじゃないの。ただ、ちょっとお願い事よ。」


アイリスは急かして言った。急がないと、マルタがやってくるかもしれない。


「あいつなら今部屋の掃除をしているはずですよ。ご案内しますか?」


「ええお願い。」


使用人に案内してもらった部屋へ行くと、アンナがちょうど掃除を終えたところのようだった。


「お、お嬢様!?なぜここに?」


振り向いてアイリスを見たアンナは驚いて言った。


「アンナ、確かあなた小さい時からここで働いているのよね?」


「は、はい左様でございますが…」


「あなたの服を、私に貸してちょうだい!」


予想もしていないアイリスの言葉に、その場にいた全員が固まった。


「わ、私の服…ですか?そんなお嬢様にお貸しできるものでは…。」


信じられない、という顔でアンナが口を開いた。


「時間がないの。お願い!」


必死で頼み込むアイリスに、


「いいじゃないか、アンナ、貸してやれよ。」


と、先ほど案内してくれた使用人が言った。


「で、でもコナー…」


「お嬢様が借りたいと言っているんだからいいだろう。」


「…わかったわ。」


しぶしぶとうなずくアンナ。

アイリスはコナーと言う名の使用人に礼を述べた。


「ありがとうございます。コナー。」


「これくらいお安い御用ですよ。にしても、なんで侍女服など?」


「お父様にお菓子を作ろうと思って…」


恥ずかしがりながらアイリスは言った。

やはり変な子だと思われるだろうか。


しかしコナーはにかっと笑うと、


「へえー。そりゃいいアイデアですね。」


と言った。


「本当?」


初めての賛成意見に、アイリスは顔を輝かせた。


「はい。貴族のご令嬢が料理なんて面白、痛っ!!」


コナーが言葉の途中で頭を押さえた。

見ると、アンナが服を持って立っていた。


「何すんだよ!」


「言葉に気をつけなさいよ、まったく。…お嬢様、少し大きいかもしれませんが、これが一番きれいなので…」


そう言って、アンナは持っていた服を差し出した。


「ありがとうアンナ!助かったわ!」


「お急ぎでしたら、私の部屋で着替えていきますか?掃除したばかりですので。」


服を受け取り喜ぶアイリスに、アンナが提案した。


「ええ、そうするわ。」


アイリスがそう言うと、アンナはコナーとともに部屋を出て行った。


貸してもらった服を見ると、いつも使用人たちが着ているのよりは少し小さい、清潔な侍女服だった。


(こういうシンプルな服の方が好きなんだけどなー。)


