どうやら、悪役令嬢のようです
乙女ゲームに詳しくないと、破滅エンドは回避できない?
いいえ、乙女ゲーム未経験者なりに、破滅エンドを推測してフラグをどんどん壊していきます!
なめらかなさわり心地の布団に、みずみずしい花の香り。
(ここはいったい…)
目を開けてみると、そこはいつもと違う世界だった。普段なら、目を開けた瞬間にお母さんの鬼の形相が視界いっぱいに広がり、
「ちょっと!早く起きなさい!遅刻しても知らないわよ!」
と言われるのに。
しかし、実際に耳に入ってきたのは、
「お嬢様!目を覚まされましたか!」
という、驚きと安堵の入り混じった声だった。
(よかった。お母さん怒ってない…って、んん?“お嬢様!?)
ばっと起き上がろうとすると、背中を誰かに支えられた。驚いて見ると、メイド服を着た見たことのない女性が顔をのぞき込んできた。
「お嬢様、もうお体は大丈夫なのですか?痛みなどは…?」
心配する女性をよそに、いきなり知らない場所にいることが理解できず、パニックに陥った。
それでも何か言わなければと思い口を開くが、何を言えばいいのか分からずただパクパクと動くだけだった。
「…お嬢様?」
何も言わずに口だけを動かす私を見て、私の目の前にいるメイドのような女性の顔に不安そうな表情が広がっていった。
「あ、ああ、大丈夫…です。」
何とか振り絞ったその声は、聞きなれている私の声ではなく、もっと高い声だった。そのことに驚く一方、メイドの方も非常に驚いた様子で、
「お、お嬢様、いかがなされたのですか?」
と言った。
(いかがなされたのはそっちよ!さっきからお嬢様お嬢様って、どういうことなの…)
状況が読み込めず混乱する私をよそに、彼女は
「お嬢様、先ほどは派手に転ばれたようですが、痛みや違和感などございませんか?」
と、鏡を差し出してきた。
その鏡をのぞくと、そこには全く私に似ても似つかない顔が映っていた。
ゆるくウェーブしたブロンドの髪に、幼い少女の顔。…八歳か九歳ほどだろうか。しかし、それよりも目についたのは、なんとも意地悪そうなグリーンの瞳だ。
「わあ、意地悪そうな子ね」
そうつぶやく私に、
「失礼ながら、それはお嬢様のお顔ですが…」
と女性が言った。何言ってるんだこのメイドは、と思いながらもう一度鏡を見ると、鏡の中の少女もこちらを見返してきた。
まさか…もしかして…!?
メイドから鏡を奪ってのぞき込む鏡には、私と同じく驚きに満ちた顔の少女が映っている。
(もしかして…これが、私?)
いつまでも鏡を凝視している私に、メイドが心配そうに
「あの…もしかしてお怪我などございましたか?」
と尋ねてきた。はっと我に返った私は、とりあえず自分を心配しているこの女性を安心させようと、
「お気遣いありがとうございます。私は大丈夫です。」
と言った。するとメイドは、心底驚いたような顔をしてしばらく固まっていたが、やがて思い出したように
「では、旦那様を呼んでまいりますので、しばらくお待ちください。」
と言って、そそくさと部屋を出ていった。
誰もいなくなった部屋でもう一度鏡を見てみると、先ほどと同じ少女の顔が映っている。意地悪そうな目をのぞけば、なかなかかわいい顔だな、とのんきにもそう思ってしまった。
鏡を置き、部屋を見回すと、私の知っている自室とはまるでかけ離れた景色が広がっている。金の縁にはめ込まれた大きな窓に、これでもかと花瓶に生けられた沢山のバラ、そして私のいるゴージャスな天蓋つきベッド。どう考えても、ここは私の家じゃない。それに、さっき出ていったメイドの顔は日本人の顔ではない。
「つまりここは、日本ではない…?」
でもそうすると、私の顔は?いくら髪を染めてカラコンを入れたところで、これを私の顔だというには無理がある。それに、さっきから頭の後ろが痛い。さっきのメイドのような女の人が言うには、私は派手に転んだみたいだから、きっとそれだろう。
「痛いってことは、夢じゃないよね…まさか…生まれ変わっちゃったかな」
自分でも驚く考えだが、そうでなければこの状況に説明がつかない。
(とりあえず、今はこのバカげた説が一番腑に落ちる気がする…)
妙に納得してしまった私は、さっきメイドが言っていた言葉を思い返してみた。お嬢様と呼ばれていたこと、そしてこの部屋から考えると、私は良いところの、まさに「お嬢様」らしい。そして彼女は、旦那様を連れてくると言っていた。その旦那様は、大方、私の父親だろう。
