表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
未来を紡ぐ者達  作者: 聖那
第1章 邂逅
8/28

聖ガイア軍総部隊長 エイト(後)

エイトが総部隊長に就いてから、早くも二年の月日が流れていた。

魔竜バ・ハームの復活の兆しがあるという凶報が、陰明寺家の文によって届けられたのが数日前のこと。その報せは瞬く間に軍全体へと広がった。無闇な混乱を避けるために、エイトは厳しい箝口令(かんこうれい)を敷き、軍の人間以外への他言を固く禁じた。


軍内では、毎日欠かすことなく繰り返してきた訓練の成果を、遂に発揮することが出来ると誰もが意気込み、魔竜バ・ハームは我が討つと血気にはやる者もいた。


しかし、エイトは軍の総部隊長として自分が何をしなければならないかを考えれば考えるほどに、その思いとは裏腹に、エイトの心は行き場を失ったように彷循(さまよ)う。

軍の中で責任ある立場としては、このガイア大地を守護するために、いかなる敵とも戦わなければならないことはよく分かっていた。その覚悟も出来ている。しかし、それがたとえ人非(ひとあらざ)るものであったとしても、戦わずに済む方法があるならば、双方にとって不利益な血を流す必要などないのではないか、戦うことを前提として考えること自体間違っているのではないかと、自分自身の中に沸き起こる感情との狭間で苦しんでいた。


(今は・・・俺自身が出来る最善のことをするまで)


そう何度も鏡越しに写るもう一人の自分に言い聞かせてみるが、頭では理解しても心が迷いを断ち切れずにいた。


さらに、エイトが戦うことをためらう理由は他にもあった。それは、軍に残されているこれまでの戦いの記録「軍争史記(ぐんそうしき)」には、過去に魔竜バ・ハームが率いる魔竜軍と人間との間で繰り返されてきた人竜戦争の記録が、(ほとん)ど残されていないことだ。実際の戦闘の内容や、魔竜族の規模、そして、一番大切なはずの、魔竜バ・ハームを今までどのようにして封印してきたのかが、すっかり抜け落ちているのだ。つまり、敵の情報がほぼ皆無なのである。


(こんな状況じゃ、いかに訓練を重ねた屈強のガイア軍と言えど、規模も実力も分からない、ましてや魔竜族などという人非ざる者を相手に、勝算を見出だすことなどまず無理だ。()けない態勢を作ることさえ至難の(わざ)・・・)


うっすらと曇っていた空は再び晴れ渡り、窓からはギラギラと()の光が、幾本もの筋となって床に射し込む。外では鳥たちが歌うようにさえずり、(たわむ)れるように空を飛び交う。


数分前まで、穴があくほど睨み付けていた机の上の資料を小脇に抱え、部屋を出ようとしたその時、扉を叩く軽快なノック音が鳴り響いた。


『エイト、俺だ。入るぞ』


応える間もなく扉は開き、スラリとした長身で、濃い麻色の道着に腕当てと脛当てを着けた軽装の男が、何食わぬ顔で入ってきた。


『ハヤテ・・こっちが応えてから入れっていっつも・・・』


『はいはい、そうすぐ怒るな、フケるぞ』


後ろ手に扉を閉め、呆れたエイトに悪びれもせず言い返す男は、自称エイトの親友ハヤテだった。

聖ガイア軍で、隠密活動を主な任務とし、時に自軍の内部でさえ監査に手を及ぼす索敵班に所属。エイトとは同年代で、青龍山からエイトを連れ帰った夢幻(むげん)が構える道場で、幼い頃から共に汗を流し、その腕を競いあった中だ。