袖を通してみると少し丈が長かったが、何回か折るとちょうど良いサイズになった。


「よしっ」


エプロンをつけ、アイリスは髪をまとめ上げた。

くるっとその場で回ってみると、ふわりと洗剤の良い香りがした。


「案外かわいいかも。」


気分上々で部屋を出ると、アンナとコナーが何か言いあっていた。


「そういって、コナーだってこの前私のお昼食べちゃったじゃない!」


「あ、あれは間違えただけだ!わざとじゃねえ!」


「絶対嘘。だってあなたその前にもう自分の分食べてたの、見てたんだから。」


「うっ。そ、それは…」


こうしてみると、カップルの痴話喧嘩のように見える。


「あのー」


「あ、お嬢様!もうお着換えになったんですか。」


二人が気付いてこちらに歩いてきた。


「すごい!かわいい!」


「おいアンナ、かわいいってそりゃ失礼だろ…」


「だって本当にかわいいんですもの!」


また言い合いが始まった。


「あのー…」


「はっ。お見苦しいところを申し訳ありません…。」


アンナが慌てて謝る。


「えっと、二人は付き合ってるの?」


思わず聞いてしまった。


ぽかんとする二人。


「やだー違いますよ~。」


「そ、そうですよ。」


「第一、この人と付き合うなんてありえませんから。」


「え、ありえないの?」


笑ってそう返すアンナの半面、コナーは少しショックを受けているようだ。


「さ、それよりもお菓子を作るんですよね!厨房までお送りします!」


落ち込むコナーを置いて、アイリスはアンナと一緒に厨房へと向かった。




「お嬢様!その格好はいったい…」


厨房に着くと、アイリスの予想通り、マルタは衝撃を受けているようだ。


「これの方が動きやすいし。何よりあの洋服の何倍もかわいいわ。」


驚きで何も言えないマルタの横を通り過ぎながら、アイリスはすまして言った。


そして、厨房にいるコックたちに、


「コック長はいますか?」


と声をかけた。すると奥からぬうっと大きな男性が出てきた。


「…何の御用でしょうか。」


 無表情でぼそぼそと小さな声で言う男性は、アイリスの三倍ほどの大きさはあるだろうか。


「あ…。」


アイリスはその大きさに思わず固まってしまった。


「あー!ボス、お嬢様怖がってますよ!しゃがんでしゃがんで!」


周りのコックたちが慌てて言った。


「この人見た目はこんなんですが、悪い人ではないので!」


料理長はしゅんと落ち込んでしゃがんだが、それでもアイリスの背は優に越していた。


「…ボゾルグです。」


精一杯背を小さくして話すボゾルグに、はっと我に返るアイリス。


「あっ、ごめんなさい。ちょっと驚いてしまって…」


「ボスー。だから急に子供の前に出ちゃダメって言ったじゃないですかー。」


 他のコックたちに言われ、ボゾルグはますます体を小さくしてうなだれた。

その様子を見て、大きい熊みたいだなあとアイリスは思った。


「もう怖くはありませんわ。ボゾルグ料理長。あなたの作るお料理はいつもおいしくて、私大好きなのよ。」


アイリスの言葉に、ボゾルグはぱあっと表情が明るくなった…様に見える。


(無表情だからわからないわ…)


しかし、喜んでいるのは確かなようだ。

他のコックたちもうれしそうに顔をほころばせている。


「だからそのあなたに、お菓子作りを手伝ってほしくって。」


アイリスはちらっとマルタを見た。やれやれと言わんばかりに首を振るマルタ。


「お菓子…と言いますと?」


ボゾルグの後ろに控えていた陽気そうなコックが聞いた。


「どら焼きを、作って差し上げようと思って!」


「ドラヤキ…?」


周りの者はみな不思議そうに言った。

やはりこの世界に和菓子と言うものは存在しないらしい。


「え、えーと…パンケーキ、みたいな?」


そこからアイリスはどら焼きの材料や作り方を言って聞かせた。


「うーん。そのアズキと言う豆は聞いたこともないですね…」


先程のコックが首をかしげる。


「ボスは知ってます?」


そう聞かれたボゾルグは首を振った。彼も知らないようだ。


 前世でおばあちゃんに紅茶にはどら焼きが合うと教えてもらったことがある。

どことなくパンケーキに似ているためこの世界の人の口にもあうかと思ったが、小豆がないのでは打つ手なしだ。


「じゃあ無理なのかな…」


 落ち込むアイリス。するとボゾルグは厨房の奥へと引っ込んでいった。

しばらくして、手に重そうな麻袋をいくつも持ってくると、アイリスの前に袋を置き、中を開いて見せた。


「これは…?」


中をのぞくと、それぞれの袋に色も形も違う豆がたくさん入っていた。


「…ないなら、代わりのものを使えばいい…。」


ぼそぼそと話すボゾルグに、周りのコックたちも賛同する。


「そうか!豆ならいっぱい種類がある。さすがボス!」


「我らが料理長!」


場の空気が一気に明るくなった。


「お嬢様、そのアズキ…と言う豆はどんな豆なのですか?」


マルタが後ろから袋をのぞき込んで言った。


「えっと、赤くて、大きさは小指の爪くらいかな。炊くとホクホクするの」


「炊くとホクホクするのはこれとこれで、色が近いのはこの豆ですね。」


「触感と甘くするのを考えるならこれとこの豆が適していると思います。」


てきぱきとコックたちが豆を仕分けていく。


 真剣に料理のことを考えている彼らの顔は、食材を熟知した料理人の顔だった。彼らとなら成功させられるかもしれない、とアイリスの中で再び希望が芽生えた。












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