「問題はこの子の、いや、私の名前よね…」
仮に私がこの女の子に生まれ変わってしまったとはいえ、自分の名前さえも知らないのはおかしい。
「うーん、どうしよう」
必死に自分の名前を思い出そうとしていると、コンコンとノックの音が聞こえ、音の方を向くと、ドアが開き、四十代ほどの男性が勢いよく入ってきた。
「おお!私の可愛い娘よ!大丈夫かい?痛いところはないかい!?」
そう言って私の方に近づく男性の目は、鏡の中の少女、つまり私と同じグリーンの目をしていた。
(ってことはこの人が私のお父さんね)
「ええ、お父様。ご心配ありがとうございます。痛みも大したことありませんわ。」
目いっぱいお金持ちの女の子、という口調でそう答えると、男性は、
「ど、どうして…やはり怒っているのかい?もうパパとは呼んでくれないのかい!?」
とがっくりと膝をついた。
(げ、しまった。パパ呼びか…)
「だ、大丈夫ですわ。おと…パパ。」
「大丈夫なわけないだろう!?口調もすっかり変わってしまって!やはり頭をぶつけたせいでおかしくなってしまったに違いない。医者を、今すぐ医者を呼ぶんだ!」
あまりの取り乱し用に驚き、
「本当に!本当に大丈夫なので!元気ですから!」
と、落ち着かせようとするが、男性は落ち着くどころかますます取り乱し、
「いいや!私の可愛い娘がこんな大人びているわけがない!きっと魔法にかけられたんだ。退魔師も呼べ!」
と、部屋から出ていこうとしている。
(医者なんて呼ばれたら自分の娘じゃないってばれるかもしれない!)
そう思い、慌てて男性を引き留めようとベッドから飛び降りたが、八歳ほどの体では思ったより地面が遠く転んでしまった。それでも必死に男性の服にしがみつき、
「大丈夫!医者はいいですから!」
と叫び、体を起こそうとした瞬間、
ビリッ
破けるような音がして、見上げると、つかんでいた男性の服が破れている。
(!?)
見るからに高そうな服の切れ端を握りしめた私は、顔面蒼白になり、
「も、申し訳ありません!!」
と土下座した。頭の中に、弁償、裁判、外出禁止の文字が渦巻く。
「お嬢様が、お謝りになられた…」
シーンと静まり返った部屋の中、呟き声が聞こえた。恐る恐る顔を上げると、男性の後ろのドアから、先ほどのメイドを含めた何人かの人が、驚いた顔でこちらをのぞいている。
服を破いてしまった男性の顔を見てみると、同じように驚いた顔をして私を見下ろしている。
急に恥ずかしくなった私は、急いで起き上がり、
「大切なお召し物を破いてしまい、本当に申し訳ありません。どのような罰でも、受ける所存です。」
と、頭を下げた。するとドアの方から息をのむような音が聞こえたが、かまわず頭を下げていると、
「頭を上げなさい。」
と男性が言った。おずおずと上に目を向けると、
「服のことは気にしなくていい。私も慌ててしまってすまなかった。まさかお前がこんなにも成長しているなんて…」
と、目に涙を浮かべた男性に抱きしめられた。メイドたちも目にハンカチを当てている。
「え、ええ。ありがとうございます。」
訳が分からないまま返事をすると、男性は私に向き直り、
「でも、私のことはパパのままでいいんだぞ!」
と満面の笑みで言った。
「しかし、ショックすぎたとはいえ、あんなにダッシュで逃げていくなんてなあ」
はっはっはと笑う男性を見ながら、私ははあ、とため息をついた。
男性…今の私の父親の話によると、部屋をダッシュで出ていった私は、勢い余って転倒し、頭をぶつけそのまま気を失ったそうだ。
(どんだけおてんばだったのよ、この子は…)
自分がなぜこの少女に生まれ変わってしまったのかはわからないが、とりあえず、父親の話から自分は貴族の娘で、そして婚約話を持ち掛けられていることが分かった。
「まあ肖像画だけではわからんだろう。一度会ってみたらどうだ。」
そういって掲げる肖像画には、婚約者と思われる少年の顔が描かれている。
(でも、どうして逃げ出そうとしたのかな…)
黒髪に凛々しそうな瞳。肖像画に描かれているのは誰が見てもイケメンだと答えそうな少年だ。私、いや、元私がこの絵を見てなぜ逃げだすほど嫌だったのか理解ができない。
(もっと前に記憶が戻っていれば絶対にオッケーするのに)
「やはり以前から言っていた相手でなくてはだめか…」
そうつぶやく父親は、どことなく残念そうだ。きっと、私のために一生懸命探してきた相手なのだろう。
(それを拒むなんて!)