『で、どうなんだ?』


『何が?』


『そのー、バーム・・・クーヘン?少しは分かったのか?』


エイトが小脇に抱える資料に目を移しながら、ハヤテは、さほど期待していない親友の返答を待つ。


『そんな旨そうなモノ調べるんだったら苦労はないんだけどな』


ハヤテの心を見透かしたように、エイトも茶化し気味に答える。


『フッ・・』


ほんの数瞬、二人の視線は交わり、互いの顔に笑顔が同調(シンクロ)する。


『そろそろか?円卓会議』


『あぁ・・』


『まぁ、なんだ・・・そのー・・・あれだ・・』


『フッ』


無造作に頭を掻きながら、急に歯切れの悪くなるハヤテの態度が、尚もエイトの顔に微笑を張り付かせる。


『なぁ、ハヤテ』


『ん?』


『この世界って何のためにあるんだろうな・・』


『はぁ?』


微笑(ほほえ)んではいるものの、エイトの心中は、沢山の迷いや苦しみで渦巻いていることをハヤテは知っていた。


『過去を振り返ってみても、その歴史は戦いばかり。歴史(かこ)が物語るみたいに、この世界は争いのためにあるんだとしたら、全部消えてしまえば・・・』


しばし、沈黙がその場を制圧したが、その力は長くは続かなかった。


『なーんだ、全然大丈夫みたいだな』


『何が?』


大袈裟に驚いてみせるハヤテに、エイトは整った眉をしかめる。


『いや、円卓会議なんて面倒な会議(なれあい)前にして、お前が緊張でどんだけ・・』


『『情けない顔してるかー・・』』


ハヤテの言葉に被せて答えるエイトに、口を尖らせて拗ねたフリをするハヤテ。


『だろ?』


『分かってんじゃねぇか。でも、大丈夫そうで安心したよ』


そう言って、照れ隠しに鼻の頭を掻くハヤテの仕草は、小さい頃から何も変わっていない。


『エイト・・』


『ん?』


『お前はお前らしく、お前の意見をビッと言え。周りに丸め込まれたり、変に気遣うような、らしくねぇことなんてするんじゃねぇぞ』


『あぁ』


『まっ、心配はしてねぇけどな』


窓から射し込んでいた陽射しは雲に遮られ、いつの間にか鳥のさえずりも聞こえなくなっていた。


『じゃ、行ってくる』


『おう!』


扉を開けるハヤテの横をすり抜けてエイトは廊下へと出た。


『エイト!』


呼び止められたエイトは、軽く顔を横に向けて耳を傾ける。


『この世界が何のためにあるのかは俺には分かんねぇけど、この世界に争いが必要ないなら、俺達がその世界を造りゃいい・・・その為に、お前や俺や、他の部隊長達を含む聖ガイア軍が、この国にはあるんだからよ』


簡単には気持ちを口に出来ないほど、エイトは胸を熱くしていた。


(サンキュ!)


ハヤテに背を向けたまま、資料を手にした方とは逆の右手を突き上げ、感謝の気持ちを表した。


石畳の廊下を力強く歩いて行くエイトの後ろ姿を、感慨深く見送るハヤテの脳裡に、二年前の記憶が甦る。


(そういや、あん時もこうやってアイツの後ろ姿見送ったっけ・・)


演習場横にある「控え室」と紙が貼られた部屋から、夜闇を思わせる濃い青の鎧に身を包むエイトが姿を現し、一瞬間を置いて、ハヤテが出てきた。


『エイト!』


呼び止められたエイトは、振り返ることなくその場に立ち止まる。


『まぁ、なんだ・・そのー、あれだ』


『フッ』


何を言いたいのか全く分からないハヤテに、思わず顔を綻ばせる。


『お前ならやれる、絶対にやれる。無理だけはすんな!死んでも全員ぶっ倒せ!』


(どっちだよ・・ったく)


無茶苦茶言うハヤテに苦笑するエイトは、右拳を突き上げ、落ち着いた足取りで演習場へ足を運んだ。


(頑張れ!エイト・・・頑張れ!)


遠去かるエイトの背中に、何度も、何度もエールを送った。


そしてエイトは見事に最終試験を突破して見せた。ただの一撃も受けることなく。

これは、六百年前「長槍の美しき女神」と称され、聖ガイア軍初の女性総部隊長にまで上り詰めた舜英(しゅんえい)以来、聖ガイア軍の歴史上二人目の偉業だった。


エイトと別れたハヤテは、ゆっくりと廊下を歩き、中庭を見下ろせる所で立ち止まった。演習場の中を歩く珍妙な客を見つけたからだった。


(あの靴下猫、また勝手に侵入したな)


眼下の演習場をノソノソと歩く足先だけ白い黒猫が、ハヤテの心の声に気付いたかのように素早く振り返った。


『あんにゃろ、最近やけに城内に出入りしてるな』


さらに口に出した声が聞こえたのか、ハヤテに尻を向けて足早に立ち去っていく。チョコチョコと走り去る靴下猫を眺めていると、演習場が不意に暗くなった。演習場の中央ほどで靴下猫はピタッと立ち止まり、頭上に顔を向けた。その動作につられるように、ハヤテも視線を空へと移すと、その目に映ったのはとても異様な光景だった。


空を散り散りになっていた雲の欠片が一つ所に集まっていく。否、集まるというよりも、まるで一つの核に吸収されていくという表現の方が正しいだろうか。それほど、何か奇妙な生々しさを感じるものだった。上空では高さによって風の流れが違うのか、核から逃げるように遠去かる雲も見てとれる。逃げ遅れた雲は、突如現れた核へと呑み込まれ、エネルギーを吸収されていく。所謂(いわゆる)、積乱雲の一部と化していく。


『なんだ・・ありゃ』


ハヤテの頭上で、一瞬毎にその姿を巨大化させていく積乱雲を目の当たりにして、思わず驚嘆の言葉が口からこぼれる。


『こりゃ、とんでもないのが来るぞ』


微動だにしない靴下猫は、頭上で刻々と巨大化していく積乱雲を見上げている。


『チッ!』


離れた場所にいるハヤテの耳には届かなかっただろうが、もしもハヤテが靴下猫のすぐ側にいたとしたら、その舌打ちは靴下猫が発したということを疑いはしなかったであろう。そう思わせるほど、頭上で巨大化していく積乱雲を凝視する鋭い眼差しに、忌々しいものを見るような強い憎悪が宿っていたからである。


大地を覆う天蓋の下で吹き荒ぶ幾つもの風。あらゆる角度でぶつかる摩擦音は、巨大な積乱雲に呑み込まれた、個を失った雲が泣き叫ぶ断末魔のようだった。その悲痛な不協和音はガイア大地に暗い影を落としていく。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