元私にいら立ちが募る。
(でも、こんなにやさしくしてくれる父親を困らせるなんて、顔と同じで性格も悪かったのね。まるで悪役令嬢みたい。)
そう思って、はっとした。よみがえってくる前世での友達との会話。
「はー眠い。」
「また徹夜で乙女ゲームしてたんでしょ」
「ええ違うよー。最近さー、転生ものにはまってんの。」
「転生もの?なにそれ」
「知らないのー?普通の女の子が、ある日悪役令嬢に転生する話。めっちゃ流行ってるんだよー」
「ふーん。」
「あ、興味ないでしょ。めっちゃ面白いんだから!これ貸すから読んでみて!」
「なにこれ。“甘やかされて育ったために意地悪な性格に育ち、王子との婚約破棄という破滅の道へ進む悪役令嬢に生まれ変わっちゃった!”?タイトル長っ!」
「略して“甘やか令嬢”ね。主人公が、ある日自分がはまっていた乙女ゲームの悪役に転生しちゃって、破滅の道しかないから、ゲームの知識を生かしてそれを回避しようって話。」
「え、それゲームしたことない子には不利じゃない!」
「バッドエンド回避するんだから知識がないと話が進まないじゃん」
「じゃー私には無理だわー」
「それなー。どっちかっていうとうちの方が可能性高いわ」
(ガッツリ私が転生してるじゃん!)
優しい父親、かっこいい婚約者、意地悪そうな容姿。状況的にみて、ここは乙女ゲームの世界で、しかも私が悪役令嬢であることに間違いないだろう。
(でも、転生するのは乙女ゲーム経験者のはずでしょ!なんで私なのよ!)
一人悶々と頭を抱えていると、
「ではそういうことでいいかい?私の可愛い娘よ」
と、話し掛けられ、とっさに
「え!あ、はい」
と答えてしまった。
「決まったら追って連絡するよ。さっそく王都に戻らなければ。」
そういって父親は部屋を出て行った。
(全然聞いてなかったけど、まあ大丈夫か)
そう思い、この少女について何か手掛かりになる物を探そうと部屋を歩いていると、初めにいたメイドが紅茶を持って入ってきた。
「お嬢様、お茶でございます。お嬢様のお好きなお菓子も持ってまいりました。」
「あ、ありがとうございます。」
そういってティーセットが置かれた席に着くと、遠慮がちにメイドが話しかけてきた。
「あの、本当に良かったのでございますか?お相手はあのアラン様でございますよ。」
アラン、さっきの肖像画の少年の名だ。
「え、なにがです?」
思わずすっとんきょうな声が出てしまった。
「婚約のことでございますよ。アラン様は伯爵家でお嬢様より身分こそ低いものの、あの有名なチェルシー家のご長男でありますでしょう。チェルシー家と言えば、魔導士として王家にお仕えなさるお家柄。それにアラン様のあの美貌ですもの。婚約の申し込みが絶えないと伺いましたが。」
(へえーそんなにすごいんだ。じゃあお父様も話を取り付けるの大変だっただろうな…)
「それでもお嬢様はやはりエドワード王子とご結婚なさりたいのですね。すっかり礼儀正しくなられて…旦那様もそれならばと王室にご婚約の申し込みをされに出かけられましたよ。」
いきなりのことに持っていたカップを落としてしまった。
「ええ!?なにそれ聞いてない!」
「ああ、お嬢様!お召し物が汚れます!今お着換えするものをお持ちいたします。」
そういって慌てて出ていくメイドをよそに、頭の中に混乱が広がる。
(さっきの話は婚約を変えることだったんだ…どうしよう、王子と婚約なんてそれこそ悪役令嬢への道まっしぐらだわ…でも、もうお父様は出かけられてるし…やっぱり嘘ですって言っても…)
ぐるぐると考えが渦巻く。
もしかして、すでに破滅への道を突き進んでる・・・!?
この度はこの話を読んでくださり、ありがとうございます。
初めて投稿したので、至らない点が多く見られたかと思いますが、楽しんでいただけたら幸いです。